誓い 2
これ以上ないという難しい顔をした手塚が運転する車の助手席にはが座っていた。
帰国する準備があるからと、たった2時間の時間しか得られなかった。
手塚は内心では焦っているものの、なに一つ言えないまま30分が過ぎている。
「ねぇ、やっぱり光クンを連れて帰ろうかしら?でも、光クンはアメリカのネコでしょ?
日本に馴染めるか心配なのよねぇ。ネコ語も国によって違ってたら、光は苦労するだろうし。
そういえばネコって貨物で運ばれるのかな?光クン、耐えられるかしら?トイレとかご飯、どうするんだろう。」
は手塚に口を挟ませないほど、ずっと喋り続けていた。
耐え切れなくなった手塚は広いパークの脇に車を停めるとエンジンを切っての方に体を向ける。
夕焼けが車内に射しこんできて、彼女の着ている白いブラウスが優しいオレンジに染まって綺麗だった。
はで、手塚らしい銀の細いフレームに眩しいほど反射する輝きを見つめた。
「どういうつもりだ?」
「どうって?」
「何故、何も言わず、俺にも言わせず帰国しようとする?」
「あら。ちゃんと、さっき言ったでしょう?挨拶に来たのよ?」
「そんなことじゃない。」
「ちょっと、国ちゃん怖いって。なんか学校の先生に叱られてるみたいじゃない?」
「!」
茶化すように笑うに苛立った手塚は、思わず彼女の薄い肩を掴んだ。
ビクッと体を跳ねさせたは困ったように微笑み、手塚は余りに華奢な肩に驚いて手を引いた。
「すまない。痛く・・なかったか?」
はふるふると頭を横に振ると、大丈夫と手塚を慰めるように言った。
手塚は一つ大きな溜息をつくと、気持ちを落ち着かせるように眼鏡を押し上げる。
「俺が聞きたいのは、これから先の俺たちはどうすればいいかということだ。
お前が帰国するのは仕方がないと思っている。だが、国をまたいで離れるんだ。
お互いに、それなりの努力をしないと難しいだろう。だから、どうすればいいかをお前と話したかった。」
真剣に言葉を選びながら話す手塚の瞳をはジッと見つめる。
右手で左の肘辺りを押さえているのブラウスには深い皺が出来ていた。
手塚は自分気持ちを吐露して彼女の返事を待つが、は少しの間なにも答えず手塚を見つめたままだった。
やっと口を開けば、手塚が思いもよらぬ事を言い始めた。
「国ちゃん、気づいてないでしょう?国ちゃんの私に向けてる感情はね、本当の愛情じゃないよ。」
「どういうことだ?」
「それはね、同情っていうの。病気持ちのカワイソウな女の子に同情して、愛情と間違ってるだけ。
離れてしまえば・・・すぐに答えは出るわ。だから、もう深追いをしては駄目。」
「同情?俺が同情で・・・お前を?そんなことは、」
「よく考えて!私が健康な体だったら、国ちゃんどうしてた?
人が好いから家には泊めてくれたかもしれないけれど、いづれは追い出していたでしょう?
体のことや手術の心配をする事もなかったら、私を家から追い出して終わったんじゃない?
私が死ぬかもしれないから・・・優しくしようと思わなかった?
