妖都美食家その7

 

「えーと、ここだ」

桂木弥子は北区にある如月骨董品店の前に立っていた。

弥子は至郎田のドーピングコンソメスープの新しい材料の出元を調べるために来たのだ。ネウロは謎は向こうからやってくるといって、一緒に来なかった。ネウロにとって謎さえ食えればそれでいいので、動機など微塵も興味が無いのだ。

それでも弥子はこの謎に興味を持ち、まずはここへやってきたのである。

弥子はまず店の暖簾をくぐって、中に入った。

かび臭いにおいのする店であった。店内には古びた武者鎧や刀、高価そうな壷などが所狭しと並べられていた。掃除は行き届いているようで埃っぽさは感じなかった。2年前と同じだったと弥子は思った。レジの横に小さな冷蔵庫がぽつんと置いてあった。

「いらっしゃい。何か用かい?」

店の奥から、店主が出てきた。この店の若旦那、如月翡翠である。

「おや、君は確か、桂木弥子さん・・・、だったかな?今じゃ女子高生名探偵として有名みたいだけど」

「えっ、私の名前、なんで知っているんですね」

「テレビじゃ有名だからね。2年前は店の在庫にあった食べ物を平らげたことも覚えているよ」

弥子の顔が赤くなった。どうやら若旦那の記憶に残るほどの印象があったのだろう。

「それで今日は何か用かな?2年前のような食べ物は、残念ながらあれでおしまいだったんだ」

「いえ、今日はそうじゃなくて・・・」

弥子はバッグから紙を取り出した。この店の包装紙で、至郎田の厨房から手に入れたものだ。あと、新しいDCSのレシピも見せる。

「これらの物はこの店で売られたものですよね?」

「うん。そうだよ」

「実はこれ、この間、脱獄した至郎田正影が使ったものなんです。DCSといって食べると力が増す料理の材料に遣われたんです」

すると、如月はしばし考え込むと、弥子を店の奥へ入れた。

如月は急いで茶菓子を買ってきた。山盛りのかりんとうとせんべいがちゃぶ台に置かれていた。

「うわぁ、こんなにたくさん!感激ぃ!!」

「君のお腹ならこれでも八分にはならないだろうけどね」

弥子はばりばりと茶菓子を食べ始めた。ものすごい食欲で、あっという間に平らげてしまったのである。話に聞いてはいたが、いざ、目の前で見ると、驚愕した。

「これらの品は姉守密に売ったものだ」

如月ははっきりと答えた。

「これらは力を持つものの力を増す効力がある。ただし、中毒性はないから一般人には栄養ドリンク扱いしていたんだ。しかし、DCSの材料に使われるとは・・・」

それに彼は人ならざる力を持っている。自分で使わず、DCSの材料に使うとは思いもしなかった。少し責任を感じている。力を持つ者は気でわかるというが、2年前は龍脈の活性化で力が体中から溢れていたが、沈静化したあとは力がみるみるうちに弱まっていった。それでも如月のように幼少時から力を使いこなす人間には、誰が力を持っているのかわかるのだが、姉守の場合は力が弱く、感知できなかったのだろう。

「それで如月さんは姉守くんに会ったことはあるんですか?」

「うん、会ったよ。直接、店に来て注文したのさ。それがどうかしたのかい?」

「・・・如月さん。如月さんから見て、姉守くんはどういった感じの人間でしたか?」

「どういった感じの人間?」

弥子が知りたいのは姉森密の人物像であった。壬生の素行調査をさせたり、化け物を作り出し、壬生の知り合いを襲わせたりした。

弥子は学校でもいろいろ話を聞いて回ってみた。友人の籠原叶絵にも聞いてみたが、姉守は確かに美男子だが、どこかゆがんでいると言うのだ。

姉守密には3つ年上の姉がいた。名前は姉守命(あねもり みこと)。ピアニストとして有名だったが、彼女は1998年に浴室で手首を切って自殺している。遺書は見つかっていない。警察は状況からして自殺に間違いないと断定した。笹塚に聞いてみたが、やはり不審な点はないという。いつもおだやかで微笑を絶やさない美人だった。いつも弟と一緒で仲睦まじい姉弟だった。

