『俺な。きっと、また。お前のこと、好きになると思う。
どこかで会ったら・・・また恋をする。そう思う。』
別れるとき。彼が言った。
慰めにもならない言葉。ただ、傷を深くするだけだけなのに。
それでも。その言葉を忘れることができずに。
もう、数えるのも面倒になるぐらいの月日が流れていった。
つきせぬ想い 1
「。そっちは、何人ぐらい呼ぶ?」
「うーん。どうかな?そっちにあわせるわ。」
「俺は、会社関係が多いからなぁ。どうしようかな?」
婚約者が、式場のパンフレットを広げながら考え込んでいる。
その横に広げられたウェディングドレスの写真をぼんやりと見つめる。
親にも友人にも祝福されて決まった結婚。
なのに、なんでだろう。自分だけが、取り残されたような気持ちになる。
半年後には、この目の前にいる人の妻になる。
左手の薬指には、ダイヤモンドの婚約指輪が輝いていた。
付き合って2年。ちょっと、早い気もするけれど。
両親は公務員の彼を気に入って、とんとん拍子に話が決まった。
結婚なんて、こんなものなのかと思う。
彼のことは嫌いではない。どちらかというと、好きな方だ。
彼は優しくて、気配りのできる人だ。
そして・・・とても私を大事にしてくれている。
きっと、彼となら。平凡でも穏やかな人生を過ごせそうだ。
彼に送られて帰る夜道。
「好きだよ」
そう囁かれて、重ねられた唇に。
何故だか、哀しくなったのは・・・誰にも言えずに。
日常の慌しさに、置き去りにされた心を顧みる暇もなく過ごしていた。
時々、覆われる不安も、見ないふりをして。
結婚までのカウントダウンをしていく日々。
「?」
街の中、呼ばれた気がして振り向いた。まったく何の心構えもせず。
振り向いて、息が止まった。幻を見ているのかと思った。
目の前には・・・スーツ姿の彼が立っていた。
「侑士?」
私の声に。目の前の人は、表情を緩める。
「ああ、良かった。似てると思って。でも、違ってたら・・・と、内心ドキドキやってん。
それにしても、凄い偶然やなぁ?7年ぶり?元気してるか?」
懐かしいイントネーション。相変わらず長めの髪。そして、細いメガネ。
柔らかく笑った目元が優しいのも、変わっていない。
けれど、顔は男の顔になっていた。
鼓動が速くなっている。自分の耳に、心臓の音が響いている。
今、彼が目の前にいることが信じられない。
「?」
「あ・・・久しぶり。ちょっと・・・驚いちゃって。元気よ。ゆう・・・忍足君は?」
名前で呼ぶのはいけない気がして。苗字に言い直した。
彼は、少し困ったみたいに笑って。
「侑士でええよ。」と言った。
つい。顔を見つめてしまう。あの頃の面影を無意識に探してしまう私。
「ここら辺に勤めてるん?」
「あ・・・うん。そこに見えてる・・・病院。」
「え?ああ、あれ。大きい病院やなぁ。で、やっぱり。薬剤師してるんか?」
頷く私に。よかったな・・・と、また彼が笑う。
あ、そうか。高校の頃、薬剤師を目指してる・・・って、彼には話してあったっけ。
『俺はな。地元に戻って、家を継がなあかんねん。もう・・・嫁さんまで決まってるん。』
そう告げられたのは、いつだったっけ?ああ・・・そう。ポプラが綺麗に染まってた。
秋・・・だった。
「仕事?」
黙っているのも気まずくて、質問してみた。
「この格好見たら分かるやろ?お客さんとこまわったら、もうしんどくなって。
ちょっと、息抜きにフラフラしてたん。
けど、良かった。に会えたんやもんな。たまには、フラフラするもんや。」
屈託なく笑う彼に、うまく答えられず。
このまま、彼と話していたら・・・自分が昔に戻りそうな錯覚を覚えた。
「あの・・・私、行かなきゃ。じゃあ・・・元気でね。」
無理矢理に笑顔を作り出して、別れを告げる。
「待って。せっかく会えたのに、お茶でもしようや。それとも、誰かと約束でもしてるんか?」
ハッとした私。
無意識に、口元を押さえようとして・・・その指に婚約指輪があるのを気付き、手を下ろした。
途端に、彼の顔から笑顔が消えた。
「・・・結婚してるん?」
「ううん。もうすぐ・・・するの。」
『侑士は?』
喉まで出かかった言葉。けれど、それを聞いてどうなるものでもない。傷つくだけ。
言葉を飲み込んだ私に。彼は、薄く笑って言った。
「そうか。・・・おめでとう。」
「ありがとう。じゃあ・・・。」
逃げるように背を向けた。人ごみに紛れて、いつもは使わない地下鉄の階段を駆け下りる。
とにかく彼の視界から一刻も早く消えてしまいたかった。
頭の中に浮かぶのは。『何故?』ばかり。
何故?今頃。
何故?こんな偶然。
何故?あの頃と変わらない笑顔で。
何故?私の名前を呼ぶの。
何故?こんなにも苦しいの。
何故?こんなにも悲しいの。
何故?私はあなたを・・・忘れられないの?何故?
「ごめんなさい。急な残業が入ってしまって。ううん、遅くなるから・・・いいわ。ごめんなさい。じゃあ。」
婚約者に嘘の電話をした。
残業で遅くなるのなら、僕の家に泊まりにおいでよ。と、言ってくれたけど。
今は、彼に触れられることなど耐えられそうになかった。
顔さえ、真っ直ぐ見られないかもしれない。
心の深いところにあった湖に、小石が投げ込まれたみたいだ。
いくつもいくつも波紋が広がっていき。水面は揺れる
私は、その湖を覗き込んでいる。
本当の心が何を求めているのか。怖くて覗き込めなかった湖に。
映るのは・・・あなた。
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