妖都美食家 その2

 

ここは警視庁捜査一課。笹塚は先ほど起きた殺人事件の報告書を書いていた。

「ったく。またあいつらに株を取られちゃいましたね」

若い刑事がぶつくさ文句を言っている。

名前は石垣筍。笹塚とコンビを組んでいる。彼はせっせとテレビを見ながらメモ帳に何かを書いていた。映画の最後にある、プレゼントのあて先を急いでメモに取っていた。

「そんなことするひまがあるなら、報告書を書け」

笹塚はメモを取り上げると、メモ帳に火をつけて燃やしてしまった。

「うわーん!先輩ひどいです!!せっかく出演女優のDVDが手に入るのにぃ!!」

石垣は泣きながら、灰になったメモを集めていた。やれやれとため息をつく笹塚。

「夜分、遅くに失礼します。笹塚さん」

笹塚たちの後ろに一人の男が現れた。ぱりっとした印象のある男であった。

「・・・御厨か」

男の名前は御厨怜爾といい、新宿署の刑事である。

刑事にしてはぱりっとしており、どことなくエリートのような感じがした。笹塚とは対照的である。

(ちぇ、平刑事のくせに、チビメガネみたいな格好しやがって・・・)

石垣がぶつぶつこぼした。

「お前と比べれば、遥にましだと思うがな」

笹塚の言葉に、石垣は部屋の隅で暗くなっていた。

「で、わざわざ新宿から来たんだ。こんな夜中に何のようだ?」

「ええ。なにやら笹塚さんたちは先ほどの殺人事件で奇妙な犯人と対峙したと聞きまして」

「・・・奇妙ねぇ。俺らは結構そういう奴らと出くわしているよ」

「そうなのですか?」

「ああ、シュプリームSの至郎田正影。名前は聞いたことあるだろう?」

至郎田正影。シュプリームS(シロタ)のオーナーシェフであった。ここの料理を食べれば成功を呼ぶといわれ、芸能人や、有名スポーツ選手もこぞって食べたという。

だが、成功を呼ぶ料理にはドラッグが大量に入っており、その秘密をばらそうとしたチーフ・シェフを殺し、逮捕されたのである。

「ただマスコミには伏せているが、当時、至郎田は化け物になって逃げようとした」

「化け物?」

「そーそー!!ほんとっ、怖かったんですよ!!」

そこへ石垣が入ってきた。

「なんかドーピングコンソメスープって、究極の料理で、マッチョでむきむきで、それから・・・」

「お前は黙っていろ」

笹塚が石垣を後ろへやった。

「至郎田は究極の料理を注射器で注入し、その後、上半身だけ筋肉隆々になった。そして力押しで逃げようとしたが、薬の副作用のせいで、干からびたんだ」

「・・・」

御厨は黙っている。笹塚の話が荒唐無稽すぎるのだ。第一、料理といいながら、なぜ、注射器を使うのか。これが石垣なら馬鹿にするなと叫ぶだろうが、笹塚なので、黙って聞いていた。人徳の差であろう。

「弥子ちゃんがトリックを暴いてくれなきゃ、事件は迷宮入りしていたかもしれないしな」

「弥子ちゃん・・・?女子高生名探偵、桂木弥子のことですか?」

「ああ、最初は喫茶店の毒殺事件からだな。あとは・・・」

笹塚は口をつぐんだ。桂木弥子は父親を笹塚と同じ捜査一課の竹田敬太郎に殺害された。竹田の犯行を見破ったのは、弥子である。竹田は精神に異常をきたし、精神病院に入院している。

