想いを映して 〜手塚編〜(後)
憂鬱な新年が明け、相も変わらず着せられる着物に溜息を飲み込む。
また背が伸びたみたいと呆れる様に呟かれる母の言葉を聞き流しながら、
人形のようにジッと立って着付けてもらっていた。
「国光さん、今日の午後なんだけど茶会について来ない?」
「俺は、ちょっと・・」
あんな退屈な集まりに付き合いきれるものかと咄嗟に断わる理由を探す。
だが、聞き捨てならない内容が俺の思考を止めた。
「さんと約束してるの。
向こうもちゃんを連れてくるって言うし、国光さんも行くかしらと思ったんだけど。
用事があるなら無理には・・・」
「行きます」
「あら、誰かと約束があるならいいのよ。」
俺の背に立ち帯を締めている母の声に笑いが混じっている。
人の気が変わったのを分かっていて意地悪く訊ねてくるのに眉をしかめたが背に腹はかえられない。
「たいした用事ではないので」
「まぁ。ちゃんに会うために茶会へ行くのは、たいした用事なのね?」
「別に誰に会うなどとは関係ない事です。」
一応反論してみたが全く効果を伴っていないことは、
おかしそうに笑いを噛み殺している母の顔を見れば直ぐに分かった。
国光さんもお年頃ねと、赤面するような捨て台詞を残して母が部屋を出て行く。
何となく見た鏡に映る自分は頬を染めて口元を押さえた姿。
ああ・・・これが世に言う『バレバレ』なのかと、部活仲間の口癖を思い出した事だった。
母と共に父の車で送ってもらい茶会の会場へ向かう。
見事な庭園がある老舗のホテル前で車を降り、待ち合わせ場所まで歩いた。
華やいだ正月の雰囲気の中、俺は密かに緊張していた。
彼女と二人で話せる機会など滅多にあるものではない。
茶会に出てしまっては雑談などできないし、ましてや両方の母親がいては話せることは限られてしまう。
何とか二人だけで話せないものだろうかと策を練っていた。
「あ、いたいた。」
母の明るい声に視線を向ければ、晴れ着姿のが驚いた表情で立っていた。
「あら、手塚さんも息子さんを連れてきたの?」
「そうなの。何か予定があるふうでもないし、用心棒代わりにね。」
母親達が新年の挨拶を交わしている傍で俺は目のやり場に困っていた。
彼女は赤い振袖を着ていた。鮮やかな赤に、桜だろうか薄ピンクの花が幾重にも描かれている。
綺麗に結いあげた黒髪には銀細工の繊細な簪が揺れていた。
初めて会った時の着物に似ている。
それでいて美しさは何倍にも増して眩しいほどだ。
「あけましておめでとう」
「あ・・あけましておめでとうございます」
あまりジロジロと見ては不躾になると挨拶をして場を繋ぐ。
も何事かに気をとられていたのか、慌てたように頭を下げる仕草が可愛らしかった。
何か話さなくてはと思考をフル回転させる。
「も茶道に興味があるのか?」
「ち、違うの。私も母に連れられて嫌々・・というか、お付き合いで。」
「お互い新年早々大変だな。」
は俯き加減で恥ずかしそうに笑った。
真っ白のうなじに鼓動が早くなる。
こんなに美しい彼女を誰もが愛さないはずがないと思う。
欲しいなら自分から手を伸ばすしかないんだ。
誰かに奪われてしまってからでは遅い。
自らを鼓舞するように言い聞かせ、俺は逃げないことを決めた。
が俺をどう思ってるかは幾ら考えたところで俺に分かるはずもない。
ならば訊ねるしかないだろう。
最悪でも嫌われてはいないと思う。
好意はなかったとしても嫌われていなければ、まだ道はあるというものだ。
時間をかけてでも少しずつ俺のことを知ってもらえれば・・・希望はあると思いたい。
「じゃあ茶会の方に・・」と、母が俺たちを促した。
今しかないと判断した。
「俺たちは茶会に興味があるわけではないし、二人で庭園内を散策して待つことにします。」
物言いだけなには気づかないふりをして「行こうか」と歩き出す。
仕方ないわねぇと簡単に許してくれる母の顔など見たくはない。恥ずかしすぎるというものだ。
その場から離れたい一心で足早に立ち去り、母達の姿が物の影で見えなくなる位置まで来て振り返った。