問題はここからだ。

姉の死後、姉守は発狂したそうだ。姉の死を認めず、火葬を必死に止めたという。両親も1年後に病気で亡くなった。

それ以降の姉守は廃人と化した。姉の話をすれば「姉さんは死んでないんだ。壊れただけなんだ。直せば絶対動き出すに決まってるんだ」とつぶやくと言う。それを聞いた者は誰もが背筋が凍る思いがした。

「私が以前、姉守くんに話しかけたんだけど、なんか、そっけないんだよね。お姉さんの話はタブーだからいわないけど、空気が読めない奴がいてね。うっかりお姉さんのことを話したのよ。そしたらなんていったと思う?」

姉さん?僕に姉さんなんかいないよ?

これが叶絵から聞いた話であった。

彼の記憶から姉に関する記憶がごっそり抜けていたのだ。

ところが最近姉守が生き生きとし始めたのだ。それは大体、弥子が望月信用総合調査のCMに出たころだそうだ。

姉守命は不思議なことに評判が悪かった。友人のコーヒーに辛子を入れたり、財布を盗んだりして、自分から絶縁したり、ピアノの恩師の赤ん坊のベビーカーを車に衝突させようとしたりしたのだ。こちらは未遂で終わっている。

「根暗な少年といったところか。なんとなくねちっこい目つきが気になったね」

「そうですか・・・」

弥子は次に姉守命に親交があった芸能人を訪ねに行った。

 

「ひさしぶりね。探偵さん」

逢沢綾である。ここは刑務所だ。弥子はネットで調べ、綾が命と親交があることを知り、たずねに来たのである。

「こんにちは。綾さん。実は聞きたいことが・・・」

弥子は姉守姉弟のことを尋ねた。今まで調べた話をした。その間随分時間が流れたが、看守の井伊朋子はすでに綾の歌で洗脳されている。時間を気にする必要はない。

「・・・というわけなんです。どうでしょうか?」

「そうね。探偵さんの言うとおり、あの姉弟はどこか変だったわ」

綾は親交があるといっても、一回、2年前に彼女の自宅パーティに参加したことがあるだけだ。綾が殺したマネージャー、大泉ひばりと比べれば、命がそばにいなくても歌える。

「実は私の財布がなくなってね。それでどこで落としたか探していたら、弟の密くんが持ってきてくれたの。そしたらあの子が、姉が財布を盗んですみませんでした、ほら、姉さん、謝ってと、左手で彼女の頭を掴んで無理やり謝らせたの。彼女はにこにこ笑いながら財布を盗んでごめんなさいと、パーティの最中に謝ったの」

「なっ、なんか、それっておかしくないですか?」

姉守が綾の財布を持っていたのもおかしいが、それを命のせいだと、わざわざ大衆の前で謝らせたのもおかしい。

綾の話では、いつも姉守が姉を謝らせるパターンがほとんどだと言うのだ。当時、綾はただ落としただけだから、彼女が盗んだとは限らないと言ったら、姉守はものすごい形相になり、「姉が盗んだんです!!姉に同情しないでください!!」と怒鳴ったそうだ。恩師の赤ん坊のときは、姉守がそばにいた。それをその場にいない姉のせいにしたのである。

「弟くんが葬式のときに言った言葉、姉さんは死んでないんだ。壊れただけなんだ。直せば絶対動き出すに決まってるんだ、って。まるで彼女をおもちゃみたいに扱ってるみたいでしょ?彼にとって命さんはおもちゃなのよ」

弥子は綾の話を聞いて確信した。姉守はどこか頭のねじが抜けているのだ。幼稚な思考で姉をおもちゃにして楽しんでいるだけなのだ。

「命さんは世界でたったひとりきりとしか感じられない人だったわ。自殺した原因は私と同じかもしれないわ」

綾は世界でたったひとりきりの人たちの脳を揺らす歌を歌う。綾自身も世界でたったひとりきりだからだ。彼女には大切な人が二人いた。そのせいで彼女の澄みきっていた心の暗闇は、暖かくて優しい光に侵された。

