熱
「なぁにやってんだ、お前は!」
「・・・・・・なにって、なんだろね・・・・・・」
セトがベッドに寝転んだまま、小さく苦笑した。テッドはといえば、苦笑を漏らすこともできずに憮然とした表情のまま、ぬるくなったタオルを氷の浮かんだ水桶に浸して、ぎゅっと絞った。
セトは今、熱を出して寝込んでいた。
原因はといえば、いまだ雨の止まないイルヤ島での長時間の単独行動だった。
この軍主は、気がつけば動いている。
思いついたときに思いついた行動を、そのまま自分でしてしまうのだから、性質が悪い。
イルヤに行った理由というのも、一旦は奪回したイルヤにまたクールーク兵が入り込んでいるとの情報―――とも呼べぬような、噂を耳にしたから、らしい。確かにエルイールに近いイルヤは本来ならば、クールークにとってもリイマ軍にとっても重要な位置にある。互いの喉元に刃をつきつけるような、そんな位置だ。
ただし、それは島が無事であればの話だ。
今は、まだイルヤは復興にも程遠く、雨は降り止まない。
そして紋章砲の名残なのか、様々なモンスターが街の跡に生息するようなってしまっている。
そんな場所に、今更クールークが居つくはずがない。
だが、この軍主はその噂を耳にした途端、確かめるために単独イルヤへと行ってしまったのだ。
結果、モンスターと一人で相対し、それは蹴散らしたものの毒にやられ、雨に打たれて瞬きの手鏡で戻ってくる羽目に陥ったのだ。
「ひとりで勝手に行って、ぶっ倒れて帰ってくるなんざ、迷惑以外のなにものでもねぇだろ」
「はは、容赦ないなテッド・・・・・・」
力なくセトは笑った。
毒自体は、船にさえ戻って治療を受ければ消えるものだったが、長時間毒で弱った体を冷たい雨に打たせた結果、セトは熱を出してしまったのだ。船医であるユウの下した診察結果は風邪、だった。
エレノアは当然のごとく激怒して、軍主を部屋に追いやった。
そしてなんの因果かテッドが看病役として白羽の矢を立てられたのだった。
「でも、リールン見つけられたんだからよかったよ」
「あのなぁ・・・・・・」
人魚姉妹の、最後の一人が隠れるようにイルヤにいた。それを見つけたのは確かにセトだ。
それをよかったと、喜ぶことは間違いではない。間違いではない、が。
「それで全て許されると思うな、お前は」
テッドは、絞ったタオルを彼に軽く投げつけた。セトは自分の顔の上に乗ったタオルを摘み上げる。
「許されるなんて、思ってないよ」
「じゃあどう思ってるんだ」
「別に」
短く答えると、タオルを手に持ったまま、セトはベッドから起き上がった。テッドが眉を顰めて「おい」と止めるが、それを聞く様子は微塵も見られなかった。
「なに起きてんだ、お前」
「だって、これくらい大丈夫だから、さ」
「・・・・・・熱あるんだろ」
「うん。そうみたいだね。でも別に、なんにもできないわけじゃないよ」
セトはベッドサイドのテーブルに置いてあった手紙の束を手に取る。それは、どうやら目安箱の中身らしい。
「最近、ちょっと見ていなかったから・・・・・・こういうときに、見ないとね」
テッドは深く、深く溜息をついた。
そうして彼が見ようとしているその手紙の束を無言で、そして問答無用に奪い取る。
「テッド!」
「あのな、んなこと俺の前でして、許されると思ってんのか」
「・・・・・・じゃあ、君の前でなければいい?君も、僕の看病するの貧乏籤引いてるんだよね?僕なら、大丈夫だから・・・・・・」
「帰っていい、とか言ったらお前、ベッドに縛り付けるぞ」
「・・・・・・」
セトの言葉を途中で遮ると、彼は無言で目を逸らした。図星だったんだろう。
「・・・・・・普段は俺に構うなって言うくせに、どうしてこういうときだけ君は僕に構ってくるんだ・・・・・・」
「普段は普段。今は明らかに状況が違うだろ。それに、勝手に帰ったら、俺だってあの軍師に怒られるだろーが」
「・・・・・・でも」
