妖都美食家その5

 

「ねぇ桂木さん。ちょっといいかな?」

桂木弥子は高校の廊下で声をかけられた。声をかけたのは男子生徒であった。

「えっと・・・、誰?」

「ああ、僕は姉守。姉守密(あねもり ひそか)だ。探偵である君の力を借りたいんだよ」

姉守は美少年であった。どことなく中性的で、少女マンガに出てきそうな感じであった。いまではボーイズラブに引っ張りだこだと思う。休み時間なので、女子生徒たちが姉守を見て黄色い声を上げていた。

しかし、弥子は彼を知らない。弥子にとって脳に刻まれる情報は食べ物だけなのだ。キラキラしておいしそうという理由で宝石に詳しかったりする。すべては食に繋がっているのだ。それでも世界の歌姫、アヤ・エイジアくらいは知っている。

「今日の放課後、事務所に行くよ。詳しい話はそこでしよう」

「え・・・」

姉守は用件を伝えて、さっさと行ってしまった。

(謎の気配があるのかな・・・。謎がなければネウロは絶対動かないし・・・)

弥子は悩んだ。探偵事務所を開いているが、実際はネウロがボスなのだ。ネウロにとって謎のある依頼が優先であって、謎がなければ、鼻にもかけない。

(まあ、あたしがどうこうできるわけじゃないからね・・・)

 

たたんたたん。たたんたたん。

電車の通る音が響く。陸橋の下におでんの屋台があった。時刻はもう夜で、静かなものである。屋台の明かりだけが頼りであった。

「で・・・、新宿のある廃ビルに妖怪の気配を感じるのさ」

「なるほどね」

屋台には二人の客がいた。

一人は黒いコートの男、壬生紅葉。

もう一人は派手なジャンバーを着た男であった。壬生もサングラスをかけているが、こちらは派手な感じがするものであった。

「しかし、あなたが僕と同業者だったとは・・・。カメラマンはブラフですか?」

「まぁね。でも君は派手すぎるぜ。刑事が君の写真を持っていったからね」

「その写真を撮ったのは、どなたですか?そして、写真を目に付きやすいところに飾ったのも」

「あちゃあ、それを言われるとつらいねぇ」

彼の名は鴉室洋介。壬生と同じM+M機関の異端審問官である。初対面は壬生がある芸能人関係の事件を担当したときだ。鴉室はそのときカメラマンをしていた。今は探偵と名乗っている。

「俺は、君みたいに力は持ってないし、容姿だってかっこよくないだろう?ちょいと君に嫉妬してね。それで悪戯心を出したのさ。だがそのせいで俺は上層部に処罰されちまった」

鴉室はおでんを食べながら、笑っている。内容はあまり笑えない内容だ。鴉室の悪戯のせいで壬生は警察にマークされた。闇の者を狩る組織としては、これは痛い話である。鴉室は壬生と違って成績が悪いので、非難は鴉室に集中したのである。

「そのおかげで体を改造されて、力を得たのですから、怪我の功名でしょう」

「あっはっは」

店主の小田は街灯の下で新聞を読んでいた。彼も異端審問官なので、壬生たちは平然と話をしていた。

「じゃあ、御代はここに置いときますよ」

壬生は代金を払うと、立ち上がった。そして、再び闇の中へ帰っていった。

「おまえさんはこれからどうするんだい?」

「俺はこれから酒を飲むぜ。おやっさん、酒をくれ」

小田は鴉室のコップに酒を注いだ。

「レクイエムは働き者だなぁ。俺のおでんをたらふく食って、また仕事に行くんだぜ。おまえさんもおでんを食って働いたらどうだ?」

「ははは・・・」

鴉室は笑うだけであった。小田もいつものことだと思い、鴉室におでんを装った。

「親父さん、こんばんは」

御厨玲滋であった。

「おう、君か。今日は、仕事はあがりかね?」

「いえ、今から仕事なんです。それで腹ごしらえに来たわけです」

「おう、そうかい。たんと食べて元気をつけな」

小田は御厨におでんを装った。すべて御厨の好物であった。

その横を鴉室は平然と酒を飲んでいた。御厨は以前会っているが、向こうは気付いていないのだ。ただ鴉室が撮った壬生の写真に夢中だったからだ。

 

