「ルシャラのお得意先の依頼者が、自宅でパーティー開くんだとさ」

 おれ達は冒険者という職業であり、魔獣退治や護衛を生業としている。

 そこまで有名でもないルシャラを指名して、仕事を依頼してくれる依頼者は数少ない。
 ルシャラはその依頼者のおばはんからの誘いを無下に断るわけにはいかなかったのだ。

 よりにもよって、こんな日にパーティを開くなよ!
 そして、年頃の娘を誘うなよ!

  「あれ?でも、どうしてジルザは招待されてないの?」

 エイミーが不思議そうな顔をして訊ねた。

 当然な疑問だ。
 おれはルシャラと組んで仕事をする事が多い。
 よって、ルシャラの得意先という事はおれの得意先でもある。

「今回のパーティは前回の依頼の打ち上げなんだよ」
「あー、そういう事か。確かルシャラに依頼が来た時、ジルザは別件の依頼してたもんね」
「そう。カフェの店員」

 ちくしょー。
 女性の制服はミニスカートというカフェで欠員が出たので、喜び勇んで受けた依頼が後でこんな風に糸をひくとは思わなんだ。

 煩悩がっ!煩悩が憎いっ!



「何が悲しゅうて、こんな日に男4人で飲み交わさなくちゃいけねーんだろうな」
とおれがため息まじりに呟くと、3人から意外な一言が返ってきた。

「ゴメン。この後用事があるんだ」
「悪いな。俺は野暮用がある」
「悪い、ジルザ。この後約束がある」

 今度はおれが飲み物をブハッと噴き出した。

「な、何ですと?」

「今日は家族と一緒に過ごすんだ。大分前から約束してたんだよ。
 ゴメンね」
と言って、自分の飲食代をおれの目の前のテーブルに置くと、そそくさとエイミーは店を出た。


 エイミーをぼんやりと見送った後、おれはグレイをジッと見つめた。
 お前は、お前だけはおれと同類だと思っていたのに…。

 グレイは、おれから目を逸らしつつ、
「べ、別に特別今日を祝うというわけじゃねーからな。
 いつも通りエファと飯を食いに行くだけだ」
と言った。

 エファというのはグレイが仕事でよく組むパートナーの女性だ。

「それでも、お前は本命と飯―グハッ!」
 文句を言おうとしたおれのボディに、グレイの一撃が入った。

「声でけえよ!」

 おれからするとバレバレなのだが、グレイ本人はエファが好きである事を隠しているつもりだ。
 エファ以外は、その事を薄々承知している。
 ただ、エファ自身はルシャラと同じく非常に鈍いため、グレイの気持ちに全く気付いていない。

「…まあ、そういう訳なんで悪い」
と言って、エイミーと同じく自分の飲食代をおれの目の前のテーブルに置き、グレイは去った。

 腹が痛い…。

 おのれ、グレイの野郎。
 いくら魔獣の姿で力が弱まっているとはいえ、それでも馬鹿力なのには変わりがないんだから、もう少し加減しろよ。


 そして、後に残ったのは絶世の美青年と、腹を抱えてうずくまるおれだけになった。

 前2人のように申し訳無さそうに理由を言われるのも悔しいので、おれは先手をうってみた。

「どうせあんたはどこぞの姉ちゃんと待ち合わせだろ?」
「その通りだが」
 だから何?というマルティの表情に、おれが逆にウグッと詰まった。

 先ほどから何度も言うように、マルティはこの辺りで評判の美青年だ。
 ただし、実は重度の遊び人だという悪評も蔓延している。

 夕暮れ時に街を歩くと、奴が女を連れて歩く姿を大抵見かける事になる。
 そして、その連れて歩いている女が日替わりで異なる。

 そのため、悪評がたつわけだ。

 しかし、おれ(他にも若干名の奴)は、そのような行動をとる理由を知っている。

 マルティは魔術師だ。
 火や水等、自然界の力を召還、行使して仕事に活用している。

 元々の素養も高く、将来は高名な魔術師になるだろうと言われている。

 しかし、奴には自身の体質に1つ弱点がある。
 "恨み"や"妬み"等、負の感情から作られるという黒の魔力を、奴は体内に溜め込みやすいのだ。

 この黒の魔力が体内に満ちると、当事者に何らかの異常が発生する。
 その異常は"反社会的"と言われる行動や、"病"として表面化する。

 そうなる事を避ける手段が1つだけある。

 白雪姫や眠り姫がとった…いや、とらされた行動というべきだろうか。
 あれをやる事で体内の黒の魔力が"愛"や"慈しみ"から作られる白の魔力へと変換される。

 察しの良い奴はお気づきになったと思うが、その手段とは「他者との口づけ」だ。

 つまり黒の魔力の浄化のため、マルティには女が必要不可欠なのだ。

 そこで、恋人を作ればいいじゃないかという疑問がわくと思う。
 その辺りは、おれもよく把握していないのだが、奴は故意にそういう女性を作っていないようだ。

 仕事で奴とよく組むエイミーならば、その辺りの事情にも詳しいのかもしれない。
 だが、複雑な事情が絡んでいそうなので、おれはあえて訊いていない。

「金はここに置いとくぞ」

 他の奴らと同じくテーブルに金を置き、去ろうとするマルティの後姿におれは悪態をついた。

「お前みたいな爛れた夜を過ごすんだったら、おれはまだ1人の方がマシだね」

 ちくしょー、どう考えても、こりゃ負け犬の遠吠えだ。
 だけど、おれの本心でもある。

 先ほど説明した手段を使い、魔力を浄化するのだけが目的ならば、そんなに時間はかからない。
 だけど、マルティは週の半分は住処に戻ってこない。
 奴は頻繁に朝帰りをする。

 …つまり、そういう訳だ。

 子供の頃から、ルシャラだけを見ていたおれには奴の心境がわからないし、わかりたくもない。

 おれという負け犬の遠吠えを聞いたマルティは振り返り、ほんの一瞬寂しげな顔をした。
 しかし、すぐに可哀想な者を見るような表情に変化し、奴はドアを開けて去っていった。

「お、おれを哀れむなぁー!」

 おれの絶叫を聞くべき相手はもういないが、叫ばずにはいられなかった。

哀れむなあぁぁ!


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