は慣れていないだろう草履で砂利道を追いかけてきていた。
「そんなに急ぐと転ぶぞ。」
「だって手塚君が・・」
「ん?ああ、そうか。すまない。早く立ち去りたくてな。」
「本当に嫌だったのね。なら断わればよかったのに。」
嫌なのは茶会ではなくて別の事なのだが、に説明できるものではなく苦笑するしかない。
「そういうわけじゃないんだが・・・」
「え?」
「いや、なんでもない。行こう。」
とにかく二人きりにはなれた。
どうすればに俺の気持ちを伝えられるだろう。
こんな時に口下手な自分が恨めしくなってしまう。
新年の庭園には宿泊客も含めて多くの人が訪れているらしい。
庭園をそぞろ歩く人々と擦れ違っていると必ず視線がの晴れ着姿に向かっている気がした。
誰のものでもないだが俺は気持ちが落ち着かない。
外国人の青年がを振り返り口笛を吹くのには本気で睨んでしまった。
この美しい君を誰にも見せたくないと言ったら・・・はどうするだろう。
そんな事を考えながら行き先も決めずに歩き続ける。
途中で気を遣ってくれたが話しかけてくれたが、
気もそぞろの俺はろくな受け答えも出来ずに会話が終わってしまった。
大きな池に目が留まった。
吸い寄せられるように池のほとりに近寄れば、なかなかに立派な鯉がゆったりと泳いでいた。
も俺の隣に立ち池を覗き込んでいる。
もう子供の頃のように声をあげて喜びはしないが、盗み見た彼女は頬を緩めて水面を見つめていた。
本当に美しくなった。
その清らかな美しさに憧れ、心から愛しいと思う。
想いを止められるはずがない。
誰かに奪われるなど許せるはずもないだろう。
「綺麗・・だな」
想いのままに呟けば、は池の鯉を目で追った。
「本当、着物の柄みたいな鯉ね。」
「・・・違う。その着物が綺麗だと言ったんだ。」
「着物?え、これ?」
ああ、違う。
本当は着物じゃなくて、着物を着ているが綺麗なんだ。
はにかんだが少し早口になって着物の説明を始める。
曖昧な言葉では俺の気持ちは伝わらない。
「あ、あの、これはお姉ちゃんの成人式の着物でね。私のじゃなくて、」
「そうか。でも似合ってる。」
「あ、ありがとう。馬子にも衣装だって自分でも思ってるんだけど。」
「いや。さっきから目のやり場に困るほど似合っている。」
がハッとした表情をした。
思わず俺は視線を水面に落とす。
さすがにさっきの台詞に何か感じた様子のは細い指を胸元にあてて黙り込んでしまった。
二人の間に沈黙が落ちる。
何かを待つような、僅かな緊張を伴う沈黙。
言うしかない、今しかないんだ。
「」
「・・・はい」
の返事が掠れている。
緊張しているのは俺も同じ。
「来年も俺に見せてくれないか?」
こんな言葉で通じるか?
「晴れ着?」
そう、大事なお前を俺だけのものにしたいんだ。
「ああ。できたら・・・俺だけに見せて欲しいのだが。いいだろうか?」
我ながら遠まわしすぎると呆れる。
これでは通じないかと言葉を重ねようとした時、ぎこちなく頷くが水面に映っていた。
顔を上げ彼女の横顔を見れば、水面を見つめる瞳にみるみる涙が溢れてきていた。
なんだ・・そうだったのかと、全身の力が抜けるような気持ちになった。
それと同時に体の奥から沸いてくるような喜び。
に触れたくて。
それでも強引に触れるのは躊躇われて遠慮がちに左手を差し出した。
その左手にも、おずおずと応えてくれるに胸が熱くなった。
そっと、でも逃さないよう早く、彼女の小さな手を包み込みホッとする。
手にした温もりに、つい大きな溜息が出た。
寒いはずなのに緊張のせいか汗ばんでいる額を拭う。
「試合より・・・疲れる。」
零した本音にが笑った。
笑うと同時に彼女の瞳から涙が零れ落ちて、俺は握った手に力を込めた。
「想いを映して」
2007.01.04
手塚サイドを読みたいと拍手を下さった方に捧げます
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