月とすっぽん 番外編 〜忍足の願い〜
休日の昼下がり
久々にをカフェに誘った。
だいたいの事情を跡部に訊いてから、会いたいと思っていた。
溜息をつきながらカップに注いだミルクを何度も混ぜる。
何をそんなに思い悩むことがあるのだろうかと笑ってしまうが、本人は深刻らしい。
口にはしなくても『どうしよう』という気持ちが丸出しのは、テーブルの向こうで特大の溜息をついた。
おめでとう。
そう言ってやればいい。分かっているが、なんとなく言うのが面白くない。
困りきっているを前に、俺は昔を思い出していた。
『根負けした』
苦々しく言って、部誌を俺に寄こした跡部。
部室の前には、嬉しさを隠せない様子で手を振っているの姿があった。
は普通のコやった。
それなりに可愛い顔で、いつもニコニコと笑っている。
ただ跡部の周囲にはモデル並みの美人や資産家のお嬢様が掃いて捨てるほどいたので、
その存在はあまりに平凡で目立たなかった。
跡部が平凡を絵に描いた様なと付き合い始めたと知った時、
何日もつんかなと内心で思った俺だったが・・もった。
もったなんてもんやない、何年もアノ跡部の傍らに立ち続けた。
他から嫉妬され、虐められ、のけもんにされ、傍から見ても気の毒になるような孤独に耐え、
更に跡部にも冷淡に扱われながらも、は絶対に跡部の傍を離れなかった。
どんな時もは跡部が好きで、何があっても最後には跡部を信じた。
跡部はホンマに根負けしたんや。
根負けしてを受け入れ、いつしかはかけがえのない存在になった。
跡部家にとって何のメリットもない女を一生手元に置こうと思うぐらいにな。
「で?式はいつや?」
「し、知らないよ。うちの親も気が動転してて、それどころじゃないし」
「まぁ、急に大企業の御曹司が家にやってきたらビビるよなぁ」
「そうだよ。私にも相談なしで、突然。ちょっと時間が空いたからって」
ちょっと時間が空いたからで、相手の両親に挨拶に行くのは跡部ぐらいのものだろう。
大変だったんだからと頬杖をついたの指には、キラキラと輝くエンゲージリングがあった。
細くて綺麗な指に納まった指輪は跡部らしくもなく小ぶりで、だけどにはとても似合っていた。
わかっていないようで、わかっている。
あいしていないようで、あいしている。
常に遠くを見ている跡部が、ふっと傍らを見る時に必ずある存在。
それがどんなに大切なのか当の本人は知らない。
「大人の女になってきて綺麗になったからなぁ。跡部も焦ってきたんやろ」
「はい?冗談はやめてよ。超怖い上司に『もう少し身なりに気をつけてください』って嫌味を言われてるんだよ?」
口をとがらせるだが、随分とあか抜けて綺麗になった。
もとの素材が悪くなかったし、磨けば光る宝石だったらしい。
が跡部の傍にいられたのは、先に希望を抱かなかったからだと俺は思う。
ある意味、跡部なんかよりも薄情に別れを信じていた。
いつかは会えなくなる人に多くは求めず、今ある精一杯で愛し、信じた。
今を生きることに一生懸命だったが、先を示されて慌てているように俺には見える。
「跡部家に入るんが嫌なら、俺にしとくか?」
正面から真っ直ぐに見つめて告げれば、
瞬間だけ瞳を大きくしたが呆れたみたいに笑った。
「馬鹿」
いつも跡部に『馬鹿』と呼ばれてるに馬鹿呼ばわりされた。
がっくりしながら、その通りだと口元が緩む。
俺は跡部を好きなが好きやった。
きっと俺のものになってしまっては意味がない。
「覚悟決めて先を見るんやな。ほら、例のすっぽん魂や」
「すっぽん、好きじゃないし」
拗ねたような口調も好きやった。
幸せになりますように。
心から願って、これが最後だとの頭を乱暴に撫でてやった。
月とすっぽん 番外編 〜忍足の願い〜
2012/06/25
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