ぽそりぽそりと文句を言ってくるセトに、テッドは言葉を返す。いつも言いくるめられるのは自分の方だから、こんなときとは言え、彼を言い負かすのはちょっと楽しい。
「でも、なんだよ」
「でも・・・・・・なんだか、こういうふうにされるの・・・・・・慣れない」
セトがふいっと顔を逸らした。
「慣れない?」
「なんにもしなくてもいいって言われると・・・・・・どうすればいいのか、わからない」
どうすればいいかわからない、という言葉通り、セトの表情は困り果てた子供のようだった。テッドは信じられないものを見た気分で何度かまばたきをする。いやでも、それは幻じゃない。
「・・・・・・お前」
それが本音か、と溜息をつきたい気分になる。
とはいっても、彼がこうやって無防備に本音を漏らすことも稀なことだ。これも熱が出ているせいかと納得する。
「・・・・・・・・・・・・わかった」
「え?」
「お前、今のままじゃおとなしくしてねぇんだろ」
突然物分りがよくなったテッドに、セトが首を傾げながらも頷いた。それに、よし、とテッドも頷く。
「勝手に棚、探るぞ」
「え、ちょっと、テッド?」
セトが止める間もなく、テッドはセトの部屋の棚を開けた。多少広いとはいってもテッドの部屋とそう構造が変わっているわけではない。どこになにがあるかぐらいは大体の予想はついた。すぐに目当てのものを見つけて、それを引き出すと目を丸くしているセトへ、ぼふりと投げつけた。
「テッド!」
「いいから、かぶっとけ」
セトの上に投げつけたものは、替えの毛布だった。
「だけど、これ使ったら・・・・・・・・・」
「替えの毛布なんて、他にもあるさ。今はお前が寒くならないようにするほうが大事だろ」
セトは相変わらず困った表情のまま、テッドをじっと見ている。
「・・・・・・今度は、なんだよ」
「君に世話されるっていうのも、なんだか変な気分だ」
はぁ、とセトは溜息をついた。
「居たたまれない感じだよ」
「・・・・・・・・・言っとくけど、俺はいっつもお前の世話してんぞ」
納得いかない気分でそう言うと、セトも納得いかないようにテッドを睨みつけた。
「違うよ、僕が君の面倒を見てるんだよ」
「あのなぁ・・・・・・」
テッドが言い返そうとしたとき、セトが小さくくしゃみをした。
「・・・・・・あーもうわかったから、さっさと毛布にくるまれよ」
有無を言わせず、彼の肩に毛布をきちんとかけなおす。セトもおとなしくそれを受けた。
「・・・・・・だけど、さ。テッド、なんで寝ろって言わないの?」
「どうせ寝ろって言ったって、おとなしくお前は寝ねぇし」
「・・・・・・」
「なら、したいことさせてから、寝かしつけたほうがいいだろ」
「・・・・・・」
「・・・・・・なんだよ」
じとっとセトに睨まれる。
「まさか、君に子供扱いされるなんて思わなかった・・・・・・」
「実際俺に比べりゃ、お前なんてまだまだガキだ」
言い終わると同時にテッドは彼を毛布でしっかりと包み終わった。達成感によし、と頷く。
「その格好なら寒くないだろ」
「そうだね、寒くない」
「なら、少しくらい書類見ててもいいぞ。ただし眩暈とかしたらすぐにやめろよ。どうせ薬飲んでるんだから、そのうち眠くなるだろ。眠くなったらすぐに寝ろ・・・・・・よ?」
言い聞かせている言葉が、途中で疑問形になった。その理由は、不意にセトが視線をテッドから逸らしたからで、あまりに不自然なその仕種をテッドもまた不審に感じたからだった。もしかして、と思ってテーブルの上の水差しとグラスを見る。水差しの中の水は減っていて、ちゃんと水は飲んでいるようだった。が。
「・・・・・・・・・・・・セト」
「・・・・・・」
「薬、飲んでねぇな・・・・・・?」
怒りに、低い声を搾り出した。
テーブルの上には破られていない紙包み。
それが薬であることは間違いない。
セトは頑なに壁を向いている。薬を飲まなかったのは、単純に忘れていたわけではなく故意だったということが態度に如実に表れている。