「うむ。ここに壬生が入ったのだな」

ネウロであった。

ここは新宿にある廃ビルであった。新宿にも華やかな部分と、そうでない部分がある。ここはバブルの時代に建てられたもので、ぼろぼろであった。近く解体するのか、白いビニールシートで囲われていた。

「でも、姉守くん、なんで依頼してきたんだろう。しかも、壬生って人の・・・」

弥子はビルの壁を撫でながら言った。

一応、弥子は姉守をネウロに紹介した。依頼内容は壬生紅葉の素行調査である。壬生が夜中に何をしているのか、調べてほしいとのことらしい。

ネウロはふた返事でOKした。つまり謎を含む依頼なのである。

「姉守くんと壬生さんはどういう関係なのかな?」

弥子は首をひねって考えた。いつの間にか壬生をさん付けしている。

ネウロにとって謎を喰えれば問題はない。彼らがどういった関係など知ったことではないのだ。それでも壬生自身を調べる必要があるので、吾代に調べてもらったのである。

「だけど吾代さんがあんなに恐れるなんて・・・」

調べたところ、壬生紅葉は拳武館高校の卒業生であった。特待生として入学したそうだが、拳武館の特待生は他の高校と一味違うのである。

吾代曰く、

「死んだ社長が教えてくれたんだが、お前がどんなバカでも拳武館には手を出すなと言われたんだ。ためしに他の奴に聞いたら、みんな真っ青になっちまった。鷲尾(社長を殺した犯人。現在逃走中)ですら「あいつらの巣の中心にいたくない」とか、おびえていた。当時はよくわからなかったが、今じゃ納得できるぜ。それに望月に聞いてみたんだが、やっぱりおびえていたぜ。冗談でも拳武館の名前を出すのはやめてくれとな。早坂兄弟ですら、関わるのを恐れたって話だぜ」

との話であった。ちなみに早坂兄弟とは以前望月信用総合調査の中核にいた人間だ。望月は警察OBだけが取り柄で、実質は早坂兄弟が操っていたのである。彼らは望月を裏切ろうとしたが、ネウロに邪魔されて失敗し、行方不明になっている。

「暗殺者を育てる学校が地上にあるとは思わなかった。まったく地上は侮りがたしだ」

「あたしは、そんな学校があるなんて思わなかったけど・・・」

姉守はあくまで壬生の素行調査を頼んだだけで、関係は一切話さなかった。ネウロも聞かなかったから、仕方ないといえるが、弥子にとっては釈然としないものがあった。

「さて、中に入るか」

ネウロは魔界777ツ能力(どうぐ)、魔界の追尾蟲(イビルストーカー)で、壬生の居場所を逐一監視していた。以前彼と対峙したとき、こっそりとつけた。焦らず時が来たら壬生の謎を食べるためであった。イビルストーカーで居場所はわかるが、詳しく調べるには直で調べねばならない。

「念のため、ビル全体も調べておこう」

ネウロは顔を地面に向けた。そして、左手を差し出すと、ネウロの顔はみるみる変形した。まるで鳥の頭であった。その口がぱかりと開くと、ぐばぁと何かを吐き出した。

それは無数の目玉がびっしり集まった不気味なものであった。

目玉は蜘蛛の子のように、散っていった。

ネウロの魔界777ツ能力のひとつ「魔界の凝視虫(イビルフライデー)」である。

ネウロと弥子はビルの中へ入った。彼らが中へ入っていくのを、遠くで見つめていた人影がひとつ。そいつはネウロたちが入っていったビルの隣の、ビルの屋上にいた。双眼鏡を左手に、にやりと笑った。右手には携帯電話を握り締めて。

 

「ここか・・・」

壬生はつぶやいた。

ここは廃ビルの中で、もとはオフィスだった部屋にいた。もちろん、電気はついておらず、真っ暗であった。机などはなく、書類などが床一面に散らばっていた。埃が積もっているのか、歩くたびに舞い上がり、壬生はハンカチで鼻を覆っていた。

