お題 
『より道ついでに会いにきた』 4












勝手に人を自分の所有物に決めた木手は、その日から私をカノジョとして扱った。
他の部員たちは突然のことに目を丸くすると、口々に木手に食ってかかったけれど動じない。
長い指でメガネを軽く上げると、フッと不敵に笑う。



「そういうのを負け犬の遠吠えと言うんですよ」



いやいや、私は半分脅されたかのように変な立場になってしまったんです。
何度か口を挟もうとしたが、その度に刺すよな冷たい木手の視線に言葉を飲み込んだ。



「木手〜!」
「ひでぇ」
「なんとでも。行きますよ、



好きも付き合ってもない。
私が嫌がっても、お構いなし。


はじめは本気で木手が恐ろしかった。










「明朝の部活は台風の進路によって考えます
 どちらにしても危ないですから迎えに行きますよ」


「え・・っと、大丈夫だから。ホント」
「俺が決めたんです。何か?」


「お・・お願いします」
「よろしい」



強引な約束だった。
そして台風が去った後も、毎朝家の前に立っていた木手。
会話は弾まなくて、木手は部活のことばかりを淡々と語る。
この状況をよくよく考えた私は、これは木手の苦肉の策なのかと疑うようになった。


どう間違ったかは知らないが、何故か私は部員たちに恋愛対象として見られている。
このままでは部内に混乱や諍いが生じて部がまとまらなくなると考えた部長の木手。
とりあえず自分が付き合っておくことで部内の安定を図った・・・と。


そこに私に対する愛情があるのか。
ないにしたら、あの初めてのキスは明らかにやりすぎだ。



『木手は私のことが好き?』



そうストレートに訊いてみたい衝動にも駆られたが、『いいえ』なんて答えられた日には立ち直れそうもない。
そう思う自分は既に木手に絆されている証拠で溜息が出る。


だって・・・
あまりに熱烈なキスに心を持っていかれてしまった。
思い出すたびに頬が火照り、触れられてもいない唇に感触がよみがえってしまう。
たまに淡々と話す木手の薄情そうな唇に意識がいき、あの唇と自分の唇が触れたと思えば挙動不審に陥った。



なのに木手の気持ちが分からない。



校内で擦れ違っても視線を寄こしてくるぐらいのクールな木手。
部活では見せつけるように名前を呼び捨てにし、耳元に唇を寄せて話したりするくせに、
あれ以来はキスもなければ手を繋ぐことさえない。


まるで義務でしているのかのように私の送迎を繰り返すだけ。
メールや電話も部活に関することだけで、ほぼ業務連絡。



何ともいえない中途半端な想いは行く先を知らない。










そんな時に一つの事が起こった。



「すみませんが、少し待っててくれますか?頼んであったラケットを取ってきます」



コンビニの並びにあるスポーツショップを木手が指差した。
ガットの張り替えを頼んでいたのだろう。
一緒にショップへ入っても良かったのだが、誘われなかったからと外で待つことにした。


夏の沖縄は暑い。
関東の夏も熱いけど、半端じゃない湿度の高さには正直まいる。
空気を吸い込むと肺が焼けつきそうで、私は少しでも涼もうとコンビニに向かった。


外の自販機で冷たいお茶を買い、蓋を開けようとして少し考える。
木手の分も買っておくべきか。


買うか買わざるべきか悩んでいたら、コンビニから派手な格好の男たちが出てきた。
高校生か大学生といったところか、レジ袋を手に原チャリに跨ったところで目が合ってしまった。



「彼女、可愛いねぇ」
「おい、しかせ、しかせ!!」



男たちが原チャリにキーを差し込んだまま立ち上がる。
まだ何をされたわけでもないのに、私の中で警報音が鳴り響き体が硬直した。
冷たいお茶を握りしめ、木手のいるスポーツショップを確かめる。



「あんた、ないちゃー?」
「俺らと遊びに行こ〜」



次々と訊かれるのだがが、混乱した頭で聞きとれるのは標準語に近い言葉だけ。
沖縄の人間でないことは顔を見れば分かるのだろう。
彼らは不自然にニコニコと笑い、私を囲むように立つ。


