誓い 最終話
季節は穏やかに過ぎていき、春が来て桜が咲き始めた。
近くの本屋にテニス雑誌を買いに出たは、帰り道の公園で一休みをしていた。
ひとりでも随分と歩けるようになった。
古い桜の木の下にあるベンチに腰掛け、はらりはらりと舞い落ちてくる花びらを友達にして雑誌をめくる。
今月は大好きな人が特集されていた。
単独インタビューなるものが掲載されるとあって、はとても楽しみにしていたのだ。
インタビュアの質問に、面白味もない真面目な回答。
話をしている彼の表情や声、逡巡する間まで目に浮かぶようでは笑った。
ひと通りテニスに関する質問が終わった後は、プライベートにまで質問が及んでいた。
『お休みの日は何をされているんですか?』
「読書です」
『他には?』
「別に」
けんもほろろとは、このことね。
インタビュアは困っただろうと同情しつつ読み進める。
『ご結婚の予定などはないのですか?』
「ありません」
この回答に、つい喜んでしまった自分がいた。
は諦めの悪い事だと苦笑いを浮かべながら、活字から手塚の声が聞こえるような気持ちで目を走らせる。
『手塚さんは大変女性の間で人気があるんですよ?理想の女性のタイプなどありますか?』
「別に」
『じゃあ、誰にでもチャンスがあるんですね』
「何のですか?」
『あ・・・いえ。あの、噂ではネコを飼っていらっしゃるとか。なにを飼っているんですか?』
「ネコはネコですが?」
女性インタビュアのアプローチを軽くかわしてるのは流石だけど。
国ちゃん、それはネコの種類を聞かれてるんだよ。
ネコはネコって、天然でボケてるんだから。
でも、ありがとう。今も、光クンを大事にしてくれてるんだね。
『いえ、何か血統書つきかと思って』
「そんなものはないと思います。道端で拾ったみたいですから。」
『拾ったみたい・・って、捨て猫だったんですか?それを他の誰かから貰ったんですか?』
「預かっているだけです」
『預かってる?遠征の多い手塚プロに預けるなんて、よほど親しい方からの預かりものですね。』
は読んでいるうちに胸がドキドキし始めるのを感じていた。
これは病気の動悸ではないだろう。
手塚は何と答えるのか。ページをめくる手がぎこちなくなる。
次のページをめくり、活字を追ったは雑誌に顔を埋めた。
涙が・・・溢れてきたから。
とても大切な人から預かったネコです。ネコも自分も、飼い主が来るのを待っています。
このインタビューを読んだなら、すぐに俺のもとへ来いと必ず載せておいてくれますか?
本当に待ってるの?
あれから連絡も交わさずに、何ヶ月も経っているのに?
すぐに俺のもとへ来いですって?なんて、エラソーなの。
もっと優しく、お願いするように言えないのかしら。
でも・・・国ちゃんらしい。
会いたいよ、あなたに。
涙に濡れた頬で見上げた空は青かった。
しょっぱい味を感じつつ降り注ぐ陽射しに目を細め、は微笑んだ。
不機嫌そうに写った手塚の顔に、薄紅色の花びらが一つ二つと舞い落ちていった。
トーナメントの合間に僅かな休暇を得た。
キムラの恋人に預かって貰った光を引き取って、手塚は久しぶりのアパートメントに戻る。
次の大きな大会が終わると日本での試合が待っている。
嫌々ながら雑誌のインタビューにも答えたというのに、からは何の音沙汰もないし我慢の限界だ。
こうなったら彼女の家に乗り込んでいって、首根っこを捕まえ連れて帰るしかないとまで思い始めた。
キムラには『手塚、それは犯罪だから。もう少し穏便にね?』と注意されたが、
相思相愛で犯罪も何もあるものかと手塚はキッパリ言い切った。
車のハンドルを握りながら、遠く久しぶりの我が家が見えてきた。
ところが、今までバスケットの中でおとなしくしていた光が急に騒ぎ始める。
「こら、騒ぐな。もうすぐ、家だ」
蓋の閉まったバスケットから無理矢理に小さな手を出してきて、
ガリガリと爪で引っ掻き始めた光に手塚は眉を寄せた。
「今、出てきても車にお前の毛が落ちるだけなんだ。後で掃除する俺の身にもなってくれ。」
だが光は、にゃあにゃあと煩いくらい泣き続けてガリガリやっている。
まったく、もう。
コイツといい、といい。どうしてこうも、俺に面倒ばかりかけるのか。
特大の溜息をつきながらアクセルを踏み込んで、アパートメントに急いだ。
やっと駐車場に車を停め、もうどうにも鳴きやまない光の入ったバスケットを抱えて車を降りた。
片手で車のロックをかけようとした時、光がバスケットの蓋の隙間から無理矢理に体を出してきた。
あっと思ったときには、小柄な光はストンっと手塚の足元に降り、次の瞬間には表の道路へ走り出していた。
「光!待て!」
焦った手塚も後を追う。
表には車が走っている、もし事故にでもあったらと背中がゾッとした。
通り過ぎた車のテールランプが遠くに見える。
手塚は外灯にぼんやりと映し出される道路に立ち、「光!」と大きな声で呼んだ。
にゃあ。
自分の背後で光の声がした。
ああ、と振り返った視線の先。
白く輝く外灯の下に、ずっと会いたかった人が光を抱いて立っていた。
「こんばんは」
