妖都美食家(トーキョー・グルメツアー)
たたん、たたん。
午後11時になると電車の中も、人がすっかり少なくなっていた。
客は数えるほどしかおらず、サラリーマンや学生が眠っていた。
その中で一人異質の人間がいた。
それは黒い男であった。黒いコートにサングラスを身に着けた美形であった。凍りつきそうな美貌の青年は、せっせと編み物をしているのだから、異質といえる。
「きゃあああ!!」
女性の悲鳴があがった。何事かと寝ていた人たちが、悲鳴の元にやってきた。
そこでは人が死んでいた。中年男性で、腹にはナイフが刺さっており、切腹しているように見えた。右手には携帯電話を持っていた。
「警察を呼びます!!お客様はそのまま残ってください!!」
駅員が声を張り上げた。自分の勤務中に殺人が起きたのだ。パニックになるのも当然である。黒い男はマイペースに編み物を続けていた。
電車は止まった。そのあと警察がやってきて、現場検証を始めた。
「えーっと、おたくらの名前と住所を教えてくれる・・・?」
刑事が乗客に職務質問を始めた。無精ひげを生やしており、目がとろんとしている。なんともテンションが低そうな刑事である。
黒い男は遠巻きに遺体を見ていた。鑑識が調べている。
「おい、そこの黒い奴!名前を言え!!」
若そうな刑事が、黒い男に近づいてきた。今時の若者のような刑事であった。
「・・・壬生紅葉」
「壬生か!では住所を・・・」
刑事がメモを取ろうとしたとき、
「犯人はおまえだ!!」
横から女性の声が上がった。声の主は女子高生であった。彼女が指を刺している先は車掌であった。
「え?」
周りにいた人間は呆然としていた。
「あーっ!お前ら、また!!」
若い刑事が叫んだ。どうやら女子高生の顔見知りらしいが、あまり歓迎してない様子だ。
「それでは助手である僕が先生の推理を説明させて頂きます」
女子高生の後ろから、一人の男がぬうっと現れた。なんとなくきざな感じがするが、美形であった。
「・・・弥子ちゃん。それに・・・、あんたか。偶然だな」
刑事がやれやれとため息をついた。女子高生の名前は弥子という名前のようだ。
「はは・・・、こんばんは笹塚さん」
刑事の名前は笹塚というようだ。弥子は気まずそうにぽりぽりと頬をかいていた。
「ああ、桂木弥子だ!」
「女子高生名探偵の!?」
「食いしん坊女子高生の桂木弥子だ!!」
どうやら彼女は名探偵として有名らしい。弥子は照れくさそうであった。
「ちょ、ちょっと待てよ!!なんで私が犯人扱いされるんだよ!!」
車掌が怒鳴った。年齢はかなり若いようだ。犯人扱いされて怒っていた。
「それはこの凶器に指紋がついてないことですよ」
弥子の後ろにいた助手の男が答えた。なんとも人を食った表情を浮かべている。
「おそらく、鑑識が調べていると思いますが、このナイフには被害者以外の指紋はありません。なぜなら、そのナイフは被害者のものだからです」
「・・・それでなんで車掌が犯人なんだ?」
笹塚が聞いた。
「普通、凶器についた指紋を消したくなるもの。それなのに、凶器には被害者の指紋がついている。ハンカチで自分の指紋だけふき取るなど不可能。なら答えは簡単、犯人は最初から手袋をはめていたのですよ」
確かに車掌は手袋をはめていた。車掌の顔が青くなっていく。
「じゃあ、この携帯電話はなんだ?何かメッセージが入っているが・・・」
笹塚は被害者の携帯を見せた。なるほど、何かメッセージが入っている。
「そうだ!!犯人を示すダイイングメッセージかもしれないんだぞぉ!!」
若い刑事が叫んだ。
「それは犯人の偽装工作です。そもそも人間は腹を刺されればそのショックで気絶してしまうものです。武士の切腹も実際は腹を刺さず、介錯してもらうのです。そんな携帯電話にダイイングメッセージを残す暇などないのですよ。漫画なんかに出てくるダイイングメッセージほど、バカバカしいものはないですからね。ですが、わざわざ偽造工作するということは、被害者とあなたは顔見知り。違いますか?」
男に指摘され、車掌はみるみるうちに青くなった。さらに青くなると、車掌は完全に肌が青くなってしまった。むきむきと体がむきむきに盛り上がると、まるで青鬼のようになった。
「あおー、あおー!!俺はなぁ、そいつに多額の借金をしているんだ!だから、殺して、その罪を途中まで乗っていた秘書に罪をなすりつけ・・・」
「うざったい」
助手の男が車掌の頭を掴んだ。犯人が動機を語っている途中なのに。
「そもそも借金をせねばよいのに。先生は食い意地は張っていますが、借金までして、食べようとはしません」
あおぉぉ!!
