妖都美食家その4
「ネウロ。ネウロは人を生き返らせることはできるの?」
ここは魔界探偵事務所。名目上では所長である桂木弥子は、事務所の秘書であるあかねのトリートメントをしていた。あかねは壁に埋まった死体で、髪の毛だけで動いているのだ。ちなみにあかねを殺した犯人は不明。前の会社の人間でないことは確かなようだ。ネウロはいつかあかねの謎を食べる予定だが、今のところ、その予定はない。
「お前は馬鹿だ」
ネウロは椅子に座りながら、そうぼそりと答えた。
「死んだものが生き返るはずなかろう」
「でも、あかねちゃんは・・・」
弥子はちらりとあかねを見た。トリートメントをされて、生き生きとしていた。
「あかねを動かしているのは、あかねの謎だ。我輩の瘴気はきっかけにすぎない。あかねが動きたいと思っているから、あかねは動いているのだ。魔人である我輩もいつかは死ぬ。失った命は決して取り戻せぬのだ」
あかねは、こくんこくんとうなずいていた。
「へぇ・・・、意外だな。我輩の辞書には不可能の文字はないとか言いそうなのに」
「我輩にとって謎を食えればそれでいいのだ。人を生き返らせてまで食いたいとは思わないな」
ネウロはそういいながら壁に立っていた。弥子はこれ以上聞いても無駄だと思い、あかねのトリートメントを続けた。
「だが、興味はある。よし、お前を殺して試してみるか」
ネウロはいつの間にか弥子の後ろに回り、彼女の頭を両手で潰そうとしていた。
「ふざけんな!!」
「では、頼むよ」
「毎度」
着物を着た青年が、宅配屋に荷物を渡した。発泡スチロールの箱であった。
ぶろろろろ・・・。
宅配便のトラックが走っていった。
ここは如月骨董品店。店主である如月翡翠は注文された荷物を宅配便で送ったのだ。
「今度式神を利用した宅配便を作ってみようか・・・」
如月はトラックの後姿を見ながら、ぼんやりと考えていた。
如月は一仕事を終えると店の中に入った。そして、柱にかけてある鳩時計を見た。あと3分で3時になる。3時のおやつにしようと茶箪笥から、お茶の葉を取り出そうとした。
「すみません」
店頭から客の声がした。
清楚な感じのする女性であった。
「やあ、アイさん。いらっしゃい」
如月が応対する。どうやら彼女は常連客のようだ。
「さっき宅配便のトラックを見かけましたが?クール便でしたね」
「ええ、薬関係の注文がありましてね」
「薬・・・、ですか?」
「ええ、薬です。ああ、麻薬とかではないですが、あまり市販では売られていない特殊な薬です」
アイはそれ以上聞くのをやめた。この店は骨董品店だが、裏では得体の知れない武器や道具を扱っているのを知っている。たまに闇に出回る美術品もここで扱っているのだ。それに今の自分には関係のない話なので、自分の商談を進めることにした。
「前に頼んだ品を受け取りに来ました」
「ええ、揃えていますよ。どうぞ」
如月は店の奥から紙袋を持ってきて、彼女に渡した。店のマーク入りの紙袋であった。
「ありがとうございます。これは代金です」
アイは如月に金を渡した。万札を景気よく、ぽーんである。
「確かに受け取りました」
如月はぱらぱらと札束を切った。全部本物であった。
アイは礼を言うと店を出た。
ぽっぽぉ、ぽっぽぉ、ぽっぽぉ。
ちょうど鳩時計が3時を告げた。
「何に使うかは知らないが、まあたいしたことには使わないだろう。彼の趣味とも思えないからな」
如月はアイが誰かの使いで来たことを知っている。そして、彼女が誰かに仕えているのも知っていた。
「さて、遅くなったが、お茶にするかな。もうすぐ客も来るし・・・」
「やあ」
如月が店に戻ろうとしたとき、後ろから声がかかった。
振り向くとそこには、一人黒いコートの男が立っていた。壬生紅葉であった。
「壬生か。予定より随分早かったね」
「まあね。たまにはいいだろう?」
「まあ、たまにはいいだろう。奥に上がるといい。お茶をご馳走しよう」
すると壬生は首を横に振った。
「お茶もいいけど、今日は蔵のほうを見たいんだ。案内してくれるかい?」
「蔵を見たいのかい?じゃあ、案内しよう」
店の裏には蔵があった。時代を感じさせる佇まいであった。江戸時代から続いているというから、江戸時代からそっくり現代まで、空間を持ってきたように思える。
回りも人の気配はまったくない。遠くで車が通る音だけが聞こえた。蔵の周りは柳の木で囲まれており、枝の影から幽霊が「うらめしやぁ」と出てきてもおかしくない雰囲気であった。主の如月も古風ないでたちである。蕎麦柄の着物に、下駄をからんころんと鳴らしながら、歩いていた。
如月は壬生を蔵まで連れてきた。手には蔵の鍵が握られている。
「ところで壬生。今日は何が見たいのかな?」
「そうだね。今日は何を見たいんだろう?」
壬生は首を傾げていた。
「おいおい、蔵を見たいといったのは君じゃないか。一体、君は何しにここに来たのかな?」
如月は後ろを振り向かず、言った。
「何しにねぇ・・・。それは・・・」
その瞬間、壬生の姿が変わった。黒いコートは破け、中身が大きく膨らんだ。それは夕焼けに移る影法師のように、如月を包んだ。
「なっ・・・」
それが如月の最後の言葉であった。影は着ていたコートで如月の全身を包むと、中から、ばきっ、ばきっと骨が折れる音がした。静かなだけに不気味な音が、余計に響いていた。
「やれやれ。いきなり襲ってくるとはね」
不意に上から声がした。蔵の上には如月が座っていた。
「・・・!?」
影は驚いているようだ。無理もない。今包んでいるのは一体誰なのか?
