嘘つきな酔っ払い 2










「鍵、どうして?」
「テーブルの上に放ってあったから。ね、それより電話の相手は誰だったの?」



噛み合わない会話。
私は勝手に合鍵を作って、さっさとポケットに仕舞ってる後輩に詰め寄っていて、
生意気な後輩は電話の相手を知りたがる。


どうして戻ってきたのかと疑いつつ、心のどこかで嬉しいとも感じている。
乾かしかけた髪もそのままに、一応はお湯を沸かしてコーヒーを淹れた。



「で、相手は?」



しつこく背中から問う越前君の声に重なるように、携帯の着信音が鳴り始めた。
ハッとして振り向けば、テーブルの上に置いてあった私の携帯に越前君が手を伸ばしている。



「ちょっと、待って!」


「ふーん、乾先輩か。もしもし?」



なんてこと!
さっきは乾が話してる途中なのに『ゴメン!』と言って切った。
再びかけてくる乾もシツコイけど、平然と人の携帯に出る越前君にも焦る。



「ども。え?先輩なら、そこでお湯を沸かしてますけど。」
「越前君、返して!」


「ひょっとして乾先輩って、先輩のコイビト?」
「越前君!」



携帯に手を伸ばせば、越前君が素早く立ち上がって私の手が届かないようブロックする。
昔は私より低かったのに、今では手を伸ばしても軽くいなされてしまうのが悔しい。



「へぇ、元なんだ。元コイビトなら遠慮はいらないよね。俺、先輩を貰っちゃったから。」



サイアクだわ・・この子。
言葉も出ない私の表情を見て挑戦的な笑顔を浮かべる越前君に力が抜ける。
携帯を取り上げる気力もなくして、呆然と大きな彼を見上げた。



「乾先輩、諦めてよ。それに俺、コイビトをシェアする気ないから。」



携帯を持たない空いた片手が伸びてきて頬に触れてきた。
そのまま、ゆっくりと頭の後ろを支えられ近づいてくる唇。


我儘な口づけを受け入れたなら、近づいてきた携帯から乾の声が僅かに聞こえてきた。



『悪いけど、俺もが好きだから。』



プツンと切られた携帯。
そのまま電源まで落とした越前君はキスをやめない。
再び真っ昼間のベッドに押し倒されそうになり、彼の胸を押して何とか腕の中から逃げ出した。



「ちょっと、待ちなさいって!」
「ちょっと待ったら押し倒してもいいの?」


「違う!なんていうか、もう少し話し合うっていうか、落ち着こうっていうか。」
「俺は落ち着いてるけど。慌ててるのは先輩じゃない?っていうか、センパイって、やめてもいい?」


「呼び方の問題じゃないの。乾に、あんな事いって・・・」
「なに?も乾先輩に未練があったの?」


「そ、そうじゃないけど」
「じゃあ、いいじゃん。」


「よくない!」



乾とは随分と前に別れた。
それでも連絡を絶つことなく変わらず付き合えたのは、乾の心の広さと優しさだと思う。
彼が私を忘れていない事ぐらい気づいていた。
そして私がずっと越前君を思い続けていることも乾は知っていただろう。


それでも彼は傍にいてくれた。
どんな時も、つかず離れず・・・ずっと。



「乾には知られたくなかった。」
「隠しても、いつかは知れるよ。俺、を離さないから。」


「本気で言ってるの?あなた高校の途中で渡米してから一度だって連絡とってこなかったじゃない。」



つい大きな声を出してしまい口元を押さえる。
気を落ち着けようと冷えたコーヒーを淹れなおすために流しへ向かった。


そうよ。二つも年下の越前君に片想いをしていた。
あの頃の二学年の差はとても大きくて、とてもじゃないけど自分から想いを打ち明けられる勇気がなかった。


越前君より背が高い。
それだって私にはコンプレックスだったの。


あなたの周りにいた竜崎先生のお孫さんが小さくて可愛らしくて、私は嫉妬と羨望の目で見つめていた。
あと二年遅く生まれていれば。もっと身長が低かったら。


私の身長は163センチ。今じゃ女のコの中だって普通の身長。
越前君が低かったのよ。それなのに私は自分の身長を恨んだものだった。



お客さん用のカップをすすいでいたら、視界が歪んできた。
何を泣くの?馬鹿みたいじゃない。



ふ・・と人の気配が後ろにして、
振り向こうとしたのと同時に背中から抱きしめられた。



「あの頃から先輩が俺を見てるの知ってたよ。でも、先輩は臆病だから。
 なんか俺、らしくもなく迷ってた。桜乃がいたし。」



好きな人に抱きしめられているのに『桜乃』という名前に傷ついていた。
やっぱり竜崎さんと付き合っていたのね。
今更そんな事実を聞いたって遠い過去のこと、なのに胸がヒリヒリするの。



「渡米して・・桜乃と自然消滅して。あっちでも、それなりに恋をして。
 でもさ、いつもを思い出すんだ。
 誰といても、何をしていても、ふとした瞬間に思い出して・・・腹が立った。

 いま、どうしてるんだろう。
 俺の知らない誰かが、今の俺と同じようにに触れているかもしれない。
 恋人と一緒にいるのに、目の前にはいないの恋人に嫉妬してた。

 だから確かめに帰ってきたんだ。
 顔を見れば答えが出るって思って。で、答えは簡単に出た。

 直ぐに抱きたい。そう思った。」



チュッと音を立てて首筋にキスが落とされた。


あなたは知らない。
喜びよりも何よりも、胸に渦巻く私の嫉妬。
竜崎さんだけじゃない。あなたがアメリカで愛してきた人たちにも全てに嫉妬してる。
許せない。とてもとても好きだから、誰かを愛した越前君が許せずに苦しい。



「帰って・・・」
「なんで?」


「駄目」
「何が?」


「私は・・駄目だわ。昨夜の事は忘れて。」



胸の前で組まれた指を外し、体の向きを変える。
知っているのに、まるで知らない人みたいな越前君。


この複雑に入り乱れた気持ちが、あなたには分からないでしょう。



「さようなら、越前君。」
「本気?」


「本気よ。あなたに私は相応しくないわ。」
「・・・バカバカしい」



越前君が視線を外し呟く。


いいえ、本当に。
あなたをとても好きだけど、私は好きだからこそ過去にも未来にも嫉妬する。
そしていつかは越前君をがんじがらめにしてしまう。私自身も、きっと。



「お願い・・・帰って。」



涙よ、止まって。
なんとか零さずに震える唇で告げた。



越前君は大きな溜息をつくと、素早い動きで私の体を抱き寄せて額にキスをした。
乱暴にも思えるキスをした後は視線も合わさずにテーブル脇に置いた荷物を肩にかける。
黙って玄関に向かいスニーカーを履く越前君の背中を、私は立ち尽くしたまま見つめている。


跪いてスニーカーの紐を結んだ越前君が振り向きもせずに言った。



「何年たっても臆病なんだね。」



ドアのノブに手をかけると迷いもなく外へ開く越前君。
その身に眩しい光りを浴びて去っていく彼の姿を息を詰めて見送る私。


最後の顔は見られないままに彼は私の部屋を出て行き、ゆっくりと重いドアが閉まっていった。



「私・・・変わってないのよ」



小さく呟いた言葉が独りになった部屋に落ちていった。




















「嘘つきな酔っ払い 2」 

2006.10.25




















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