「セト」
テッドはもう一度、低く名を呼んだ。
ぴくんとセトの肩が揺れてから、彼は観念したようにおずおずとテッドへと視線を戻した。
「薬」
「・・・・・・いらない」
「なんでだ」
「・・・・・・・・・・・・いらない」
「だから、なんでいらないんだって聞いてるだろ」
これで薬苦いから飲みたくないとかぬかしたら、口をこじ開けてでも飲ませてやる。心の中で物騒な決意を固めていると、セトが渋々と口を開いた。
「・・・・・・だって」
「だって?」
「・・・・・・・・・・・・眠くなる、から」
「はぁ?」
言いにくそうに告げたセトの言葉に、テッドは思い切り顔をしかめた。
「なに言ってんだ、薬なんだから、当り前だろ」
「ん・・・・・・」
セトが頷きながらも、項垂れる。めずらしいその姿に、やっぱりこれも熱のせいかとテッドは溜息をついた。そうして彼のベッドに座り込むとギィ、と軋む音がした。セトはその音に反応したのか項垂れたままの頤がぴくりと小さく動いた。表情は、だが、さらりと零れる髪でよく見えない。テッドの手が無意識にその髪へと伸びた。
触れる直前で、ふと戸惑う。
彼の表情を窺って、どうするつもりだったのか。自分で自分の意図が読めなくて、テッドはそのまま伸ばした手を持て余す。仕方なく、彼の頭をそのままがしがしと少し乱暴に撫でた。
「テッド?」
いきなりの接触に驚いたのか、セトが顔を上げた。ようやく見えたその表情は、いつもと変わらない。なんだと拍子抜けする気分で、触れていた手を引いた。
「あー・・・、で、なんで眠くなるからなんだ?」
「・・・・・・ん」
「・・・・・・なんでだ?」
言いよどむセトに、テッドが先を低く促した。セトは観念したように小さく笑った。それから口を開く。
「薬の眠りは深くて――――なにか起きても、すぐに起き上がれない。そんなのは駄目だ」
先程までの躊躇いが嘘のように、その声は凛、としていた。
「こうして眠っている間にでも、襲撃はあるかもしれない」
「―――――・・・お前」
「そんなときに軍主が寝こけてました、じゃ話にならない。でしょ?」
絶句するテッドに、セトは厳しい視線を和らげた。目元を僅かに緩めて、笑う。
はっとテッドが我に返った。
そして苦々しい思いと共に黙ってセトを睨みつける。セトはそんなテッドを微笑を浮かべたまま、見ている。
テッドは、別段セトの言葉が間違っていると思っているわけではなかった。確かにセトの言っていることは正しい。彼が軍主である以上、危急事態には備えるのが常であるべきなのだ。それはよくわかっている。
理屈では、わかっているのに。
ぐっと奥歯を噛みしめた。
理屈ではわかっているのに、それなのに自分は全然納得していない。
何故だかひじょうに悔しくて、妙な無力感まで味わう。
どうすればこの自分の中のぐちゃぐちゃした感情を、目の前の軍主に僅かなりとも思い知らせることができるのか。思ったときにはテッドはもう行動に出ていた。くるりと踵を返すと、テーブルの上にあった薬の紙包みを手に取ってそれを破る。粉状のそれが零れそうになるのをなんとか止めた。それと、水差しからグラスに勢いよく水を注ぐ。こちらは勢いあまってテーブルの上に水を少し零してしまったが、まぁ仕方ない。放っておけば乾くだろう。
両手に薬とグラスを持って振り返る。にやりと笑うと、セトが不審げに目を眇めた。
「・・・・・・なに、する気?」
テッドはセトの問いにも答えない。
そのままベッドの傍らまで行くのをセトがじっと目で追っている。自分を見上げるセトの視線にめずらしくもテッドは笑顔で答えた。
そうして、薬をざぁっとグラスの水へと注いでそれを口に含むと、テッドは彼へとそのグラスを押し付けた。セトは反射的にグラスを受け取る。ついでに空になった紙包みもぽいっと放り投げた。それは後で拾うなりすればいい。
自由になった両手で、テッドはセトの後ろ頭と頤を押さえつける。
