広く青い空に銀色の飛行機が軌跡を残していきながら飛んでいく。
額の汗をリストバンドで拭いつつ、手塚は眩しい空を見上げていた。
『良かったのか?』
ベンチに座って記録をしていたキムラが手元から目を離さずに問う。
手塚は、ふっと微笑んだ。
『いいさ。引き止めても、今のアイツは信じない。』
『なにを?』
『俺の本気を、だ。』
キムラの手が止まる。
ゆっくりと顔をあげれば、強い瞳で空を見上げている手塚の横顔があった。
彼女、逃げ切れると思ってるのかな?
キムラも白い飛行機雲を見上げ肩をすくめた。
誓い 3
アパートメントの鍵を開けると、光が居間から顔を出して『にゃあ』と鳴く。
それは、まるで『おかえり』と言っているかのようだ。
『国ちゃん、おかえり!』
の明るい笑顔と声が、すり寄ってくる光と重なる。
ただいま、と。光を抱き上げて耳の根元に口づけた。
あの日、一度だけ触れた柔らかな恋人の唇を思い出してしまう。
想いは募るばかりだ。
。
お前は、今・・・なにを思ってる?
静かな部屋で、手塚は遠い日本に住む人のことを思った。
帰国したも空を見ていた。
日本の裏側の空は何色だろうと、ついつい時差の計算をしてしまう。
しばらくは元入院していた病院で経過を見ることになり、家に帰ることなく入院した。
親戚や友達が次々とお見舞いにきてくれて、日中は気がまぎれる。
だが、夜になると考えてしまうのは・・・たった一人の存在。
ドアをノックされるたび、ひょっとしたらと思ってしまう諦めの悪い自分が嫌になる。
毎日のように訪れてブッチョ面で面白くもない相槌を返してくれた人は、もういない。
最後に触れてくれた唇を指でなぞっては、甘く痛む胸に涙が滲んだ。
『、忘れないでくれ。
今、お前に触れたいと思った気持ちは、俺の本当の気持ち。お前が愛しい・・・と、心から思っている。』
教会で唇を重ねた後、囁くように手塚が言った。
胸が一杯で震えの止まらない自分の肩を優しく抱いて、そっと額にもキスをしてくれた手塚。
の心のうちは「あなたが、好き!」と叫びだしそうな想いで張り裂けそうだった。
でも、違う。駄目なんだ。
捨て身の我儘が、まさかこんな結果を生むなんて思ってもいなかった。
ブラウン管を通しての恋が、こんな形で実るなんて想像もしていなかったから。
気遣う手塚の瞳を見つけるたび、彼が心を寄せてくれるのは同情なのだと思って苦しかった。
彼は自分の感情が同情なのだと気づきもしないで、不器用な優しさを惜しみなく与えてくれる。
あまりに温かくて、居心地がよくて、油断すれば全てを委ねて縋ってしまいたくなってしまう。
けれど、は良心の呵責に耐えられなかった。
手塚は、海外を飛び回っている。
ランキングは試合を終えるたびに上がって、日本でも大きな話題になっていた。
おかげでテニスの中継が増え、もブラウン管を通して手塚の姿を見ることができる。
やっぱり彼にはお日様が似合う。
神経質そうに眼鏡を押し上げる仕草は、ニュースペーパーを読む時と同じ。
試合に眼鏡は邪魔じゃないかと思うけど、やっぱり銀のフレームが彼らしくて似合っている。
『ねぇ、国ちゃん。コンタクトにしないの?』
『しない』
『どうして?』
『あんな異物を目に入れるなど、考えただけでゾッとする。』
『異物って・・・』
『あれを出したり入れたりするくらいなら、汗でずり落ちてきても眼鏡がマシだ。』
本当に嫌そうに眉をしかめて言っていた。
思い出して、はクスクスと笑う。たった一人、テレビの前で。
何も知らず憧れていた時とは違う。
今は、本当の手塚国光を知っているから可笑しい。
可笑しくて・・・、とても寂しい。
テレビの画面に指を伸ばし、サービスの構えがアップに映し出されている手塚の横顔に触れる。
冷たいガラスの感触。
もう、あの温もりに触れることはない。
「国ちゃん、頑張ってるね。私も・・・頑張ってるからね。」
「30-0」
のつぶやきはポイントが決まった歓声で掻き消される。
拍手しても喜んだ。
また、応援する手塚のランキングが上がりそうだ。
いつもは考えていた。
出会いが違っていたら。私が病気じゃなかったら。
考えても現実は変わりはしないのに、何度も思った。
ああ、でも・・・やっぱり駄目。
彼に私は相応しくないもの。
結局はいつも同じ結論にたどりつくだけだ。
手術で命は取り留めた。
生きる期限は延びたけれども、本当の健康体とは言えない。
お腹いっぱいになりそうな薬の数。
あれも駄目、これも駄目と、あまりに制限が多くて細かい事までは覚えきれないほどだ。
「ねぇ、先生。私でも結婚できる?」
「もちろん。なに、好きな人がいるの?」
「そうじゃ・・ないけど。もし、そんな人ができたら。」
「うん。無理をしなければ、結婚だってできると思うよ。」
「じゃあ、赤ちゃんも産める?」
「え?それは・・・妊娠は循環器系にかなりに負担を強いるからね。かなり管理が難しくなるからな・・・どうだろう。」
言いにくそうに主治医が言葉を濁した。
ゴメン、先生。
本当はね、アメリカでも言われたの。
向こうはね、もっとハッキリとシビアに告知するんだよ?
普通の人と同じ生活はできない。
普通の人と同じ生き方は出来ない。
普通の人と同じ寿命は得られない。
そう言われたの。
でもね、先生は笑って言ったわ。
たくさんの制限があるけれど、君は生きているんだから。
君は君らしく君だけにしかできない人生を歩むんだよって。
なんだか、うまく誤魔化された気もしたけれど・・・ちょっと元気が出たの。
お日様の下でテニスは出来ないけれど。
子供は産めないかもしれないけれど。
大切な人をおいて、先に天国へ逝っちゃうかもしれないけれど。
でも、私は今のところ元気だし生きている。
だから、片想いだって続けるし。
恋に泣く自分が愛しいって思う。
頑張らなきゃ。
は空から降りそそぐ陽射しの中でラストになるだろうサービスを打ち込む手塚に目を細めた。
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