妖都美食家 その3

 

「あ〜、だるい」

そういって男が近くのベンチに腰をかけた。周りは昼休みなのか、サラリーマンたちがパンなどを食べていたりしていた。

ここは新宿にある中央公園。

男の名前は吾代忍。金髪で下唇にリングのピアスをしていた。あまりかたぎとはいえない容姿で、周りの人間も彼を避けるように歩いていた。

「あの化け物め・・・。俺を馬鹿にしやがって・・・」

吾代は腹を立っていた。現在彼は望月信用総合調査に勤めている。以前は早乙女金融という会社に勤めていた。

裏の世界ではそれなりに有名人だった。吾代の取立ては容赦がなく、その筋の人間も彼の会社を恐れていた。彼自身は小卒で、ろくな教養を受けていなかった。今は亡き早乙女社長に見出され、自分の存在価値を見出すことができた。暴力で相手をねじ伏せ、叩きのめしてきた。世間で通じる常識など通用しない世界。そこが吾代の生きる世界だった。

今では早乙女金融はなくなり、吾代は桂木弥子の魔界探偵事務所で雑用をやらされていた。正確には弥子の助手である脳噛ネウロが、彼を奴隷のように扱っているのだ。今の仕事もそいつの指示である。

「でも、あの野郎の強さは化け物じみて・・・、いや、化け物だな。ちくしょう・・・」

吾代はコンビニで買った缶ビールを飲んだ。真っ昼間だというのに、酒を飲む姿はダメ人間そのものに見えるが、ここしばらく仕事が忙しかったので、憂さ晴らしとして飲んでいた。

 

「あ〜、だるい」

そういって高校生くらいの男が近くのベンチに腰をかけた。周りは周りは昼休みなのか、サラリーマンたちがパンなどを食べていたりしていた。

ここは新宿にある中央公園。

男の名前は瀬能迅。硬派そうな少年であった。なんとなく他人を近づけさせない雰囲気があるので、周りの人間も彼を避けるように歩いていた。

「あの化け物め・・・。俺を馬鹿にしやがって・・・」

瀬能は腹を立てていた。彼は新宿にある香仙高校の生徒で、空手部に所属している。空手に青春を捧げており、大変な負けず嫌いだ。煩悩は拳を鈍らせるとして、あえて女性を遠ざけている。

いつもは友人の萱野あずさと一緒なのだが、今日は用事があるというので、一人だ。

瀬能は苛立っていた。原因は壬生紅葉という男のせいだ。彼は強い。寡黙で華麗に妖怪を狩っていく。妖怪など信じていなかったが、実際、実物を見てしまったので、信じざるを得なくなった。

瀬能は武道家の本能からか、圧倒的強さを誇る壬生に対して反発していた。別に馬鹿にされたわけではないが、「どうせ素人なんだから、余計なことはやるな」といわんばかりの態度が気に入らなかった。事実、素人だし、妖怪関係の厄介ごとはごめんだ。妖怪関係以外は。

彼は面倒見がよく、困っている人や弱いものを見ると手を差し伸べるタイプなのだ。

「でも、あの野郎は化け物じみて・・・、いや、化け物だな。ちくしょう・・・」

瀬能はコンビニで買ったウーロン茶を飲んだ。今日は部活の稽古で鬱憤を晴らしたが、それでも気分は晴れなかった。

 

「吾代さーん!」

「じーん!」

遠くから誰かが呼んでいた。

「「なんだ?」」

吾代と瀬能は一斉に声がした方向へ振り向いた。

実は二人はヒトツ離れたベンチに座っており、互いに顔を合わさった。初めて隣のベンチに人が座っていたことに気付いたのだ。

途端、二人の顔が曇った。

(この餓鬼、俺をダメ人間みたいに蔑んだ目をしてやがるな・・・)

(このおっさん、昼間からビール飲んでいるのか。よどんだ目で俺を見ているな)

二人はたまたま虫の居所が悪かったため、無性に腹が立ってきた。

吾代は小卒なので、高校生の瀬能を憎んでいた。

瀬能はいい大人なのに、昼間から酒を飲んでいた吾代を憎んでいた。

二人は同時に立ち上がると、睨み合った。

「「こちとら化け物じみた奴のせいで、イライラしっぱなしなんだよ!!」」

二人の声がハモった。

「吾代さん。どうしたの?」

「迅〜。どうしたのさ」

二人の後ろに、彼らを呼んだ人間が、ぽかんと立っていた。

 