その後彼女は父親の件を責めないかわりに、事件に関わることになった。

有名になったのは、世界の歌姫、アヤ・エイジアの犯行を、テレビ中継のときに暴露したことである。

「まあ、大抵推理を代弁するのはあいつだけどな・・・」

「あいつとは?」

御厨は興奮気味に尋ねた。

「確か、ネウロ。脳噛ネウロと名乗っていたな」

「・・・そいつは黒コートを着ていませんか?」

「・・・着てないな」

御厨はがっかりしていた。

「あ、確か、今日の事件に黒いコートの男が乗っていましたよ」

石垣がプラモを作りながら、答えた。

「君はそいつと話したのか?」

「はい、名前を聞きましたから、えーっと・・・」

石垣はメモを取り出そうとした。しかし。

「名前を書いたメモ、先輩に燃やされちゃったんです・・・。確か、みんだなお・・・、だったかな?あんまり美形で腹が立ったから、よく覚えてないんですよ。それに事件も早期解決したしね」

「・・・」

御厨は石垣からプラモを取り上げると、床へたたきつけた。

「わーん!!同じ刑事のクセに、僕のプラモ壊すなー!!」

「・・・御厨をお前と同等にするなよ」

石垣は泣きながら、床に散らばったプラモの破片を集めていた。

「悪いな。役に立たなくて」

「・・・いえ」

御厨は帰っていった。

「なんか笛吹の奴に似ていますね。違うところは平刑事なところですか」

「そうだな」

「それに笛吹の奴より、背が高いですよね。あっはっは」

石垣はけたけた笑っていた。笹塚は答えない。笛吹とは笹塚と同期だが、キャリアで警視なので、上司にあたる。身長は164cmだが、プライドの高い男だ。そして、笛吹の傍らには筑紫という笛吹たちの一年後輩にあたる男がいる。

キャリアで無口。身長は185cmで、石垣より背が高い。今、石垣の後ろに立っており、彼の肩に手をかけようとしていた。数秒後、石垣の顔は真っ青になった。

警視庁の夜は更けていった。

 

笹塚は陸橋の下にある屋台のおでん屋で、酒を飲んでいた。あたりには人はおらず、寂しいものだ。たたん、たたんと電車が通るときだけ、車内からもれる光が周りを明るくするが、電車が去ればすぐに、もとの闇に戻った。

「笹塚さん。どうぞ」

頭が禿げ上がった中年男性の店主が、笹塚にはんぺんと大根を皿に乗せた。常連客らしい。

「ああ、サンキュ・・・」

笹塚が酒を飲んでいると、隣に男が座った。黒いコートの男であった。

「横、空いていますか?」

「・・・どうぞ」

笹塚は振り向かず、酒を飲んでいた。

「・・・で、サイの件はどうなった?」

「すみません。うちの組織でも追っていますが、なにぶん、相手は一応人間なので、あまり乗り気ではないんです」

「はい、レクイエムさん。がんもに、もちきんちゃくどうぞ」

店主はにこにこしながら、おでんを差し出した。名前はレクイエムというらしい。彼も常連客なのだろうか?

「・・・今日、御厨が来た。一応石垣のメモを取り上げて燃やしておいたが、電車に乗っていたのは偶然だったのか?」

「はい、偶然です。事件に巻き込まれただけです」

「そっか・・・。あんたも大変だな。」

レクイエム。勘の鋭い読者諸君は、彼の本名は壬生紅葉であることを、ご存知だろう。MM機関に所属する異端審問官。コードネームは店主が言っていたレクイエムである。笹塚は壬生と顔見知りだったようだ。

