約束 2








10月も過ぎれば私立大学の推薦の話が聞こえ始める。
そして、センター試験出願受付開始。
国公立大学募集要項発表 、 国公立大学推薦入試出願開始と続く。



はエスカレーター式の大学には進学せず国立大の国文学部を目指していた。
それは尊敬する父親が卒業した大学の学部。



『出版社に勤めて、自分が発掘した作家の本を出したい』



の夢を叶えるための第一歩として選んだ大学だ。



担任と相談しながら書いた書類を手に、は長い廊下を歩いていた。


昨日の昼休み。この廊下で手塚と話をした。



『国立を受験するのか』
『うん。難しいけど・・・頑張ってみる。』


『ああ。お前なら、大丈夫だ。』



そう言って、いつもの優しくて大きな手での背中をポンポンと叩いてくれた。
言葉の少ない彼。それでも、その仕草が温かくて、言葉以上の感情を伝えてくれる。



は俯き加減に頷いて『うん。頑張るね。』と微笑んだ。



でも、聞けなかった。手塚も言わなかった。



本当なら、ここで
『手塚君は大学どうするの?』と聞くだろう。



が聞かなくても。
手塚なら自分の進路を話してくれるはずだ。


けれど、手塚は新しく読んだ本の話題に変えてしまった。



ああ、まだ・・・言えないんだ。
彼も迷っているのかもしれない。ううん、決めてても私には言えないのかも。



どちらにしても、胸が痛くて。切なくて。
いつも泣き出しそうになりながらは手塚の横顔を見つめていた。










「で、手塚。結論は出たのか?」
「・・・いえ。」


「紹介してくださったテニス協会の理事も心配されていたよ。ご両親には?」
「話しました。」


「で?」
「自分の望むようにしてよい・・・と。」


「だったら何を悩むことがある?誰もが与えられるチャンスじゃないんだぞ?」
「分かっています。」


「だったら・・・」
「もう少し。もう少しだけ考えさせてください。」



ふぅ・・・と監督が溜息をつく。


まあ、君の一生を左右するような決断だからね。


そう呟いて手塚の肩を叩いた。





職員室を出て、廊下の窓から遠くのテニスコートを見つめる。
今は無人のテニスコート。放課後になれば、後を託した後輩達が汗を流す。



アメリカに渡るということは・・・プロを目指すということだ。
自然に他の選択肢はなくなる。



挑戦するからには数年の時間を費やしても全力で立ち向かうしかないことは理解している。
どんな辛い試練にも耐える覚悟はできているが・・・ただ一つできない覚悟。



それは、を手放さなくてはならないことだった。



十代の自分に、を連れて渡米するなどということはできない。
それでも彼女と離れたくないと思ってしまう、子供のような我儘。


遠距離恋愛、それも国を越えてだ。
渡米すれば今以上に自由な時間はなくなるだろう。
精神的にも肉体的にも、日本に残したを気遣う余裕が持ち続けられるのか・・・
正直自信がない。



どんなに想う心は変わらないと誓っても、
を悲しませてしまうだろう。
そして、どんなに抱きしめても。どんな約束を交わしても。



時は彼女の心を自分から離してしまう。



そう考えただけで胸が痛くて・・・先に進めない。



人が聞けば笑うだろうか。
たった一人の人を手放したくなくて悩んでいる自分。


夢と彼女を天秤にかけて揺れている心を。


視線の先、緑のテニスコートは光りに溢れて輝いていた。










ふたり並んでの帰り道。
見慣れた舗道のアスファルトを見つめながら、
あと何度この道を共に歩けるのだろうか・・・と考えてしまう。
右側に立つ手塚を見上げれば、自然と紅葉しかかっている街路樹が目に入り美しかった。


つい・・・覚えとおこう、と記憶に焼き付けようとする自分に気づき傷つく。



?」
「ん・・・あ、なに?」


「ぼんやりしていた。どうした?具合でも悪いのか?」



心配そうに覗き込んでくる手塚が愛しくて胸がいっぱいになる。
は笑って首を振る。



「ううん。手塚君の誕生日・・・もうすぐだなって思って。何か欲しいもの、ある?」



努めて明るく手塚に聞いてみた。
いや・・・別に。と、予想通りの言葉を口にした手塚が黙り込んだ。


不思議に思って彼の瞳を覗き込めば、躊躇いの色が見える。
急に心臓の鼓動が速くなった。


手塚が何か大事なことを言おうとしているのを感じる。
息を呑んだが、彼の名前をもう一度呼ぼうとしたとき。



手塚は覚悟を決めて口を開いた。



欲しいもの。何より・・・一番欲しいもの。



。お前を・・・お前をくれないか?」



足を止めた手塚が真っ直ぐ自分を見つめている。
意味が分からず見つめ返したは、少しの間を置いて彼の瞳から意味を知った。



カッと頬が熱くなる。
もう手塚が見られなくて思わず下を向いてしまったら、大きな手が頭を撫でてきた。
されるがままに髪をくしゃっと撫でられる。



「・・・悪い。驚かせてしまったな。けれど、一番欲しいのは・・・そういうことだから。」



それだけ言うと、頭を撫でていた手が背中に添えられて押された。
ふらふらと彼に押されて歩き始めた



ずるいよ、手塚君。
先が見えなくて・・・苦しいのに。
もっと近くなろうって言うの?私が拒めないことを知ってる?


だって好きだもの。
私の持っているものすべて。手塚君にあげたいって思うもの。


それが永遠でないと知りながら。
思い出にしかならないと知りながら。


それでも。手塚君の望みなら、私のすべてを・・・って思うの。



俯いて黙り込んだの背を押しながら、手塚自身が自分の言葉に驚いていた。
望んでいなかったといえば嘘になる。


抱きしめて、口づければ・・・抱きたいと思う。
けれど。綺麗な彼女を大切にしたいと思う気持ちが強かった。


今でも大切に思う気持ちは変わらない。


迷っている今。
彼女のすべてを手に入れることで、何かを決断しようとしているのか。


俺は・・・臆病者だな。



。さっき、俺が言ったことは・・・」
「いいの。取り消さないで。」


?」
「誕生日。・・・約束ね。」



は俯いたまま小さく言った。
心臓の音が体中に響くぐらい緊張している。
手塚の顔など見られはしない。



それでも、精一杯の勇気を振り絞って答えたから、
受け入れて欲しいと切に願った。



目を見開いた手塚。
しかし次には、ゆっくりと目を閉じる。



手塚も覚悟を決めた。















手塚の誕生日。



。大事な・・・話があるんだ。」



腕の中のを抱きしめながら、告げようと思っていた言葉を口にした。



?・・・ねむってしまったのか?」



意を決して告げようとしたのに。
腕の中を覗き込めば、は長い睫毛を伏せて胸元に擦り寄るようにして目を閉じていた。



「大事な話、しそびれてしまったな。」



溜息と一緒に呟かれた言葉を、は聞きながら目を閉じていた。



ごめんなさい。今は、聞きたくないの。
今だけ。何も聞かせないで。



大切な思い出だから。
幸せな時間だけが欲しいの。



大丈夫。ちゃんと、聞くから。



今だけは。





手塚もも。
泣きたくなるほどのぬくもりを抱きしめて、ただ過ぎていく時間を惜しんだ。



大切なことは。
何ひとつ告げぬまま。



ただ、ただ。
溢れるのは愛しさだけ。




















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