妖都美食家その9

 

ネウロたちは東西京市の郊外にある廃ホテルの前に立っていた。名前はトレボープラザホテル。50階建てのホテルだが、バブルがはじけたせいで、開発途中で放置されていた。人の手入れがしてないと、こうも不気味に感じるのかと、弥子たちは見上げていた。まるで巨大な墓標に思えた。

入り口はコンクリートで塗り固められており、入ることはできない。ネウロたちは駐車場のほうへ向かった。

「ねえ、ネウロ。やっぱりここって姉守くんの罠が張ってあるんだよね?」

「当然だ。くっくっく、奴の謎はどんな味がするか楽しみだ」

ネウロはよだれをたらしていた。どんな罠が待ち構えていようが、ネウロは食事感覚でしかない。

「って、なんで俺までついてこなきゃならないんだよ!!」

ネウロの右手には鎖が握られており、その先は吾代が首輪でつながれていた。吾代は紙袋を持っていた。パンのようだが、夕食のために買ったのだろう。あんパンだのメロンパンなど様々なパンがあった。

「この間、いなかったからな。今日は無理やり連れてきた。くっくっく・・・」

ネウロはけたけた笑っていた。吾代はいつものことだと思って諦めムードであった。

「ネウロ。君に聞きたいことがある」

「なんだ?」

「君の目的は謎というものらしいが、その謎とやらを食べたら相手を殺すなんてことはないだろうな?」

「安心しろ。我輩にとって謎さえ食えればそれでいいのだ。食べかすなど知ったことではない」

壬生はネウロが姉守を殺すことを心配しているのだ。弥子もその点は心配していない。今まで関わった犯人で、死んだのはサイによって殺されたのがほとんどだ。ネウロにとって謎を食べたら、残りかすには興味はないのである。

「そうだ。景気づけにこのパンをみんなにやろう。我輩は優しいなぁ」

「やめろ!そいつは俺の夕飯・・・」

ごす!!

吾代はネウロに腹をけられた。うずくまる吾代。

ネウロは紙袋にいっぱい入っているパンを差し出した。ネウロ以外みんな喜んで食べた。吾代は泣く泣く食べていた。

弥子は5個で食べて満足した。

「なんか、今日は調子が良くないんだよね。病気かな?」

「知るか」

 

ネウロたちは地下駐車場の中に入っていった。姉守の手紙には50階の宴会場で待ち受けているとのことだ。もちろん、駐車場には車は一台も止まっていなかった。代わりに薄暗い蛍光灯が灯されていた。無人であるはずなのに、電気が通じている。やはりここに姉守がいると見て間違いないだろう。

「君たちにこれをやろう」

壬生は紙袋の中から拳銃を4丁取り出した。オートマチックであった。思わず引いてしまう弥子たちだが、あずさだけ興味津々であった。

「こいつは僕の組織が改造した銃だ。敵を討てと叫ぶと弾が出る魔法のアイテムだ。姉守の作る化け物たち相手に十分通用する。持っていてくれ」

そういって壬生は弥子たちに銃を渡した。

「あの、ためしに撃っていいですか?」

あずさが言った。壬生は許可した。

「敵を討て!!」

あずさが銃を構えると、近くにあった空き缶に向けた。そして、かぁんと空き缶ははじけて飛んだ。

「すごいや!!」

あずさは上機嫌であった。弥子と吾代はじっと銃を見たが、それをネウロが取り上げ、はっしと床へたたきつけた。そして、ぐしゃっと足で踏んで壊してしまった。

「てめぇ、何しやがる!!」

「そうだよ!せっかく壬生さんがくれたのに!!」

二人の抗議をネウロは口笛を吹きながら聞き流していた。

「我輩の奴隷に武器など不要。敵が来たら思いっきり逃げろ。抵抗することなど許さぬ」

むちゃくちゃな論理であった。二人はいつものことだが、涙を流していた。

「まぁ、いいけどね。では・・・」

ネウロたちの前に敵が現れた。吾代が以前に見た首だけの鷲尾であった。それが百体以上いるのだ。

「クェェェ!!」

ワシオヘッドたちが襲い掛かってきた。

「「敵を討てぇぇ!!」」

あずさと乃木坂が一斉に銃を構えた。ぱんぱんと撃ちまくった。ワシオヘッドは一体づつは一撃で倒せるほど弱いが、なにせ数がすごい。壬生も対処しているが、とても捌ききれる数ではなかった。

