本当は気づいていたんだ。
俺はハナちゃんに恋をしてるんじゃないかって。
ただ前の恋があまりに長く深いものだったから、
こんなにも簡単にハナちゃんを好きになってしまう自分が認められなかった。
また本気で人を好きになって傷つくのが怖かったのかもしれない。
ハナちゃんに寄せる好意の質が違っていた時に、自分と同じ痛みを彼女に負わせるのが怖かったのかもしれない。
どちらの理由にしても俺は逃げてた。
傷つくこと傷つけることを恐れて、本当に大切な気持ちを見失ってた。
は母親らしい温かな声で言う。
あなたからの受け売りだけど・・・と前置きして。
『乾、幸せを怖がらないで』
ありがとう、。頑張るよ。
嘘つきな酔っ払い 最終回
翌月、俺は売るほど余っていた年休を一週間取った。
ハナちゃんのメールアドレスは入手済みだが、
何度文字を打ち込んでも全てを伝えられるはずもなく不完全燃焼のメールは惜しげもなく消去された。
国際電話という手も考えたが、顔の見えない電話では不安で仕方ない。
ハナちゃんの表情を見ながら言葉を選択できないのが俺には不向きのように思えた。
結局は『会いたい』という欲求に勝てなかったというのもあるが、
何にしても会わなければ始まらないと結論付けた俺はアメリカ行きの飛行機に乗っていた。
ああ、本当だ。
空が広くて青いな。
空港からバスやら何やら乗り継いで、やっと辿りついた郊外の研究所は日本の大学ほど広い敷地に建っていた。
うらやましいもんだと溜息をつきながら足を踏み入れる。
ふとハナちゃんが日々ながめている景色なのだと思うと急に愛しい気持ちになって、
立ち止まり青空を背景にした真っ白の建物を見上げた。
受付で名前を告げ、ハナちゃんに取り次いでもらう手続きをした。
だが彼女の所属する研究室からの答えは『席にいない』というものだった。
『多分、散歩じゃないかな?敷地からは出てないと思うよ。』
日本じゃ考えられない大雑把な返事をもらい、俺は右も左も分からない広大な敷地を歩くハメに陥った。
受付にサインはしてきたものの、
どこの誰とも分からない日本人が歩き回ってセキュリティ的には問題ないのだろうかと心配しつつハナちゃんを探す。
正直言って探して見つけられる自信など全くなかった。
戻ってロビーででも待たせてもらうのが一番賢いやり方だと分かっているのに探し回ってる俺は
落ち着いて待っていられないほど緊張しているらしい。
会ったら、まずアレを言ってコレを説明して・・・頭の中でシュミレーションしながら歩いてる。
でも実際に顔を見てしまったら、きっと全ては吹っ飛んでしまうんだろう。
そんな気がする。
久しぶりに感じる恋のトキメキに眩暈がすると同時に
胃が痛くなるような不安だって感じている。
俺の気持ちと君の気持ち、うまくかみ合うだろうか。
3ヶ月のタイムラグが君にどんな変化をもたらしているだろう?
彼女に会わないと答えが出ない問いばかりを繰り返して落ち着かない俺だった。
大きな建物の角を曲がった時、並ぶ落葉樹の向こうから懐かしい音が聞こえた。
反射的にコートを探す。音のする方向に向かって、俺の足は自然に走り出していた。
規則的に並んだ木々の向こうには見慣れた緑のフェンスが見え隠れする。
こんなところにテニスコートがあるとは、ますます羨ましい。
勝手に緩んでくる口元はそのままに、テニスに興じる人たちを目で追いながらフェンスの後ろに立った。
審判もなしで、試合というより遊びでカウントを取っているような打ち合いだが楽しそうだ。
俺は笑い声が響くコートを懐かしい思いで見つめた。
向こうのコートに立つ青年がサービスの構えをする。
なかなかのフォームだなと思った瞬間、自分の視線が一点で固定された。
サービスを打つ彼の後ろ、向かいのフェンス裏で試合を観戦している白衣を着た小さな姿。
ここでは目立つだろう真っ黒の髪は、相変わらず後ろで一つにまとめられているらしい。
心の奥から湧いてくる喜びに自分自身が驚きつつ、見間違えではないのかと目を凝らす。
その時、遠くの彼女が両手で口元を押さえた。
ハナちゃんだ、間違いない!