「な・・・っ、あ」
唖然としているセトにそのまま口付けた。
僅かに開いていたその唇に、苦い液体を流しこむ。セトが反射的に暴れようとするが、ぴちゃんと水が跳ねる音がするとその動きも止まった。動けば、彼に持たせたグラスの中に残った水が零れてしまう。それに思い至ったのだろう。
テッドはくすりと彼に悟られないように笑った。どうせ笑みは薬と一緒に彼の中に流れ込む。
やがてセトが口腔内の薬を飲み干してから、ようやくテッドは唇を離した。
「・・・・・・テッド!」
「うるせぇ、俺だって口ん中苦いんだよ」
ユウの調合した薬は、良薬口に苦しの言葉通り、ひじょうに苦いものだった。水でも飲みたいと思うが、この部屋に今ある唯一のグラスの中の水には、まだ薬が混ざっている。
「早くそれ、飲んでくれよ。そしたら、水で口直しできるんだからさ」
「・・・・・・君、ね・・・・・・」
呆れたのか、諦めたのか、セトの肩ががくんと落ちる。彼はひとつ、わざとらしいほどに大きな溜息を落としてからグラスを持ち上げた。残りの薬入りの水を飲み干す。
「・・・・・・苦い」
「貸せってそれ」
テッドはセトからグラスを受け取ると、テーブルまで取って返して綺麗な水をまた注いだ。まずはそれを自分が一口口に含む。口の中の苦みが、薄れていく。
それから残りの水をセトへと差し出した。セトは苦い表情を隠さないまま、それを受け取った。
こくこくと飲み干す。
「もっと飲むか?」
「もう結構です」
「・・・・・・なんで敬語だよ」
「だってテッドがなんだか強気だから」
「そりゃ・・・・・・」
こんなときくらい勝てなくてどうする、と言おうとしてあまりの発言の情けなさにはたと気がついた。ぱたりと口を閉ざしたテッドをセトは不思議そうに見上げている。まぁいいかと思ってセトからグラスを受け取るとそれをテーブルの上に置いた。
「・・・・・・テッド」
「・・・・・・薬、飲んだから。書類見ていいぞ」
「ん。テッドは?」
「俺は暫くここにいる」
テッドは椅子に座った。その間もずっと、セトの視線がテッドを追ってきている。それに気がついてなんだか落ち着かない気分に陥る。
「・・・・・・なに見てんだよ」
「なにって」
「俺見てるくらいなら寝ろよ!」
セトは迷うように視線を泳がしてから、ようやく手元の手紙の束へと目を落とした。テッドはほっと安堵すると机に頬杖をついて彼をぼんやりと見る。いつもよりもセトの動作は随分とゆっくりとしている。
早く寝てしまえばいいのに、とそう思いつつも口を出せないまま、テッドはそのまま暫く彼を眺めていた。
気がついたときには、不覚にも自分が寝入ってしまっていた。
テーブルの上で、腕を枕にして眠ってしまっていた自分に驚いてはっと身を起こす。その拍子にぱさりと、肩にかけられていた毛布が床に落ちた。それは先程彼がセトに羽織らせたものだ。なんでこれが、と思ってセトを見る。
彼もまた、眠っていた。
手紙を見ている最中に寝てしまったのだろう。枕元には紙片と手紙が散っている。そんな中で丸まって、眠っていた。
おそらく毛布は、寝入ってしまったテッドにセトがかけてくれたのだろう。そんなことしなくてもいいのに、と考えて舌打ちをする。・・・・・・もちろん、今のこの状況でセトに怒りを抱くのが間違っているということはよくわかっている。看病するはずの自分が眠ってしまって、病人に気を使わせるなんて、失態以外の何者でもない。
テッドは立ち上がって足音を殺しながら彼に近づいた。
毛布から肩が出ているのに気がついて嘆息を落とすと、今まで自分が纏っていた毛布を彼の上にかける。寒そうに固まっていたからだが、暖かな毛布にふわりと強張りを解く。
「・・・・・・なに、やってんだよお前は」
こんなことになるなら、やっぱりなにもさせなければよかったと思う。書類なんて見せずに、さっさと眠らせればよかった。
