妖都美食家その10

 

ネウロと萱野あずさ、乃木坂恵は無人のホテルを歩いていた。明かりはついているが、無人なので気味が悪い。しかし、ネウロはともかく、妖怪たちと対峙したあずさと乃木坂はあんまり怖いとは思わない。神経が少し麻痺してしまったのだ。

ばぁん!!

客室のドアが一斉に開いた。そこから何か大きなものが飛び出した。

それは巨大な猫であった。黒猫であった。猫なのに二本足で立っている。尾の先がふたつに分かれている。全部で六匹いる。

「ニャー!!またまた来たぜ、また来たぜ。おまたせ、ねこまたの登場さ!!」

「お前らに怨みはないけど、運が悪かったと思って諦めてくれ」

猫たち、ねこまたたちは人間の言葉をしゃべった。

「うひゃー、ねこまただぁ!!しかも6匹もいるぅ!!」

あずさは歓喜に身をよじっていた。

「えい」

ネウロはねこまたたちに突進すると、その拳を振り回した。

にゃー!!

一瞬で勝負がついた。ねこまたたちは壁にぶち当たり、悲鳴を上げると、ねこまたたちはみんな紙に変わった。ねこまたの絵が描かれている。

「あぁん、ひどいよぉ・・・」

あずさは悲しみの涙を流している。

「・・・」

乃木坂はあずさを無視して、絵を見ていた。

「何かがおかしいわ・・・」

「何がだ?」

ネウロが聞いた。

「ネウロさんが斃した妖怪ですが、みんな萱野くん好みなんですよ」

「そうなのか?だとしたらいい趣味を持っているな」

「いえ、そうではなくて、萱野くんは妖怪が大好きなんです。妖怪の絵を描くのがとっても大好きなんです。でも瀬能くんは妖怪が大嫌いなんです。もちろん、本物ではなく、萱野くんが描いた絵なんですが」

乃木坂が理解できないのは、なぜ瀬能を攫ったのかだ。瀬能は空手をやっている。チンピラでは歯が立たない実力を持っている。どうせなら非力なあずさを攫えばいいのに。そして瀬能に嫌いな妖怪たちをずらーっと並べて怖がらせばいいのだ。

しかし、あずさには逆効果だ。彼の大好きな妖怪のオンパレードで、嬉し涙を流している。

「それにあの妖怪たち、どこかで見たことがあるんです。どこだったかは忘れましたが・・・」

「知るか」

ネウロは切って捨てた。

ばぁん、ばぁん!!

遠くからドアが蹴破られる音がした。また妖怪が攻めてくるかもしれない。さっさとこの場を離れるとしよう。

 

壬生紅葉と桂木弥子、吾代忍は客室のあるフロアを歩いていた。ところどころ瓦礫で塞がっており、進むのも困難である。ネウロたちと出くわさないのは、姉守がそのように細工したのかもしれない。

「クエエエエ!!」

ワシオヘッドの大群が迫ってきた。狭い廊下をずんずんくるのはどこかこっけいに見える。一体だけならなんとかなるが、とても壬生一人では対処できそうにないので、近くにある非常ドアへ逃げ込んだ。どすんどすんと、非常ドアをワシオヘッドたちが体当たりする音がした。

壬生たちは非常階段を上っていた。壬生はともかく、弥子たちは肩で息をしている。苦しいのだ。今すぐ冷たい水をごくごく飲んでみたい。そんな気分であった。

ふと階数を見ると、今は40階、あともう少しだ。

がらり。

窓が開いた。

「けーっけっけっけ!!」

中から奇妙な男が現れた。表情は狂気で歪んでおり、左手にはナイフが8本握られていた。

「え・・・?」

それを見た弥子は絶句した。その男に見覚えがあるからだ。

彼は竹田敬太郎。弥子の父親を殺害した元警視庁捜査一課の刑事だ。ネウロに脳をいじられ廃人になったはずなのに。

「しゃあ!!」

竹田は8本のナイフを一気に投げた。

ぶす、ぶす、ぶすぅ!!