「そいつは式神という奴でね。結構いい出来だったのに、君にめちゃくちゃにされたよ。まいった、まいった」
如月はちっとも困った風には見えなかった。
「・・・いつ俺に気付いたのさ?」
コートから少年の声がした。そして、コートから頭がひょこりと現れる。それは十代くらいの少年であった。そして、ひらりと一枚の紙が落ちた。これが式神の元となる素材なのだ。
「僕には気配でわかる。壬生の気配と、君の気配はまったく違うからね。怪盗X(サイ)くん」
なんと怪盗サイだったのだ。サイはにやりと笑うと、大きくジャンプした。そしてサイも屋根の上に立った。
ひゅぅぅぅ。
風が吹いた。冷たく肌をちくちく刺すような風であった。しかし如月とサイの二人はまったく気にも留めておらず、二人はただ、じっと対峙していた。
「ねぇ、あんたは気とやらで、人の状態を感知できるんだよね。そして、壬生って奴も。あんたらは魔人なのかい?ネウロみたいな」
「ネウロ?ああ、壬生が言っていた男か。魔人といえば魔人かもしれないな」
サイはにやりと笑った。
「なら、あんたの中身を見せてよ。ネウロは結構手ごわくてね。あんたを練習台にしてから、また挑む予定なんだ。それにあんたの中身も興味がある。あんたを殺して中身を見るんだ」
サイはコートから刃物を2本取り出した。
「僕の中身を簡単に見られるとは思わないことだ」
ひゅん!!
サイが如月の腹部に刃物を突き刺した。
ぐぐぅ。
サイの右腕が伸びた。目の錯覚ではない。本当に伸びたのだ。
如月は後ろに下がり、2センチほどぎりぎりよけた。
サイは腰をひねると、左腕を大きく振りかざした。腕はぐぅんと鞭のようにしなり、如月の右肩を切り裂こうとしていた。
ひゅん!
今度は後ろに下がらず、前に出た。標的を捉えることができない左腕は、がりがりと屋根を削った。如月の手にはいつの間にか忍び刀を握っていた。それを両手で構え、サイの喉を突き刺した。
がふぅ。
サイの口から赤い血が吹き出た。普通なら致命傷だが、サイはにぃっと笑った。如月は忍び刀を抜こうとしたが、抜けなかった。がっちりとはまっていた。サイが力を込めているので抜けにくくなっているのだ。
ぷっぷっぷ。
サイは口から何かを吐き出した。如月は忍び刀を手放すと、右手で防御した。ぷつ、ぷつっと手の平に痛みが走る。それはサイの歯であった。如月は5メートルほど後方へ移動した。
その隙を狙い、次にサイは両腕を広げ、力を貯める。そして持っている刃物を投げた。パチンコのゴムのように発射され、一本目はかすったが、二本目は如月の右胸に突き刺さった。口から血を吐き出した。
サイは喉に刺さっている忍び刀を抜いた。ぶしゅうと血が吹き出たが、すぐに血は止まった。傷も消えていった。
如月はハァハァと息をしていた。サイは如月の忍び刀で切りかかろうと近づいてきた。サイは如月の胴を両断しようと、如月のわき腹を狙った。
しかし、如月はしゃがんで回避した。刃物はぶしゅりと抜けた。屋根の上は血で真っ赤になった。傷はすぐに塞がった。
今度は如月の頭部を狙い、忍び刀を振り下ろした。
ひゅん。
如月は高くジャンプした。そして、刀の上に立った。
重みは感じられない。如月はまるで鳥のように軽くなっていた。
だが、サイは刀を持つ手を少し緩めた。ずるりと如月はバランスを崩してしまう。今度は下のほうから、刀を振り上げた。流れ星のように、如月に襲い掛かる。
如月は刀を右の下駄で止めた。下駄に体重を乗せ、速度を落とさせた。
そして、残りの左の下駄をサイの顔面に投げた。
がぶ。
サイは下駄を口に咥えた。耳元まで裂けており、不気味であった。
ぼん!
