妖都美食家その8

 

雨が降っている。小ぶりでもなく、大降りでもない普通の雨。昼間なので、サラリーマンや学生が急ぎ足で雨宿りできる場所を探していたり、カップルが相々傘をしていたりした。

その中で黒いコートの男は傘も差さずに歩いていた。全身雨でびちょびちょだが、不思議に絵になっていた。女子高生がそんな壬生に見惚れて、携帯で写真を撮ることも忘れるほどであった。

 

壬生は人通りのすくない路地を歩いた。賑やかな町も一歩踏み出せば闇の世界の入り口がそこかしこにあるのだ。ポリバケツの上には野良猫が一匹丸くなって寝ていた。退屈そうにあくびしている。

壬生が歩いていると、電柱から影が二組現れた。黒い衣装を身にまとい、手には刃物が握られていた。表情は覆面で覆われているのでうかがうことはできない。野良猫は気配を察知したのか、走って逃げた。

「・・・僕の命を狙う輩か」

壬生がぼそりとつぶやくと、二組の影は一斉に壬生に襲い掛かった。まず手前の影が右手で刃物を構え、壬生の喉を切り裂こうとした。そして後方の影は壬生の右のわき腹を狙っていた。

すぱぁ。

手前の影の刃物が壬生の左腕を切り裂いた。ぷっと薄皮が切れただけである。その隙を後方の影が壬生のわき腹を突き刺した。

「ぐぅ、ぐぐぅ・・・」

刃物は刺さらなかった。壬生が影の腕を右腕でがっちりとわきで押さえているからだ。腕を挟まれ身動きできない影。だがもう一人の影はその隙を狙って、刃物を壬生に投げた。

ぶすぅ。

刃物は見事壬生には刺さらず、壬生が捕まえた影の頭に突き刺さった。

「ぐぇぇぇ・・・」

影は苦しみながら消えていった。布切れ残さずきれいさっぱりに。こいつらは使い魔か式紙のようなものだったのだろう。

影は隠し持っていた刃物を取り出した。今度は2本。慣れた手つきで刃物をいじっていた。

1本でだめなら、今度は2本で攻めるつもりなのだろう。

「死にたければ、かかってきなよ」

もちろん、壬生にそんなものが通じるはずがなかった。影はあっさり消えてしまった。刃物も一緒に消えた。

後に残るのは壬生一人だけであった。その後姿を一人の小柄な少年が見ていた。右手には猫の首を乗せていた。さっき、近くにいた野良猫のだ。ぽたぽた血がたれている。

「壬生ぅ、お前を楽に殺さないぞぉ。お前は苦しんで苦しんで、苦しんだ挙句に死ぬんだよぉ。くっくっく」

姉守密であった。

 

壬生はいつものおでんの屋台に来た。時刻はすでに暗くなっている。街灯がぽつぽつ点灯し始めていた。雨もすっかりあがっている。

「おやじさん、いつもの」

「あいよ」

店主におでんを装ってもらった。はふはふとおでんを食べる壬生。

「隣、いいかな?」

壬生の隣に誰か座った。エリートのようにパリッとした男であった。御厨怜璽である。

「やっと会えたよ。黒衣の君」

「・・・僕に何か用ですか?」

壬生は振り向かずにおでんを食べている。御厨も期待していなかったのか、自分もおでんを注文した。

「ここ最近、都内で頻発する怪事件。その裏に君がいるとにらんでね。こうして追ってきたわけさ」

ずばり、核心をついた御厨。それでも壬生は平然な顔でおでんを食べていた。

「香仙高校の用務員失踪事件。天鳳製薬研究所の研究員連続変死事件・・・」

「それを僕が起こしたと?ばかばかしい」

「君が犯人だと思っていないさ。他にも平和島公園温水プール、鬼灯村の村人惨殺事件、秋霖女学院の女生徒失踪事件、数え上げればきりがないが、その事件すべてに君が関わっているのは明白だ」

「・・・」

「手を引きたまえ」

御厨は意外な申し出をした。

「警察がなぜストーカーなどを相手にしないかわかるかな?警察は公務員だ、国民の税金で養われている存在だ。命を狙われているからといって個人にえこひいきしてはならない。なら、警察は何のためにいるのか?抑止力だ。核を持つ国が互いに脅しあうことで、核の発射を防いでいるのだ。警察が抑止することで犯罪者を減らそうとしているのだ」

