つきせぬ想い 2
侑士に会ったその日から。通勤が苦痛になった。
人ごみの中、彼に似た人を見つけては・・・何度も心臓が止まりそうになった。
そして、無意識に彼を探している自分に気がついて嫌になる。
そんな自分に対する苛立ちと。胸を蝕んでいく彼への想いに。
今、置かれている立場を見失ってしまいそうになる。
今日は、ウェディングドレスを選びに行く日だ。
しっかりしなくちゃ・・・。
そう、言い聞かせて。人の波に体を任せた。
「うん。それが似合ってるよ?可愛いけど。どう?」
試着室から出てくるたびに、彼が目を細めて褒めてくれる。
私は笑って見せようとするのに、うまく笑えなくて。
「どうした?気に入らない?」と、彼に困った顔をさせてしまう。
「ごめんなさい。頭痛がして・・・。今度にしても、いいかな?」
彼に申し訳なくて言った嘘。
なのに、それは大変だ・・・と彼を更に心配させてしまった。
私を覗き込んで『大丈夫?』と何度も聞く彼。
こんなに優しい人が愛してくれているのに。
私は何をしているのだろう?この人と、生きていく。そう・・・決めたのに。
「大丈夫。少し、休めば治るわ。今晩・・・泊めてもらってもいい?」
彼は、やっぱり優しく笑って、私の肩を抱き寄せた。
婚約者の家に泊まって。
彼に抱かれることで、自分は大丈夫だと・・・証明できた気がしていた。
侑士の顔が浮かばなかった・・・といえば嘘になる。
けれど、彼を受け入れることができた。
一度、自分の家に戻って服を着替え、鏡の前で化粧をしながらも。
呪文のように『大丈夫』と唱えている自分がいた。
あの日。出会った侑士は、幻みたいなものだ。
そう。結婚を前にナイーブになった心が見せた幻。そう、思えば大丈夫。
外に出た。春が近い。
風は柔らかくて。どこからか、甘い花の香りがして心も落ち着いた。
ここしばらくなかった穏やかな気持ちで、私は歩いた。
「さん、お客さん。」
同僚に声をかけられて、顔を上げた。
外来の診療も終わり、病棟の処方箋もさばき終わった。
ダンボールから点滴のボトルを出していた私は、空いている時間だった。
誰だろう?
外来のほうの窓口は、すでにカーテンも閉められていたが、ちらっとめくって確認してみた。
薬の待合室に立つ影。こちらに背中を向けているけれど、すぐに誰だか分かった。
なんで?
素早くカーテンを直して、背を向けた。
気付けば、息を詰めていた。握り締めた拳は、白くなっている。
「さん?前の待合室で待ってるよ?ここは、もう終わりでしょ?」
「あ・・・ねぇ。いないって・・・言ってくれない?休みだとか。」
「えー?いるって言っちゃった。」
「あ・・・じゃあ、忙しくって・・・手が離せないとか。」
「何?どうしたの?そんな、怪しい人には見えなかったよ。」
「あ・・・怪しくなんかないの。あの・・ちょっと、会いたくないだけ。ねっ、お願いっ」
私が頭を下げると、同僚は訝しがりながらも頷いてくれた。
同僚が戻ってくる間も、カーテンの近くから動けなかった。
このガラス窓の向こうに、侑士がいる。
それも・・・私に会いに来ている。
そう考えるだけで、たまらない気持ちになって。喉から、封じ込めた想いが溢れてきそうだった。
同僚が、困った顔で部屋に入ってきた。
「どうだった?」
つい、走り寄って聞いてしまう。
「そうですか・・・って。なんか、ものすごく格好いい人だよね。ねぇ、誰なの?」
興味津々の彼女には、曖昧に言葉を濁して。
それでも、追究されそうになったところで、手術室から輸血の依頼が来て慌しくなった。
忙しさに紛らわせながらも、私の心には・・・ずっと侑士の後姿が残っていた。
緊急のオペが入ったせいで、いつもより遅くなった。
普段の数倍、心身ともに疲労したのを感じながら、白衣を脱いでロッカーに仕舞うとロビーに出た。
明かりの落ちた外来のロビーは閑散としている。
当直の事務と薬局の明かりだけがぼんやりと灯り、
ソファーで肩を寄せ合う家族たちの姿が少し見えるぐらいだ。
いつもの風景を見るともなしに見ながら。重い足取りで、正面玄関脇の通用口から出ようとした。
その時。突然、後ろから腕を掴まれた。
体を震わせて、振り返った。そこには、侑士がいた。
「話がある。付き合うてくれ。」
「ちょ・・・いや。離してっ」
いや・・・と言った私の言葉に。一瞬、彼の目が大きくなった。
次には、痛いほど力が入って、引きずられるように表に出される。
「嘘ついてまで、俺に会いたくないか?」
「待って・・・痛いっ」
「そんなに、俺には会いたくないんか?もう、顔も見たくないか?」
「違う・・・痛い・・離して。お願い・・・」
表の駐車場に引きずられていく。ものすごい力で。とても抗えない。
「忍足君っ、ちょっと・・・お願い・・・キャッ」
言いかけたところで、腕を引かれて。車のボディに押し付けられた。
ダン・・・と。車のボンネットに置かれた彼の手。
左右に手を置かれて、もう・・・逃げられない。
前を見るしかなくて、顔を上げれば。真剣な瞳の彼が私を見下ろしている。
駐車場を照らすライトに照らされてメガネのフレームが光っているのを、私は呆然と見つめていた。
「。俺は、会いたかった。ずっと・・・ずっと・・・会いたかった。お前に、会いたかった!」
「お・・・忍足」
「忍足って、呼ぶなっ!」
高校時代の彼。私が知っている彼は、穏やかで、飄々としていた。
声を荒げるとこなんて・・・見たことがなかった。
思わず、身を竦めてしまった私に。彼の顔が歪む。
「・・・ごめん。怖がらんといて?・・・ごめん。でも・・・」
私の左側に置かれていた手が、ゆっくりと下りてきた。
髪に触れて、頬に下りてくる。
体が・・・心が震えて。動くこともできなかった。
「覚えてるか?別れるとき言うたよな。別れても、きっと、また・・・お前のこと、好きになるって。
どこかで会ったら・・・また恋をするって・・・言うたよな?」
言いながら、頬に触れた指が唇に触れてきた。
目の奥が痛む。少しでも力を抜いたら・・・涙が堰をきって溢れてしまいそう。
「あれな・・・違うてた。別れても・・・ずっと、お前が好きやった。また・・・恋をするんやない。」
『ずっと・・・お前に恋したままやった。』
侑士の顔が近づいくるのを滲む視界で見た。
あんまり涙が溢れてくるから、瞳を閉じた。
それと同時に・・・重ねられた唇。
七年ぶりのキスは。
卒業式の日。別れの言葉を交わした後のキスと同じように。
涙の味がした。
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