つきせぬ想い 3
ポプラ並木からは、陽射しがこぼれて。
時々、眩しさに目を細めながら歩くのが、二人の日課だった。
侑士は、テニス部の監督に関西から引き抜かれてきた優秀なプレーヤーだった。
中学生とは思えない体格と、大人びた雰囲気。
柔らかな物腰と、ユーモアに長けた彼は、とても人気があった。
私たちは同じクラス。
とっかえひっかえ女の子と遊んでいる侑士に、私は片想いしながら友達をしていた。
あの頃の私は素直じゃなくて、口を開けば憎まれ口。
心の中とは、いつも逆の言葉しか出でこなくて自己嫌悪の毎日だった。
そんな私のどこに惹かれたのか。
侑士は私を傍に置いた。気の合う女友達の位置。
それでも、他の彼女のように飽きられて捨てられることはない。
近くにはいられるが恋人にはなれない。そんな微妙な位置にいた。
中学3年生の時。
擦れ違ったりしたけれど、やっと想いが通じ合った。
ふざけてばかりの彼。
甘くて、ベタベタして。恥ずかしいぐらいだった。
そんな彼が中学の卒業間近に、もう一度。心を決めたかのように私に言った。
「。好きなん。ずっと・・・俺の傍におって?」
そう。期末試験中で、一緒に帰った・・・あの日。
試験終了の打ち上げに、お茶でもして帰ろうと誘われての帰り道。
いつもの飄々とした彼はいなくて。真剣な目で、熱く感じるほどの視線で私を見つめていた。
頷いた私を力いっぱい抱きしめてきたのも、あのポプラ並木だった。
高校の3年間は、今思い出しても幸せだった。
侑士との時間を思い出すと、いつも穏やかな光と風があった。
彼は私の名前を優しく呼んで。いつも笑っていた。
ただ傍にいるだけで。肩を触れ合わせているだけで、想いが伝わってくるような・・・愛し方だった。
私は彼しか見えていなかったし。彼もそうだと思う。
お互いのぬくもりを抱きしめるように愛していた。
3年の夏を過ぎる頃から。侑士の様子が変わった。
クラスメイトたちが『忍足は関西に戻るらしい』と噂をし始めて、私の心は揺れた。
私は薬剤師を目指していた。
家が薬局をしていたこともあり、幼い頃から薬屋さんになるのが当たり前だと思っていたから。
侑士が関西に戻るかも・・・というのは、ずっと前から、頭の片隅にあったことだったし。
彼が望むなら、自分が関西の大学に進んでもいい・・・とまで思っていた。
3年の秋。あのポプラ並木も黄色に染まっていた。
落ち葉を踏みしめる音。残った葉の間からこぼれてくる陽射し。キラキラ輝いて綺麗だった。
今でも、よく覚えている。
なんとなく進路の話になって。私は薬学部を受験する・・・というような話をした。
その時、侑士が振り返って言った。
「俺はな。地元に戻って、家を継がなあかんねん。もう・・・嫁さんまで決まってるん。」
私は言葉を失った。
そんな私の頭を、大きな手が撫でた。そのまま頭を抑えられ、侑士の胸に押し付けられる。
彼のブレザーは、大好きなコロンの香りがした。
俺の家な。あっちでは、結構有名な家なん。まぁ、跡部んちほどじゃあ、ないけどな。
経営陣は家族で占めてるファミリー企業や。
俺は、そこの跡取り。子供のころから、忍足の家を継ぐための教育を受けてきた。
けど・・・性に合わんというか、どうも敷かれたレール走るんは嫌でな。
監督に声をかけられたとき、二つ返事でこっちに来た。
本当は、テニスなんかどうでもよかったんやけど。
こんな理由でもないと、忍足の家からは出られへんかった。
家は大反対やったけど、
帰ってきたら・・・ちゃんと家を継ぐ、皆の言うとおりにする・・・って約束して飛び出したん。
ホントは、高校から戻る約束やったのに、テニスがオモロなって。
それに、に出会ったからな。中学卒業前に、やっと両想いになれたし。
どうしても。もっと・・・お前と一緒にいたかったから、また親に頭を下げた。
一緒にいれば、いるほど。別れが辛くなんの・・・知ってたのになぁ。ごめんなぁ。
けど、もうどうしようもないくらい好きで。好きすぎて、胸が痛いくらい好きなん。
せやから、言えんかった。手放せんかった。
お前と、一分でも長く一緒にいたかった。
ごめんなぁ。
私は、ただ泣いていた。侑士のブレザーにしがみついて。声を殺して泣いていた。
関西にだって着いていくと。心の中で決めていた言葉は、無残に消えていった。
『向こうの大学を卒業したら、遠い親戚になる子と結婚が決まってんねん』
侑士が・・・声を震わせて。そう、告げたから。
あの日から卒業までの数ヶ月。私たちは、一切・・・進路について話さなくなった。
ただ、一日、一日を大切に生きた。
砂のように零れ落ちていく時間を悲しみながら。
自分の使える時間、すべてを。お互いのために使った。
二人で過ごす時間に、私たちは集中した。
どんなに細かいことも。どんなに些細なことでも。忘れないように。記憶しておこう・・・としていた。
ふとした時に泣きたくなる。
夕焼けが綺麗だったり。冬の雨が冷たかったりすると。涙腺が緩んだ。
その度。侑士は私の肩を抱き、黙ってキスをした。
卒業式の日。私たちは並んで写真をとった。
何も知らない岳人君が『遠距離恋愛、頑張れよっ!』と笑いながらシャッターを切ってくれた。
跡部君だけは、すべて知っていたらしい。
彼も、跡部という名を背負った人間だから・・・侑士の立場が理解できるのだろう。
「。笑ってやれ。」
侑士が他の部員に囲まれているとき。私の隣に来て、一言だけ残して去って行った。
そうね。笑えるものなら・・・笑いたい。
彼の記憶に残る、最後の私が。泣き顔なのは・・・嫌だから。
夕暮れのポプラ並木で。私たちは、別れることにした。
「元気でな。」
言葉少ない侑士。けど、それ以上・・・言葉が出ないのだと。レンズの奥の瞳を見て分かった。
「侑士も。」
私は笑った。笑うのに、こんなにも努力が必要なのだと初めて知った。
それでも、笑って見せた。
侑士の目が細くなって。長い指が、レンズの奥に伸びていく。
少しだけ涙を拭って。侑士も笑った。
「俺な。きっと、また。お前のこと、好きになると思う。どこかで会ったら・・・また恋をする。そう思う。」
「侑士・・・」
「最初で、最後や。こんなに人を好きになるのは。ありがとう、。」
「ありが・・・」とう、侑士。
続けたかった言葉は、やっぱり涙で言えなかった。
侑士の手が伸びてきて、ぎゅっと抱きしめられた。
そして、最後のキスをした。・・・別れのキスを。
私たちは、お互いの住所も交換せずに。
もう二度と会うことはないと。
もう二度と・・・こんなに誰かを愛することもないと。
つきない想いを抱きながら別れた。
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