年下の彼










中学校の卒業式。
私に花束を差し出した越前君がハッキリと言った。



先輩。俺、先輩が好きなんだけど。』



ドキドキはしたけれど驚きはなかった。
そうじゃないかな・・・と予感があったから。


彼は口数が多いほうじゃないし、人に甘えたり媚びたりするタイプじゃない。
そんな彼が私には我儘を言った。



『先輩。試合の時は桃先輩のほうじゃなくて俺のコートの方に来て。』


『桃城君の試合を見てから、越前君の方へ行くつもりよ?』
『嫌だ。俺の試合すぐに終わるから。だから俺のほうに来て。』


『でも、桃城君は負けたら最後の試合になるし。』
先輩、桃先輩が好きなの?』


『え?』
『恋愛感情があるのかって、聞いてるの。』


『そ、それは・・違うけど。マネージャーとして、』
『なんだ。なら、いいじゃん。俺の応援に来てよ。』



そう言って有無を言わさず私の手首を掴むと自分が入るコートへと引っ張っていった。
確かに越前君の試合は速くて、試合終了後に駆けつけた桃城君のコートではまだ熱戦が繰り広げられていた。



幼い頃は一つの歳の差が酷く大きくて。
おまけに私より数センチ低いであろう彼の身長が更に私を躊躇わせた。


嫌では、なかった。
むしろ好意を寄せられて嬉しかった。
彼との言葉の遣り取りも、ホンの少しのスキンシップも。
全てが私の心を震わせてドキドキさせてくれた。


あれが恋だったのだと気づいたのは、もう彼とは会えなくなってからだ。



『ゴメンね?』



卒業式に越前君に言った言葉。
今も時々、あの日の事を夢に見る。
夢の中で私は何度もやり直そうとするのだけれど、結局は言ってしまう『ゴメンね』。


越前君は瞳を伏せて、小さく溜息をつくと去っていった。
そして、その後直ぐにアメリカに留学してしまったのだ。



留学は随分前に決まっていたのだと桃城君から聞いた。
卒業式の事が彼に決断させたわけじゃないだろう。
そうは思っても胸が痛んだ。





大学に進学した夏。
突然、桃城君から電話がかかってきた。



「久しぶりにテニス部で集まるんだけどよ、お前も来るだろ?」



来るだろ?と訊ねてはいるが、既に数に入っているだろう口ぶりが桃城君らしい。
断わる理由もないし、私も楽しみにしていると電話を切った。



当日は遅まきながら始めたテニスのサークルに参加してから一度家に帰って着替えたら遅くなってしまった。
桃城君に少し遅れると連絡を入れて、暮れていく夏の夕方を皆が集まっているという店に急ぐ。
やっと店が見えてきたというところで誰かが立っているのが見えた。
背が高いから桃城君かな?と思ったが、雰囲気が違う。


藍色に染まる街の中では誰かを確認できないまま近づいていくと、その人が私に気づいた。
真っ黒な髪に、勝気そうな瞳。
白いシャツから伸びる腕は長く、肩幅が広い。



   あなたは、誰?



先輩、待ってたよ。」
「うそ、」



言葉が出ない。自分の唇を押さえれば、それが震えているのが分かった。
膝もガクガクして足が止まってしまう。



「綺麗になったね。俺が予想してた以上。」
「どうして、」


「受験があるから、一応帰国した。」



話しながら一歩一歩、越前君が私に近づいてきた。
私より低かった身長が、今は見上げるほどに大きくなっている。
なんだか怖い。身がすくんで動けない。
あまりに強い彼の瞳に視線さえ外せない私がいた。



「もう一つ大事なこともあってさ。先輩、今カレシいるの?」
「まあ、いても関係ないけど。」と越前君の言葉が続く。



その言葉に酷く傷ついた。
もう関係のないこと。そう、彼が私に思いを寄せてくれていたのは中学生の頃なのだ。
今も、その想いを引きずって後悔を重ねている私とは違う。


無理矢理に気持ちを立て直し、なんとか先輩らしく振舞おうと笑顔を作った。



「とにかく中に入ろ?みんな待ってるだろうし。」
「嫌だ。」



即答の懐かしい我儘な返事。
ああ、確かに越前君だと泣きそうになった。



「嫌って、」
「今から、さらうつもりだから。」



何を?と思った瞬間だった。
手首を大きな手に掴まれて力任せに引っ張られる。



「越前君!」
「さらうって言ったでショ?おとなしくしないと肩に抱えて走るけど?」


「ま、待って!」
「待てない。アンタに恋人がいようが関係ない。もう俺のものにする、奪うから。」



混乱する頭の中、痛いほど握り締められた手首から伝わってくる彼の手が冷たいのを感じた。



『俺、緊張すると手が冷たくなるんスよ。』



中学生の彼が怪我をした左手を私の手に委ねながら小さく言った。
あの日の記憶がコート脇のベンチに吹く夏の風と一緒に匂いまで思い出された。



越前君、緊張してるんだ。
そう思ったら、私を引っ張っていく広い背中が涙で歪んでいく。



「もう諦めて俺のものになりなよ。」
「・・・うん。」



私の言葉に越前君の足が止まった。
暫く立ち止まった彼が、ゆっくりと後ろを振りかえって私を見る。
私の泣き顔を見ると途端に困ったような表情になった。



「俺が怖い?」
「ううん」


「じゃ、なんで泣くの?」
「・・・嬉しくて。ずっと、後悔してたから。」


「馬鹿だね」
「うん」



手首が放されて、代わりに優しい手が伸びてきて頬の涙が拭われた。
沢山の人が行き交う街の中、越前君以外の全てが消える感覚に目を閉じた。



「いいよ、許してあげる。」



彼の声がとても近くに聞こえて。
ふわっと柔らかな髪が頬に触れたのと一緒に唇が重なった。





どうぞ何処へでも、さらっていって。




















「年下の彼」   

2006.07.30  

初書きリョーマ 「空想倶楽部」斜夢さんに触発されて♪ 



















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