「ここは二手に別れるぞ」

そういってネウロはあずさと乃木坂の袖首を引っ張っていった。残るは壬生と弥子と吾代であった。

「やれやれ。僕らも一旦ここは引こう」

壬生は二人を連れて、走り出した。百体くらいのワシオヘッドが迫ってくるのは、大迫力であった。

「クェェェェ!!」

「なんで鷲尾が首だけで襲ってくるの!!」

「知るかぁ!!」

地獄の追いかけっこであった。壬生は走りなれているが、弥子と吾代は命がけであった。

はぁはぁ、息が切れそうだ。服は汗でべっしょりして気持ち悪い。気持ち悪さよりも、後ろから来る恐怖が上回っていた。

「あそこだ!!」

壬生は目の前にある非常階段のドアを見つけた。壬生はここに来る前に地理を調べているので、非常階段がどこにあるかは把握していたのだ。

ドアを開けると3人はすぐに中に入った。そして急いで扉を閉めて、鍵をかける。

どん、どん!!

ワシオヘッドたちがドアに体当たりする音が聞こえてくる。だが扉を破る力はないようだ。

「まるで百鬼夜行に出てくる大首みたいだな」

壬生が言った。しかし、二人は聞いていない。ぜぇぜぇと苦しそうに息をしていた。

「はぁはぁ・・・。恐ろしいといや恐ろしいが、あの野郎と比べればたいしたことねぇや」

「わ、私もそう。サイに比べたらこんなの・・・」

「その調子ならまだ大丈夫のようだね。さあ行こう。いずれやつらがドアを破らないとも限らないからね」

 

ネウロたちは1階のレストランにやってきた。洋食、和食などが様々な店舗がそろっているが、どれも無人であった。人のいない店はより不気味に感じる。

「ネウロさん。ネウロさんは私たちの武器を取り上げないのですか?」

乃木坂が質問してきた。

「必要ない。お前たちは自分たちの力でなんとかしてもらう。我輩は忙しいのでな」

ネウロはあくまで奴隷である弥子と吾代をいじめたいのだ。それ以外の人間は興味の対象外になっている。

「うぉぉぉぉ!!」

敵だ。店から飛び出してきたのである。あるものはガラスを突き破り、あるものは入り口からそのまま出てきた。

「わいら〜、わいら〜、わいらはわいら〜、わいらなんら〜!!」

和食レストランのガラスを突き破って出てきたそれはライオンと熊の身体に、手足はワシのように鋭い爪を持っていた。ふたつの翼もある珍獣みたいな生き物だ。

「わいらだ!!百鬼夜行に出てくる妖怪のわいらだよ!!」

あずさは感動の涙を流している。乃木坂は残念だが、何が良いのかさっぱりわからない。

どがぁん!!

「山精、読み方はやませいか、さんせいか!?私はさんせいに賛成でーす!!」

今度は鬼のような化け物であった。角は見当たらない。大事なところはこし蓑で隠している。

「今度は山精だぁ!!ああ、どちらも石燕に出てくる妖怪だよ!僕はもう死んでもいい!!」

あずさは感無量で床に倒れた。

「ふん。姉守が作った妖怪だな。蹴散らしてやる」

ネウロはわいらと山精に突進した。そして、右手でわいらの頭部をぶん殴り、左手はチョップで山精を浴びせた。しかし、ネウロの動きが止まっている。わいらも山精もにやりと笑ってびくともしていない。

「わいらがそんな攻撃でまいると思っているんか?」

「山精、さんせい!!賛成の反対なのだ!!」

わいらはネウロの右足を噛んだ。山精は左腕を齧った。振りほどこうにも解けない。

「ふむ。なかなか骨のある奴らだな」

ネウロは感心していた。

「敵を討て!!」

ぱしゅうん!!

「いてぇ!!」

わいらの頭に光の弾が当たった。乃木坂である。わいらのこめかみに血がたらりとたれていた。

「萱野くん、起きて!!ネウロさんを助けるのよ!!」

「うぅん・・・」

あずさはまだ気を失っていた。

「ふはははは!お嬢さん、余計なことをしてはいけないよ?」

乃木坂の後ろには着物を着た鬼が立っていた。

「わたくしの名前は羅生門の鬼。茨木童子ともいわれてます。羅生門と読んでください。昔、渡辺綱という武士を騙そうとしましたが、感づかれてしまい、腕を切り落とされました。でも一週間後には綱の伯母に化けて腕を取り戻したのですよ」

