ソメイヨシノ
Prunus yedoensis Matsumura
シダレザクラ
Prunus pendula Maxim.
一口に桜といっても、それぞれの種は実に個性的である。写真のものは、若いシダレザクラの花であるが、若い木でも老木でも、シダレザクラは気品があって、花のつきかたもかたちも色も実に美しい。私の中には円山公園のシダレザクラが私の京都に住んだ学生時代の思い出の中に生き続けている。シダレザクラはエドヒガン由来の古い園芸品種だそうだが、年を経た名木も多い。シダレザクラはソメイヨシノと混生しているよりも、一樹で立つほうがよい。雅びやかであるが、孤高の姿をあわせもつ木である。
ノウルシ
Euphorbia adenochlora Morr. et Decne.
この季節としては4日ほど寒い日が続き、散歩する気になれなかった。年をとるとだんだん無精になるようである。やっと暖かさが戻ってきたので、少し歩いてみた。ノウルシは絶滅危惧II類だそうだが、私の散歩道ではこの季節に毎年見ることができる。黄色い苞葉は今が一番若々しくてきれいである。ノウルシというだけあって、乳液が皮膚につくとかぶれるそうだが、まだ経験したことはない。
ヤマザクラ
Prunus jamasakura Sieb. ex Koizumi
暖冬のため、桜の開花が早く、4月はじめに満開に近い桜を見物することができたが、その後寒波がきて、この季節にしてはとても寒い日が数日続いた。おかげでつぎの週末にも、再び満開のままの桜を見ることができた。わけても、ヤマザクラの白い花と赤みがかった葉の色合いが青い空に映えてすばらしく美しかった。ヤマザクラはその木が長寿であるように、万葉の時代から、中世、近世、現代に至るまで、日本人の心にその花の姿を反映させ続けてきた。時代がどう変わっても、われわれの子孫の心に映えるヤマザクラの美しさは変わらないで欲しいものである。
ニワトコ
Sambucus siebodiana Bl.
放置された薮や屋敷林の縁などに泡立つような白い花の群れが見られる。ニワトコで思い出すのは、大学の実習で、植物の茎や葉の組織を顕微鏡で観察するために、市販のニワトコの枝の髄に縦に切れめを入れて、そのあいだに植物の葉や茎をはさんで、かみそりで組織の切片を作ったものである(徒手切片法という)。凍結切片法と比べるとはるかに簡便な方法であるが、なるべく薄い切片を作らねばならず、苦労した思い出がある。今もニワトコの髄は市販されているのだろうか。
カラスムギ
Avena fatua L.
道端でカラスムギが早くも出穂している。カラスムギはヨーロッパ、西アジア、北アフリカの原産で、日本には有史以前に帰化したとある(長田武正 増補日本イネ科植物図譜 平凡社)。栽培種のマカラスムギ(エンバク)と同様6倍種で、ゲノムの構成も同様である(西山市三 植物細胞遺伝工学 内田老鶴圃)が、カラスムギの方は実が完熟するとぱらぱらと脱粒して地面にこぼれ落ち、いかにも野生的である。因に、私の大学における研究に用いた植物はカラスムギ属の植物で、Avena strigosa Schreb.という2倍種であった。それからずっとのち、この植物をイギリスで圃場の脇に繁茂しているのを見つけて、再会したようでうれしかった。日本には野生種として帰化していないようである。
ツボスミレ
Viola arcuata Bl.
平安時代の和歌にツボスミレと詠まれているのは、薄紫のタチツボスミレのことである(「道草の時間ー早春 (2007)」)。こちらは散歩道の半湿地に咲いている白い花のツボスミレ。混乱を避けるため、牧野博士はこちらをニョイスミレ(如意スミレ)と命名している。しかし未だに和名は統一されていないようである。ツボスミレは地味であるが、近くでじっと見ていると、こちらも捨て難い味がある。しばしの間ツボスミレと対話した。
クサイチゴ
Rubus hirsutus Thunb.
まだサクラがさいているので、上を見ながら歩いているが、ふと下を向くと白いイチゴの花が目に入る。いまは野生の木イチゴの花の季節でもある。モミジイチゴ、ニガイチゴ、クサイチゴ。どれも適当に棘をつけて用心怠りないが、花は可憐である。クサイチゴはなぜクサなのか分からないが、小さな木である。初夏には赤い実がなるが、あまりうまくなかったように憶えている。
ニガイチゴ
Rubus microphyllus L.