車掌はいきなり頭を抑え、苦しみだした。笹塚は急いで車掌に手錠をかけた。
「ご利用は計画的に。先生、お見事です」
助手の男は弥子を持ち上げた。なんとなくぎこちなさそうであった。
事件は異例のスピードで解決したのであった。
「うむ。偶然、道を歩いていたら、謎に出くわすとは。これも我輩の日頃の行いがよいためか」
弥子と一緒にいた助手の男が、夜の誰もいない住宅街を歩いていた。助手の態度がすっかり一変しており、僕が我輩に変わっていた。
「なにが、日頃の行いよ。いつもあたしを奴隷扱いしているくせに」
弥子はぶーぶー不満を漏らしていた。男は聞いていない。
「あ~あ、ネウロがバイキングについてきたから、いやーな予感がしたんだよね・・・」
弥子はため息を漏らした。男の名前はネウロというらしい。
「バイキングでは、文字通り略奪者になっていたではないか。まだ不満なのか?」
「あたしにとっては腹八分なのよ!!」
ネウロは呆れた顔になった。
「では、我輩は食事の続きをするとしよう。そこの後ろにいる男、出てくるがいい」
ネウロは後ろを振り向きもせず、言った。すると、電柱の影から、一人の男が現れた。
同じ電車にいた黒い男であった。まるで春の陽炎のようにつかみどころのない男であった。
「ふむ。同じ電車に乗っていた男だな。何の用だ?」
ネウロが聞いた。
「・・・さっきの推理。あの子に探偵のふりをさせて、実際は君が謎解きをしていたね?」
「ほう・・・?それに気付いたのは、お前で二人目だ。だが、用件はそれだけではあるまい?さっきから全身に殺気を発しているぞ?」
黒い男はゆらりとにじり寄った。弥子は二人に巻き込まれることを恐れ、無意識に後ろに下がっていた。
「・・・僕の名前は壬生紅葉。魔女の鉄槌に所属する異端審問官だ」
「我が輩の名前は脳噛ネウロ。魔女の鉄槌・・・。聞いた事がないな」
ネウロは首をかしげた。
「・・・僕の仕事は」
壬生がいつの間にかネウロの目の前に近づいていた。そして、右足で、ネウロのあごをめがけて蹴り上げた。
「君みたいな闇の者を刈ることだ」
あごをかすめて上に抜けたその脚が宙を翻り、次には頭部を同じ足のかかとが襲ってくる。
ネウロはそれもかわした。
壬生の蹴りは止むことを知らない。スピードはまったく衰えない。刃物のような鋭さで、ネウロはまったく反撃しない。着実にネウロを追いつめていく。壬生のかかとがネウロの左頬に向かって飛んできた。普通の人では見ることができない、早さであった。
「鎮魂歌(レクイエム)を、聴くがいい」
やられる!!
弥子は手で目を覆った。
「調子に乗るな人間」
ネウロの左手が壬生の脚を掴んだ。うんともすんとも動けなくなった。
「むぅ・・・」
「我が輩の望みは地上に散らばる「謎」で、脳髄の空腹を満たすためだけだ。お前のような人間は後々面倒だ。脳を破壊しておこう」
ネウロは空いている右手で壬生の頭に掴んだ。
弥子はまだ目を覆っている。彼女はネウロがこれから何をするのかわかっているからだ。
(あちゃあ・・・。あんな化け物と関わったばっかりに・・・)
このあと壬生の断末魔が聞こえるはずであった。
しかし、ちっとも聞こえてこない。弥子は恐る恐る目を開けた。
壬生は無事であった。ネウロは少し意外そうな顔をしていた。
「ほう・・・。人間にしては深い闇を持っているな」
ネウロはあわてるというより、感心しているようであった。
壬生はネウロの手を振りほどき、闇へ溶けていった。あとにはさっきまでの殺気が嘘のように消えていた。
「あの男、なかなか美味の「謎」を持っていたな」
帰り際、ネウロが言った。
「美味の「謎」って・・・。なんで食べなかったのさ」
弥子が不思議そうであった。
「お前らもチーズやワインを寝かせておるだろう?より味をよくするために。それと同じだ。今は奴の「謎」を寝かせておくことにする」
じゅるり。
ネウロはよだれをたらした。この男にとって謎とは食事のようなものであり、壬生はとっておきの「謎」なのだろう。
「でもあの人が言っていた魔女の鉄槌ってなんだろうね・・・」
弥子が言った。しかし、ネウロの姿はどこにもなかった。
「まあ、あいつにとって、そんなの関係ないだろうけど・・・」
弥子はさっきのことを思い出した。壬生はネウロと違い、正真正銘の人間だ。同じ人間だからこそ、感じられる恐怖。
(あんな恐怖・・・、あいつ以来かも・・・)
弥子はそう思った。
あとがき
魔人探偵脳噛ネウロと妖都鎮魂歌のコラボです。
即興で書きました。私には思いついてすぐ書いたほうが合っている気がします。
ネウロは少年ジャンプに連載されている松井優征の漫画で、推理漫画です。いきなりファンになり、単行本7巻一気に買っちゃいました。
ただし、かなり荒唐無稽で、推理漫画の皮をかぶったギャグ漫画と思っています。
外法なしで犯人が変生してますからね。
今回の話は妖都鎮魂歌の第一話に出てくるしょうけらの話に近いと思います。
2006年9月7日