聖なる夜…なのか?


「今、この瞬間幸せを感じてる奴らが全員呪われちまえばいいのに」

 おれがグラス片手に呟いた一言に、そこにいた他3人の男共は飲み物をブハッと噴き出した。

思っていても、それは禁句だ!

 本日は聖なる夜。
 とある宗教で神とされる人物の生まれた前日。

 何故、当日ではなく前日に人々が大騒ぎするのだろうか?
 …まあ、それも今のおれには関係ないな。

 この神聖な日の扱いは、居る国によって大きく異なると思われる。

 国教に近い扱いをしている国は、厳かにこの日を祝うだろう。
 逆に、この日を一切関係ないものとして取り扱う国もあるだろう。
 そして、単なる祭りの日として馬鹿騒ぎをする国もあるだろう。

 残念ながら、おれが今生活しているのは馬鹿騒ぎをする国だったりする。

 この国で、信徒以外に今日のこの日を聖なる夜と感じている奴等は"勝ち組"だけだ。
 "負け組"からすると、ここまで…ここまで呪わしい夜はない。

 うかつに街を歩くと、聖なる夜を満喫している奴等ばかりが目に付く。
 "負け組"はこの毒気にやられないよう、住処でひっそりと今日一日を過ごすのだ。



 先程のおれの一言で吐き出した飲み物を拭っていた1人が、おれの肩に手をポンと置いた。

「駄目だよ、ジルザ。 こういう事は口に出さずにこっそり呪うもんだよ」
「…それも口に出したらマズイだろ」

 天使のような笑みを浮かべているが、発言内容自体は恐ろしい。

 この少年の名前はエイミー。
 無邪気な顔と口調だが、実は非常に腹黒い。
 そして、その腹黒さを一般の人には絶対に悟らせない姑息さもある。

 先程の一言もおれ達がいる空間にしか聞こえない程度の小声であり、加えて本来の口調はこんなに愛らしくない。
 周囲にいるのが気心知れた知り合いだけだと確認できない時、奴は絶対に素の喋り方をしない。

「そこまで荒んでいる理由は、ルシャラか?」

 青年がおれにグラスを差し出してきた。
 こいつはマルティ。
 免疫のない奴ならば、男女問わず赤面してしまいそうな程、綺麗な顔をしている。

 おれはかなり免疫がついたので赤面する事はないが、周囲ではマルティをチラチラと見ている人が数名いる。
 本人はこの状況に慣れてしまっており、一切その視線を気にしていない。

 おれはマルティが差し出したグラスの中の液体を一気にあおり、
「そう」
とだけ言った。

 ルシャラとは、同業者であり、おれが長年片思いをしている女性だ。
 色々な事情があって、おれは子供の頃から彼女と行動を共にしている。
 そのためか、彼女はいまだにおれを"かわいい弟"としか見ていない節がある。

 その状況をどうにか打破したいのだが、いかんせん彼女は非常に鈍い。
 デートに誘っても、それを"デート"と彼女は認識してくれない。

 "弟とショッピング"、"弟と演劇鑑賞"。
 彼女の認識はそんな感じだろう。



「誘ってなかったのか? お前の誘いならよっぽどの事がない限り、ルシャラは断らねーだろ?」

 グレイという見た目は猫(実は魔獣)が拭い終えた布をウェイトレスに返しながら、おれに訊ねた。

「そのよっぽどの事があったんだよ」
と言いながら、おれはテーブルに突っ伏した。



『誘ってくれないかなぁ』
と受身でいて、現在の状況に至ったのならば「自分が悪い」と諦めもついた。

 自分から誘ったのに断られたから、今日という日がこんなにも呪わしいのだ。

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