「うわぁ!!」

ナイフは吾代の服に突き刺さった。吾代は標本のように壁に張り付いてしまった。

竹田は窓を閉めた。

そして、今度は別の窓から出てきた。またナイフを投げて攻撃してきた。

「ふん」

壬生が竹田に向かって蹴り上げた。気を含んだ蹴りは竹田の身体を真っ二つにしてしまった。弥子にはそれが天昇する龍に見えた気がした。

「ぎぃやぁぁぁ!!」

竹田は断末魔をあげたあと、一枚の紙切れになった。するとあの竹田は弥子の恐怖で作られたものだったのだ。

「俺をなめるやつはゆるさねぇ!!」

階段の上から叫び声とともに、何かが降ってきた。

それは子供であった。両足がロープで結ばれており、逆さにつるされていた。そして、両手にはナイフが握られていた。それが振り子のように壬生へ向かっていった。

「ふん」

壬生は鼻を鳴らすと、子供に蹴りを入れた。

べこぉ。

「ぐべぇ!!」

子供の背骨が折れる音がした。嫌な音であった。子供は5メートルほど吹っ飛ぶと、壁にぶつかった。そして紙に戻った。

壬生は無感動であった。弥子は壬生に得体の知れない何かを感じた。サイによく似た感覚であった。腕に鳥肌が立った。

どちらも同じ人間なのに、どこか別の世界の生き物に見えるのだ。ネウロのような魔人は初めから人間ではないので、あんまり恐怖を感じないのだ。

壬生はそんな弥子の心情を察したのか、何も言わずに階段を上がりだした。弥子はその後ろについていった。

吾代ははりつけられたままであった。

ドアが蹴破られ、ワシオヘッドたちがなだれ込んでいった音がした。

 

何時間後、ネウロと壬生たちはやっと合流した。

「えらく時間がかかったな」

「ああ、いろいろ敵と戦ったからね」

「そうか、我輩もだ」

ここに来るまでネウロと壬生はいろんな敵と戦った。

ネウロはろくろ首だのぬれ女と戦った。どちらも美人であった。ろくろ首はあずさの首に巻きつき、ぬれ女は身体のほうに巻きついた。あずさは感動の涙を流したが、その度にネウロが斃していった。そして嘆きの涙を流した。乃木坂はあずさを連れて行くのに精一杯であった。

壬生の場合は、ワシオヘッドのほかに、3メートルほどの大男と戦った。舌をだらしなくたらしており、廊下を破壊しながら壬生を襲おうとしたが、なんとか斃した。途中、倒したはずの竹田がまた窓から出てきてナイフを投げてきたり、大忙しであった。吾代はぼろぼろになっていた。

「我輩たちは敵と戦いに来たわけではない。戦闘に時間を費やされるわけにはいかんのだ」

ネウロたちは宴会場の入り口に立っていた。ネウロと壬生以外は疲れてへとへとであった。

「さぁて、謎とご対面だ」

ネウロはよだれを拭きながら、ドアに手をかけた。

かちゃり。

ドアが開いた。

中はかなり広い。電気はついてないので、真っ暗だ。ただ部屋の真ん中にぽつんとテーブルが置いてある。その周りには蜀台が6つほど囲むように置かれていた。それにろうそくの火が灯してある。

テーブルの上には女性が一人横たわっていた。右腕は点滴していた。弥子は彼女の顔を見たことがある。姉守命だ。ホームページの写真でしか見たことはないが、なるほど、美人であった。さらに前方には3メートルほどの大きさの十字架が二本立っていた。そこに二人の人間が磔にされていた。それは逢沢綾と瀬能迅であった。二人ともぐったりしていた。

「アヤさん!!」

「瀬能くん!!」

弥子と乃木坂が同時に叫んだ。

「やぁ、こんばんは。結構早かったね」

姉守が闇の中から現れた。なぜかピアノも一緒であった。ぽろんぽろんと弾いている。弥子はピアノには詳しくないが、とてもいい曲だと思った。

「ふふふ、姉さんの修理が終わったよ。アヤ・エイジアの歌は効果絶大だ。彼女の歌は素晴らしいね」

「姉守くんがアヤさんを攫ったの!!」

弥子が叫んだ。

「そうだよ。姉さんを動かすにはスーパーDCSだけじゃ不足なんだ。だからこそ、より完成に近づいた彼女の歌が必要だったのさ。それにこの女は自分の欲のために友人を二人殺したんだ。その罪を少しでも償わせるために、ここに連れてきたんだよ」

それを聞いた弥子は頭に血が上った。

「そんな言い方って!!じゃあ、自分はどうなの!自分のことは棚に上げて、他人ばかり批判して!!」

「うるさい!僕だけはいいんだよ!!」

姉守が怒鳴った。

「僕は美少年なんだ!美少年は人を何百人殺しても許されるんだ!!」

ものすごい屁理屈であった。弥子たちは呆然としていた。

「壬生は僕を殺さない。それどころか救おうとしているんだ。なぜなら僕は美少年だからだ。醜い奴はそのまま殺すけど、美少年、美少女は絶対殺さないで、救おうとするんだ!!今まで壬生は醜い妖怪を殺してきたけど、美少女の乃木坂は救っただろう?それと同じなのさ!!」