鴉室の情報が正しければ、このビルのどこかに妖怪がいるのだ。どんな妖怪かはわからない。人に害をなす存在なら排除するが、ただ存在するだけなら見逃してもかまわない。世の中は危ういバランスで保たれている。闇の者で狩りすぎれば、光の者にも悪影響を及ぼすこともあるのだ。中世ヨーロッパにおける魔女狩りがそれだ。魔女の手先として猫を駆除した結果、ねずみが増え、ペストを流行させたのだから。それを大予言で有名なノストラダムスが科学的にペスト予防を努めたのである。

幼女誘拐殺人事件や、地下鉄サリン事件の犯人たちに罪の意識はない。なぜなら裏で狩られた妖魔たちが操っていたのだ。狩られた者が仕返しに人間を操り、凶悪な犯罪を起こさせるのである。

北の国の主導者も、妖魔に操られ、民衆を省みない政治を行わせていた。やがて、某大国に滅ぼしてもらうために。もっともM+M機関はその国が滅んでも惜しくないので、放置している。

さて、壬生は気配を探ってみた。

隅にたまっている瘴気や、長い間染み付いた様々な感情。それらはどろりとタールのように混ざり合っていた。

一歩。また一歩。足を踏み出した。普通の人が見れば、ただ歩いているみたいだが、壬生にとってはタールの池のように、足取りが重い。

どす黒い感情は霧のように壬生の体をべったりとまとわりつく。

どこだ?どこにいる?

WHOooooo・・・。

部屋の奥からうめき声が聞こえた。どことなくかわいい感じに聞こえたのは気のせいだと思う。

壬生は声がする方へ向かった。どうやらすぐ隣の部屋にいるようだ。

WHOooooo!!」

部屋はさっきまでいた部屋と同じ広さだった。違うのは、そこにはレッサーパンダが後ろ足で立っていた。身長は壬生を見下ろすほど高く、タキシードにシルクハットをかぶり、手に鞭を持っていた。

「・・・なんだい?きみは」

壬生は試しに聞いてみた。

「僕はWHO太。お前たち人間は僕の奴隷だ。さぁ働け!」

ぴしぃ!!

WHO太は鞭を振るった。

(調子が狂うな)

壬生は思った。WHO太には見かけもそうだが、尋常ではない気を感じる。確かに妖怪かもしれないが、どうしてこんなところにレッサーパンダがいるのか、わからなかった。

WHOooooo!!働け、働け!髪の毛をむしり取られたサムソンの如く!!」

WHO太の動きはすばやかった。鞭を巧みに操り、壬生は近づくことができなかった。

ぴしぃ!!

鞭がしなる。壁がすっぱりと切れた。刃物のような恐るべき威力であった。

壬生の視力は飛んでいる蝿を箸でつかめるほど良い。気の力と併用しているので、音速で飛んでいる銃弾もとらえることができる。

しかし、WHO太の鞭をとらえることができない。見かけと違い、かなりの実力を持っているようだ。

無差別に鞭を振るう。その度に壁や天井、床に鋭い亀裂が残るのだ。部屋はWHO太のおかげでずたずたにされた。

下手に蹴りを放てば足を斬られる可能性が高い。しかし、目の前の敵を放置するわけには行かない。

「やむをえんな・・・」

壬生はコートの中から、玉をひとつ取り出した。赤いガラス球であった。

壬生はそれをWHO太に投げた。

WHO太は鞭でその玉をすっぱりと切った。

ぼわぁん!!

その途端部屋が真っ赤に染まった。壬生が投げたのは如月骨董品店で購入したアイテムで、炎の力を宿していた。瞬時に炎が部屋の中を嘗め尽くした。WHO太は動物の本能なのか、炎に怯え、目を手で覆った。壬生はサングラスをかけているので平気だった。壬生はその隙をついた。

「レクイエムを・・・、聴くがいい」

WHOooooo!!

