「本は持ち主に返すべき」発言から判断すると、再度おれに何かする可能性が高い。
おれは両手を顔の前に突き出し、ファイティングポーズのような格好をとった。
しかし、エイミーはこう言葉を続けた。
「そう、本当なら持ち主に返すべきだと思うけど、
ぼくはジルザよりもこれを必要としている人がいると思うんだ」
「おれよりもこれが必要な奴?」
おれの脳内を"?"という文字が踊り狂う。
おれよりもエロ本が必要な奴。
どんな奴なんだ、そいつは。
欲求不満か?
疑問符だらけのおれにエイミーはスッと近づき、ニッコリと笑う。
これは人間の笑顔だ。
おれに対する悪意は無いと見ていいだろう。
「ジルザは偉いよね。
ルシャラに自分の気持ちを伝えるために色々と努力してる」
「…」
確かに、おれはその辺りの努力は大分やっていると思う。
昼飯に誘ったり、休日に一緒に出かけようと誘ったりもする。
それに2人で受ける事ができる依頼を探すための労力は全くいとわない。
「空回ってるけどな」
「うるせぇ」
マルティの言った無慈悲な真実に、つい暴言が出てしまった。
しかし、その通りだ。
おれの誘いにルシャラは嫌な顔をせず、一緒についてきてはくれる。
だが、本当についてきてくれるだけなのだ。
「弟の頼みは断れないから」
「好きな人とのデートのための予行演習なのよね」
等と、ことごとくスルーしてくださるのだ。
そこで、それを否定して先に進もうとする勇気が、おれに無いのも問題なんだろう。
しかし、最悪"弟"の地位は守りたい、と思っているのも事実だ。
それすら失ってしまうと、おれはルシャラの側にいられなくなる。
そんなおれの思惑を察する事もなく、エイミーは話を続ける。
「空回ってはいるけど、ジルザは努力しているよ。
だけど、その努力すらしていない奴がいるよね」
その一言でおれとマルティはピーンときた。
エイミーの悪戯のターゲットが誰なのか理解できたのだ。
そして、おれもマルティもニヤリと笑った。
「成程な。確かにそいつにはコレが必要かもしれないな」
マルティは本の表紙をポンポンと軽く叩きながら言った。
「ああ、おれも納得したよ。おれよりもそいつの方がコレが必要だ」
ウンウンとおれは何度も頷いた。
本当にそいつにコレが必要だとは誰も思っていない。
ただ、奴の手元にコレがあると何か愉快な事が起きそうだ、とココにいる全員が思っただけだ。
基本的におれ達は薄情だ。
その行為がちょっとした冗談としてごまかせるレベルのものなら、面白そうだという興味を優先する。
ニヤニヤと笑うおれ達3人を誰かが見たのなら、そいつはこう言ったかもしれない。
悪魔の笑みだ、と。
数日後、「女をおとす100の方法」が知らないうちに荷物の中に入れられている哀れな奴がいた。
そして、そのまま仕事に出かけ、依頼先の村でその荷物を想い人に見られた哀れな奴がいた。
その哀れな奴、グレイはすごい剣幕でエイミー、マルティ、そしておれの3人を探していた。
その様子を何人もの人が見かけたが、おれ達は無事逃げおおせたのだった。