宿り木の下で 〜後編〜












よくよく考えれば私たちは携帯の番号を交換したわけでもないし、彼が私の家を知っているとも思えない。
高校からは連絡網も手渡されなくなってしまったし、連絡をとる手段がない。


24日と越前君は言ったけれど、具体的に何のお礼をするのかも聞いていなかった。


古典のテストは良かったのだろうか。
そもそもの点数さえ分からない状態では、彼の言った24日の件は成立しないだろう。


落ち込んでしまう気持ちはどうしようもなく、
赤いハートの書き込まれたカレンダーを見ては泣きくたくなってしまう。



馬鹿だ、私。
越前君の気まぐれな一言を信じてしまった。
彼はきっと忘れてる。


思いながらも、急に渡米することになって連絡が取れないだけなのかもしれないと考えてしまう。
新学期には再び約束できるかなと。


一縷の望みをかけようとする気持ちと諦めの感情が交差する。



シルバーのラケットがついたストラップに目がとまった。
いいなと思ってから、越前君にプレゼントするならと考えている自分に気付いて苦しくなる。


越前君の誕生日がクリスマスイブなのは知っていた。
中学の時、アメリカに行く前の越前君が私に教えてくれたから。



『いつアメリカに行くの?』
『誕生日・・・クリスマスイブに出発する。』



お礼を誕生日であるイブに選んだ越前君に期待してしまった。


街はクリスマス色に染まり、賑やかな音楽が街に溢れている。
その中で私は果たされないだろう約束を思って、ひとり立ち尽くしていた。





そして、24日。


父の仕事の都合でクリスマスは明日にする我が家は普段と同じ一日を過ごしていた。
今日は母親も帰りが遅いというし、大学生の兄は夕方から出かけて行った。


こんな日に独りにするのはやめてほしいと思っても、
24日を越前君との約束に空けてしまった私は友達とも会えない。


ぼんやりと藍色に染まっていく窓の外を見ていたら、急に電話が鳴り始めて体が跳ねた。


昼間から繰り返しかかってくる色々な勧誘の電話。
多分同じものだろうと思いながらも希望を捨てきれない私は受話器を取った。



です。」



雑音が耳に響いてきた。
外からの電話、それも携帯電話かららしい。



「もしもし?」
『・・・?俺。』



雑音に混じって名前を呼ばれた。
この声、まさか。



「越前君!?」
『・・・そ。ね、今から出てこられる?』


「ど・・どこ?」
『青学大の正門入って直ぐにクリスマスツリーがあるから、その下で待ってて。』


「分かった。でも、ちょっと時間がかかると思う。」
『いいよ。俺も成田から向かってる途中。の方が早いかも。』


「そうなの?」
『急がなくていいから。じゃあ、』


「待って。あ・・あの、電話ありがとう。」
『約束だし。三年前の連絡網が使えて良かった。』



少しだけ越前君の笑う気配がして、また後でねと電話が切れた。
信じられない、夢みたい。


一時は受話器を握ったまま立ち尽くし、慌てて二階へ駆け上がる。
胸がドキドキする。


分かってる。
この胸のトキメキが私の気持ち。



私は越前君が好きなんだ。



電車に揺られながら、暗いガラス窓に映る自分を見て思う。
綺麗でもないし、スタイルがいいわけでもない。
平凡で、小さくて、越前君の隣に並んでいい自分じゃない。


怖い。
こんなに膨らんだ想いを抱えて会いに行っていいかも分らない。
それでも越前君に会いたい気持ちは抑えられなかった。



急がなくていいと言われたけれど、足は勝手に走りだす。
大学は高等部の近くで、遠目に輝くツリーを見たことがある。
僅かに見え隠れする輝きを目指して歩いていけば、たくさんの恋人たちと擦れ違った。



「ここ・・・」



白い息を吐きながら大きなツリーを見上げる。
もともとある大きな木に色とりどりの飾りが施され、きらめいている。
ショッピングモールや駅前のツリーに比べると地味かもしれないが、人も少なくて雰囲気がいい。
場所柄か大学生や高校生などの男女が幸せそうに肩を寄せ合っていた。


越前君の姿はない。
ツリー下にいるのは恋人たちの邪魔になっている気がして、ついつい脇に避けた。
正門から入ってくるだろう越前君が確認できる場所を探し、飾りも何もない木の下で待つ。


なんとなく見上げた木の枝にボールのように丸く茂った塊があった。
細長い小さな葉の間に小さな実がなり可愛いらしい。
他の枝には葉がないのにと見上げていたら、後ろから呆れたような声が降ってきた。



「なんてとこに立ってるの?俺が来たからいいけど。」



振り返るのと同時に横から手が伸びてきて、高い位置にできた葉の集まりに触れる指。
走ってきてくれたのだろう。越前君の吐く息は白くて早かった。



「ごめんなさい。ひとりでツリーの下は邪魔かと思って。」
「違う、宿り木。」


「ヤドリギ?」



久々に会う越前君はまた大人びて見えた。
端正な顔に外灯の影が落ち、黒くて大きな瞳に光りが反射する。



「知らないの?クリスマスの日に宿り木の下にいると誰でもキスしていいんだよ。
 恋人同士がキスしたら末永く幸せにいられるとかね・・・向こうの言い伝え。」



えっと絶句する私を見下ろして越前君が笑いだす。
今までの少しだけ笑うとか、そんなんじゃなくて声を出して笑ってる。


恥ずかしくなってヤドリギから離れようとしたら、その腕を素早く越前君に掴まれた。
体をかがめて笑っていた越前君の瞳が私を捉える。



「ここから動かないでよ。」
「で、でも・・・」


「誰でもいいキスと恋人同士のキス、どっちがいい?」



俺、誕生日だから。できたら後者が希望。



そう付け加えて、
選ばせてあげると越前君が瞳を細めた。
ひょいと一段高いブロックの上に乗せられ、目線を合わせて答えを待つ越前君。



私が選んだのは恋人のキス。
古典を教えたお礼は越前君からの告白だったのだと気付いたのは、ずっと後からだった。



「鈍いよね、はさ。
 それでも三年間、誰とも付き合わずにいてくれたから許してあげる。」



そう言って、やっぱり越前君は私の前で楽しそうに笑った。




















宿り木の下で 

2007/12/13 

2007年リョーマ誕生日話




















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