国ちゃんは優しいから。同情を愛情と間違ってるだけなの。
だからね、もう・・・お終い。」
否定しようとする手塚の声にかぶって、が言葉を重ねた。
その瞳は夕日を映して、ゆらゆらと輝く。
それは堪えようとしても堪えきれない涙が瞳に膜を張って輝いているのだと手塚にも分かった。
「なら、聞くが。お前の気持ちはどうなんだ?まさか、お前が俺に同情する事もないだろう?」
「あなたは、私の希望。憧れ。光り。そして・・・とても大切な人よ。
捨て身の行動が・・・こんなにも国ちゃんを近づけるとは思ってもいなかった。
私はズルイの。
自分の命をダシにして国ちゃんの気を引いたのよ。
これ以上を望んだら、きっと罰があたるわ。」
だからね、と彼女は微笑んだ。
瞳一杯に涙を溜めて。それでも、頬に零すことなく。
私・・・日本に帰ります。
もう、ニ度と会わない。
手塚は頭を殴られたような気持ちで、美しく輝くの瞳を見ていた。
それから後、ろくな言葉も交わさないままに車を走らせた。
手塚の頭の中は混乱して、自分が彼女に向ける本当のものがなんなのかと問いかけては答えが出せずにいる。
夕日は沈み、街は薄闇に包まれる。
その中をが旅立つ空港近くのホテルへと向かっている自分。
もめっきり口数が少なくなり、流れる窓の外をぼんやりと見ていた。
あ、と。が小さな声をあげた。
「どうした?」
「ね、止めて。あそこ、見て?」
彼女が指差す先を見れば、普通の家々が並ぶ真ん中に小さな教会があって明かりが灯っていた。
手塚は言われたとおりに教会の前に車を寄せて停まった。
は窓を開けると子供のように身を乗り出して教会を見上げる。
教会に灯る明かりは柔らかな黄色で温かそうだった。
「行ってみるか?」
「え?い、いいよ。信者でも何でもないし、」
「教会は何ぴとでも受け入れるのだろう?」
「心が広い神様なんだ」
「神様なんだ。当然だろう。」
真面目に答えてシートベルトを外す手塚にがクスクスと肩を揺らして笑った。
重い木の扉をノックしたが中からの反応はない。
扉は簡単に開いて、すぐに真っ赤な絨毯が目に飛び込んできた。
整然と並ぶ木のベンチ。前の祭壇には銀のロウソクたてが置かれてある。
手塚が『誰かいませんか?』と声をかけると、奥から私服の老人が出てきた。
牧師には見えない老人だったが、手塚は丁寧に中に入って良いかと許しを請う。
若い二人に目を細めた老人は、どうぞご自由にと奥へと促してくれた。
老人は簡単に教会の歴史を語ると、好きなだけ居て下さいと笑って奥に引っ込んでしまった。
途端に不要な音は何ひとつない静かな時間が二人を包む。
緊張気味に赤絨毯を踏んだが、祭壇の前で立ち止まった。
「なんだか空気が違うね。」
「ああ、」
「テレビとかで見る結婚式の教会とは違う感じ。
なんていうか・・・人の祈りが満ちてるっていうか。何もかもが、澄んでて・・静か。」
「日本のホテル内に作られた教会などとは比べ物にならない歴史があるんだろう。」
「そうだね。」
手塚は古びたベンチの感触を確かめるようにして撫でた。
ここに座ったであろう何百何千人の人たち。ひとりひとりの想いが宿る場所なのだろう。
手塚は祭壇を見上げるの背中を見た。
手術をして顔色はよくなったものの、いまだ折れそうに細い体。
透けるような肌の白さは、今でも手塚を不安にさせるほど。
同情・・・否定はできないかもしれない。
彼女が健康な普通の女性だったとしたら、
とんでもない嘘を並べ立てて近づこうとしてきた事に嫌悪を感じたかもしれない。
多分、間違いなく家から放り出してしまっただろう。
の命が僅かかもしれないと知って、心が傾いたのは事実だ。
だが、それがどうしたというのだろう。
何の不都合があるんだ?
出会いが嘘だったとしても。惹かれたのが同情だったとしても。
今、の背を見つめながら湧き上がる愛しさをどうして本物じゃないと言い切れるんだ?
手塚は、ゆっくりとの隣に並んだ。
気配に気づいたが手塚を見て、ニコッと微笑んだ。
「素敵ね。」
「ああ」
「こういう教会で結婚式するのって、いいだろうな。」
「そうだな。」
「けど、国ちゃんには神社の方が似合ってる。紋付袴が、ものすごく似合ってそうよ?」
「・・・勝手な思いこみだ。」
「そう?」
が小首をかしげて笑う。
その笑顔が愛しいんだ。
失わずにすんだ命を慈しみたいと思う。
その気持ちに、一つの嘘もない。
「。」
「なに?」
手塚を見上げてくるの頬を両手で包んだ。
え?と瞳を大きくするだったが、真っ直ぐ見つめてくる手塚の瞳から目をそらす事ができなかった。
手塚が何をしようとしているのか分からなかったわけじゃない。
駄目なのに・・・心の隅で拒否しながらも、最後だからと言い訳をする。
あのね。
とても、とても好きな人の傍に居たかった。
まねごとでいいから、私に大事な思い出をちょうだい。
それだけで、私は生きていけるから。
は心の中で呟いて、そっと目を閉じた。
触れるだけの唇。
それは、誓いのキスみたいだった。
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