下駄が爆発した。下駄に少量の火薬が仕込んで合ったのだ。サイの顎は吹き飛び、血と肉片が屋根の上に飛び散った。サイは刀を落とし、苦しそうに口を押さえていた。
如月は下駄をすべて履き捨てると、落ちた刀を拾い、サイの頭上へ振り下ろした。
ざくりと、刀はサイの頭をスイカのように切った。鼻の辺りで止まった。
にやり。
口は肉がそげており、歯茎が丸出しだが、サイは笑った。げぇげぇと吐き出すと、喉から、拳銃が出てきた。
44オートマグ。超特大の拳銃であった。
舌は手の形になり、銃の引き金を引く。
どぉん!!
銃声が響いた。まるで打ち上げ花火のような、大きな音であった。
如月の頭は吹っ飛んだ。だが血の臭いはしなかった。かわりに、じゅるじゅると体は水のように溶けていったのである。
サイは目を疑った。そして、背中にずどんと衝撃を感じた。刃物に刺された感触であった。鈍い痛みであったが、どんどん痛みは波紋のように広がっていった。
後ろに如月が立っていた。先ほどの如月は式神だったのだ。サイが口を爆破されていた最中、如月はその隙を狙い、式神と入れ替わったのである。
サイは背中を袈裟切りにされ、蔵の屋根から落ちていった。
ぐしゃりとサイは地面に叩きつけられた。
その時間は実に1分も経っていなかった。恐るべきハイスピードな戦いであった。
如月は回りに漂う鉄の匂いに、頭がくらくらしていた。
「どうでもいいが、なぜ壬生に化けた?」
如月が地面に転がっているサイに訊いた。
「前にある女性になったことがあってね。そのとき、そいつに近づいたら問答無用で首に蹴りを入れられたのさ。しばらく首が曲がっちゃってね。困ったよ」
サイは倒れたまま、ちっとも困ってなさそうに答えた。
「あはは、結構楽しかったよ。中身を見るのは今度にする。じゃあね」
サイはむくりと起き上がると、何事もなかったように、頭に刺さった忍び刀を抜き取り、放り投げた。そしてトカゲのようにわしゃわしゃと地面を這って、茂みの中へ消えていった。その場は血が溜まっていた。
「ふぅ・・・。屋根の修理をせねばならんな」
如月は右胸をさすりながら、先ほどの戦いで、めちゃくちゃになった蔵の屋根を見て、うんざりする気分になった。
「すまない。遅れたよ」
もう4時になっていた。屋根の修理が終わって数分後、壬生がやってきた。手には紙袋を持っている。
「君は・・・、本物だな」
「本物?ああ、君のところにサイが来たんだね。撃退できたんだね?」
「なんとか撃退したよ。奴は僕の中身を見ようと喧嘩を売ってきた。迷惑な話だよ」
サイのような化け物と戦って、喧嘩を売っただの、迷惑な話で済むのは彼くらいだろう。サイは化け物だが、如月もまた化け物であった。
「壬生はサイと戦ったことがあるのかい?」
「僕はまだサイと戦ったことはないな。会ったことはあるよ。比良坂さんに化けていた。腹が立ったので首の骨をへし折ってやったよ。比良坂さんを殺したみたいで気分が悪くなった」
比良坂とは、壬生の知り合いの看護師だ。新宿にある病院に勤めている。時たま怪我をしたとき、寄っているのだ。
「ところで壬生はネウロという魔人を狙っているのかい?」
「ああ。ただ調べているが、ネウロは人を殺していないんだ。組織では人間に害を与えない魔物の抹殺は自重すべきだと言われている。正直、放置しても構わないと思うんだ」
「そうかい。まあ、君の好きにするんだね」
「ああ、そうさせてもらうよ。お茶菓子にせんべいを買ってきたんだ。一緒にどうだい?」
壬生は紙袋からせんべいを取り出した。
「遅くなったが、3時のおやつにしよう。上がってくれ」
如月と壬生は店の奥へ入っていった。
如月はアイが、サイの協力者だと知っていた。今日、売った品物はサイの注文だろうが、彼が何をしようと関係なかった。中身はサイがどう使おうと、大混乱にはならないと判断したからだ。
昼間の薬の注文も、相手がどう使おうと、大問題には発展しないだろうと思って売ったのだ。如月は客を選ぶタイプである。ただ今回に限り、後日、如月は後悔することになるのだが、それは後日ということで。
あとがき
今回は如月対サイです。
戦闘描写に力が入っています。
私は思い切って妖都美食家をシリーズ化します。妄想魔人アニメの設定は一切要れず、あくまで妖都鎮魂歌の設定にこだわります。
最終回のアイデアはすでに頭の中で構成されています。乃木坂が出るかどうかは不明です。出すとしたら無理やりな場面で出すでしょう。
私は数話書いて、途中から方向性を決めるタイプなのです。だから後付設定が多くなると思いますが、ご了承ください。
今回から伏線を張ることにしました。どんな話になるか、ご期待ください。
どうでもいいけど、他のサイトじゃ如月は死の商人扱いされていますが、私はストイックな商売人だと思っています。
2006年9月28日