お題 『より道ついでに会いにきた』 6
まぁ、なんて言うの。
下宿のおばちゃんにでもなった気分?
「玉子焼きが甘すぎますよ」
「文句があるなら食べないでちょうだい」
「君…相変わらず短気ですね」
「永四郎に言われたくない」
永四郎は物言いたげに片眉を上げたけど、何も言わずに箸をすすめる。
彼の使う箸も茶碗も、突然に乗り込んできた下宿人のために私が買ったものだ。
一緒に暮らし始めて一週間。
いったい何時までココで暮らすつもりなのか、訊いても適当にはぐらかされる。
ずっと住むには狭い部屋だ。
ベッドだってシングルだし、永四郎に背中から羽交い絞めにされて寝ていては安眠できない。
何かにつけて図体のデカい彼が邪魔になっている。
「、ワイシャツは?俺は此処に片付けてくれと言ったでしょう?」
「そこ邪魔だから。勝手に自分の物の置き場所を決めないように。ハイ、ワイシャツ」
「いつまでもお客さんですか」
「お客さんでしょう?」
広い背中がクリーニングしたてのワイシャツに覆われるのに見惚れる。
口では憎らしく言っても、やっぱり私は永四郎が好きなのだと思う。
ただ彼自身というより、彼の持つそれぞれのパーツが好きなんだという気もする。
ネクタイを締める肩の動き、長い指、レンズの奥で細める瞳も好きだ。
「観賞用には良いんだけどね」
ちょっとした呟きだったのだが、鋭い永四郎が聞き逃すはずもなかった。
「誰が観賞用ですかね?」
「えっと・・イイ男?」
お愛想笑いで言ってみたが、永四郎はネクタイをきっちり締めて振り返った。
永四郎が唇の端だけをあげて微笑む。こういう笑い方をする時は、ろくなことがないのに。
「どちらかというと君は」
言って、永四郎が私のことを上から下まで値踏みするように見る。
顎に指をあてて少し考える素振りをすると、ふっと意地悪そうに笑った。
えっと。まだ起きたままのパジャマ姿のうえに、すっぴんですが・・・何か?
「実用品ですね」
「はい?」
「出会った頃は鑑賞するのも楽しかったですけどね。最近は生意気になりましたし」
「そりゃ永四郎のせいだね」
高校生の頃の私は可愛かった。
無理矢理に永四郎のカノジョにされ、それから後も彼一色の人生。
途中であった別れも、ちょっとした寄り道も全てが永四郎のせいなんだから。
少しぐらい捻くれたって文句を言われる筋合いではない。
「でも俺は実用品の方がいい」
意味が分からず首を傾げる私の前に、永四郎の大きな手が伸びてきた。
両方の頬を包まれて真正面から見つめられると、さすがに怯む。
彼の目線に合わせて上げさせられた首が痛くなりそう。
「永四郎・・時間」
逃れようと言ってみたけれど、永四郎の目が許さないと語っている。
いつの間にか男の艶を浮かべた瞳に見つめられ、これはマズイと思っても遅かった。
「キスする時間ぐらいはありますよ」
言うが早いか重ねられた唇に、思わず目の前のワイシャツを掴んだ。
せっかくの休みなのに掃除して、洗濯して、永四郎の好きそうなものを作ってしまう。
自分の物より大きなシャツをたたみながら出るのは溜息だ。
下宿のおばちゃんみたいと愚痴る私に永四郎は笑った。
『君、間違ってますよ。そこは新妻でしょう?』
人が赤面するのにもまた笑って、永四郎は会社に行ってしまった。
そういうことなのだろうかと今更ながらに考えてしまう。
理由をつけて転がり込んできた永四郎に『本当の理由』があるのだろうか。
長い付き合いだけど今だに彼の考えていることは分かりにくい。
甘い期待をして裏切られてきたことも度々だし、今回も深くは考えまいと決めた。
たたんだ永四郎の洗濯物を手にクローゼットを開く。
図々しくも人のクローゼット内に自分の場所を作った永四郎に呆れつつ、
それぞれを彼の決まりに合わせて片付けていく。
シャツを仕舞おうと引き出しを開き、そこにある物に手が止まった。
きちんとたたまれた真っ白のシャツの上に、むき出しで置かれたダイヤモンドの指輪。
「なにこれ・・・誰の?」
口にしながら、頭の片隅では理解していた。
几帳面な永四郎が片付けたシャツの上だ。
置き忘れたなんて考えられないし、どう見ても男がつける形の指輪じゃない。
よく芸能人がカメラに向けて見せている婚約指輪にそっくりなのだ。
誰かの借金の形に預かったとか?
ああ、違う。
だってココにある。
お休みの日の私が永四郎の洗濯物を片づけることを知っていて、
これ見よがしに置いてある指輪に意味のないはずがない。
私は指輪に触れることなく引き出しを閉じた。
入れようとしたシャツを手にしたまま、ふらふらとリビングに戻り携帯を手にする。
震える指がじれったい。
それでも何とかメールを打った。
永四郎へ。
『今夜は絶対に寄り道せずに帰ってきて』
より道ついでに会いにきた 6
2009/05/14
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