そのせいで彼女の歌は客に届かなくなった。作る曲も彼女の脳を揺さぶれなくなった。彼女は暗闇の中に戻るために二人を殺害した。一時は警察の目をごまかせたが、彼女は贖罪のために弥子に依頼し、自分の犯行を見破らせたのである。

姉守命も綾に似た人間だった。彼女も家族に囲まれていたが、世界でたったひとりきりとしか感じられない人だと、綾は直感した。命は人を殺すよりも自分を殺すことを選んだのかもしれないと。それでも自殺した原因はわかっていない。真相は彼女が墓の中に持っていったのだ。

「最後にひとつ。綾さんは壬生って人をご存知ですか。当時は高校生だったそうですが」

弥子は訊いたが、綾は首を横に振った。知らないそうだ。

 

同時刻、如月骨董品店。店の奥の座敷で、如月は座ってお茶を飲んでいた。弥子が帰って一時間経っていた。

そこへ来客が現れた。二人組であった。

一人は黒いスーツにサングラスをかけた男であった。もう一人は対照的に黒い半そでシャツを着ていた。黒スーツの男はにこにこ口元は笑っているが、目はサングラスでよくわからない。半そでシャツの男は冷酷そうな雰囲気を持っていた。二人とも裏の世界で飯を食べている空気を身にまとっていた。

「やぁ、如月くん。元気かな?」

如月は立ち上がる。

「ああ、早坂さんですか。ちょうどいい、商談をまとめましょう」

如月は二人組の男を座敷に上げた。半そでシャツの男は座敷に上がらず、店の中を見ていた。

彼らは早坂兄弟。兄、久宣と、弟のユキである。彼らは望月の会社の中核にいた。久宣は策士で、ユキは暗器使いであった。彼ら、主に久宣は望月の会社を乗っ取ろうとした。しかし、それをネウロたちに邪魔され、行方知れずになったのである。だが彼らは潜伏後、前の会社の人脈を活かし、新しく会社を立ち上げたのである。

有限会社『笑顔』

香辛料 輸入・卸販売だが、実際扱うのは何でもありの貿易会社である。

「タクティカルLに、ソーコムMK23やP-90。各種ハンドグレネードに弾薬。その他諸々の銃火器を合わせると、はい」

久宣は請求書を見せた。知らない人間が見れば、その値段にたまげただろう。だが如月は懐からカードを一枚差し出した。クレジットカードである。

「これで払ってくれ」

如月はあっさり払ってしまった。

「これだけの銃火器、どうやって捌くんだい?」

久宣は皮肉混じりに言った。

「何、需要はあるよ。君たちも知っているだろう?ロゼッタ協会を。彼らにネット通販で売るんだよ」

「ああ、あそこね」

ロゼッタ協会とは、世界を又にかけるトレジャーハンターの組織である。如月は彼らに銃火器を売るのである。

商品はすでに確認している。商品の中には44オートマグがあった。オートジャム(自動玉詰まり)という悪名で有名な銃が、玉詰まりを起こさないのだ。1983年に生産が中止されたそうだが、好事家には需要があるらしく、特性の工場で今でも作られているそうだ。弾丸も作られている。どれも最新技術が注がれており、不良品の名を返上していた。

リボルバーがないのは、ロゼッタの要望らしい。一応、ロゼッタ協会の御用達だ。MP5とかテロリスト対策のマシンガンやアサルトライフルが多い。

如月は高校時代に仲間たちが持ってきた、力が篭った武器や装備品をある組織に売りさばき、その金を元手に武器を購入したのである。もちろん、テロリストには売らない。

トレジャーハンターのほとんどは力を持っていないから、それを補うために銃火器を利用するのである。他にも救急キットや手裏剣なども扱っている。さすがに力が篭った武器は売らない。危険だからだ。