姉守ははぁはぁと興奮していた。言っていることが支離滅裂であった。とても正常な人間の発言とは思えなかった。しかし本人は気にした様子もなく、得意げに語り始めた。

「僕の言っていることが間違っていると思うかい?よく考えてみなよ。幼女誘拐殺人事件の犯人は不細工な男だった。不細工な男がかわいい女の子を殺したからマスコミはやつを陥れようと、わざとやつをロリコンというキャラに作り上げたんだ。むしろやつは被害者なんだ。某宗教団体の教祖もそうさ。不細工だから宗教に走り、金を集めた。そして金と地位で妻を手に入れた某弁護士を嫉妬で殺したのさ。毒ガスを使ったのは不細工だろうが美形だろうが無差別に殺したかったんだ。逆に加害者が美少女だとマスコミは人権擁護といって隠蔽する。もてたいために罪を軽くするんだ。事故で美形が死ぬとマスコミが騒ぐんだ。これが不細工な中年なら軽く済ますに決まってるんだ。世の中は美形が一番なんだ。不細工な奴は死ねばいい」

姉守はくっくっくと笑っている。あからさまに気が狂っている。みんな唖然としていた。

「まあ、いいさ。さあ、姉さん。みんなに挨拶しなよ」

姉守はテーブルに近づくと、横たわっている命の上半身を起こした。

「さあ、姉さん。初めまして、姉守命です、と挨拶して」

しかし命は無反応であった。目もうつろでネウロたちを見ているとは思えなかった。

ぼかぁ!!

姉守は命の髪の毛を掴むと、彼女の左頬をグーで殴った。命の鼻から血がたれた。

「挨拶してといったでしょ!!なんで僕の言われたとおりにできないの!!」

がすがすがすぅ!!

続けて命を殴る姉守。彼女の顔は青あざだらけになった。

「は・・・、はじめ・・・、まし・・・、て・・・。あ・・・、ね・・・、もり・・・、みこと・・・、です・・・」

途切れたオルゴールのような声であった。姉守はそれに満足したのか、彼女の顔をなでなでした。

「うふふ、よくいえました。ご褒美にぺろぺろしてあげるね」

そういって姉守は殴った部分を舌で嘗め回した。丹念に、そして優しく彼女の顔全体を嘗め回したのである。

さすがの壬生たちもあっけにとられたが、ネウロだけは平然としていた。

「そうだ、面白いことを教えてあげるよ。なんで壬生が妖怪を追っているかをね」

「なに・・・?」

「どうして今年から新宿を中心に妖怪が出没するようになったか、知っているかな?それは全部萱野くんと瀬能くんのせいなんだよ」

「どうゆうこと?」

弥子が訊いた。あまり突拍子のない発言であった。

「瀬能くんは鳥山石燕の生まれ変わりなのさ。石燕はね、自分が感じた恐怖を絵にすることができるのさ。百鬼夜行に骨唐傘がいるだろう?時が経つことによって妖怪になる憑喪神の一種だろうけど、唐傘は石燕の時代で流行したものでね、憑喪神になるには百年経たなきゃいけないのに、唐傘は非常に弱くて憑喪神になる前にぼろぼろになっちゃうんだよね。こいつは石燕が物を粗末にする人間に嫌悪し、物たちの憎悪を感じていたからさ。瀬能くんは妖怪を嫌っていた。だからこそ、石燕の生まれ変わりなのさ。でも、瀬能くんだけでは妖怪を生み出すことはできない。きっかけが必要だったんだ」

「きっかけ?」

「そう、きっかけさ。それが萱野くん、画図百鬼夜行の生まれ変わりなのさ」

姉守の言葉に一同は静まり返った。ただ壬生だけは静かであった。

「驚くことじゃないさ。画図百鬼夜行は石燕の魂がこめられていたんだ。のちに憑喪神になり、戦災か震災かは知らないけど、燃えて、人に転生したんだ。萱野くんなのさ。ほら、よく萱野くんは妖怪の絵を描いていたじゃないか。それで描いた妖怪が周りで事件を起こしていたじゃないか」

確かにそうだ。いままで萱野たちは様々な妖怪と遭遇した。

乃木坂を自殺に追い込もうとした「しょうけら」

製薬研究所の職員を殺し続けた「煙ヶ羅」

平和島公園温水プールで暴れた「牛鬼」

鬼灯村の村人を食い殺した「土蜘蛛」

「他にも君たちが知らない陰摩羅鬼、百ヶ目鬼、鉄鼠もいるよ。それに萱野くんたちはいろんな妖怪と出合ったんじゃないかな?あれは萱野くんの恐怖ではなく、瀬能くんの恐怖をイメージ化したものなんだ」

ここにくる途中、いろんな妖怪と出会った。

わいら、山精、羅生門の鬼、ねこまた、ろくろ首にぬれ女などが襲ってきたのだ。どれも画図百鬼夜行に出てくる妖怪たちである。ただ百鬼夜行には妖怪の絵と名前が記されてるだけのものが多い。わいらや、山精、ねこまたなどは具体的にどういった妖怪かは記されていない。設定は後年に学者が後付したものが多いのだ。