は光の顎を撫でながら、近所の人にでも会ったかのような挨拶をする。
眉根を寄せた手塚は黙ったまま、一歩一歩と彼女に近づいていった。
のすぐ前に立つと、気持ち良さそうに目を閉じて喉を鳴らしていた光が目を開けて「にゃあ」と鳴く。
「来るなら来るで連絡ぐらい寄越せないのか?」
「さっきキムラさんには電話したよ?そしたら、もうすぐ家につく頃だからアパートメントの前で待ってろって。」
「キムラが?俺の所には電話などなかったぞ?」
「だって運転中は携帯には出ないんでしょう?だから、私もキムラさんもかけなかった。」
「何故、今なんだ?連絡するのなら日本を発つ前とか、もっと早くに」
「怖かったのよ」
怒りを混ぜた手塚の言葉に重なるように、が一息に言った。
の大きな瞳が水を湛えてキラキラと輝く。
「怖かったの。電話して・・・迷惑だと言われたら立ち直れない。」
「俺がそんなこと言うはずがない」
「そう、ね。国ちゃんは、人がいいから。でも・・・少しでも躊躇われたら・・・私・・・」
「躊躇うはずがないだろう。
俺は、待っていたんだから。
お前を・・・を。俺は、ずっと待っていたんだ。」
ポロポロとの頬に涙が零れ落ちていった。
湧き上がる愛しさに堪えきれず、手塚は華奢なの体を引き寄せ、光ごと一緒に抱きしめた。
ぎゅっと抱きしめて懐かしい彼女の甘い香りを胸いっぱいに吸い込むと、
腕の中に納まったの震える小さな声が胸元から聞こえてきた。
「国ちゃん、ゴメン・・ね」
「なんだ?」
「私・・ね、手術に成功しても・・・普通の体じゃないの」
「そうか。」
「テニスの相手は無理だし」
「かまわない。始めから、お前に相手をしてもらおうとは思っていない」
「ほ、他にもいろんな事が出来ない」
「俺がいればなんとかなるだろう」
「け・・・結婚とかも難しいし」
「そうなのか?」
「あ・・赤ちゃんとか産めないかもしれなくて・・だから」
「それと結婚は関係ないだろう?」
「で、でもっ」
「まだあるのか?」
は必死で自分のことを話しているのに、
手塚は気にもとめてないふうで優しく髪を撫でてキスを落としてくる。
思わずは片手で手塚の胸を押し、涙をこぼしながら顔をあげた。
「真面目に聞いて!」
「俺は充分真面目だが」
「違う!私・・・私は、国ちゃんと一緒の時間は生きられないの!
いつかは・・いつかは、国ちゃんを置いて死んじゃうんだからっ!」
叫ぶように告げると、手塚は眉間に皺を寄せた。
瞬きさえ忘れたかのように動かない手塚。
震える体を支えるかのように光を抱きしめる。
そんな二人を光は黙って見ている。
す・・と、大きな手がの頬に伸びてきた。
ビクッと体を揺らすの頬を手塚の親指が撫でて涙を拭う。
「それならば、尚更・・・お前の傍にいたい。
貴重な時間を全て俺のものにしたい。」
「そんなこと、」
「頼む。お前の命を俺にくれないか?
時間を、未来を・・・のすべてを俺にくれ。
俺は・・・お前が欲しい。」
ぴょんと、光がの腕から抜け出して降りた。
同時にが手塚の胸に飛び込んで。
恋人達はひとつになった。
晴れ渡った空の下。
日陰になる屋根の下で二人は盛り上がっていた。
「で、式はどうするの?やっぱり紋付袴かい?」
「うーん。国ちゃんには一番似合うと思うんだけど、私はウェディングドレスがいいわけ。」
「まぁね。ちゃんにはドレスが似合いそうだ。それに、神前ってアメリカ育ちの俺には馴染みがないしなぁ」
「ねぇ、キムラさん。教会でさ、新郎が紋付袴、新婦がドレスって、どうかな?」
「え・・あ、いや。どうかな?見たことないけど。
けどね、ちゃん。ああ見えて、手塚のタキシード姿もなかなかのもんなんだよ?」
「そうなの?」
「そうそう。だから、教会で着物はやめようよ。」
「そっか、」
自分の服装を相談されているとも知らず、手塚は黙々とテニスコートにボールを打ち込んでいる。
流す汗さえ美しい恋人の姿には目を細めた。
「結婚か・・・まさか手塚に先を越されるとは、」
「キムラさんは?」
「うちのハニーはバリバリのキャリアウーマンだからね。俺なんかペット扱いさ。」
「そうなの?可哀相ね、キムラさん」
「真面目に同情するのやめてくれる?なんか、切ないんだけど。
それより、君こそまだ若いのに手塚で決めてしまっていいのかい?」
キムラの言葉に、は声をたてて笑った。
国ちゃんね、私の命も未来も全部くれって・・・言ったのよ?
短くたっていいって。
でもね、後でポロッと言ったの。
お前のことだから、なんだかんだといいながら長生きしそうな気がするって。
それでも、お前が俺をおいて逝く時は天国の入り口で待っていろ。
遅くなるかもしれないが、必ずお前の元にいくから。
だから、安心して俺と生きてくれって。
熱烈なプロポーズだと思わない?
だからね、私は国ちゃんと生きる事にしたの!
目を丸くするキムラの瞳には、
これ以上ないほど幸せそうに微笑む未来の花嫁の姿があった。
誓い
2006.03.27
さんきゅ
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