「・・・その割には警察の汚職、失態が多いですね」

壬生は皮肉を言った。

「それは一部の人間がしたことだ。とはいえ、君の言うとおり、一人の失態が、組織全体の失態を招いているのも事実。今の警察は増加する犯罪に対応し切れていないのが現状だ。その中では特定のアジア人による犯罪も多い。そして闇の中に潜む妖怪などの犯罪もね・・・」

「妖怪ですって?まったくばかばかしい。エリートっぽく見えるあなたがそんなことを言うなんて、おかしいですね」

「おかしくないさ。ただ目の前の現実からそむけていただけさ。俺の親父は妖怪に殺されて殉職したんだ」

これには壬生も驚いた。思わず御厨のほうに顔を向けた。

「1998年の12月あたりだったか、高校生を中心に行方不明者が続出した。さらに被害者が牙のようなもので切り裂かれるという猟奇殺人事件が多発していたのだ。親父はその事件を担当していた。当時容疑者がひとりいたが、証拠不十分で釈放された。その上マスコミにも圧力がかかり、事件は未解決で終わった。行方不明の高校生たちはある病院に搬送された。その病院の名前は・・・、桜ヶ丘中央病院」

「・・・」

桜ヶ丘中央病院は表向きは産婦人科だが、その正体はローマ法王も認知した霊的治療を行う病院だ。他の病院では手に負えない病気も桜ヶ丘の岩山院長ならちょちょいのちょいである。

「当時、そいつの身元引受人が君だったそうだ。噂ではある組織が警視総監に圧力をかけ、釈放させたという。その組織の名は拳武館高校。君が在校していた学校だ。あの学校は高校生に暗殺の仕事をさせているという噂だからね」

もちろん御厨は噂と思っていない。拳武館が暗殺組織といっても、対象を陥れる証拠を集め、公表するのが主な仕事だからだ。人殺しはとっておきの最終手段である。それに拳武館は高校卒業後は殺しをさせない。それが掟なのだ。破った卒業生は人知れずに事故死に見せかけて殺されたりしているのだ。

「ある日、親父は腹に血を流しながら帰ってきた。それは人間ではつけようのない爪あとだった。親父は今際にこの世には触れてはならないことを教えてくれた。俺は新宿署に配属になった後も、その手の話を調べた。あの事件が実は人外の者の仕業ということも調べた。当時の高校生たちはすでに完治しているそうだ」

「・・・それで僕を逮捕しようというのですか?」

「さっきも言っただろう。手を引けと。警察が一般人を守るのは当然のことだ。それは君も一緒だ。これ以上厄介ごとに首を突っ込んでもらいたくないのだよ。親父のようにね。親父は超常的な現象に理解を示す人だった。俺もすべてを理論で片付けているわけじゃない。物事にはすべからく理由があるからだ。君が何のために妖怪を狩るかは知らない。だが、これ以上警察の仕事を奪うのは止めてもらいたいのだ」

「本音が出ましたね」

壬生はすくっと立ち上がった。

「妖怪を狩る・・・。それが僕の仕事さ。あなたはあなたで人間を狩るといい。それじゃあ」

壬生は闇の中へと消えていった。

「・・・ふぅ」

御厨はため息をついた。店主が御厨に熱々のおでんを差し出した。

「人には、そいつだけにしかできないことがある。おでんでも食って元気になりな」

「ありがとう」

御厨はむしゃむしゃとおでんを食べた。

 

壬生がこつこつ歩いていると、前方に一人の男が立っていた。

鴉室であった。

「・・・あの刑事に教えたのは君か?」

「だとしたら?」

鴉室は両手をズボンのポケットに入れながら、にやにや笑っている。

「別に。あなたが僕を嫌っていようとかまわない。でも仕事の邪魔はしないでもらいたいね」

「別に邪魔をしてないさ。なかなか面白い話だったろ?」

「面白い話じゃなかったよ。まぁいいさ。僕には僕の仕事がある」

壬生はそのまま歩いていった。鴉室はその後姿を見送ると、ふんと鼻を鳴らした。

「余裕綽々で妖怪を屠る・・・。俺に力があればそうしていたさ」

 

「くそぅ・・・。俺は、俺は!!」

瀬能迅は苛立っていた。

理由は簡単。壬生のことだ。自分はいつも壬生に助けられていた。自慢の空手も妖怪にはまったく通用しなかった。空手は自分の命だ。それを汚すものは許せない。しかし、壬生の強さは本物であった。澄み切った闇の中にきらりと光る星であった。自分はただの登場人物Aに過ぎないことを思い知らされたのであった。

ちなみに萱野あずさはいない。今日は古本屋に用事があるといって先に帰ったからだ。乃木坂も部活があるから、ここにはいない。

(壬生が面白半分で戦っているわけじゃないのに、俺は、俺は!!)