だけど『どうすればいいのかわからない』と言ったときのセトの表情は――――本当に、途方に暮れた・・・・・・まるで迷子になった子供のような表情だった、から。思わず甘やかしてしまったけれど。
はぁ、と溜息をつく。
手を伸ばして彼の頬に触れる。
熱い、と思って眉を顰める。まだ薬は効かないのか、それとも効いていてこの熱なのか。
とりあえず水桶の中に入れっぱなしだったタオルを手に取る。ぎゅっと絞って彼の額に乗せる。そのまま、腰を屈めると閉じた瞼に軽くキスをする。
熱で僅かに腫れた瞼も、熱い。
「・・・・・・・・・おやすみ」
小さく呟く。彼が寝入ってしまえば、もう、この部屋にいる必要もあまりない。
テッドはランプの灯りを絞ると、静かに部屋を出た。
だが、今度は部屋に戻ったテッドが眠れなくなってしまった。
彼に触れたときの熱がまだ、手のひらに残っている。
かなり逡巡した挙句、テッドはまた彼の部屋のドアを静かに開いた。先程と全く変わらない、薄暗い部屋の中で、セトはぐっすりと寝入っているようだった。ようやく薬が効いたのか先程よりも随分寝息も落ち着いている。ほっと安堵して、テッドは先程のように彼へと手を伸ばす。ふと、その指先に彼の寝息が触れた。
普段よりも、その息は僅かに熱い。
まだ熱は下がりきっていないようだ。
唇に触れるか触れないかという位置で、指は暫く止まっていた。
だが、ふとセトの額に乗せていた濡れタオルが落ちているのに気がついて、指がそこから離れた。汗のせいか、前髪が額にはりついている。それを無意識にかきあげて、額に触れた。
今の彼は、テッドが触れるどこも熱い。
その熱が自分にも伝わってくる気がして―――――テッドはひどく戸惑いを覚えながらも、彼に触れる手を止めることができない。
「・・・・・・ん」
額に触れた手に気がついたのか、セトが小さく声を漏らした。ゆっくりと瞼が持ち上げられ、薄闇の中で濃くなった青の色の瞳がテッドを捉える。
「テッド・・・・・・?」
「・・・・・・ああ」
セトの声は掠れていた。それが寝起きのためなのか、それとも風邪のせいなのか、それはわからない。
「ずっとここにいた・・・・・・?」
「いや、一度部屋に帰った」
「・・・・・・ふぅん、じゃあ様子、見にきてくれたんだ・・・・・・ありがとう」
力の篭らない笑顔をセトは見せた。それにテッドのどこかがつきんと痛む。別段自分は親切心から彼の様子を見にきたわけではない。決してない。むしろ彼のことよりも自分の心の整理のためにこの部屋に来たというほうが正しい。だから、そう感謝をされるとどこか後ろめたい気持ちになってしまう。
「礼なんて言わなくていい」
「だけど」
「いいって・・・・・・、それより、体はどうなんだ?」
「ん。だいぶ楽になったよ」
セトがそのまま起き上がろうとする。テッドは反射的にその両肩を押えた。
「別に起きなくてもいい」
「大丈夫」
大丈夫、という彼の肩は、それでも熱い。どこがどう大丈夫なんだと思いながら押える手の力をぐっと強くする。だが、セトがぴくりと眉を寄せるのを見て、今度は慌ててその手を外した。
「悪い、痛かったか」
「ん、大丈夫」
また同じ言葉を繰り返して、セトは今度こそ起き上がった。
テッドは起きる彼に仕方ないと溜息をついて、また毛布を彼の肩にかけた。「ありがとう」と言われるものの、テッドはしかめっ面を崩さない。
「礼言うなら起きるなよ」
叱りつけるテッドへ、セトが毛布の隙間から手を伸ばした。指がテッドの二の腕に触れる。
「だから、お前は・・・・・・」
「このままでいいよ」
「セト」
腕を毛布の中に戻させようとするテッドの言葉をセトが遮った。それとともに触れるだけだった指にもぎゅっと力が篭る。テッドは僅かに目を顰めてから、戒めのつもりで彼の名を呼んだ。
それは彼への戒めなのか、それとも自分への戒めなのかどちらだったろうか。わからない。
「君に触っていたいんだけど」
