嘘つきな酔っ払い 1










テニス部の同窓会。
久々に集まったメンバーに話が尽きることはなく、アルコールの量も増えていく。
二次会、三次会と宴は続き、気づけば深夜の三時近くになっていた。


なんていうか、ハメを外しすぎ。



先輩、送っていくっスよ。」
「なに言ってるの。越前君の方が飲んでたでしょう?ほら、車を拾って帰りなさい。」


「確かに、久々に飲まされた。なら、先輩が送ってよ。」
「はぁ?」



何を言い出すのかね、この後輩は。
昔は見下ろしていたオチビちゃんが、今は見上げるほど大きくなった。
生意気な瞳と真っ黒でサラサラな髪は変わらない。


けれど、もう立派な大人の男。
世界中の人がその名前を知る、有名なテニスプレイヤーに成長した彼。
雲の上のような存在になってしまったけれど、こうやって我儘な口をきく彼は昔のままだ。



「あのね。今、何時だと思ってるの?三時よ、三時。私だって女なんですからね。
 越前君は一人で車拾って帰りなさい!もう、こんなことなら乾に送ってもらえばよかった。」


「いつも乾先輩に送ってもらってるの?」
「そうね。でも、私が引っ越したから・・・最近は一緒に飲みにも行ってないのよ。ホント、集まったのって久しぶり。」


「ふーん。そうなんだ。」



話しながらブラブラと歩く越前君は本当に酔ってるみたい。
こんな有名人を放って帰ったらマズイかしら?
事故に遭ったり・・・何かの事件に巻き込まれてしまったら。
治安の良い日本で、まさかねぇ。
でも・・・


見慣れない越前君の広い背中を見つめながら考える。



「分かった。とにかくタクシーを拾いましょうよ。
 それで、越前君の家のほうを回ってから私の家に帰るわ。それで、いい?」


「いいっスよ。けど俺、成田のホテルに荷物置いてきたんだけど。」
「なんですって」


「だって帰国した足で店に行ったんですよ。」



ニコッ。コイツ、笑ったな。
どうしてくれよう。



「やっぱり別々にタクシーを拾って帰りましょう。」


「ヤダ」
「ヤダって、じゃあ・・どうするの?」


先輩ちに泊まる」



ギョッとした。
酔っ払いが何を言い出すのかと越前君を見上げれば、
彼は深夜の風に吹かれながら酷く真剣な目をして私を見ていた。



「泊まる。先輩を抱きたい。」



心臓が止まるかと思った。
瞬きも忘れて越前君を見つめる。
私たちの横をスピードを出した車が次々と通り過ぎていく。



彼は何を言った?
ああ、違う。酔っ払いの言うことよ。
まともに取り合っちゃ駄目。



「越前君、相当に酔ってるね。桃城君が飲ませてたから。」


「いつもよりは酔ってるけど、酔ってないよ。」
「酔ってるじゃない。寝言みたいなこと言ってないで、タクシーを捜しましょう。」


「酔ってない。」
「酔ってる。」


「酔ってないよ。」
「酔っ払いは、みんな酔ってないって言うのよ。」



越前君の言葉を軽く流し、白いガードレールの隙間から広い通りを覗き込む。
その時、突然後ろから腕を掴まれて体が思いもしない方向へ持っていかれた。



小さな悲鳴は熱い胸に吸い込まれ、目の前には白いシャツしかない。
アルコールのせいなのか、越前君の鼓動がやけに速く聞こえた。



「コラ、酔っ払い!ふざけないで放しなさいっ」
「ヤダ」


「お、大きな声だすわよ。」
「いいよ。ふさぐから。」


「越前く、」



顔をあげて抗議しようとしたら、視界に降り注ぐ彼の黒髪があった。
強引なキスはアルコールの香り。


人の気も知らないで。馬鹿!


目の奥が熱くなるのを感じながら越前君の背中に恐る恐る手をまわす。
広くて大きな背中は温かい。



いいわ。酔っ払いの後輩君。


一夜の夢を見せてちょうだいな。
ずっとあなたに恋焦がれてきた私に・・・たった一度の夢を。










目覚めれば酔っ払いの姿はなかった。


既に時計は昼近くを指していて、ブラインドの隙間から場違いにも思える明るい日差しが漏れている。
私はというとプールから上がったような重い体に眉をしかめ、寝乱れた髪を手櫛で直しベッドに起き上がる。


せめて一言。
メモでも残してあるかと探したが、何も残してなかった。
あるのは彼の寝ていた後に残るシーツの皺ぐらいのものだ。



ああ、頭痛がする。
もしも妊娠していたら、どうしよう?
それはそれでいいけど。
そう思ってしまう自分に苦笑い。



越前君は後悔を抱いて部屋を飛び出して行ったんだろう。
カワイソウに。彼のことだから、もう二度と私に近づくことはないだろう。
それとも、クールに全くなかった事にしてくるかしらね。


どちらにしても夢から目覚めた朝は辛いものね。
魔法の解けてしまったシンデレラも同じ気持ちだったのかしら。





とりあえずシャワーを浴びて、眩しいほどの日差しの中で髪を拭いていたら携帯がなった。
慌てて覗いたディスプレイには乾の名前。


よく考えたら私は越前君の電話番号なんて知らない。
つまりは彼も私の番号など知らないわけで、かかってくるはずもなかった。



「もしもし」


『おはよう。というか、こんにちは。起きてた?』
「うん。さっき、起きた。」


『俺もだよ。あの後も更に飲んで、気づけばお年寄りが公園でラジオ体操していたよ。』
「一緒に体操した?」


『いや。吐きそうだったから、それどころじゃなかった。』



飄々とした乾の喋り方に笑ってしまう。
ヨカッタ、私は笑えてる。大丈夫だ。



『で、は大丈夫?』
「え?なにが?」


『越前に送ってもらったみたいだけど・・・大丈夫かなって。』
「大丈夫よ。何が大丈夫なのよ、変なの。」


『そう?越前、殆どシラフだったし。何かタクラミがあるのかなってね。』
「シラフ?嘘、酔っ払ってたわよ。」


『あれ、は知らないんだ。越前、ザルなんだよ。
 飲ませても飲ませても酔わないんだ。桃城が悔しがって飲ませてたけど、殆ど効いてなかったね。』


「嘘・・・」


『俺たちの間じゃ有名だよ?どういう肝臓をしてるんだか。』



私は携帯を耳にあてたまま茫然としていた。


越前君が酔ってなかった?
嘘。だったら・・・どうして。



『ね、。それで、越前の奴・・』



乾の声とは別に、背中からガチャと金属の音がした。
ハッとして振り返る。



その視線の先・・・玄関のドアが開き光りと共に入ってきた人は大きな荷物を肩にかけていた。



「あ、起きてたんだ。荷物、取ってきた。」


「越前・・君」


「鍵、合鍵作ったから。これ、の返すね。で、誰と電話してんの?」



唖然とする私の耳に、
溜息にも似た乾の声が携帯から聞こえきた。



『トンビに油揚げだ・・・』と。




















嘘つきな酔っ払い 1

2006.10.18




















テニプリ連載TOPへ     次へ