瀬能は苦悩していた。壬生に嫉妬する自分を恥じているのだ。壬生は何らかの目的で強くならねばならなかった。これはわかる。もちろん、安易な修行で手に入れた力でないことも。

がすがすがすぅ!!

瀬能は自分の拳をアスファルトの地面に叩きつける。皮膚は破れ、血が飛び散った。

瀬能の心には、壬生に対する嫉妬と、それを恥じる自分が反発しているのだ。

空手を含め、武道とは人を壊す技だ。人を殺す道具だ。人殺しの道具で人格をどうこう言うのは間違っている。瀬能は本心では、空手で鍛えた技を思いっきり振り回したい。チンピラ相手に自慢の拳を叩きつけるのはこの上ない快感だ。

「うふふ・・・。そんなに力がほしいなら、僕があげるよ・・・」

後ろから声がした。振り向くとそこに一人の少年が立っていた。

「お、お前は!!」

瀬能はその少年に見覚えがあった。前に桂木弥子魔界探偵事務所で見た写真の少年であった。名前は。

「姉守・・・、密!!」

瀬能の意識はそこで途切れた。

 

「今日は石原豪人の本を買ったんだよ〜」

萱野あずさは嬉しそうであった。彼が買ったのは石原豪人の挿絵入りの日本妖怪図鑑であった。

「ほら、見てよ。まるで実際に見て描いたようなリアリズム!石原氏は美男美女を良く描いていたけど、この妖怪の艶かしい表情といったら・・・」

あずさはうっとりと妖怪図鑑を見ていた。ここは桂木弥子魔界探偵事務所である。なぜか彼はここで買ったばかりの本を読んでいたのだ。

本には女郎蜘蛛や、ろくろ首。九尾の狐やぬれ女、幽霊などが色っぽく描かれていた。妖怪に襲われる普通の人の表情も、迫力があり、悲鳴が聞こえてきそうであった。

「・・・どうしてうちで読むのかな?」

弥子がお茶を淹れていた。実際はあかねちゃんが淹れているのだが、他人には見せないように淹れている。

「うん。ここってなんか落ち着くし、ネウロさんて妖怪に似た艶やかさを感じるしね」

実際は妖怪ではなく魔人なのだが、弥子は突っ込まなかった。弥子はさっきポストから取り出した郵便物を机の上に置いた。

「そういえば姉守くん。全然音沙汰ないけど、どうしたんだろう?」

「知るか」

ネウロは冷たく言い放った。

姉守の狙いが壬生ならば近いうちに行動するだろう。しかし、ネウロがほしいのは謎であり、壬生のごたごたなど興味はなかった。ネウロは謎を解くことにより、その謎を食料としているので、それ以外は無関心であった。

「う〜ん、石燕の百鬼夜行もいいけど、石原先生の妖怪も素晴らしいなぁ」

「そんなに妖怪が好きなら思う存分味わうがいい」

ネウロは懐から何かを取り出した。魔界777能力のひとつ、イビルステーションである。魔界のゲーム機だ。

ネウロがスイッチを押すと、部屋中妖怪でいっぱいになった。しょうけらだの、煙ヶ羅、牛鬼、土蜘蛛、鉄鼠、陰摩羅鬼(おんもらき)、百ヶ目鬼などが現れた。これらを地上のジャンルに例えると恋愛シュミュレーションに該当するのだ。誰が誰に告白したかは不明だが。

「ひゃあぁぁぁぁ!!」

あずさは甲高い悲鳴を上げた。

「石燕の妖怪たちが立体化しているよぉぉ!!なんて素晴らしいンだぁぁ!!」

あずさは感激の涙を流した。ネウロは少しつまらなそうな顔をしていた。郵便物に手をとり、謎がありそうなものを選別している。

「姉守くんの目的はお姉さんを生き返らせることかもしれないんだけど・・・」

しょうけらが弥子に自殺しろ、自殺しろと迫っているが、弥子は無視した。

弥子が調べた結果がそれであった。姉守密は子供じみている。姉である命をおもちゃにして遊んでいた。彼女が自殺した後も彼女の死を認めなかったという。至郎田を脱走させ、ドーピングコンソメスープを使って彼女を生き返らそうとしているのではないか?弥子はそう判断したのだ。