羅生門は乃木坂の手をぎゅっと握った。あまりの激痛に乃木坂は顔をこわばらせていた。

「ああ、羅生門の鬼・・・。彼女に会えるなんて感激だぁ・・・」

あずさはまったく役に立っていない。

「わいら、わいら!!わいらは最強でんがなまんがな!!」

「賛成、反対!!最強、山精!!」

「わたくしたちの目的はネウロ抹殺です。残りの人たちは少々痛めつけた後送り返して差し上げます。そのあとたっぷり壬生紅葉を怨んでくださいね」

そういって羅生門は素足であずさの頭をぐりぐり踏んづけた。

「あ〜、いい〜♪もっと踏んでぇ〜」

あずさはもだえている。彼には逆効果であった。

「ほう、我輩は殺してこいつらは見逃すと。わけのわからん奴らだな」

とかいいつつ、ネウロは弥子の言葉を思い出した。このホテルは姉守の仕掛けた罠だ。姉守の目的はたぶん姉の命を復活させること、そして自殺の原因を作った壬生を苦しめることだと。姉守はここで壬生を殺す気はないようだ。あずさたちを苦しめ、それを壬生のせいにして怨ませる。えげつないやり方である。

「奴は我輩と同じいい人というわけか」

ちなみにネウロの尺度でいえば、魔界のいい人は人の傷口を嬉々としてえぐり、好んで再起不能にする奴がいい人なのだ。ネウロは弥子と吾代に対していい人であろうとしている。

「我輩、ここで時間を潰す暇はないのだ」

「わいらぁ!!」

「酸性雨!!」

ネウロはあっという間にわいらと山精をぶん殴った。二匹は店の中へ音を立てて吹っ飛んでいった。

「まあ、ネウロったらいけない人!!」

羅生門は毒づいたが、ネウロは瓦礫の欠片を羅生門の顔に思い切り投げつけた。

ぐしゃあ!!

羅生門の顔はつぶれ、紙切れ一枚だけに変わった。それには羅生門の絵が描かれていた。

わいらと山精も一枚の絵に変わっていた。

「ふぅ。大丈夫か?」

ネウロは乃木坂に手を差し伸べた。ネウロにとって乃木坂はどうでもいい人なので、恩を売っておくに限る。ただ山精に齧られた腕から血がぽたぽたと落ちていた。足も同様に血が滴っていた。

「あ、ありがとうございます。萱野くんは・・・?」

「放っておけ」

あずさは床で泣いていた。ごろごろと芋虫のように転がっている。

「ひどいよ〜。せっかくの憧れの妖怪を殺しちゃうなんて〜」

「・・・そうですね」

乃木坂は呆れていた。

 

一方、壬生たちはすでに7階に来ていた。この階はレストランのほかに、サウナやプールがある階であった。まだ43階もある。道のりは長い。

無人であるはずのホテル内は電気がついている。明るいのはいいが、どうにも不気味だ。ワシオヘッドたちが襲ってくるが、すべて壬生が蹴散らしている。

ところどころ瓦礫で道がふさがっているのは、姉守の仕業だろう。壬生たちはプールサイドを歩いていた。学校のプールより広く、ウォータースライダーなどが完備されていた。なぜかプールには水がたっぷり入っていた。これも姉守の仕業だろう。何のつもりかは知らないが。

「あの、壬生さん。聞いていいですか?」

弥子が尋ねてきた。

「何をだい?」

「姉守くんが壬生さんを怨むのは、姉森くんのお姉さんが自殺したせいではないんですか?」

壬生は何も言わなかった。弥子は、黙秘は肯定と確信した。吾代だけおいてけぼりであった。

「君はネウロの操り人形と思っていたけど・・・。いいだろう。話してやるよ」

壬生は2年前の出来事を話した。

壬生と姉守命はある公園で出会った。彼女はベンチに座って本を読んでいた。壬生はただ散歩していただけで、そのまま通り過ぎるはずであった。

ところが子供が蹴ったサッカーボールが彼女に向かって飛んできた。壬生はそれを蹴って彼女を守った。

あとは壬生と命が仲良く話をしていた。自分はピアノをやっているとか、他愛のない話をしていた。

ところが数十分後、一人の少年が走ってきた。姉守密であった。彼は壬生と仲良くしている命を見て、彼女の頬を平手打ちした。知らない男と口を利いたらダメだろうと、大声で怒鳴ったのである。そして、壬生に対して、姉に二度と近づくな、仲良く話すな、姉さんは僕のおもちゃなんだと脅したのである。