WHO太の左わき腹に蹴りを入れた。WHO太の体は霧のように散っていった。ひらひらと宙から一枚の紙が落ちてきた。それは人の形をとっていた。

「式神か?すると相手は陰陽師か・・・」

壬生は紙型を拾った。

「ふむ。なかなか面白い見世物だったな」

壬生は後ろを振り向いた。そこにはネウロと弥子が立っていた。

「なんでレッサーパンダが・・・」

弥子は呆然としていた。だがネウロはそれを無視した。

「さて壬生の今日の行動を調べたし、帰るとするか」

ネウロはもう壬生に対する関心を失っていた。まだ謎を食う時期ではないようである。

「僕の行動を調べていたのか?誰に頼まれた?」

「我輩がそれを教えるとでも?」

「君がそれを教えるとは思っていない」

「では、どう思っているのだ?」

「僕は君を危険だと思っている。上層部は放っておけと言っているが、君が今までしてきた行為を知ったからには、見逃すことはできない」

「我輩が今までしてきた行為だと?」

「そうだ。君は今まで殺人が起きると知りながら放置してきた。君は、君の言う謎とやらを感知できるんじゃないのか?そして、それを探している最中に殺人が起こる。違うかい?」

弥子は驚いた。壬生の組織の情報収集力に驚いていた。当のネウロはけろっとしている。

「殺人=謎ではない。強い悪意とそれを護る迷路さえあれば、どこにでも成立する。我輩のことを調べたのなら、ヒステリアのことも知っておるのだろう?」

ヒステリアとは爆弾魔のことである。正体はどこにでもいる専業主婦で、本能をぶっちゃけるために、家族に内緒で爆破を繰り返していたのだ。ただ警察に捕まった後でも、彼女の亭主は変わらず彼女を愛している。彼のほうがぶっちゃけているのだ。

「それに我輩は一度も犯人を自殺に追い込んでいないぞ?サイに殺されたものはいるが、そっちはノーカウントだ。犯人が自殺したら、こちらが殺人犯になるからな。もちろんドラマや漫画みたいに何人も被害者を出していないぞ?」

ネウロは飄々としていた。壬生は無反応であったが、ゆらりと右側へ動いた。

「減らず口はここまでだ」

壬生が右脚を高く上げた。そして鉈のようにネウロの頭上へ振り下ろす。ネウロは紙一重でよけた。

壬生はすぐさま体を回転させ、今度は左脚で回し蹴りを放った。目に見えない。刀を振るうかのごとく、鋭い蹴りであった。

5メートルほど、後方へ飛んだ。ネウロはまだ反撃してこない。にやりと笑ったままだ。

壬生は飛ぶと壁に蹴りを入れた。三角飛びだ。もちろん天井すれすれに飛んでいる。まるで鷹である。壬生はその鋭い爪で、ネウロに襲い掛かる。

ひゅん。

ここで初めてネウロが反撃に出た。型も何もない素人のようなパンチであった。

ごぅん。

壬生の腹部を狙われた。とっさに腕で防御したが、その衝撃は中身までじぃんと響いた。けほけほとせきをした。

ネウロは人間ではない。魔人だ。今の攻撃はただの物理的なものだが、本気を出せば精神的ダメージを与えることも可能なのだ。彼らの事件に関わった犯人たちの心を壊したように。

壬生はサングラスを胸ポケットに仕舞った。そして、ネウロに突進する。

蹴りの乱舞であった。

弥子の目には、壬生が踊っているようにしか見えないが、遠くで見ても、彼の殺気がべっとりと体全体を絡めていた。一歩も動けない。動いたら壬生の餌食になるかもしれない。

蹴りの速度は落ちるどころか、ますます増していくばかりであった。右へ通り過ぎたら、かくんと左へ曲がったり、足を狙うかと思ったら、その瞬間、顎を蹴られそうになったりするのだ。

さすがにネウロも壬生相手に手を抜き続けることができなくなった。前のはデモンストレーションだったのだ。

(いつまでも遊ぶわけにはいかん。惜しいがこいつの謎はここで食べるべきだろう)

ネウロは次に勝負を決め、壬生の謎を食べようと思った。その時!!

べこぉ!

床が盛り上がった。

べこぉ!!

また盛り上がった。床に無数の亀裂が入り始めた。まるでモグラが突き出てくるみたいだ。

べこぉぉぉ!!!

どかぁん!!