「なんだい、これは?」

ユキが冷蔵庫を開けると、中から一本のビンを取り出した。

「ああ、それは神便鬼毒酒といってね。御伽草子の酒天童子に記された大江山の持つ酒だよ」

如月の説明を聞いてもぴんと来ないユキ。首をかしげていた。

「飲むと身体が一時的に丈夫になるよ。飲んでみるかい、サービスだ」

するとユキはビンを元に戻した。

「いらない。そんな得体の知れないウンチク付の薬なんかな」

「そうかい。飲んでも副作用はないけどね」

「そういえば君は知ってるかい?最近、ネット上での武器取引の話を」

久宣が話を振った。

最近、各地で闇関係の商売人にネットで匿名の注文が後を絶たないのだという。

「君にも話をしたことがあるだろう?我々の最後の大取引が邪魔されたことを。その取引相手がおおよそ銃火器とは無縁そうな、女を含めた3人の若者だったのさ」

大型取引は失敗したが、同じ相手に数十丁の拳銃を取引した。金はすでに振り込まれていた。

この世界は信用が第一だ。末端の運び屋とはいえ、一般人にやらせれば情報を口外される恐れがある。それで久宣は取引相手に不安を覚え、部下の一人にあとをつけさせた。

そして武器を積んで走る車が入って行ったその先が、私立の名門錯刃大学だったのだ。

「世間ではこれといった事件は起きていないが、何かあれば我々の責任になるからね。君も気をつけてくれたまえ。ユキ帰るぞ」

久宣たちは帰っていった。

あとに残るのは如月だけである。

 

同時刻、壬生は豊島区南池袋にある雑司が谷霊園にいた。手には花束が握られている。たぶん、誰かの墓参りだろう。いつもの黒いコートだ。

壬生はある墓の前に立った。そっと花を添えた。しばし黙祷を捧げているのか、数分間、ずっと動かなかった。

「・・・君が死んで2年経つんだね」

壬生はぼそりとつぶやいた。相変わらず目はサングラスで隠れており、感情を読み取ることができない。それでも壬生の周りには触れてはいけない空気が漂っていた。よほどの馬鹿でない限り、彼の邪魔をすればただではすまないと感じ取れるだろう。

「僕が犯した罪は一生消えることはない。正義の名を借りて人を殺し続けた僕は、一生人の命を守る仕事を全うするだろう。老いて死ぬまで、いや、その前に殺した相手の遺族が僕を殺しに来るかもしれない。それに君の元へは来れないだろう。僕の足は赤く染まっているからね」

彼にしては長く独り言をつぶやいていたが、やがて墓を背に向けて去っていった。

にょろり。

墓の群れからひとつの影が出てきた。

そいつのまなこは壬生をじっと見つめていた。殺気と邪念が入り混じった視線であった。

姉守密であった。

彼は壬生がいた墓の前に走ってきた。姉守家の墓なのだろう。そして、添えられた花束を足で踏み潰した。何度も何度も踏み潰すと、やがて息を切らしたのか、ぜぇぜぇと肩で息をした。

「あの野郎・・・、姉さんが死んだと思ってやがる。ふざけたまねしやがって・・・」

姉守は不思議なことを言った。

姉が死んだと思っている?それではまるで彼女は死んでいないように聞こえるではないか。

「くっくっく・・・。姉さんの代わりに骨を収められたんだ。一応、この場は静かにしておくよ」

姉守はまた不気味な笑い声を上げた。

「もうすぐだ・・・。もうすぐ姉さんは再び動き出すんだ・・・」

誰もいない霊園では姉守の高笑いが響いた。

 

続く

 
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あとがき

 

今回はネウロではアヤ・エイジアと早坂兄弟を登場させました。

実のところ、アヤは出す予定でしたが、早坂兄弟は初期のプロットでは出す予定はありませんでした。それを急遽変更し、登場させたわけです。

ラストにあの人を出すための伏線を貼るためです。

ちょいと九龍が入ってますね。如月があまり守銭奴らしくありませんが、私は彼をストイックな商売人だと思ってます。

実際、予定していた8話を超えそうな気がします。

末永くお付き合いください。では。

 

20061126