約束 1










高校3年の秋。
は手塚の部屋にいた。


高校最後の夏。
全国大会が終わるまで、会う時間も惜しんでテニスに打ち込んだ手塚。
彼が率いる青学は見事に全国優勝を果たした。


青学を優勝に導いた手塚は、実力、容姿共に注目を浴びて忙しい毎日。


ろくに話も出来ない。
会うのは昼休みの図書室が殆ど。
それでさえ、手塚のいろいろな雑用に削られていく。


でもは我儘や不満など一言も口にせず彼を応援した。
寂しさも隠して、いつも手塚の体を気遣い、彼の前では笑顔を絶やさない。


そんなの気遣いや優しさが分かっているからこそ、
手塚は強い精神力で長い全国大会までの道を乗り越えられたと思っている。


大会が終わったら、思いっきり甘えさせてやりたい。
抱きしめてやりたい。いや・・・抱きしめたい。


部活を引退したら今度はの想いに報いたいと思っていた手塚は、
久しぶりに彼女を自分の部屋へと招いたのだった。


彼女を部屋に通し、後ろ手にドアを閉めた途端に小さな背中を抱きしめた。
慌てる彼女の肩を抑え反転させると、今度は正面から抱きしめる。
ぎゅっと抱きしめると、硬くなったの体から力が抜けていくのを感じた。



「すまない。ここ最近、ろくに話も出来なかった。」
「そんなことないよ。メールだって、電話だって、くれてたでしょ?」


「毎日できたら良かったんだが・・・」
「いいの。忙しいの分かってるから。ね、気にしないで。」



腕の中に閉じ込められたままでの会話。
久々に感じる彼のぬくもりに心が弛緩するのが分かる。


は、ただ満たされて。
手塚の与えてくれる優しさに目を閉じていた。


手塚はの体を腕の中にしながらも、心の奥に引っかかるものがあって苦々しく目を閉じた。
腕にすれば『離したくない』と強く思ってしまう。


だから言えない。
にも言えず、抱えている秘密。



「国光さん。お茶が入りましたよ。」



階下から母親の声がして、ふたりは咄嗟に体を離した。
顔を見合わせて、気恥ずかしさに肩をすくめる。


手塚はメガネを軽く直すと「貰ってくるから・・・座っていてくれ」と言い残し部屋を出た。


静かになった部屋で、室内を見渡す。
初めて来たわけではないけれど、そう回数が多いわけでもない。
それでも、ちゃんと両親に紹介をして付き合ってくれる手塚の気持ちが嬉しい。


本棚の前に立ち、本の背表紙を見つめて微笑む。
自分の部屋にも同じ本がいくつかある。
本棚を見るだけで彼の好みがわかって、胸がほんわかとしてきた。


自分の読んだことない本を見つけて、つい本棚から抜き出そうとした。
その時、本棚の前にキチンと積み重ねられていたテニス雑誌に足があたって崩れてしまった。


あ・・と、しゃがみこんで雑誌を直そうとした手が止まる。
最新号の雑誌の間に挟まれていたパンフレットが目に入ったから。


無意識に伸びた手が、パンフレットを拾い上げる。
すべて英語。
その中に『Studying abroad for tennis』という文字を見つけた。



テニス留学?



の頭の中で糸が繋がる。
手塚と付き合うようになってもテニス雑誌に目を通すようになった。


高校生の大会でも、注目選手は特集を組まれたりする。
手塚が載っている号は、こっそりと買って集めているだった。


有名なテニス解説者たちの手塚を評する言葉に
『彼は海外に出て、経験を積むべきだ』というような事がよく書かれていた。


日本テニス界が彼に注目している。
そして彼が更に強くなるには世界に出ることを勧めている。


にも、そのぐらいのことは分かっていた。



やっぱり・・・



心のどこかで納得している。
彼は世界に旅立つ人だと・・・頭の隅で思っていた。


それが、現実として目の前にある。



パンフレットを元に戻そうとして、指の感覚がおかしいことに気づいた。
視線を落とした自らの手が小刻みに震えているのを見て、は掌をぐっと握り締めた。



トントントン・・・と。手塚が階段を昇ってくる音がしてくる。



は慌ててパンフレットを雑誌の間に挟みこむと、崩れた雑誌を直して立ち上がった。



ドアが開き、手塚がトレイを手にを瞳に映す。



「待たせた。母がケーキを焼いたんだが・・・味は保障しないと。参ったな。」



困ったように笑う手塚の顔を見たら、不意に涙が込み上げそうになっては笑った。



「美味しそう。」
「そうか?まあ、食べられないことはないと思うが。」



手塚が机に紅茶とケーキを並べ始める。
その背中をは消えた笑顔で見つめていた。



     ダイスキ。ずっと・・・傍にいられたら。


     でも・・・。



。冷めないうちに」



振り返ろうとして、背中に感じた温もりに言葉が止まった。



?」
「ごめんなさい。ほんの少し・・・甘えたくなった。」


「ああ。」
「少しだけ」



が背中から体を寄せてきている。
恥ずかしがりやのが自分から体に触れてくることは珍しい。


やはり、随分と寂しい思いもさせていたんだと。
手塚はの好きなようにさせた。


が・・・背中に抱きつかれても物足りない。
自分だって、が不足しているのだ。




「ん。ごめん、醒めちゃうね。」



離れていく体温を素早く振り向いて抱き寄せる。



「違う。どうせなら抱きしめたい。」
「手塚君・・・」



低く囁いて、の体を抱きしめた。
は手塚の鼓動を耳にしながら、静かに目を閉じる。



切なくて、涙が滲んでくるから。・・・目を閉じて心の奥深くに想いを隠す。



抱き合って、キスをして。



結局。
紅茶もケーキも冷めきってしまい。



ふたりはクスクス笑いをしながら、肩を寄せ合って冷めた紅茶を飲んだ。




















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