床が粉砕された。べっこりと穴が空いている。その穴から、モグラではなく、手が現れた。ボディビルダーのような筋肉を身につけた手であった。

そして次に人が出てきた。上半身は尋常でない筋肉で盛り上がっているが、下半身は常人と同じであった。目はらんらんと血走っており、血管が浮き出ていた。右腕にはなにやら鍋を抱えていた。なによりそいつはコック帽をかぶっていた。

「しっ、至郎田正影!!」

弥子は叫んだ。そいつは以前逮捕された至郎田正影だったのだ。彼はドーピングコンソメスープ(以下DCSと略す)という料理で、筋肉ムキムキになったが、ネウロにあっさり負けてしまい、廃人となった。それなのに至郎田は目の前にいるのだ。

「なっ、なんでここに!?」

「知らないのかい?至郎田は一週間前に脱獄したそうだよ。もっともマスコミには一切情報はシャフトアウトさせているから、一般人は知らないはずだよ」

壬生がさくっと答えた。

「さ、笹塚さん、なんで教えてくれなかったんだろ・・・」

「教えても、おびえさせるだけだから教えなかったかもね」

弥子は軽いショックを受けた。だがネウロと壬生は至郎田の前で戦闘体制を取っている。

「ははははは!!ひさしぶりだな、探偵の助手!!俺は帰ってきた!DCSをさらに完璧に近づけた!まずはお前ら二人を血祭りにあげてくれるわ!!」

クシ力ッ!

至郎田は鍋を潰した。そしてネウロと壬生に襲い掛かってきた。

ゴシ力ァン!!

至郎田は丸太のような両腕をネウロと壬生を掃うように振るった。気のせいか、音が「ごしちからぁん」と聞こえた。

(ほう・・・。以前と比べて格段に力が増しているな)

ネウロは思った。以前は片手で対処できたが、今は無理であった。ネウロの体は弱体化しているが、それでもまだ魔人の領域である。一度倒した相手など問題ないはずであった。

「ところで先生を狙わないのですか?」

ネウロが言った。弥子は顔が真っ青になる。

「余計なこと言うな!!」

だが至郎田は無関心であった。彼にとって自分を破滅に追い込んだ弥子は憎いはずである。

「興味はない。用があるのは探偵の助手と、黒いコートの男、お前ら二人だ。お前らには俺の至高にして究極、さらに無敵になった料理の味見をしてもらう。死ねぇ!!」

至郎田は弥子を無視して、ネウロたちに突進してきた。至郎田は右手を前に出すと、ネウロの体を掴もうとした。

そこへ壬生が至郎田の右腕の関節に蹴りを入れた。

「クワッ!!」

なにやら至郎田が叫ぶ。壬生の攻撃は弾かれた。

「フゥ〜、フゥ〜〜。どうだぁさらに究極に近づいた俺の料理の味は?」

至郎田は笑った。壬生の蹴りを受け付けない、強靭な肉体。どうやらハッタリではないようだ。

「なめるな。貴様の謎は我輩の舌の上だ」

ネウロはにやりと笑う。

「貴様こそなめるな」

至郎田は右手をネウロに突き出した。ネウロを再び掴もうと突進してきた。

ネウロは受け止めようとしたが、その瞬間、至郎田の右手が倍以上に大きくなった。

弥子のほうから見たら、至郎田の右腕が風船の如く膨らんだのだ。

ばこぉ。

至郎田はネウロを壁にたたきつけた。壁にひびが入った。ネウロは押さえつけられ、動けずにいた。

「むぅ」

ネウロがうめいた。けほけほと血を吐いた。肺をやられたのだろう。

壬生は至郎田の背後に移動すると、至郎田に蹴りを入れようとした。しかし、気配を察した至郎田は、今度は左腕を膨張させ、壬生を蝿のように叩いた。

ばちんと壁に叩きつけられた壬生。至郎田は確実に強くなっていた。

「ふははははっ!!素晴らしい、素晴らしいぞ!!余計な不純物を加えるのは不安だったが、俺の究極の料理はさらに完璧に近づいた!!あいつのおかげだ!!」

至郎田は倒れたネウロを足蹴にしていた。話から察すると至郎田には協力者がいるようだ。そいつが至郎田を脱獄させたのかもしれない。

「さて、探偵。さっき興味はないと言ったが、以前俺の料理を生ゴミ呼ばわりしたことを忘れてないぞ?やはり貴様には死んでもらうか」

至郎田はネウロたちを放置すると、弥子へ向かった。

「あ、ああ・・・」

自分ではどうすることもできない。ネウロたちですら敵わない相手に勝てるわけがない。そう思った。

ちょん。

誰かが肩を突いた。びっくと後ろを振り向いたが誰もいない。

ちょんちょん。

また突かれた。一体誰なのだ?心臓に悪い。

「あ・・・」

弥子は見た。そして理解した。自分は一人ではないことを。もう一人心強い味方がいたことをすっかり失念していたのだ。

「さぁ、味わえ。俺の料理を!!そして俺の食の千年帝国は再建するのだ!!」

至郎田は弥子を潰そうと両手を振り上げた!!

