嘘つきな酔っ払い 完結










学校というところは不思議な場所だ。
先生だって、生徒だって、そこにいる人間は毎年のように変わっていくのに、
学校だけが置き去りにでもされたように変わらない。


遅刻ギリギリで走り抜けた校門。
ふざけて笑ったピロティ。
テニスコートの高い水色フェンス。
身を隠すようにして彼を見つめていた大きな銀杏の木。


学校とは、変わらない事で送り出した生徒を迎えることのできる優しい場所なのかもしれない。



場違いな私服姿に気後れしながらも、足は懐かしい音に導かれ進んでいく。
黄色いテニスボールがガットに弾かれる音。
部員達の掛け声。
私の体を包んで吹き抜けていったテニスコートの乾いた風を思い出す。



手塚部長の硬質な声が響いていたコート。
その隣には大石。そして、不二も手塚の隣で穏やかに笑っていた。
乾が青いノート片手に薄ら笑いを浮かべてて、エージが怖がってたっけ。
桃城君と海堂君が毎日のようにケンカして、タカさんが仲裁して。
堀尾君は調子が良くて、カチロー君は真面目で。


越前君は生意気で・・・誰より輝いていた。
それは、今も。



「30-0」



ざわめくコートの周囲には青学のレギュラージャージたちが食い入るように試合を見つめていた。
その視線の先にいるのは赤いラケットを振り上げ、今まさにサービスを打とうとしている越前君。


ああ、高いトス。
バランスよく筋肉のついた体がしなやかに、それでいて力強く振り下ろされる。
綺麗なフォーム、なんて美しい。


ボールはキレのよい音をたて、相手を一歩も動かせることなくコーナーを突いて飛んでいった。



「40-0」



後輩である中学生相手にも手を抜かないのね。
テニスには真摯に向かう越前君だから、
手加減はテニスにも相手にも失礼だって思ってるでしょう?



目の前で、どんどんポイントが決まっていく。
ゲームどころか1ポイントさえ与える気はないのだと彼の背中が言っていた。



あ、ツイストサーブ。
飛ぶような足の動き、スプリットステップ。





先輩、俺・・・強くなるから。』


『絶対、誰にも負けたくない。』


先輩、卒業おめでとう。俺に・・何か言う事ないの?』


『俺、行くから。アメリカに。』





『何年たっても臆病なんだね。』





その時々の越前君の声が、表情が浮かんでは消える。
目の前では目覚しく成長した彼がボールを追っているのに、滲んで綺麗に見えないの。



ずっとずっと好きだった。
乾に包まれている間も、心の隅に越前君を住まわせ続けてきた心。
手を伸ばせば想いは成就するのかしら。
こんなにも好きで。こんなにも怖いのに。


越前君は眩しすぎる。



「ゲームセット!ウォンバイ越前、6-0!」



ワッと歓声が上がる中、私は両手で口元を押さえたまま離れた銀杏の木の下に立っていた。
ネット越しに相手のコと握手をした越前君が何事が話している。


きっと、ぶっきら棒にアドバイスをしているんだろう。
変わらない竜崎先生がベンチから立ち上がり、後ろから越前君に声をかけた。
振り向く越前君の視線が止まり、私を捕まえる。



気づかれた。そう思った瞬間に、足が勝手に逃げ出していた。
会いに来たはずなのに何をしているのと、頭の中で自分の声がする。


あの夜に乾に言われた事、忘れたの?



、逃げるなよ。逃げても逃げても、自分の気持ちからは逃げられないぞ。
 傷つく事を恐れては本当の恋なんてできない。
 今、俺が実感しているんだから間違いないよ。』



乾・・・



足が止まった。
切れる息に胸を押さえ俯いた時、後ろから肘を掴まれて体が強制的に反転した。



「逃げ足が速いね。けど、逃さないから。」
「越前・・君」


「なんでそう逃げるの?何度も、何度もさ。
 捕まえたと思うたび俺の手をすり抜けていく。
 その度に俺がどんなに悔しい思いをしてるか分かっててしてんの?

