月とすっぽん 完結編 完












人生にはモテ期というものがあるらしい。
景吾なんかは生涯がモテ期かもしれないが、私には縁のない話だと思っていた。
そのモテ期が今夜に集中してやってきたらしい。


いつの間にか私は男性陣に囲まれていて、
お姉様方はテーブルの向かいで仕事の愚痴に花を咲かせている。


可愛いとか、明るくていいとか、清純そうだとか。
これまで聞いたことのないような台詞を異性に次々と浴びせられ、言葉に酔ってしまった。


なんだ、これは。
何かの番組で騙されるターゲット役が私なのだろうか。


なんとかトイレに逃げて、携帯を取り出した。
アルコールにも酔って頬は熱いし、ぐらぐらする。


景吾の声が聞きたいと画面を見たら、なんと電源が落ちていた。
充電切れを確認して、さらに気分が悪くなる。



駄目だ、もう帰ろう。



心に決めて外へ出たら、手が早いと言われていた人が壁にもたれて待っていた。
ぎょっとした私に柔らかな笑みを浮かべ、一歩、二歩と近づいてくる。



「あ、あの」
「この後、ふたりで飲み直さない?」


「私・・・もう帰ろうと」
「だったら一緒に抜けよう」



そうじゃなくて。
断りたいのに、彼は押しが強い。
あたふたとしているうちに、肩を抱かれてしまった。


うわっ、素早い。
本当に手が早いんだと思った瞬間だ。横から腕を引っ張られた。


ドラマならピンチに現れるのはカッコいい恋人だと決まっている。
だけど私を救ってくれたのは・・・



「なんで」



笑顔の五百蔵さんだった。



さん、困りますね。あなた、私をクビにするつもりですか?」
「クビ?」



なんのことか分からない。
ぼやっとしている私をスルーして、五百蔵さんは目が全然和んでいない怖い微笑みを浮かべた。



「君、営業課の田中さんですね。申し訳ないですけど、彼女は諦めて下さい
 彼女は或る人からの預かり物でしてね。誰にも触れさせるわけにいかないのですよ
 ということで、さん。肩を抱かれたことは忘れて下さると助かります」


「はぁ」
「はぁじゃなくて、『はい』でしょう」


「はいっ」
「よろしい」



手の早い人は『田中さん』だった。
名前を思い出せてスッキリしたが、それどころではない。
どうして現れたのか分からない五百蔵さんだけれど、その威圧感は半端じゃなかった。


田中さんはコクコクと頷き、ひきつった笑みを浮かべている。
私はというと小学生よろしく『はい』と答えて直立不動だ。



「では帰りますよ」
「あ、お金」


「私が払っておきました」
「すみません」


「後で返してくださいね」
「はぁ・・じゃなかった、はいっ」



五百蔵さんに肘を引かれ、連行されるがごとくに店を出た。
途端に澄んだ空気を吸えた気がして、大きく息を吐く。



「まったく・・探しましたよ。私の許しも得ずに飲みに行くのはやめてくださいね」



なぜ、五百蔵さんの許可が?
そう思ったけど、なんだか訊ける雰囲気じゃない。



「携帯が切られていましたが?」
「あ・・充電が切れてしまって」


「そういうのにも気を配らないと。大事な時に使えないのでは携帯電話を持つ意味がありませんよ」
「す、すみません」


「今回は他の方と連絡が取れて事なきを得ましたが気をつけてください」
「はい」



周囲を見渡した五百蔵さんが手を上げると、呼ばれたみたいに大きな車が近づいてきた。
なんだろうと思う間もなく五百蔵さんが後部座席の扉に手をかけて開けば、そこには。



「よぉ。随分、お楽しみだったみたいだな」



不機嫌な景吾がおりました。


驚きと嬉しいのとで景吾の名前を呼ぼうとして、五百蔵さんがいることに呼んでいいものか考えた。
その一瞬の隙をついて私の体は後部座席に引きずり込まれる。
間抜けな悲鳴を上げて景吾の膝に倒れこんだと同時に片方のヒールが脱げた。


