お題 『より道ついでに会いにきた』 5
高校の同級生から恋人に。
恋人から友達になって、再び恋人に。
次は何になるつもりか。
もう二週間近く会えていない永四郎の顔を思い浮かべつつ溜息をついた。
「さん、楽しんでる?」
「ええ、まぁ。ほどほどに」
上司にお愛想笑いを浮かべ、ぬるくなったビールに口をつけた。
だから職場の飲み会なんて行きたくなかったんだけど、暇なんだからしょうがない。
嘘でも用事があると断れば良かった、今更そんなことを思っても遅かった。
「すすんでないね。飲みやすいカクテルにでも変えたら?ほら、メニュー」
「ありがとう」
空いた隣の席に、歳の近い同僚が腰を下ろした。
部長あたりに飲まされたのか、若干頬を赤くした彼の指先は綺麗なピンク色だ。
「綺麗な手ね」
「ええ?」
「指。男の人の綺麗な指って好きなのよ」
へぇ・・と呟いた彼は不思議そうな顔で自分の手を観察しはじめる。
マジマジと見た後には、君のも見せてと私の手をとった。
一瞬は怯んだけれど彼の手に強引さはなく
自然に私の手をとって子供のように見比べているから好きにさせた。
「う〜ん。僕は女のコの指のほうが好きだな」
「そんなの当たり前でしょ」
「ま、そりゃそうか。お互い持ってないものに惹かれるってわけだ
で?さんのカレシは、やっぱり指が綺麗なの?」
さらりと聞かれて、私は少し考えてから答えた。
「そうね。今、気付いた。けっこう綺麗な指をしてるかも」
なるほどと、彼は私の手を放してメニューを覗きこむ。
これなんか美味しいんじゃないとカクテルを勧める彼の指は、やっぱり私好みで綺麗だった。
一次会で何とか抜け出した私はイイ気持ちだった。
ほろ酔いの肌に、ひんやりとした風が心地いい。
途中のコンビニで冷たいお茶を買い、ぶらぶらとマンションに戻ってきたのは十時半頃。
さっさとシャワーを浴びて寝よう。
そんなことを考えながら廊下の角を曲れば、部屋の前に長身の人影があった。
思いがけず人がいたことに驚いたが、よくよく見れば久しぶりに現れた恋人のようだ。
「遅いですね」
扉に預けていた背中を起こし、開口一番がコレだ。
私は永四郎を避け、鞄から鍵を出すとドアを開けた。
暗い室内は今朝出たままで、当然のごとく片付いてない。
今度は付き合い始めて日が浅いけれど、その前の付き合いが長いので今さら隠すこともないだろう。
「飲み会で十時半に帰宅って、早くない?」
「誰と?」
「職場の付き合い。断れば良かったんだけど」
「そうですね。断るべきだ」
私がヒールを脱ぐ後ろで、ちょっと不機嫌な声。
溜息をのみこんで、玄関の明かりをつける。
相変わらずの我儘な人だ。
「人には付き合いというものがあってね」
「俺たちも付き合っているはずですよ」
「忙しいからって、二週間も一行メールで済ませた人間が言う?」
廊下にあがって、振り返った。
僅かな段差でも永四郎の目線に近くなって、ちょっと強気になる。
永四郎はピカピカに磨かれた靴を脱ぎかけて、少しだけ唇の端に笑みを浮かべた。
「なに?」
「寂しい思いをさせて悪かったですね」
なによ。その優越感に溢れる笑み。
微妙に悔しい気持ちになるじゃない。
「寂しくなんかないわよ。今日だって楽しく飲んだし」
「俺は寂しかったですけどね」
嫌味が返ってくると思ったのに、予想外の真摯な声。
玄関に立つ永四郎が真っ直ぐ私を見つめてくるから、その瞳に鼓動が跳ねた。
「君に会えなくて・・・寂しかった」
すっと伸びてきた指が火照った頬に伸びてきた。
気持ちのいい冷たさが、頬をすべってきて唇を撫でる。
不味い、流される。
そう思った時には、抱き寄せられて言葉が発せられない状態になっていた。
永四郎の指は長く、形の良い爪先に向かって細くなっている。
その美しい指が私の髪を梳き、背中を撫でる。
ずっと溜めこんでいた文句など、彼の指先一つで消えてしまうから。
「ずるい」
「何のことです?」
「無駄に綺麗な指をして」
すっかり寛ぎモードになっている永四郎が洗いたての髪をかきあげる。
こだわりのあるリーゼントらしいけど、おろしてるほうが絶対にいいと心の中だけで思うが言わない。
だれかれとなく女性たちの気を惹きよせても面倒だ。
「指?」
同僚と同じく、自らの指を眺めた永四郎が「ああ」と納得したような声を出した。
「君は昔から俺の指が好きでしたね」
「昔から?」
「気付いてなかったんですか?高校の時から、君は俺の手をもの欲しそうな目で見てましたよ」
「もの欲しそうなって、そんなこと・・・」
永四郎は可笑しそうに笑って、私を手招きする。
なんだか恥ずかしくなって躊躇っていると、伸びてきた手に腕を掴まれて膝の上に乗せられてしまった。
これは超絶に居た堪れない格好で、
私としては飛び逃げたい体勢なのだが、腰にまわされた永四郎の手は強固で逃れられない。
「俺は指だけじゃなく君を見てましたけどね」
「ちょっと、おろしてよ」
慌てる私が楽しいのか、更に永四郎は王子様よろしく私の手を取って指に口付ける。
実は素面で酔っているのか、はたまた帰りがけに何かで頭を打ったのか。
心配になってきた私に永四郎は悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「もの欲しそうな目で君を見てたのに気付かない
は鈍感すぎるんですよ」
悪戯だと思ったのに、熱っぽい目で見つめられて言葉が返せなかった。
時々、永四郎はこうやって私の心をかき乱す。
その度に捕らわれて、永四郎からは逃れられないのだと思ってしまうのに。
「こうやって言葉にしないと、君はまた俺から逃げ出してしまうかもしれない
本当に面倒な女ですよ、君は」
私を膝に抱いたまま、そっと肩に額を預けてきた永四郎の髪からは同じシャンプーの匂いがする。
その仕草も、温もりも愛しくて、私は幼子を抱くようにして抱きしめた。
「もう大丈夫だから」
私の囁きに、永四郎の腕の力が強くなった。
翌朝のことだ。
永四郎はネクタイを締めながら何でもないように言った。
「今夜からココに帰ってきますから、仕事が終わったら寄り道せずに帰りなさいよ」
「なにそれ!?」
「合鍵を貰ってませんからね。君が戻らないと部屋に入れない」
「そうじゃなくて」
「新しく担当になった社は君の家からのほうが近いのですよ
寄り道ついでに会いにいくより、一緒に暮らした方が確実に会えますしね」
唖然とする私をよそに、
締めたネクタイを鏡で確認した永四郎が爽やかに振り返る。
異様に永四郎の機嫌がいいのが分かり、私は困惑するばかりだ。
「夕飯を楽しみにしてますよ。じゃあ」
突然のことに混乱する私を置き去りにして、永四郎はさっさと出勤していった。
ひとり残された部屋を見渡して、私は口元を押さえて考える。
「合鍵・・・作らなきゃ」
つぶやく唇が緩むのを止められない私だった。
より道ついでに会いにきた 5
2009/03/05
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