ばちぃ!!

哀れ弥子は至郎田に潰されてしまったのか?いや、見ろ。至郎田は力をこめているのに、何かに阻まれ、身動きが取れないではないか。一体何が起きているのか?

「あかねちゃん・・・」

至郎田の両腕には髪の毛が巻きついていた。魔界探偵事務所の秘書である。髪の毛だけだが、弥子よりも頭がよく、弥子よりも強いスーパーウーマン。

「なっ、なんだ!!髪の毛が俺にまとわりついている!!うぉぉぉぉ!!」

至郎田の肉体にあかねの髪の毛が食い込んでいる。両腕は封じられ、もがいていた。

「さすが我が探偵事務所きっての才女。あとで弥子にトリートメントさせよう」

ネウロが起き上がった。そして、至郎田に近づいた。

「ごぉぉぉぉぉ!!」

ネウロは至郎田の謎を食べた。そして至郎田の体は干からびてしまった。

「ほう・・・。前より味が良くなっているな・・・」

ネウロはぺろりと下唇をなめた。

「あかねちゃん、ありがとう」

弥子はあかねにお礼を言った。ダメージから回復した壬生はうねうね動くおさげ髪を見ていた。

「それはなんだい?」

「あっ、この子はあかねちゃんていうの。うちの事務所の秘書なんだよ。きれいな髪でしょう?」

「きれい・・・、ねぇ」

壬生は呆れていた。ネウロが只者でないことはわかっているが、生きている髪の毛ははじめて見る。

「弥子よりも頭が良くて、弥子よりも髪がきれい、弥子よりも・・・」

「あー、もうっ!!どうせあたしはあかねちゃんより無能ですよーだ!!」

ネウロの言葉攻めに弥子は切れた。

「それよりも早くここを出たほうがいいな」

ネウロが言った。

外から、ぴーぽぴーぽとサイレン音が聞こえてくる。外をのぞくと、ビルの周りにパトカーが集まっていた。誰かが騒ぎを聞きつけて、警察に連絡したのだろう。

「ふむ。幸いここには脱獄犯がいる。貴様がそいつを追いつめ、捕まえたことにしよう。壬生よ」

「なんだい?」

壬生が振り向いた瞬間、ネウロは鳥の頭部に変わっており、口からとろろみたいなものを吐き出し、壬生にかけた。弥子の目にはもう壬生の姿は見えていない。

「我輩の魔界能力だ。もう貴様は誰にも見えない。ただし視覚だけだから、足音には気をつけろ」

「・・・なぜ、僕を助ける?」

壬生の姿は見えないのに、壬生の声だけ聞こえてくる。なんか不気味だ。

「なぜなら、我輩が貴様の謎を食べるためだ。警察なんぞに邪魔されては困るからな」

「・・・礼は、言わないよ」

こつこつと靴音が聞こえた。そしてそれは遠ざかっていった。

「さて、下へ降りるとするか。弥子、そいつを抱えてこい」

「・・・あたしが?」

「抱えやすくするために、縮めてやったのだ。感謝しろ」

こうして弥子は痩せこけた至郎田を抱えることになったのであった。

 

ビルの周りにはパトカーが数台止まっていた。指揮を執っているのは御厨であった。

「通報によれば、ビルの中に不審者がいるという話だが・・・」

周囲の聞き込みでも、この廃ビルに不審者が出入りする話を聞いている。このビルは一週間前に取り壊しが決まっていたそうだが、誰かに買い取られ、取り壊しを延期されたそうだ。御厨は部下に指示すると、ビルをぐるりと取り囲んだ。そこへ入り口から堂々と人が出てきた。