駄目かとセトは首を傾げる。テッドは厳しい目をしたまま、自分の腕を握った手を取った。ほんの少し躊躇して、だが結局はそれを毛布の中のぬくもりに戻すことはしなかった。その手を持ち上げると手のひらにひとつ口づけをする。手のひらはいつもよりも熱く、そして僅かに汗ばんでいる。
「・・・・・・汗、かいたか?」
「ん。だから、熱は下がったと思うよ」
「まだ熱い・・・・・・無理するな」
告げると、セトはにっこりと笑んだ。テッドに触れた腕を追いかけるように身を伸び上がらせると、そのまま自分の腕をつかんでいるテッドの指にキスをした。テッドは彼の仕種に落ちそうになる溜息を堪えて、また「セト」と名を呼び、戒める。
「だって、テッド・・・・・・知らない?」
「なにをだ?」
「風邪は、誰かにうつした方が、早く治るんだよ」
セトは目だけでテッドを見上げた。テッドはその目に今度こそ、深く溜息を落とした。
「・・・・・・知ってるさ」
そう言ってつかんだ手首を引いた。抗わず、セトはテッドの腕の中に収まる。そのまま彼に、口づけをした。下唇を軽く啄ばんでからするりと舌を忍び込ませる。
舌先で彼の歯をなぞる。ぴくんと彼の体全体が小さく震えて、それからゆるりと腕がテッドの背へと回された。
笑いながら、そしてキスを続けながらもテッドは彼を包んでいた毛布を取り去る。そのままベッドへと彼を倒した。ばふりと枕に沈んだセトが、きつく目を瞑っていることに気がついて、唇を僅かに離してまた声もなく笑った。力の入っているこめかみをぺろりと舐め上げて、目尻にもキスを送った。唇が触れた場所から、順にふわりと力が抜けていく。
「なに緊張してるんだよ」
「・・・・・・ちょっと」
ようやく目を開いたセトが苦笑を漏らす。
「ちょっと・・・・・・なんだか、いつもよりも君が冷たい気がして、びっくりしたんだ」
「バカ。それはお前が熱いんだ・・・・・・やっぱりやめるか?」
「ん・・・・・・」
頷きながらもセトは、テッドの右手の手袋を取り払ってぎゅっと握る。テッドが顔を顰めて「おい」と咎めて、ようやく彼はふるりと首を横に振った。
「だって君の手、冷たくて気持ちいいよ」
「だから、お前の体温が上がってるんだって言ってるだろ」
諭すように告げると、セトはぱちりとひとつまばたきをした。その仕種がいつもよりも彼を幼く見せる。だからまた「やめるか?」と尋ねると、今度は明確に彼は「いやだ」と拒否をした。
「おい、だってお前・・・・・・」
「僕の体温が高いんなら」
ふいっとセトが右手を持ち上げた。いまだ左手はテッドの右手をつかんでいる。
彼の右手はそのままテッドの首へと当てられた。
「・・・・・・君の体温も、上げちゃえばいい」
先程のような幼い仕種を見せながら―――――なんてことを言うのか。
テッドは僅かに目を眇める。
彼に捕らわれていた右手を軽く振り払って自由にする。セトは「あ・・・」と残念そうな声を漏らしながらも、追いかけることをしなかった。
取り戻した右手と左手の肘を彼の頭の両横についた。彼に覆いかぶさって、またキスをする。何度か角度を変えた後にゆっくりと身を起こす。ふは、とセトが息を零した。
「お前は、これ以上熱、上げるなよ」
「大丈夫。僕の熱はテッドにあげるから」
それのどこが大丈夫なのか、と苦笑しながらもテッドは彼にまた覆いかぶさった。
繋がった瞬間に、セトはぶるりと大きく首を振った。それかせ声を堪える彼の愉悦の証だった。
それと知ってテッドもまた、大きく息を吐き出した。本当に彼からうつされたかのように熱が体に蟠っている。それを息と共に吐き出そうとして、失敗する。逆にそのテッドの動きにぴくんとセトが反応を返す。
「・・・・・・ぅ、テッド・・・・・・」
「ああ・・・・・・」
名を呼ばれ、緩やかに答えた。彼の額に汗で貼りついた前髪を丁寧に指で払ってから、そこに唇を落とす。熱をうつした彼の体はもはや、熱いと思うことはない。
同じ熱の中に、二人はいた。
二人とも、同じだけ熱い。
多分その熱で二人とも動いているのだ。