「瀬能くんと萱野くん。でこぼこコンビに見えるこの二人は、実はとっても相性がよかったのさ。壬生もそれに気付いて手編みのマフラーとかを送ったのさ。少しでも君たちの力を抑えるためにね」

姉守は得意そうにしゃべっていた。乃木坂たちはまさか萱野たちにそんな秘密があったのかと、真っ青になっていた。ただ吾代だけはちんぷんかんぷんなようで、呆然としていたが。あずさは自分が画図百鬼夜行の転生だと聞いて、目をキラキラ輝かせていた。

「でも、どうしてそんな・・・。そんなことを姉守君が知っているの?」

弥子が前に出て聞いた。少々のことは魔人であるネウロを見て慣れているが、転生とか言われてもぴんと来ない。それになぜ姉守がくわしく知っているのか疑問であった。姉守は上機嫌で答えた。

「僕にはね。人の恐怖のイメージを具現化する力を持っているんだ。その際、いろんな情報も流れてくる。2年前は大したものは具現化できなかったし、相手が考えてることしか読めなかったんだ。それが今年になってから一気に力が増してきたんだよ。本当に急なんだ」

「2年前?」

「壬生は知っているはずだよ。2年前の東京では僕と同じ人ならざる力を持つ者が大勢いたんだ。龍脈の活性化の影響だったかな?主に高校生を中心に力が目覚めていたんだよ。知っているだろう?渋谷での猟奇殺人事件、墨田では高校生らが原因不明で寝ている間に死んで至りとか、港区を中心にプールで人が行方不明になった話とかね」

弥子は思い当たる節があった。以前、ネウロは吾代に未解決の事件を調べさせていた。その中に今姉守が挙げた事件が含まれていたが、ネウロは謎の気配がないといってゴミ箱に捨てた。謎の気配がないということはすでに事件は解決しているのだとネウロは言った。

「それらの事件は壬生とその仲間たちの仕業なのさ。もっとも壬生は遅く仲間になったほうだけどね。まぁそれはどうでもいいや。僕の目的は壊れた姉さんを修理すること、そして、壬生。姉さんを壊した罪を償わせることなんだ。ははは、瀬能くんに萱野くん、君たちを非現実世界に巻き込んだ壬生が憎いだろう、さあ、思いっきり憎むんだ。お前のせいで俺たちの人生はめちゃくちゃになったんだ。乃木坂さんも一緒にどうぞ。お前のせいで私は自殺しそうになったんだ、お前のせいで友達は殺されたんだとね!!」

哀れであった。姉守密は哀れであった。

人を陥れなければ、気がすまない少年。姉をおもちゃにしないと気がすまない少年。そして死を認めない少年。

怒りや憎しみよりも、乃木坂は姉守に憐憫の情が湧いた。人としてまともなしつけもされずにただわがままで独占欲の強い子供になってしまった、哀れな少年であった。

「ふざ・・・、けるな・・・」

弱弱しい声がした。それは瀬能の声であった。薬で自由を奪われたようだが、声には怒気が含まれていた。もし、拘束具がなければ、姉守を殴りにいってるかもしれない。

「てめぇのしたことは棚に上げて、壬生ばかりを責めるのはどういうわけだ?てめぇは自分のしたことに責任が持てないただのがきだ。小学生よりたちの悪いぜ」

それを聞いた姉守は不機嫌になった。つばを床にぺっと吐くと、命を後ろから抱いた。

「ふふふ、そんな口を利いていられるのも今のうちさ。さあ、姉さん、僕とひとつになろう、そして壬生を一緒に壊そ?」

むく、むくむくむく!!

突如姉守の体がもりもりと膨らみだした。あっという間に命よりも大きくなった。全身筋肉でむきむきになった。命の身体は姉守の胸元に埋まっていった。まるで剥製の頭部のようであった。

「ふはーははははは!!どうだぁ、スーパーDCSの味は!!こいつの力で僕と姉さんは一体になったんだ!!さぁ壬生ぅ!お前を壊してやるぞぉ!!」

「うん・・・、こわ・・・、そ・・・」

姉守が雄たけびを上げた。広い宴会場がびりびりと響き渡った。いよいよラスボスとのバトルである。

 

続く


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あとがき

 

いよいよ姉守密のラストバトルが始まりました。どこかのゲームのラスボスのようにパワーアップした姉守にネウロたちは敵うのでしょうか?

結局、バトルらしいバトルはなく、説明に費やされた回だと思います。

最終回まであと何話かわかりませんが、お付き合いください。

 

2006年12月31日