「でもDCSだけで人を生き返らせることができるのかな?」

「知るか」

またしてもネウロは一刀両断した。

「しかし、貴様が調べてくれたおかげで奴の謎が美味であることがわかった。早く奴の謎を食べたくて仕方がないぞ」

ネウロは笑っている。弥子は呆れ顔で、テレビのスイッチを入れた。彼女の首には煙ヶ羅が巻きついていた。

『え〜速報です。服役中の逢沢綾服役囚が突如、壁をぶち破った上半身マッチョの男に攫われました。警察は目下犯人捜索中ですが、警察は殺されるのはいやだけど、逢沢綾のサインはほしいのでがんばるとのことです。我々も税金泥棒の警察官は何人死んでもいいけど、アヤ・エイジアには死んでほしくありません。さっさと彼女を探して保護してほしいです。もし、殺されたら警察を無能となじります。ほら、さっさと探しにいけ無能警察!!では、次のニュース、天香学園でまた行方不明者が・・・』

弥子はニュースを見て驚愕した。

「ねっ、ネウロ!!早く助けに行かないと!!」

弥子は無駄だとわかっていても、ネウロに懇願せずにはいられなかった。

「よかろう。助けに行こうか」

「え?」

弥子は驚いた。謎しか興味が無い魔人が助けに行くというからだ。

「この手紙を読んでみろ」

ネウロは郵便物の中から一通の手紙を弥子に渡した。

『ネウロへ。あんたが普通の人間じゃなくて、魔人なのはわかっている。あんたが望む謎は僕が持っている。食べたければ僕が指名する場所に来てくれ。あと壬生にも教えてよね。瀬能迅を預かっているからと。アヤ・エイジアもそこにいるからね。姉守密』

「せっ、瀬能さんまで囚われているよ!!ど、どうしよう!!」

「この二人がどうなろうと知ったことではないが、謎を用意しているというのなら、出向こうではないか」

ネウロはくっくっくと笑った。

「え〜、迅が誘拐されたのか。じゃあ、乃木坂さんと壬生さんに連絡しないと」

あずさは落ち着いていた。彼はそれが素なのだろう。ちょいと弥子は呆れていた。

「その必要はない」

すでに壬生が立っていた。そばには乃木坂もいた。途中で会ったのだろう。乃木坂は部屋の変わり果てた姿におびえていた。

「瀬能くんは僕一人で助けに行く。君たちがいく必要はない」

「でっ、でも!!姉守くんの性格から考えたら、壬生さんがいない間にあずさくんたちを殺しに来るかもしれないんですよ?姉守くんは壬生さんの過去の古傷をえぐって楽しんでいるんです!危険だけど、みんなを連れて行ったほうが安全だと思うんです!!」

弥子の主張であった。姉守の目的は壬生だ。壬生は自分の痛みは我慢できても、他人の痛みは我慢できないタイプだ。攻撃こそ最大の防御と、弥子はそう考えていた。

「・・・ネウロの操り人形だと思っていたけど、君もなかなか言うね。いいだろう。みんな僕の後ろについてきてくれ」

壬生はしぶしぶ承諾した。

果たして、瀬能と綾は無事なのだろうか?

 

あるビルの屋上に一人の少年が立っていた。少年は下界を見下ろしていた。

「もうすぐだ。もうすぐ修理は終わる。姉さんは動き出すんだ。スーパーDCSとあの女の歌があれば姉さんは動き出すんだ・・・」

くっくっくと笑い出した。

「そして壬生・・・。お前は僕が味わった苦しみを数十倍受けてもらわないとね・・・」

後に残るは少年の狂った笑い声だけであった。

 

続く

 
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あとがき

 

コラボ関係だと毎回あとがきを書いていますね。

本当はもっと短く終わるはずだったのですが、興に乗ってしまうまだまだ続きそうです。

この作品は私なりの妖都鎮魂歌を完結させるための作品です。

今井監督が無責任にも、中断させるから、ファンは困りものですよ。東京魔人学園メモリアルを参考にしております。

ネギまコラボと違い、毎回ゲストを登場させず、登場人物を固定させています。

壬生と御厨の絡みがあっさりしていると思いますね。鴉室は一体何をしたいかはまだ不明ですし。やはり素人では謎を解くことはかないません。

次回はド派手なバトルを繰り広げる予定です。お楽しみに。

 

2006年12月16日