お題
『より道ついでに会いにきた』 完結













手を繋いで街を歩いた。
学生時代ならまだしも、いい大人になってから永四郎と手を繋いで歩くなど初めてだ。


永四郎は風貌からしても女と手を繋いで喜ぶように見えない。
性格的にも硬派な彼は、人前でベタベタするようなタイプでもなかった。


その永四郎と手を繋いで歩いている。
私の手を包む大きな手。


真っ直ぐに前を見て、迷いもなく歩を進める。



「なんだか連行されてるみたい」
「当たらずとも遠からずですかね」



私の呟きに、永四郎が少し笑った。
繋いだ私の左手には、ダイヤモンドの指輪。


外の日射しを反射してキラキラと輝いている。
それは沖縄の海を凪いで輝く、溢れる光りのようだった。





クローゼットの引き出しで見つけたダイヤモンドの指輪。



『シャツの上に指輪があって片付けられなかったんだけど。あれ、なに?』
『あれ、君のですよ』



指輪を見つけた夜、会社から戻ってきた永四郎に緊張を隠して訊ねた。
天の邪鬼な私が他所を向いて訊いたのに対して、永四郎もネクタイを緩めながら他所を向いて答えた。


あっさりと返された言葉に私は無口になり、視線も合わさずに手元を動かす。
実際のところ私の頭の中は大混乱で、顔中に血が昇って大変なことになっていた。



こ・・これって、どう受け取ったらいいの?
ただのプレゼントしにしては豪華すぎるっていうか、どう見ても婚約指輪に見えた。
やっぱり、あれ?結婚しようってこと?



永四郎の脱いだジャケットをハンガーに掛けながらも思考は巡る。
どう聞けば、どう答えればいいのかと悩んでいたら、背中に気配を感じた。


振り返るより先に背中から伸びてきた手に抱きしめられる。
途端に近くなる永四郎の香り。
こだわりの髪型を維持するために使われる整髪料の香りに、もう慣れてしまった自分がいる。



『返事を聞かせてもらいましょうかね』
『へ・・返事?』


『指輪の返事ですよ』
『指輪の返事?えっと・・・ありがとう?』



永四郎が大きな溜息をついた。
首筋にかかる吐息は絶対に、わざと。
くすぐるように唇を触れさせ、私の逃げ場をなくしていく。



『そんな誤魔化しで俺から逃げられるとでも?』
『と、遠まわしすぎて、訳が分からないもの』



背中からの威圧感に体を固くして言い募れば、なるほどと後ろから意地悪な声がした。
同時に抱きしめてくる腕の力が強くなる。



『なら、鈍感な君にはストレートに聞きましょうかね
 そうなったら今度こそ逃げ場はないですけどね、いいでしょう』


『ちょっ、ちょっと待って。心の準備が』



きつい拘束の中で慌てて体を捻ったけれど、永四郎の腕は強固なままで動けない。
そして、耳たぶに唇を押し付けられたまま囁かれた決定的な言葉は・・・





『俺と結婚してくれますか?』





思いっきり直球だった。


カッと頬が熱くなる。
この体勢で良かったと思う。
永四郎の顔を見れない代わりに、私の顔も見られない。


どうしよう、すごく恥ずかしい。
それでいて泣きだしたいほどに嬉しい。



『うん』



たったの二文字に声が震えてしまった。
背中で永四郎の笑った気配がしたけど、何も言わずにまた私の体を強く抱いた。





そして、今日だ。
指輪を受け取ってから、まだ24時間もたっていない。
なのに私は永四郎に手をひかれて歩いている。


今日も仕事を休んでしまった。
永四郎も休んでいる。
仕事人間の男が休みを取っていた時点で、これは計画的だったのかと思う。


大きな交差点の向こうに、存在感のある建物が見えてきた。
すると急に現実味を帯びてきて、胸がドキドキしてくる。


思わず永四郎の腕をひいた。



「永四郎、あの・・・もうちょっと考えない?」
「もう考えましたよ。ほら、青だ」



グッと手を握られて引っ張られる。
本気で逃すつもりはないらしい永四郎の横顔を見上げた。


脇を見知らぬ人たちが普通の顔をして歩いて行くのに。
私だけがうろたえている。



「や・・やっぱり親にも挨拶に行ってさ」
「昨夜、電話で挨拶しましたよ。両方とも喜んでたじゃないですか」


「そ、そうだけど。まさか昨日の今日だとは考えてないと思うよ?」
「結果が同じなら、いつでも一緒ですよ」


「だったら今日じゃなくても」
「これは今日じゃないと駄目なんですよ」


「なんで」



話している間も近付いてくる建物。
区役所と書かれた銀色の文字がハッキリと見えてきた。


永四郎がチラリと私に視線を落とす。
繋がれた手は隙間もなく離さずに。



「善は急げというでしょう?君の気が変わらないうちにね」



今更、どう気が変わるというのか。
何度も言うのに、永四郎は信じない。


一枚の紙に名前を書いて、それで安心できるものなのか。


それにも永四郎は首を横に振った。



「安心できないから、こうやって捕まえておくんでしょう?
 ここまで俺にさせるんですから、覚悟しなさいよ」



冷静な声で囁かれ、とうとう区役所の自動ドアを前にする。



永四郎は真っ直ぐ前を見つめている。
その視線の先に見えているのは、私たちの未来だろうか。


もう一度、永四郎を見上げた。
ずっと見てきた横顔は大人びてきたけれど変わらない。


これからも見上げた先に
この人がいてくれたら・・・きっと私は幸せなのだろう。



「永四郎」



小さな私の呼びかけに、永四郎が体を傾けた。
触れた左手には永四郎のくれた輝きと、彼の大きな手がある。



「ずっと好きよ」



周囲のざわめきに紛れそうな告白は、それでも永四郎の耳に届いたらしい。
繋がれた手に柔らかな力が加わり、傾けた永四郎の体が更に寄せられる。


ふっと触れた唇は耳元に優しい声色を落とした。



「その言葉・・・忘れないで下さい」





手を繋いで歩こう。
あなたと私は一生をこうやって歩いていく。



寄り道もふたりで一緒にね。




















より道ついでに会いにきた 完結 

2009/06/02




















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