つきせぬ想い 4
月は、どこまでも私たちを追ってくる。
夜の戸張の中。
私たちは、逃げるように車を走らせた。
郊外に出て、大きなコンビニを見つけた。
深夜の長距離トラックが仮眠している広い駐車場の隅っこに車を止める。
「なんか、あったかいもの買うてくる。何がいい?ロイヤルミルクティーか?」
侑士が、シートベルトを外しながら窺うように笑う。
ロイヤルミルクティー。高校時代のお気に入り。
「覚えてたの?」
「忘れるわけないやん。お前のこと・・・何ひとつ忘れてない。」
じっと見つめて。頬に触れてくる手を。もう、拒むことができなくて。
その温かい手に擦り寄ると、また軽いキスが落とされた。
「じゃ、買ってくる。」
侑士がドアを開けて、外に出る。
一度、窓を覗き込んで、笑顔を残し。彼は背を向けた。
その背中を見ていたら、また・・・のどの奥が苦しくなる。
滲んでくる涙を指で押さえながら、小さくなる侑士の背中を見続けた。
あのポプラ並木で別れた日も。
私は小さくなる彼の背中を見送った。それが、思い出されて。
携帯から着信音がする。もう、何度目かのコール。
カバンから出して、耳に当てた。
「もしもし。」
『?どうした?電話しても出ないし、家にも帰ってないから心配したんだよ。今、どこ?』
「ごめんなさい。高校時代の・・・お友達に、偶然会って。」
嘘だらけの言い訳をしながら。俯いて、片手で自分の顔を覆う。なんて・・・ことを。
『明日は、注文してあった指輪を取りに行く日だからね。仕事が終わったら、電話するよ。』
「わかった。」
『じゃあ・・・あまり遅くならないように・・・って、もう遅いけど。早く、帰れよ。』
「うん。」
『じゃっ』
「うん。おやすみなさい。」
ブツ・・・と切れた電話。耳元に繰り返される、機械音。
耳に携帯を当てたまま。しばらく動けなかった。
のろのろと携帯を閉じて、ふと外を見ると。
侑士が缶を持ったまま立ち尽くしていた。
フロントガラス越しに目が合って。彼が、少し・・・辛そうに目を細めたのが分かった。
ドアが開き。外のざわめきと、冷たい夜風が入ってくる。
それと同時に、真っ黒の髪をした侑士も。夜の空気をまとって入ってきた。
「はい。これやんな?の好きな、やつ。」
差し出されたロイヤルミルクティーは、私がずっと好んでいたメーカーのもので。
こんなことまで覚えていたのかと、胸がいっぱいになった。
「ありがと。」
「電話。」
「・・・・。」
「婚約者から?」
「・・・・。」
缶コーヒーの蓋を開けながら、前を見たまま侑士が訊く。
「この前な。病院の近くで会ったん・・・あれ、偶然やない。」
「え?」
「お前の勤めてる場所、跡部に教えてもろうた。で、会いにいく途中やった。」
侑士は、私を見ない。前を見たまま、深くシートに身を沈めた。
「俺な。年明けに離婚した。この若さで、バツイチや。大学卒業してすぐに結婚したけど。
2年も持たんかった。
嫁さんは、他の男の子供を妊娠して・・・出て行った。まあ・・・仕方ない。
俺には、愛情がなかったし。・・・辛い思いさせたと思う。」
淡々と話す侑士。私は、缶を握り締めたまま、体を硬くして、その横顔を見つめていた。
「忍足の家は大騒ぎやったけど。俺の頭にはな、お前の顔しか浮かばんかった。
会いたくて・・・。どうしようもなく会いたくて。
跡部に連絡して。渋るアイツから、あの病院の場所を聞き出した。
跡部にな、が幸せにしてたら・・・顔は見せるな。って、言われてたんやけど。
街の中で、お前の姿を見たとき。
すぐに見つけられた自分が嬉しくて。懐かしくて。・・・愛しくて。気付いたら名前を呼んでた。
振り向いたお前の顔、見たとき。」
侑士が、顔を横に向けた。うっすらと微笑んで。優しい瞳で、私を見る。
「やっぱり・・・が好きやって、思うた。」
泣きたくなった。忘れたことなどなかった。
過ぎていく月日の中で、侑士の声が曖昧になるのが悲しくて。
忘れないように、何度も頭で再生した『、好きや』という言葉を。
今になって。こんな時に、耳にするとは思ってもみなかった。
「お前が、もうすぐ結婚するって言うたのを聞いて・・・俺がどう思うたか分かるか?」
悪戯っぽい笑顔を浮かべる彼に、何も答えられない私。
「俺な、喜んでた。間に合った・・・って。まだ、お前は取り戻せるって。
自分でも、とんでもない考えやと思うたけど。本当に、そう思うた。
今度こそ、をさらってしまおうってな。」
クス・・・と笑って。次には、シートから身を起こして、真面目な顔になる。
「お前は?このまま、俺に・・・さらわれてくれるんか?」
遠くでクラクションの音が響いた。車の行き交う音だけが、低く響く車内で。
私には、どこにも逃げ場がない。
答えを、ここで出すなんて。とてもじゃないけど、できなくて。
優しい彼の顔。結婚を喜んだ、両親の顔。
おめでとう・・・と電話してきてくれた友達の声が浮かんで。
けれど。目の前には、侑士がいて。
なにをどうすればいいのか。もう、心の中はぐちゃぐちゃだ。
俯けば、左手にはめられた婚約指輪が光っていて。思わず、それに触れる。
カタン。と、音がして。侑士が、飲み干した缶コーヒーをダッシュボードに置いたのを見た。
その手が素早く伸びてきて。抗う間もなく、抱きしめられた。
ぎゅっと、息が詰まりそうなほど抱きしめられて。
あの頃と同じコロンに・・・また泣きたくなる。
少し力が緩むと、左手を取られた。私の目の前で、侑士が婚約指輪に手をかける。
「駄目っ」
咄嗟に手を引いたけれど、痛いくらい手首を押さえられていて逃げられず。
私が見ている前で、薬指から指輪が抜かれていった。
侑士は抜いた指輪を握り締めると、ジャケットの胸ポケットに入れてしまった。
「駄目よ、侑士。返してっ」
「いやや。」
言いながら、外した左手の薬指にキスをする。
「お願い・・・」
涙声になる私に。侑士は首を横に振る。
「。お前はもう、選んでる。この車に乗った時点で・・・お前は俺を選んでるねん。」
「あ・・・私・・・」
なんてことを。どうしよう。どうしよう。
涙が、流れてくる。悲しいのか。困っているのか。嬉しいのか。
なんで泣いているのかも分からないのに。
あとからあとから、涙が出てくる。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい・・・。
誰に謝っているのか。自分でも分からない。それでも・・・出てきた言葉は謝罪だった。
侑士の腕が体を包む。今度は、ふんわり抱きしめられて。
いたわる様に背中を撫でられ、柔らかいキスが繰り返される。
「これからのことは・・・全部、俺が罪を背負う。お前にも・・・辛い思いさせるやろうけど。
二度と。お前を一人にはせんから。俺が、絶対に守りぬくから。・・・俺の傍にいて?」
好きや、。この7年。一度も忘れたことがない。
誰といても。なにをしても。・・・お前が好きやった。ずっと・・・お前に恋してた。
つきない想いやったん。。
泣きながら。侑士の囁きを聞いていた。
心の中に。静かに落ちて、深いところで広がっていく言葉が。
私の中に満ちていく。
「侑士・・・」
呼んだ名前は、彼の吐息に重なっていった。
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