僕にチョーダイ -後編-
赤也は馬鹿だ。
口にはしないが(真田は頻繁に赤也を『この馬鹿者がっ』と怒鳴っているが、心の底から馬鹿だと思っている様子ではない)
本当に馬鹿なんだろうなと柳は常々思っている。
今日も赤也はTPOを全く考えていなかった。
TPOという言葉自体を知らないのだろう。ちゃんと教えておけばよかったと思う。
Time(時間)としても最悪。
Place(場所)は幸村が同席していた時点で超最悪。
Occasion(場合)については、もう口にする気力もなくなる最悪さだった。
それは食堂だった。
赤也が(幸村希望のプレゼント)と共にラーメンを食べている時点で幸村の機嫌は氷点下だ。
それにも気付かない鈍感な赤也は「幸村部長、俺の隣が空いてるっス」との隣を譲らなかった。
の隣は壁か赤也しかないのだから、彼は幸村に席を譲るべきだった。
しかし赤也にそんな気遣いができるはずもなく、
反対に幸村をとのランチに誘ってやったんだからイイコトをしたと思っている。
弦一郎がテーブルの下で赤也の足を蹴ろうとしたのだが届かなかった。
けっして弦一郎の足が短いわけではない(念のため)。
幸村の隣の席から、更に隣の赤也を蹴る方が難しいというものだ。
柳は赤也の斜め前で薄ら寒い笑顔を浮かべていたのだが、彼はそれにも気付かなかった。
赤也は馬鹿だったのだ。
ここで手をうっておけば良かったと数十秒後に柳は後悔した。
「なぁ、。付き合うとしたら幸村部長と真田副部長、柳先輩に俺。誰がいい?」
真田が飲んでいた茶を噴き出した。
気管に入ったらしい。激しく咳こんでいる。
幸村は笑顔のまま。
内心を推し量るなどしたくもない。
は箸にナルトを挟んだまま目を丸くしている。
「な、なに、突然?なんの話?」
「ちょっとしたリサーチだよ。テニス部では誰が一番モテるかみたいな。ね、幸村部長?」
「赤也、待て」
呼吸困難のため、息も絶え絶えの真田が止めた。
幸村は笑顔のまま「そうだね」と台詞を棒読みだ。
柳の頭の中では物事が高速回転していた。
このまま彼女から好みのタイプを聞き出し、それが幸村であった日には簡単だ。
しかしこれは諸刃の剣。万一、まったく別の名前が出てきた場合が恐ろしい。
いや、いっそ諦めがついて無茶なプレゼント要求から逃れられるかもしれない。
名前をあげられた者には犠牲になって貰う・・・、いや不味い。
それがもしも俺の名前だったら非常に不味い。
止めるべきか、止めざるべきか。
それよりなにより、何故に幸村本人を前にしてリサーチするのか。
弦一郎の言葉を借りるなら「たわけ者っ」だ。
この場合はリスクを回避したほうが自分のためか。
「赤也、そんな言いにくいことを聞くもんじゃない。も困っているだろう」
「え〜なに言ってるんスか。聞いて来いって言ったの先輩たちじゃないですか!?」
この馬鹿、何を言い出すんだ。
柳が開眼したのと同時に、が「そういうことなら・・・」と笑顔で口を開いた。
怒りの開眼を正面から見てしまった赤也は理由が分からず怯えているが、
人の好い彼女は先輩の要望なら応えなくてはと思ったようだ。
「付き合うなんておそれおおいけど・・・いいなぁと思うのは」
ジャッカル先輩。
渡り廊下を並んで歩いていたら、突然にジャッカルが体をすくませて後ろを振り返った。
丸井は紙パックのストローをくわえたまま、足を止める。
「どうした?」
「いや。急に寒気がした」
「風邪じゃねぇか?保健室で熱、はかる?」
「そ・・そうだな」
心配げな顔の丸井と共に、ジャッカルは自分の腕を擦りながら保健室に向かった。
ジャッカル先輩のいいところですか?
先輩、優しいんですよ。重い物を運んでると必ず持ってくれるんです。
口数は多くないですけど、ふとした時に「大丈夫か」とか「休めよ」とか・・さりげなく声をかけてくれて
それに丸井先輩と仲良しでしょう?いつも丸井先輩のためにお菓子を持ってるんです
時々は私にまでお菓子を分けてくれたりして、世話好きの好い人なんだなぁって思うんです
ああいう人と結婚したら幸せなんでしょうね
怖い顔をして心根の優しい真田は席を立っていた。
一刻も早く、幸村より早くにジャッカルを見つけて身の安全を確保してやらなくては。
開眼した柳に睨まれた赤也は、理由は分からないが彼が怒っているらしいことに思い至り焦っていた。
っていうか、ジャッカル先輩・・・マズイんじゃねぇ?などと、今頃気づくのである。
幸村は微笑んでいた。
数秒前と寸分たがわず微笑んでいるのが、かえって怖い。
「そうだよね。ジャッカルはイイ奴だよね」
「そうなんですよ。見た目は外国人ですけど、心は一番日本人らしいっていうか」
「ああ、僕も分かるよ。それ」
「奥ゆかしいっていうか、控えめで」
「うんうん」
の話に相槌を打つ幸村の目を見るのが恐ろしい。
柳は意識して目を逸らし、赤也ばかりを睨んでいた。
食べた物の味も分からないような昼食を終え、笑顔でに手を振る幸村の隣に柳は立つ。
立ちたくはなかったが、真田は帰ってこないし成り行きからして逃げられなかった。
「柳」
「なんだ」
幸村はを見送った笑みのまま。
心臓に悪い。そう思いながら柳は覚悟を決める。
「誕生日プレゼントは変更する」
「そうか」
「ライバルの命を俺にチョーダイ」
待て。落ち着いてくれ、幸村。
弦一郎とも相談しなくては、あ・・・幸村!!
何故か突然に意気消沈している赤也と共に教室へ戻ったは、ウキウキとして授業の準備を始めた。
彼女にとって、今日はとてもラッキーだった。
憧れの先輩とランチができたうえに、たくさん話せてしまった。
「本人を前にして・・・幸村部長がいいですなんて言えないよね」
の呟きは、クラスの喧騒にまぎれて消えた。
僕にチョーダイ 後編
2009/05/10
お約束のジャッカル
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