数日後、彼女は自殺した。彼女は壬生に対して遺書を送っていた。その内容がこうである。

『私は壬生さんと出会い、人間に戻れた気がしました。もう、密ちゃんのおもちゃでいることに耐えられません。あの世に行きます』

命と壬生の出会いはたった数十分であった。しかし、命にとっては永遠に近い時間であった。前に綾が自殺の原因はわからないといったが、たった一回の出会いで人が変わるとは綾も思っていなかったようだ。

「たとえ、僕が手を下さなかったにしろ、彼女を自殺に追い込んだのは僕だ。僕は一生贖罪のために生きるんだ」

拳武館時代、多くの人の命を奪ってきた男。だが、開き直っておらず、彼は正義と罪悪の中で揺れ動いていた。

「でも、それって自己満足ではないんですか?」

弥子がそう言った瞬間。

ざばぁぁぁ!!

プールの中から何かが飛び出した。

それは全身うろこに覆われた半魚人であった。全部で7体。顔は醜く歪んでおり、生臭い匂いがぷんぷんしていた。

「俺たち半魚人〜、半魚人クルセイダ〜ズ〜♪」

「ぎょぎょぎょのぎょ〜♪」

半魚人クルセイダーズは弥子の足を狙ってきた。

「謎〜、謎ぉぉぉ!!」

「餌ぁ、餌ぁぁぁ!!」

彼らは弥子のふとももにすりすり頬ずりしていた。それ以上何をするわけでもない。一体何をしたいのか理解できなかった。

「ふん」

壬生の華麗な蹴りで、半魚人クルセイダーズは吹っ飛んだ。プールの中に飛ばされ、奇声を上げながら溶けていった。腐った匂いがあたりに充満した。

「姉守密はあくまで僕の知り合いを苦しめ、僕に憎しみを抱かせるためか・・・」

壬生はぼそりと答えた。

ざぱん、ざぱん、ざぱぁん!!

新手の半魚人クルセイダーズが現れた。今度は70体。

「ロォレラァァイィィ、イエイイエイイエェェイ!!」

「セイレェェェンンンン!!」

意味不明な奇声をあげながら迫ってきた。

「逃げよう」

壬生たちは逃げ出した。

「ちくしょう!いったいなんなんだよぉぉぉ!!」

蚊帳の外の吾代は絶叫の涙を流していた。

 

その部屋は暗かった。窓はなく、だだっ広い部屋であった。たぶん宴会場だろう。テーブルなどは部屋の隅でほこりをかぶっていた。

その真ん中にぽつんとテーブルが置かれていた。真っ白いテーブルクロスが敷いており、その上に女性が一人寝ていた。彼女の右側に点滴が置かれてあった。その管は彼女の右腕に刺さっている。

そこに少年が一人現れた。彼はテーブルの上に寝ている女性の左胸を触っている。そして、顔に当てて頬ずりしていた。

「さすがは至郎田シェフの料理だ。姉さんの心臓がとくんとくんといってるよ」

少年は姉守であった。姉守の顔は狂気に満ちていた。点滴の中身はスーパードーピングコンソメスープであった。姉守は姉の死後、死体を保存していたのだろう。そして、スーパーDCSで彼女を生き返らせたのだ。

「でも、これだけじゃだめなんだ。あとはあの女の歌を聞かせれば・・・」

姉守は床のほうを見た。そこには逢沢綾が縛られて転がっていた。綾を刑務所から連れ出したのは姉守だったのだ。

「くっくっく、もうすぐだ。もうすぐ姉さんは動き出すんだ。そしたら一緒に壬生を壊そうね・・・」

姉守の狂った笑い声は部屋中に響き渡った。

 

続く

 
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あとがき

 

今回はラスボスの城へ突入したところでしょうか。

ネウロと戦った「わいら」「山精」「羅生門の鬼」は絵図百鬼夜行に出てくる妖怪です。しかし、江保場流にアレンジした結果変なキャラになってました。

半魚人クルセイダーズはネウロ第2巻で12話に出てきた弥子に群がるイメージ画像です。

私にとって姉守密は、今まで書いたオリジナルキャラの中でもっとも異質なキャラだと思います。大抵オリジナルキャラはすぐ殺してしまいますが、今回は彼を中心に執筆しております。どこまでくるっていくかお楽しみください。

 

2006年12月24日