ニガイチゴもごく普通あり、クサイチゴよりは大分大きく、こちらはれっきとした木イチゴに見える。クサイチゴの葉は3複葉または5複葉だが、ニガイチゴは単葉なので、すぐ区別がつく。花弁は少し細長い。初夏にはやはり赤い実をつける。実がにがいのでニガイチゴというのだが、噛んで吐き出すほどではなかったように思う。
イヌスギナ
Equisetum palustre L.
スギナによく似ているが、もっと大型のイヌスギナが散歩コースの道端にたくさん生えている。イヌスギナではツクシにあたる胞子茎が栄養茎の頂端から生じる。胞子茎の頂端にはツクシみたいな胞子嚢穂がつく。スケッチした個体の胞子嚢穂はまだ未熟で、もう少し経つと茎が伸長してツクシのようになる。はじめてこれを見たとき、スギナが環境の影響で変になったのではないかと思った。本当はもう少し成熟して胞子嚢穂が伸長してからスケッチする方がよかったと思うが、もう一度画く気にはなれない。
カサスゲ
Carex dispalata Boott
休耕田の湿地にヨシとともに生えているのを見つけた。カサスゲはカヤツリグサ科スゲ属の大型の植物であり、かつては菅笠や蓑の材料として使われていた。簑笠は農作業や旅に不可欠のものであった。現在では、映画や芝居の小道具などに使われているに過ぎないであろう。菅笠の方は、お遍路さんのグッズとして使われているかもしれない。カヤツリグサ科の親戚にあたるイネ科では、桁はずれに有用な種類が多いのに、カヤツリグサ科には有用なものがほとんどない。その中でカサスゲだけはかつて大いに利用された。今カサスゲのぼやきが聞こえるようだ。
シロツメクサ
Trifolium pepens L.
言わずと知れた牧草のクローバーである。どういうわけか分からないが、古い時代から人に気に入られている植物で、トランプの一組のシンボルにされたり、また四つ葉のクローバーは幸福の印で、歌にうたわれたりしている。葉は基本的に3小葉の複葉で、シロツメクサの小葉は一つ一つに白い斑紋がある。このような規則的な斑紋があるのは、自然に対して何か合目的なものと思うのだが、何のためにあるのだろう。知っている人がいたら教えて下さい。
グンバイナズナ
Thlaspi arvense L.
ナズナ、イヌナズナ、シロイヌナズナなど、ナズナと名のつく植物のうち、ナズナは数で他を圧倒しているが、いずれも地味な植物である。グンバイナズナだけは、数は少ないが、軍配のような形をした大きな実がついていて、なかなか魅力がある。図鑑をみると、花は4−6月に開くとあるが、まだ4月中旬なのに、このあたりの個体はほとんど花が終わっているように見えた。地域によって花の時期がかなり違うのかもしれない。つよい匂いを発散するが、あまりいい匂いではない。なにを誘うのであろうか。
オオジシバリ
Ixeris debilis A.Gray
ジシバリ (I. stoloniferfa A. Gray) やオオジシバリはニガナ属(Ixeris)であるが、一見タンポポに似る。そして、タンポポほどでないが、畦道や野原に沢山咲いている。しかし、タンポポの方が有名すぎて、ジシバリやオオジシバリの方は知名度が甚だ低い。それでも、彼らの花をよく観察すると、色も形もなかなか上品で繊細である。一方では、地面を縛るというその名の通り、茎は長く地面を這い、勢力たくましい多年草でもある。
スミレ
Viola mandshurica W. Becker
ここの土手は日当たりがいいせいか、スミレのがっしりした株があちこちに見られる。しかも、その花の色はあざやかな濃紫色である。花の色は個体、あるいは場所により濃淡があり、またもう少し赤みがかったものもある。スミレは人家の近くの道端にも多い。コンクリートの継ぎ目にも無理をして生えているものもある。そのくせわが家の庭に何度招待しても、一、二年はいやいやながら咲いているが、いつのまにかいなくなってしまう。コンクリートよりは居心地がいいと思うのだが。
ネズミムギ
Lolium multiflorum Lam.
牧草のイタリアンライグラスであるが、野生化して道端や原野に最もはびこっているイネ科植物の一つである。昔は道端に繁茂していた在来種のカモジグサも、外来のイヌムギとネズミムギに圧倒されて少なくなっているように見える。イタリアンライグラスというスマートな名前と比べると、ネズミムギとはなんともなさけない和名をつけられたものだ。なぜネズミなのか語源が分からないが、スケッチして、小穂がネズミの耳の形に似ているように思えた。