「んっ・・・ぁ」
耐え切れずに声が漏れるセトの肩に、テッドは唇を落とす。吸い上げると途端にそこは熱が凝り固まったかのように赤く色づいた。その分、熱を奪われたからだろうか、セトがぶるりと震える。
「んぅ・・・っ、テッ・・・ド!」
セトが非難の声を上げる。顔を上げると、快楽に眉根を寄せた彼が、それでもテッドを目で責めていた。
「なんで・・・、跡・・・」
「あ」
いつもはテッドが彼に跡をつけることなどない。彼に跡をつけたところで、所有印などと言えるわけはないし、共同生活であるこの船の中でいつ誰にその印が見つかってしまうかわかるものではない。だからそのあたりについては配慮をしているつもり、だったのだが。
「悪い」
「ほんとに、悪い・・・よ!」
セトが快楽に潤んだ瞳できっとテッドを睨みあげる。その視線になんとなく困る。
心苦しさとは別のところで、困る。
「明日、ユウ先生の診察、どうしろって言うのさ・・・・・・!」
「あー・・・」
確かにそれは困る。
困るが、今、それを言われても対策を考えることなどは到底できそうにもない。今は――――熱を分かち合うことの方が、遥かに重要だった。
だからテッドはまだ文句を言おうとする唇を、キスで塞ぐ。
セトはテッドの後ろ頭をぽかりと軽く殴りつけてから、彼に縋った。
やがて唇と唇が、舌と舌が、離れる。
「・・・・・・明日、もしお前の風邪が治ったらなんとかしてやるよ・・・・・・」
「じゃあ、絶対、治してやる・・・・・・!」
苦笑して告げた言葉にセトが噛み付く。
それにもまた、苦笑を零して、セトの眦にキスを落とした。
後はただ、温度だけを重ねていった。
結局、翌日にはセトの熱はきれいに下がっていた。
「・・・・・・ほんとに治しやがったよこいつ・・・・・・」
「・・・・・・てゆーか、風邪は治ったんだけどね・・・・・・」
二人して顔を見合わせて溜息をつく。
ひとつ、問題は残ったままだ。
セトは夜着の襟元を広げて自分の肩を見ている。そこにはやけにくっきりと、熱の跡が残っているだろう。
「・・・・・・見るなよ」
「見るよ」
セトは溜息をついてから両手で持っていた襟を離した。途端にぱさりと夜着が肩に落ちる。
「これ見られたら、まずいだろうなぁ・・・・・・なんか言われる前に犯人はテッドですって言っちゃおうかな」
「やめろ」
「で、どうしてくれるのテッド」
「どうするって・・・・・・なぁ」
「僕の風邪が治ったら、どうにかしてくれるって言った」
「・・・・・・まぁ」
その通りなのだが。
実際どうすればいいのか、テッドは皆目見当がつかない。困り果てて天井を仰ぎ見た。
そうして出した結論は。
「・・・・・・逃げるか」
「え?」
「とりあえずビッキーのとこ行って、適当にテレポートするか?」
そう言うと、セトは目を見開いて驚いた。
それから、ゆっくりと笑う。
「・・・・・・・・・・・・しないよ」
返事は、テッドの予想していた通りのものだった。
だから「そうか」と頷いて、口を閉ざした。
結局その跡は無難に絆創膏で隠すことにした。だがユウの診察は意外にも熱をはかり、口の中の様子を見るだけの簡単な診察だったからそんなことまで考えなくてもよかった、と二人で脱力したのだった。
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また誘い受かよ!!!
と、私が一番突っ込みたいので、お願いですからその突っ込みはなしの方向でよろしくです(うううう・・・)
今回は、オットコマエーなテッドさんを目指していたのですよ!目指したのですよ!でも結局最後の最後で躊躇っちゃってるけどね!ああ、早くセトさんを押し倒せるくらいの甲斐性を見せて欲しいものです。
てか、こちらは萌え茶での萌えネタを加工したものですので・・・・・・ネタかぶっちゃったらごめんなさい!
それにしても、えろが一番時間食ったよ・・・・・・。一番短いくせして。