恋は突然に 2










「これは何時までに提出だ?」
「金曜日の昼休みまでにって。」


「ここの欄は?」
「それはね、」


「弦一郎」



背中から聞こえてきた声に心臓が跳ねる。
振り返ることもできず直立不動になっている私の隣を姿勢の良い彼が通り過ぎて止まった。



「蓮二、ちょうど良かった。
 三沢先生から依頼された書類なんだが。」


「なんだ?」


「こういう事は蓮二の方がいいだろう。、悪いがもう一度説明してやってくれ。」



真田君に促された柳君が普段通りの表情で私を見る。
私は柳君の顔を見るだけで赤面するのを感じ、慌てて手元の書類に視線を落とした。



「えっと、それは県のテニス協会に出す書類で。その・・」



なんだか緊張して、しどろもどろになる私の説明を柳君は黙って聞いている。
真田君に変に思われないかしらと思えば、更に頭の中がまとまらない。



「ふむ。大体は分かった。これは俺が書いて提出しよう。」
「そ・・そう。ありがとう。」


「頼んだぞ、蓮二。で、俺に何か用事か?」
「ああ。今日の練習なのだが、」


「あ、あの・・私は行くね。」



このまま話を始めそうな二人に声をかけ、とにかくこの場を離れようとした。
当然ふたりは同時に私を見る。


真田君はいつもながらの真面目顔。
そして柳君は涼しげな笑顔を浮かべていた。





あれは夢だったんじゃないか。廊下を早足で歩きながら思う。
ふと見たガラス窓には無意識に唇を抑えている自分が映っていて咄嗟に目をそらした。


柳君にキスされた。
抱きしめられて、好きだと言われた。


なのに、一夜明ければ闇の中の出来事は夢のように消え、ただの日常があった。


意識しているのは私だけ?
あれは柳君の冗談だったのか。でも、冗談でキスはやりすぎだ。
ついでに言うと・・・あれがファーストキスだったのに。


まだ鼓動が落ち着かない私は晴れ渡った空を見上げて溜息をつく。
あれが柳君の気まぐれだったというのなら・・・泣いてしまいそうだ。


どうしよう。
どうしようといっても、どうしようもない。
あれは本気なのと詰め寄るだけの勇気もないし、冗談だったのかと軽く流せるほど図太くもない。
とにもかくにも柳君のことが気になって気になって仕方ない。
何所に居ても誰と居ても、心が柳君に持っていかれたみたいだ。





授業も集中できず、気づけば柳君の背中を探して一日が終わった。
溜息をつけばつくほど幸せが逃げるんだと誰かが言っていたけれど、
もう幸せなんか残ってないんじゃないかと心配になるくらい溜息が出る。


コートに向かう途中で解けたシューズの紐に気がついて、また溜息。
通路に膝をつき紐を結んでいたら段々と腹が立ってきた。
なんで私がこんなに悩まなきゃならないの?



「もうっ、ありえない!」
「何がだ?」



思いもしない声と人影に、思わず小さな悲鳴をあげて尻もちをついてしまった。



「大丈夫か?」



目の前に手を差し出してきたのは私に溜息ばかりをつかせる原因、その人だ。


男の人らしい筋張った手だけれど白くて長い指が綺麗。
その手に見惚れ、また勝手に熱くなる頬に慌てる。



「だ、大丈夫。」



言って急ぎ立ち上がれば、柳君が伸ばしていた手をジッと見つめてから「残念だな」と引っ込めた。
柳君の前で尻もちをつくなんて恥ずかしすぎる。
せめてもの救いは、短いスコートじゃなくジャージをはいていたということか。



「で?何が、ありえない?」
「あ・・なんでもないの。ちょっと独り言で。」


「ふーん。」



なんだろう、今までの柳君とは雰囲気が違う。
もっと静かで寡黙な感じだったはずなのに、目の前にいる柳君は見るからに楽しそうだ。
唇に笑いを乗せ、妙に意味深な表情で私を見ている。



「な、なに?」


「俺の予想では、あの夜からは俺のことが酷く気になっている。
 気になるのだが俺の反応が平素と変わらないことに戸惑い、あれは夢か冗談だったのではと疑っている。」



ギョッとした。
心の中を覗きこまれたような内容に反論する言葉もなくした。
私の表情を見て、益々柳君は楽しそうに続ける。



「俺が本気なのか確かめたいが、そんな勇気はない。
 かといって、何事もなかったように流せもしない。
 どう考えても答えは出ず、気づけば俺のことばかり考えている。違うか?」



その通りの言葉に私は瞬きも忘れて柳君の顔を見つめる。
すると「当たりのようだな」と柳君が口元を押さえて小さく笑った。



「でなければ、嫌われる危険を冒してまで無茶はしない。」
「無茶?」



意味も考えずに聞き返してしまった私。
すると直ぐに柳君の綺麗な手が伸びてきて、私の頬に触れてきた。
思わずギュッと目を閉じれば、その指が唇を軽く撫でて離れていく。



「あの夜から俺を意識しはじめて、今は俺が気になって仕方ない。
 俺が思うに・・・それが『恋』というものの始まりだ。
 ということで、俺と付き合ってみるしかないだろう?」



そう言って微笑んだ柳君が憎らしくもあり、心ときめかせる人でもあることが嬉しいとも思う。
ぶっちょ顔を作り睨んでみたけれど「そんな顔をされても可愛いと思うだけだ」と流され赤面させられた。





こうやって私の恋は突然から始まったのだ。




















恋は突然に 2         

2006.06.07   

リクエストに応えて。




















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