年下の彼 〜最終話〜 『意地悪』 










成田までの乗り継ぎを調べながら、まだ迷っていた。
友達に外泊の口裏あわせを頼んでいるときも。
荷物を準備する間も。
電車に乗って流れる景色を見ながらも。
そして、彼が宿泊しているというホテルの前に立っても。


まだ迷っていた。
昨日別れてからは電話どころかメールさえ来なかった。


呆れられた?嫌われた?
いいえ、違う。
リョーマ君は私を待っているんだと思う。



『ね、今度はが俺を捕まえてよ』



リョーマ君は、そう言った。
選ぶのは私。行動するのは私なのだと思う。


フロントでリョーマ君の名前を告げれば直ぐに部屋番号を教えてくれた。
多分、リョーマ君が何事か伝言しておいたのだろう。
拍子抜けするほどあっさりと彼のもとまで辿り着いてしまう。


金色に光る部屋番号の前で、まだ私は迷っている。
ノックをしようとあげた手はドアを叩く事ができずに握り締められたまま。



最後でもいい。
そう、電車の窓から見えた黄色い向日葵畑を見て思った。
太陽を追いかけるように葉も花も空を仰いでいる向日葵を見て、
リョーマ君を追いかける自分を重ねたから。
リョーマ君を好きだという気持ちに嘘はつけないから、
今以上に傷ついたとしても飛び込んでみよう。


迷いながらも心に何とか導き出した答えだった。


大きく息を吐き、思い切ってドアをノックした。



コンコンと叩き終らないうちにドアが開く。
あまりの早さに驚く間もなく、半分開いたドアから伸びてきて手に腕を掴まれて部屋へ引きずり込まれた。



「待ってた」



囁きはリョーマ君の腕の中で聞いた。
それ以上の言葉は必要ない。彼が求めるのなら応えよう。


ノックをした時に全てを許したのだから。





ボンヤリとした意識の中、窮屈な体勢に身じろぎした。
そこで自分以外の人の腕が肩を抱き寄せているのに気づく。


恐る恐る顔をあげれば長い睫毛を伏せたリョーマ君の寝顔があった。
勝気な瞳が閉じられていると、まだ幼い男のコの寝顔に見えて可愛らしい。


日に焼けた顔や腕は見慣れてしまったけれど、鎖骨から胸は白い。
他の人が知らないリョーマ君の日焼けしていない肌にホンの少し優越感を感じる。
そっと白と褐色の境目になっている鎖骨のあたりに触れてみた。



「くすぐったい」


「起きてたの?」
「もったいなくて眠れない」



頭もとのランプに照らされたリョーマ君の瞳が私を映していた。
綺麗な瞳。この瞳は、遠い場所の遥かな高みを目指している。
それは私の知る中学の頃から変わらない。
いつも人が思うより、もっと先を見つめていた。強い意志を持って。


そんな越前君だから好きになったのよ。
リョーマ君と呼ぶようになった今も・・・その気持ちは変わらない。



「これからも頑張ってね。応援・・してる。」
「ウイッス。で?なんでは泣きそうな顔してるの?」


「だって、」
「一緒のベッドの中にいて俺はシアワセなんだけど。は違うの?」



数時間後には飛行機に乗ってしまうのに、なんでそんなに落ち着いて話せるの?
寂しくない?辛くないの?



思っても口にできなくて、唇を噛んでリョーマ君の胸に額を突けた。
けれど直ぐに頬を包まれて逃げを封じられてしまう。



「唇噛むと傷になるって。なに?言いたいことがあるならハッキリ言いなよ。」


「リョーマ君は・・・寂しくないの?」
は?寂しい?」



コクンと頷けば額にキスされた。



「三年間、忘れなかった。俺も、も。想いが通じてたわけでもないのにね。
 今、こうやって心も体も結ばれたのに何を怖がることがあるの?
 距離も時間も、とうに俺たちは越えてきたんだよ。

 俺は平気。会いたくなったら、いつでも会いに行くつもりだし。
 そのうちにはアメリカに来てもらう算段もあるしね。

 一度手に入れた大事な人を俺が放すわけないでしょ?」



私ときたら瞬きも忘れて唖然とリョーマ君を見ていた。


リョーマ君は柔らかく笑って、私の髪を耳にかける仕草を繰り返す。
それはとても愛しそうな仕草で胸がいっぱいになった。
涙が滲んできて目元を押さえると、私の手に重なるようにしてリョーマ君の指が拭ってくれた。



って泣き虫だったんだ。新しい発見。」
「リョーマ君のせいだよ。」


「そう?それはそれで嬉しいかも。」
「・・・意地悪。」


「仕方ないじゃん。泣いてる、すごく可愛いから意地悪したくなる。」
「ひどい、」


「よく言うでしょ。好きなコほど苛めたくなるって。」



楽しそうに肩を揺らして笑うリョーマ君。
だけど言葉とは裏腹に触れてくる仕草は全てが優しいの。



意地悪。
だけど、とても大好きよ。


独占欲が強くて身勝手で意地悪な・・・私の王子様。





翌朝一番の便でリョーマ君はアメリカに帰っていった。
家族の見送りは固くお断りしたとの事で、本当に『ちょっと、そこまで』みたいに軽い身なりだった彼。


最後も「じゃあね、」と軽く手を振って背を向けたのに。
数歩、歩いたと思ったら突然振り返り走ってきて、力いっぱい抱きしめられた。



「 I want you to know whatever you do I will always be here.」


「え?」
「いつも傍にいる。忘れないで。」



チュッと唇に軽いキスを残して、今度こそリョーマ君は旅立っていった。



次の約束もない。
なのに何故だろう。
寂しい気持ちと同じくらい満ち足りた愛情が私を包んでいた。


たまには寂しくて泣いてしまうだろう。
不安になったり、苦しくなることもあるだろう。



だけど信じてみよう。



距離も時間も、既に越えてきたのだと彼が言ったから。
いつも傍いると彼が言ってくれたから。



私は私を。
私はリョーマ君を。


信じてみよう。



小さくなる銀色の飛行機が雲の間に見えなくなるまで見送って歩き出す。
連絡通路から見た窓の外、太陽を追う向日葵が日差しを浴びて輝いていた。





















年下の彼〜最終話〜『意地悪』

2006.08.03  

完結です




















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