確信した。
あれは彼女の仕草だ。ハナちゃんは俺に気づいたんだ。
思った時には走り出していた。
彼女が逃げ出しそうな気がして、フェンスの脇へと回り込みながらも目で姿を捉えながら急ぐ。
植えられた低木に足元が引っかかるのも構わずに俺はハナちゃんを目指した。
ザッと土を蹴る音をたてフェンスの角を曲がれば、ハナちゃんは逃げもせず呆然と俺を見ていた。
最近の運動不足がたたって情けなく息が切れてる。
その呼吸を無理矢理に整えながら、耳に響くような自分の鼓動を聞いていた。
何より目の前にしたハナちゃんの姿が変わってなくて、ただ嬉しかった。
「やぁ。」
言って少しずつ彼女に近づく。
お願いだから逃げないでくれよと祈りつつ、懐かしいテニスボールの音に背を押される気持ちがした。
「元気・・そうだね。」
信じられないって顔をしてる。
言葉も出ないの?なら、期待してもいいのかな。
レンズの奥の瞳が瞬きを忘れてるみたいな君。
その瞳がどんなに綺麗で、どんなに優しい色をしているか・・・俺は知ってるんだ。
「こんなとこまで来ちゃったよ。」
「どう・・して」
「会いたくて。
どうしようもなく君に会いたくて・・・来たんだ。」
それは、たった一つの切実な理由。
なのに君は眉根を寄せて「何のために?」と口に出さずとも分かる表情で俺を見ている。
ハナちゃんにとっては思いもよらない事なのかもしれない。
君は後悔しないと口にして、既に俺を諦めているんだから。
「俺はね、こんな遠くまで追わずにいられないほどに君が好きらしい。」
「え?」
「君は追うだけ追って『ハイ、サヨウナラ』だけど、俺は諦めの悪い男なんだ。
色々悩んだけどアメリカくんだりまで来てしまったし、この際はシッカリと君の気持ちを聞いてじゃないと帰れない。」
何を言われたのか分かってなかったハナちゃんが、途端に頬を真っ赤にした。
意味が伝わったらしい事にホッとして視線で答えを促せば、ハナちゃんの瞳に戸惑いが浮かんだ。
「でも乾さんには・・」
「忘れてないよ、彼女は今の俺を作ってくれた大事な人だからね。」
そう、は俺という人間を作ってきた歴史の一部なんだ。
ハナちゃんの顔が切なげに曇る。
そんな顔しなくていいんだ、君には笑顔がとても似合うから。
「でもね、今の俺が会いたいのはハナちゃんだった。
大事だと過去に想った人じゃなく、今の俺は君に会いたくて・・・君が好きなんだと気づいた。
過去に誰かを好きだった俺では駄目かい?
胸のうちに大事にしたい思い出を持つ男では駄目だろうか?」
正直な気持ちを言葉にした。
ハナちゃんには嘘も誤魔化しも言いたくないから、多少は格好悪いが正直でいたい。
判決でも待つような気持ちでハナちゃんの答えを待てば、彼女の瞳には見る間に一杯の涙が溢れてきた。
「ハナちゃん」
「も、いい・・です」
「なに?」
「私は・・・昔も・・今も・・乾さんが・・好きです。」
ハナちゃんが笑った。
泣き笑いのクシャッとした笑顔だけど、俺には最高に可愛い笑顔だ。
「ウン、ありがとう。
俺もハナちゃんが好きです。」
ワッとコートから歓声が沸いた。
お遊びの試合が終わったらしい。
俺たちは微笑みあってコートに視線を移す。
光りが眩しいコートに立っていた俺は、今やっとハナちゃんの隣に立つことが出来たんだ。
長いこと待たせてゴメン。
小さく詫びて、隣に立つ小さな肩を抱き寄せた。
俺の一日はメールチェックから始まる。
日記のように毎日の出来事が記されている恋人からのメールを寝起きの頭で読むのが日課だ。
頼むから風呂には入ってくれとか、
無防備に床に寝るのだけは止めてくれとか言いたい事は山ほどある。
荷造りが進まないと愚痴るメールに頬を緩めながら、俺はコーヒー片手に卓上のカレンダーをめくった。
赤い丸印に目を細め、君を想う。
銭湯にも付き合うし、今度はタオルもプレゼントするよ。
風呂の後にウロウロすると風邪を引いてしまうから、俺の部屋に招待しよう。
鍋でも食べようか?それともコロッケ?
君が隣で笑っていたら、きっと俺は手を伸ばしてしまうだろう。
今度こそ抱きしめて恋人のキスをしよう。
夜明けまで君に愛を囁いたっていい。
君とは終わらない恋をしたいんだ。
だから早く帰っておいで。
ハナちゃん、俺が待ってるから。
嘘つきな酔っ払い 最終回
2006.12.08
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