「やぁやぁ、警察の皆さん、こんばんは」

ネウロであった。横には弥子が至郎田を背負っていた。

「君たちは・・・、確か桂木弥子とその助手・・・。なぜここにいる?」

御厨が聞いた。

「あなたは・・・?どうしてあたしたちを知って・・・」

「私は新宿署の御厨。刑事です。君たちは警察関係では有名ですよ。色々とね」

あははと弥子は笑うしかなかった。その色々とは何か聞きたくないからだ。

「おや、君が背負っているのは誰だい?」

「はい。脱獄犯の至郎田正影です。先生の復讐をもくろんで、このビルに潜伏していたようですが、もちろん、こんな奴は先生の敵ではありません」

「至郎田だって?まさか、このビルに隠れていたとは。よし連行しろ!!」

御厨は部下に命じると、至郎田に手錠をかけ、パトカーへ乗せた。

「一応、犯人逮捕にご協力感謝します。ところで、どうしてこのビルに至郎田がいるとわかったのですか?」

御厨は敬礼するも、その眼光がきらりとした。御厨は疑っているのだ。都合よく当事者である弥子たちがここにいたことを疑問に思っているのだ。弥子はしどろもどろに答えようとしたが、

「それはただの偶然です。ある依頼人から猫を探してくれと頼まれまして、猫を探している最中、偶然至郎田の潜伏先に当たってしまったのです。いやぁ、先生はおなかいっぱい食べても当たらないのに、事件にだけは当たる確立が上がるのですよ」

ネウロが代わりに答えた。半分嘘で、半分本当だが、本当のことはわかっていないのだ。

「そうですか・・・。ところでビルの中に黒いコート・・・」

御厨は言い切る前に口をつぐんだ。だが弥子は一瞬ぴくっとなった。なぜなら黒いコートといえば壬生だ。この刑事は壬生のことを聞こうとしたのだ。

「いや、個人的なことなので、聞き流してください。では」

御厨は部下に命じて、ビルを調べさせた。弥子たちにはのちに事情聴取することにして、解放された。

「ねぇ、ネウロ・・・。壬生さん、無事に逃げられたかな・・・」

「ふん、当然だろう。うっかりものの貴様とはわけがちがうのだ」

「まぁ、そうだけど。でもあの刑事さんはっきりと言わなかったけど、壬生さんのことを聞こうとしていたよね。なんでかな?」

「知らん。我輩が興味あるのは、奴の謎を早く食べたいことだけだ。帰るぞ」

ネウロはあっという間に消えてしまった。弥子は携帯電話を取り出した。ストラップの代わりにあかねがついていた。

「じゃあ、帰ろうか。あかねちゃん」

あかねはこくんとうなずいた。

 

「ふふふ・・・。今回はこれくらいで勘弁してあげるよ・・・」

びゅぅぅぅ・・・。

冷たい風が吹いていた。少年が一人ビルの屋上に立っていた。今までの様子を双眼鏡で覗いていたのだ。

「壬生・・・。そこは地獄の1丁目じゃない。この先2丁目、3丁目が待っているんだ。ふふふふふ・・・」

少年は笑っていた。その表情には狂気が宿っていた。月明かりに照らされ、少年は狂い笑い続けていた。

 

続く

 
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あとがき

 

今回は妖都鎮魂歌からは鴉室で、ネウロからは至郎田正影とWHO太です。

WHO太って誰よ?と思う人はいるでしょう。

WHO太は単行本第2巻179ページの3コマ目のイメージ画像のことです。第49話で人気投票に初めて名前が判明しました。

ネウロにはイメージ画像なのに、なぜか名前がついているのですよ。不思議ですね。

そして今回の目玉は至郎田です。こいつはネウロでもっとも人気の高いキャラで、人気投票、犯人気投票を合わせると一位になったんですよ。ちなみに犯人気投票一位はアヤ・エイジアです。WHO太は28位です。

彼のドーピングコンソメスープの威力はすごいですよ。何しろギャルバランキングで、好きな食べ物にDCSがランクインしたのですから。そのインパクトの強さは単行本から入った私でも大爆笑したくらいです。
オリジナルキャラの姉守密については、次号で。

次回はいよいよ乃木坂恵を出します。そして彼女にはネウロのあのキャラが襲ってくるのです。お楽しみに。では。

 

2006年10月12日