壬生は無言でおでんを食べていた。笹塚は酒を飲み干すと、店主が酒を注ぐ。

「・・・おたくの組織はサイを重要視していないんだな」

「残念ながら。ですが、サイによって、うちの人間が赤い箱にされたこともあるので、まったくノータッチというわけではないですが」

「そうか」

サイ。怪物強盗XI。略して怪盗サイ。

本人が名乗ったわけではなく、海外のメディアが勝手につけた名前である。

年齢、性別一切不明。誰にでも化けられる異常な能力。そして、人を殺し、ガラス箱に詰め、赤い箱にする残虐な人間であった。

さらに恐ろしいことだが、サイにとって人を殺すのは、ついでみたいなものだ。

サイは自分の正体を知るために、人間を赤い箱にして観察しているのだ。

笹塚の家族も赤い箱にはされてないものの、残虐な手口、一切の証拠を残していないので、サイに殺害されたと思われている。

笹塚はかつてキャリアに近かったが、それを投げ出し、一年近く姿を消した。そして、壬生のように裏の人間とつながりを持つようになったのである。

「なぁ・・・。化け物ってのは、泥の中じゃなくて、人間の中から生まれると思うんだよね」

笹塚が言った。上司であった竹田が、人の不幸を見ることに快感を覚えるようになった。

料理のために人を殺し、自分が孤独になるために、やはり人を殺した。

自分の本能をぶちまけるために、家族に内緒で無差別に爆弾を仕掛けたりと、思いは様々であった。

「妖怪より、人間の悪意が一番恐ろしいと思うな」

笹塚ははんぺんを食べながら言った。壬生は答えない。

店主はタバコを吸いながら新聞を読んでいた。新聞から目を離さずに、右手で箸を取ると、ひょいっとトンネルの中へ投げた。

ぐぇぇ・・・。

いやな声がいた。闇の中からどろりとしたものが這い出てきた。それは苦しそうにうめいていたが、やがて、聞こえなくなった。誰一人気に留めていなかった。

店主の名前は小田八三(おだ はちぞう)といい、壬生と同じMM機関に所属する異端審問官であった。普段はおでんの屋台を引き、他の異端審問官たちの連絡係として活躍しているのだ。コードネームは『ハーキュリー』ギリシャ神話のヘルメスをローマ読みした名前である。さっきの箸は神木で作られており、退魔の力を持っているのだ。先ほどの低級な魍魎なら、十分使えるアイテムである。

壬生は立ち上がると、ポケットから小銭を取り出した。そして、再び闇の中へ消えていった。

「さて、俺も帰るかな」

笹塚は勘定を済ませると、ふらふらと千鳥足で帰っていった。店主、小田はタバコを灰皿にこすり付けて消した。

すると、御厨がやってきた。

「すまないが、ここに笹塚さんが来ませんでしたか?」

御厨は小田に尋ねた。二人は知り合いらしく、小田はこう答えた。

「ああ、来ていたよ。でも、もう帰ったけどね。なんか用事があったのかい?」

「まあね。だが、今までこのあたりを探していたのに、どうしてこの屋台が見つからなかったのか・・・」

今まで、御厨は屋台を探していたようだ。御厨は笹塚に何か含むものを感じたので、彼を探していたが、今まで小田は人払いの結界を張っていたので、見つからなかったのである。

「あんたもおでんをどうだい?腹が減っては戦はできぬよ。親父さんもそうだったしね」

「そうですね・・・。ではいただきますか」

御厨は椅子に座ると、店主はおでんを出した。さすがに酒は出さなかった。

今日も東京の夜はいつもどおりに更けていった。

続く

 
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あとがき

 

妖都美食家の続きです。

本当は続編を書くつもりはなかったのですが、勢いに任せて書きました。

知り合いリンクは笹塚と御厨です。そもそも御厨は漫画では出番が少ないので、キャラが掴みづらいです。

今回はバトルはなしです。といっても私は戦闘描写が苦手なので、関係ないですが。

オリジナルキャラの小田八三は、おでん屋さんなので、おでんやさんと読めるような名前です。壬生の先輩で、壬生と違い、異端審問官に見えない人です。まあ、鴉室もそうですけどね。どこにでもいる親父が、業務用の道具で妖魔と戦うのはかっこいいと思うんですよ。コードネーム『ハーキュリー』はヘルメスのローマ読みです。ヘルメスは商売の神ですが、同時に泥棒の神でもあります。商売の部分しか共通点はないですけどね。

笹塚は壬生とも絡んでいます。そのため妖物に対して免疫があります。本編ではネウロの正体は知りませんが、笹塚は語らないだけで、そっち関係の話は知っていそうな気がするんです。

次回は気が向いたら、サイの話とか書きたいですね。では。

 

2006年9月23日