 アンタが乾先輩の手に落ちた時、俺がどんな思いをしたかも知らないくせに。
 自分ばっかりが辛いとでも思ってたら大間違いだよ。
 俺にだって心はある。」



掴まれた腕が痛くて悲鳴をあげていた。
背の高くなった越前君を見上げれば青い空が広がる。
あの頃、越前君を見つめたら後ろに続くアスファルトが見えていたのに。


変わったのね、あなた。
私だけが何を躊躇っているのか。



「もうさ、後悔とかしたくないんだ、俺。」



目を合わすのが怖くなるような、真っ直ぐな瞳。
ずっと逸らさずに見つめたいと思っていた。
その瞳が、こんなに近くにある。



が好きだよ。ずっと傍にいて欲しい。」



手を伸ばした。
焦がれてきた彼を掴むために拘束されていた腕を無理矢理伸ばして、越前君のジャージに触れた。
それと同時に引き寄せられ、私は越前君の腕の中に捕まえてもらった。



「ゴメン・・・越前君」
「結構、怒ってるから。あとで償ってもらう。」


「うん」
「でも、その前に」


「うん」
「ちゃんと言いなよ」



相変わらず負けず嫌いというか生意気というか、返事を急かすかのように腕の力が強くなった。
きっと私は苦労するんだろうな。
そうは思っても私は進むしか道がないのだ。
その道が何処へ繋がっていても、傷を負うような険しい道だったとしても。
心がこんなにも越前君を求めているから。



「好き・・だったの」
「過去形」


「今も、ずっと」
「ん」


「誰といても・・・越前君を忘れた日はなかった。」
「これからも忘れさせないよ、絶対。」



越前君の言葉に私も彼の胸に埋もれて、ギュッと抱きついた。
明らかに速い鼓動は試合後のせい?それとも・・・



「鍵、返さないからね」



囁くような越前君の声を走る鼓動と一緒に聞いた。





成田からの帰り、都内に向かう長い電車の中で乾にメールをした。
越前君は次のトーナメント準備のためフランスへと旅立った。


言葉など残しはしない。
けれど数え切れないほどのキスと抱擁を残して、『またね』と軽く手を振ったの。



『恋人がいなくなって寂しいだろう。
 今夜あたり付き合ってやろうか・・・と言いたいところだが、なんか忙しくてね。
 今日も休日出勤で缶詰さ。の顔でもみりゃ、もうちょっとヤル気が出そうなものなんだが。』



そうね、寂しくないと言ったら嘘になる。
彼と過ごした濃厚な日々の後だから尚更ね。


でも大丈夫。
孤独にも耐えられないような女では、彼の傍には居られないと思うから。



『我慢できないほど寂しい時は呼んでくれて構わない。酒の相手ぐらいはしてやるよ。
 泣きたい夜には胸ぐらい貸してやってもいい。
 ああ、そうだ。越前に伝えておいてくれ。
 に手抜きをしたら直ぐに横から掻っ攫うよって、絶対。
 その時は諦めて俺のものになれよ、。』



馬鹿ね、またそんな優しいこと言ってる。


大好きよ、乾。
天秤にかけたら右にも左にも傾かないほど、あなたを大事に思っている。
ただ『好き』の意味が違っているだけ。
とても近くて、けれど決定的に違う『好き』しか持てなかった私を乾は知っている。


何をどう償えばいいのかしら。
償いなど無用だと、きっと乾は笑うんだろうけど。



『幸せを怖がらないで』



「ありがとう、乾。頑張ります。」



返信を送信して、窓から空を見上げた。
派手な模様の飛行機が太陽を反射しながら飛んでいく。



越前君は今ごろ何を思っているかしら?





 、向こうへ行ったら直ぐにチケットを手配するから休みを取っといて。
 なんて顔してんの?当然でしょ、直ぐに会いたいんだからさ。
 試合も見て欲しいし、ファイナルのあたりに来てもらうよ。

 あとさ、駅前留学もしといて。生活に困らない程度の英会話は出来といたほうがいい。
 意味が分かってないみたいだけど、いずれは俺についてまわって貰うから。

 仕事?仕事なんて何処でもできるでショ。
 でも俺は一人。も一人。だったら、お互いが何とか一緒に居られるよう努力しないと。

 ちょっとは考えなよ。まだまだだね。





ワインを飲みながら軽く言った越前君は少し酔っていたのかもしれない。




















「嘘つきな酔っ払い 完結」 

2006.11.15 










最後までお付き合いありがとうございました。
主人公であるリョーマを食っている感のある、乾。
ひとえに乾を愛する私の趣味です。

     かや




















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