恋は突然に 1











「今、帰りか?」



後ろから静かな声が掛けられる。
暗闇の中を振り返れば、思ったとおりの人物が薄暗い外灯の下に立っていた。



「見ての通りよ。今日は遅くなっちゃった。」



軽く返して部室の鍵を閉める。
銀色の鍵をカバンの定位置に仕舞い顔を上げれば、まだ彼はジッと同じ場所に立っていた。


私が歩き出せば、彼も自然と一歩踏み出してきた。
何となく肩を並べて歩き出し、共に帰るつもりなのかしら・・・と思い至る。



「柳君も遅いじゃない。真田君は?」
「弦一郎は幸村と共に帰った。俺は部室でデータの整理をしていたら、この時間になっていた。」


「ご苦労様。」
「そういうも一人で居残り練習をしていたのだろう?」


「・・・見てたの?」
「いや。それぐらい見なくても想像できるからな。ま、あまり無理はするな。」



さらっと私を労わる様な事を言い、本人は表情ひとつ変えずに前を向いて歩いている。
彼の言葉は押し付けがましくもないし、声色が穏やかなせいもあって私は気にいっている。
素直に「ありがとう」と返せば、少しだけ彼の口元が上がった。



不思議な人だ。
たいして親しく付き合っているわけではないが、会えばこうやって話ぐらいはする。
女テニの部長である私は、どちらかというと幸村君や真田君との方が話が弾むし親しい間柄だ。


何となく彼らとは雰囲気の違う彼。
静かに二人の後ろに立ち、話を振られれば的確に答えを返しはしてくるが無駄に話さない。
だが、ふと気づいて彼を見れば視線が合ったりするのだ。


立海の参謀、マスターと呼ばれる彼。
幸村君や真田君が全幅の信頼を寄せている彼が普段はどんな人なのか、私は全く知らなかった。


校門を出て、遠く続く外灯を見遣りながら柳君に帰り道を訊ねてみた。



「柳君は駅の方?それとも学校の近く?」
「いや、俺のことは気にしなくていい。の方向に行こう。」


「え?私の方向って」
「あそこに見える高層マンションなのだろう?」



驚いた。
私が住んでるマンションを知っているとは、この人の頭の中にはテニス以外にもデータが入っているんだ。



「どうした?」
「どうしたって・・・まさか全校生徒のデータが頭に入ってるの?」


「まさか、必要な人間のデータだけだよ。」
「じゃあ、私は必要な人間のうちに入ってるんだ?」


「・・・そうなるな。」



少し言いにくそうに間を置いて答えた柳君に、自分の問いかけが意味深だった気がして急に恥ずかしくなった。



「あの・・別に変な意味じゃないわよ?そりゃ同じテニス部なんだもの。」


「女テニの副部長は苗字しか知らないが。」
「え?」


、自転車だ。」



言葉と同時に腕を引かれた。後ろから自転車が近づいて来ていたらしい。
私は柳君に引き寄せられ、見慣れているはずの制服のネクタイが近いのに焦っていた。


横を自転車が通り過ぎていく。
考えるより先に私は身を引いて柳君から離れようとした。


だが、それは出来なかった。
自転車の反射板が遠ざかっていくのに柳君の手は私を離さない。
それどころか強く腕を掴まれて逃げることさえ出来ない状態だ。



「や、柳君?」
「プレイスタイルは頭脳的だが、普段は鈍いのだな。」


「どういうこと?」
「この状況で、まだ訊ねてくるところからして鈍いと言えるだろう。」


「は、離して・・・」



頭が混乱して声が震えた。
柳君は普段と全く同じ顔で、世間話でもしているかのような様だ。
なのに手の力だけは緩まることがない。



「お前は知らないだろうが・・・今日は俺の誕生日なんだ。」


「そ、そうだったの?」
「そう。と、言うことだ。」


「と、言うことって」
「誕生日プレゼントを貰えないので、自分から貰うことにした。」



その時、雲の切れ目から月が覗いたのだろうか。
周囲が明るくなって、柳君の表情が夜目にもハッキリと見えた。


彼は薄く笑っていた。
その笑顔がとても近くて咄嗟に顔を背けてしまう。


瞬間に強く腕を引かれ目の前の肩にぶつかった。
あ、と思った時には冷たい大きな手に両頬を挟まれ、唇に温かな感触が押し付けられる。



目を閉じる暇もなかった。
柳君の黒髪が睫毛に触れて、初めて目を閉じた。


きっと数秒だったと思う。
でも私には長い数秒だった。







荒々しい行動が嘘だったかのように彼は酷く優しく私の名前を呼ぶ。
強引に引き寄せた手のひらで私の頬から髪を撫で、ゆっくりと囁くように言葉を紡ぐのだ。



「お前は知らないことが多すぎる。
 ずっと見つめていたのに、俺を見ていない。
 お前が好きだと・・・いつも言っているのに。」



言葉など出はしない。
怯えるように俯けば、次にはふんわりと抱きしめられた。



「どうする?逃げるのなら、今しかない。」



どうするもこうするもない。
だって驚いたけれどキスは嫌じゃなかった。


振り向けばいつも柳君が私を見ていた。
その眼差しの意味を知って、その腕を振り払う理由がなかった。



「急・・すぎる」
「・・・少し反省しよう。」



まだ迷う私の頭の上で、小さく笑う気配がする。
柳君は確信をこめた声で私に言った。



「大丈夫だ。お前が俺を好きになる確率はかなり高いから。」



この人を知りたい。
腕の中に抱かれながら、そう思った。





















恋は突然に 1  

2007.6.4 

お誕生日おめでとう




















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