ヒールを置き去りにされては大変と情けない姿を承知で振り向けば、
苦笑いの五百蔵さんが拾って差し出してくれた。



「あの・・ありがとうございます」



景吾に倒れこみつつも必死で体を支え、五百蔵さんにお尻を向けてままで礼を言っても様にはならない。
恥ずかしさに泣きそうになりつつも、ヒールを受け取った。



「では、私はこれで」
「手間をかけさせて、すまなかったな」



景吾は私の体を更に奥へと引っ張り込むと五百蔵さんに礼を言う。
にこやかに五百蔵さんも応え、スマートな仕草でドアを閉めると頭を下げた。



車は滑るように走り出す。
なのに私はというと景吾に抱かれてはいるもののシートに四つん這い状態。
なにがなにらやら分からないけれど景吾に会えたのは嬉しいので、
とりあえず抱きついて景吾を充電することにした。


が、強引に体を引きはがされてしまう。



「なんで?久しぶりなのに」
「この酔っ払い。俺に触るな」


「そんなに飲んでない」
「酒臭いんだよ」


「嘘」


身を起こして、くんくんと自分の匂いを嗅ぐ。
店の匂いは残っている気がしたが、酒臭いかは分からない。



「そう・・かな?じゃあ、息とめてるから充電させて」



手を合わせて切実にお願いしたら、呆れた目で私を見ていた景吾が口元を緩めた。



「なんだ、そりゃ」
「だって。ずっと景吾不足だったんだもん」



もう我慢できないと、許可を貰う前に景吾に抱きついた。
ぎゅっと景吾の体に腕を回して顔を埋めると、大好きな景吾の香りがする。
犬のように匂いを嗅いで、それに心の底から安堵した。



「だいすき」



小さく呟いたら、緩やかに景吾の腕が体を包んでくれる。
なだめる様に背を撫でられたら、なんでか鼻の奥がツンとしてきた。


ずっとずっと好きなのに、まだまだとっても好き。
どこまで景吾を好きになるんだろうって、ちょっと悲しくなる時がある。
永遠の片想いみたいで、景吾と私じゃバランスが取れてないよなぁって。


景吾が頭のてっぺんに顎を置いてきた。



「お前は自分のことばかりを考えてるだろ」
「なに?どういうこと」



言われた言葉が理解できず、景吾の胸から顔を上げる。
暗い車内でも景吾の瞳はキラキラして強い光りを発していた。
その瞳が私を見つめ、長くて綺麗な指が頬を撫でる。



「好きだ好きだと俺に言うが、俺のことを考えたことがあるか?」
「いつも景吾のこと考えてるよ」


「そうじゃない。俺が何を考え、何を思っているのか考えたことがあるかと訊いてるんだ」



景吾が考えてること?
すっと胸が冷える。なんだろう。
嫌だ。先のことなんか知りたくないし、考えたくないのに。



だって景吾と私じゃ、月とすっぽんなんだよ?



怖くて景吾から視線を逸らした。

けれど直ぐに頬を包まれ、無理やりに視線を合わせられてしまう。



、お前は本当に馬鹿だな」
「馬鹿馬鹿って・・・」


「馬鹿だから言ってんだよ。いいか?俺が五百蔵をお前につけた意味が分かるか」
「意味?仕事ができないから」



至極真面目に答えたけど、目に見えて景吾が落胆している。



「五百蔵は将来的には俺の右腕になる優秀な男だぞ。その男をつけたんだ」
「そんな優秀な人を私なんかにもったいないよ?」






途端に目をつり上げた景吾が私の肩を掴んだ。
強い力に肩をすくめたけど景吾は力を抜かない。



「いいか、よく聞け。お前にだから、つけたんだ
俺がどれだけお前を大事にしているのか、ちっとは気づけ」



この鈍感と付け加えて、景吾が私にキスをした。
運転手さんだっているのに、何度も何度もキスをした。



「五百蔵は教育係だ。お前が、跡部の家に入っても困らないようにな」



そう言って、唇を触れあわせたまま笑った景吾。
綺麗になったからって、他の男に靡くなよと私を泣かせた。




















月とすっぽん 完結編 完

2012/06/11




















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