「まったく、世の中は間違っているよなぁ!真面目に生きている人間が馬鹿らしくなるぜ!」

「まったく、真面目に生きている人間が馬鹿らしくなる!世の中は間違っているぜ!」

吾代と瀬能はすっかり意気投合していた。さっきまでの憎しみが嘘のように四散していた。これも互いに共通する話題のおかげかもしれなかった。

彼らはコンビニで酒とジュースにつまみを買って、飲んでいた。

「ちょいと前までは喧嘩で負けたことがなかったのに、今じゃひどい有様でよ。それもこれもアイツとコイツのせいなんだ」

吾代はこの女、桂木弥子を指差して言った。弥子はふて腐れている。

「俺もちょいと前までは空手に誇りを持っていたのに、今じゃひどい有様でね。それもこれもアイツとコイツのせいなんだ」

瀬能はあずさに指差して言った。瀬能の友人、萱野あずさである。色白で線の細い美少年だ。ほめてないのに照れくさそうであった。

「あ、あたしは桂木弥子です」

「ボクは萱野あずさです」

弥子とあずさはご丁寧に挨拶していた。弥子は女子高生探偵として有名だし、あずさはその美貌から他校の女生徒が見に来るほど有名だ。

しかし、二人はまったく知らなかった。

弥子は食べ物以外に興味はないし、あずさも妖怪以外に興味はない。それでも世界の歌姫、逢沢綾は知っていた。

瀬能はジュースを飲んでいるが、酔っ払っているように見えた。雰囲気に酔っているのだろう。弥子とあずさは萱野、いや、蚊帳の外であった。もう日は沈みかけており、公園は夕焼けの色に染まっていた。

「おっと、それじゃあ、俺はもう行くぜ。またな」

「ああ、俺ももう行くよ。またな」

吾代と瀬能は別れの挨拶をした。だが、その後ろのほうを見て、二人は凍りついた。

そこには会いたくない人間がいたからである。

「ほう吾代。我輩・・・、いや僕の言いつけを破って酒盛りか。いい身分だな」

「おや迅くんにあずさくんだね。ちょうどいい。新しいマフラーを編んだんだ。プレゼントするよ」

二人は青くなった。ネウロと壬生であった。

 

二人は逃げるように去っていった。別に瀬能の場合は逃げる必要はないのだが、あずさとペアのマフラーなど受け取りたくないのだ。彼は女性を遠ざけているが、男が好きではない。弥子とあずさも二人の後を追っていった。残されたのはネウロと壬生の二人だけ。

「今日はやりあわないのか?」

「今日はやりあわない。人目につきやすいからね」

「それはいい。我輩、人目につくのは避けたいからな。だが、いつの日か貴様の謎は食べる。楽しみに待つがいい」

「僕の謎とやらを、安易に食べられるとは思わないことだね。その日を楽しみに待っているよ」

そして、二人は別れた。魔人と魔人の対峙はあっさりと終わった。その決着がつくのはいつだろうか?それは本人たちもわからないのである。

 
続く

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あとがき

 

妖都美食家その3をお送りしました。

今回は吾代と瀬能です。山田風太郎のように似たような文章を書いて、作品全体を首尾一貫させるためにやりました。双龍変でも同じ手法をやっています。(詳しくは双刹変で)

チョイ役として弥子にあずさ、ネウロと壬生が出ています。バランスよく配置できたと思います。

このネタの提供者はでんじん様のサイト『迷宮砂漠』の掲示板で、でんじん様の書き込みをヒントにしております。もちろん、無許可です。でんじん様にはここでお詫びを申し上げます。

壬生は今のところ皆勤賞ですが、彼とネウロの決着はつくのか、わかりません。

ネウロは謎を食べるのが目的であって、戦うことには無関心だからです。

壬生はM+M機関の異端審問官として、ネウロを抹殺しようとします。

次回としてはサイが如月骨董品店で、如月の中身を見ようとする話を書こうと思います。

ただ私は次回予告を書いても、書かないことが多く、気まぐれで書くことが多いです。

時間軸は一応妖都鎮魂歌と同じ2000年です。

ネウロの場合は2005年なので、年数がずれていますが、ご愛嬌です。

 

2006年9月24日