相手は四人だ。
じりじりと近づいてくる男たちに身がすくむ。


ひとりの男が私の腕を掴もうとした。
怖さに悲鳴をあげそうになった瞬間、私の声より先に痛みに耐える声が上がる。
私の手から滑り落ちたペットボトルが鈍い音を立てて転がった。



「人のものを勝手に触らないでくれますか?」



地の底から響くような低い声と共に、木手は男の手首を捩じりあげていた。
木手の登場に笑顔が消え、一気に臨戦態勢になった男たちの目つきが変わる。
青くなる私をすっと木手の大きな背中が庇った。



「何をコラッ」
「木手君!!ダメッ!!」



捩じりあげた手を離した途端、男が木手に向かってきた。
今度こそ私は悲鳴にも似た声をあげた。


木手が殴られるのも怖かったけれど、それより先に浮かんだのはテニスのことだ。
暴力事件を起こしたら大事な試合に出られなくなる!



「分かってますよ」



殴りかかってきた男の拳を軽く手のひらで受けとめた木手が、
少しだけ後ろの私に首を傾けると唇の端で笑った。
その途端に別の男が殴りかかってきて、木手は抵抗せずに殴られた。


私は夢中で「助けて」と騒いだ。
すると直ぐに店の人たちが出てきてくれて、「110番!」と叫ぶ。
その声に慌てた男たちは原チャリに二人乗りすると、口汚く何かを言いながら逃げていった。


待てと誰かが叫んでいるけど、そんなことはどうでもいい。


私は木手を見上げ、その顔を見た途端に涙腺が決壊した。
ポロポロと泣きながら、震える手で木手の薄い唇に触れる。
木手の唇は端が僅かに切れて血が滲み、赤紫色に変色していた。



「ゴメン・・ね、木手」クン。



言い終わらないうちに木手の唇に触れていた手が掴まれ、引き寄せられた。
あっけなく傾いた体は大きな胸にぶつかり、強く抱きしめられる。


今度は怖くなかった。
私は自分から木手の背に腕を回し、思いっきり抱きしめ返す。



「君を一人にした俺のミスだ」
「でも、」


「もう少しでテニス部を潰すところでした」



そっと木手が私の肩を押して、体を離す。



「他の男が君に触れると思ったら、頭に血が昇ってしまったんですよ」



見つめた木手の瞳は、ただ優しかった。





木手は酷く不器用で、誰かに優しくする方法を知らない人だ。
気持ちの表現も下手。よく喋るくせに、肝心な言葉が出せない人なんだ。





結局は警察が来ることもなく、コンビニの人に絆創膏を貰って帰ることになった。
夕暮れの歩道を歩けば木手の影が私より長くて、それを見ているだけで愛しい気持ちになる。
気恥ずかしくて足元ばかりを見つめていたら、影が動きを止めた。
私もつられて足を止め、木手を何とはなしに見上げる。


そこにはメガネをしていない木手がいて、疑問を口にしようとした私に唇が近付いてきた。
怪我しているのにと思いながらも抗わない。


私は素直に目を閉じた。










「ねぇ、永四郎。聞き忘れてたことがあるんだけど」



寄り道ついでと相変わらずの言い訳をして家に上がりこんできたのは元カレ。
元カレでありながら、現在の恋人でもある複雑な男だ。



「なんですか」



新聞を読みながら適当に返事をしている永四郎の表情は良く見えない。
まぁ、いいけど。私も恥ずかしいし。



「いつから私のこと好きだった?」



パラリと新聞をめくる音。
聞こえていないのか。それとも聞こえないふり?


またパラリと新聞をめくる音。



「まっ、いいけど」



私が諦めて呟くと、新聞紙の向こうから永四郎が言った。





「初めて会った瞬間ですよ」





ああ。
ずっと、それが聞きたかったの。




















より道ついでに会いにきた 4

2008/11/07




















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