1999年1月2日、この日は特別な日だった。某予言がはずれたことじゃない。仲間たちとともに東京を護った大切な日であった。他人に話せば絵空事か、ほら話と決め付けられるだろう。まともに話も聞いてもらえないだろう。
だけど自分たちが戦わねば、東京は阿鼻叫喚の地獄と変わっていただろう。大勢の命が無差別に失っていたに違いない。
戦いは辛くも自分たちの勝利で幕を下ろした。おかげで東京はいつもどおりの日常であった。電車は多少のダイヤルに乱れはあったけど、通常通りに運行していた。テレビのニュースも昨晩地震が発生したと報道していたが、細かいところまでは報道されなかった。
しかし、誰も自分たちの功績を褒めてくれる人はいない。誰もお疲れ様と労をねぎらってもくれない。誰も東京が壊滅しかけたことに気付いてないのだ。
でも、それでいいのだ。見返りがほしくて戦ってきたわけじゃないんだ。みんなの幸せを、当たり前の日常を護っただけなんだ。大切な何かを護れたからそれでいいんだ。
だけど、心の中では物足りなさを感じていた。
それは今まで味わった戦いの感触だ。元は人間だった鬼たちを鍛えた技で屠る快感。蹴りを一発入れただけで、あっさり首の骨が折れた悪徳政治家なんかとは比べ物にならなかった。
命のやり取りも楽しかった。相手は鬼だ。通常の人間ではありえない筋力を持っていた。下手すれば一撃で鬼の拳に潰されていたかもしれなかった。心地よい緊張感があった。
自分は今まで表の世界では知ることのない、見ることもない出来事にも多く遭遇してきた。人間の内なる悪を思う存分見せ付けられた。テレビの世界は絵空事で、自分が体験したものが現実であった。エッセイ本を出版すればベストセラー間違いなしであった。
もっと敵を屠りたい。
もっともっと身につけた技を振るいたい。
「僕は・・・、何のために技を磨いてきたんだ?僕は正義のために、正義のために戦ってきたんじゃ―――」
妖都美食家その11
「ふはははは!!すばらしい、すばらしいよ!!さすが至郎田シェフのスーパードーピングコンソメスープだ!!僕と姉さんが一心同体になったよ!!」
「ほんと・・・、すばらしい・・・」
姉守密は大声で笑っていた。さきほどまでの美少年から、筋肉隆々の大男に変貌したのだ。弥子たちはあまりのできごとに口が開いたままであった。
「さあ壬生紅葉、お前はもう壊してやる!!その場にいる奴らもみんな壊してやる!!なぜならおまえらは姉さんの姿を見た!姉さんの匂いを嗅いだ!姉さんの名前を脳に刻んだ!!姉さんは僕のものだ、僕だけのおもちゃなんだ!!みんな、みぃんなぶっ壊してやるんだ!!」
姉守はげらげら笑い続けた。もはや姉守は正常な人間ではなかった。別世界の生き物になってしまっているのだ。この男を止めるにはもはや息の根を止める以外にありえないのだ。
「そんなことは認めない」
壬生が静かに言った。そして姉守の前に一歩ずつ歩み寄った。
「人を殺して解決するなんて、そんなこと、僕は絶対認めない」
壬生はそういうと、きっと姉守の目を見据えた。ダイヤモンドのような固い意志を感じた。
「たとえどんな理由があろうとも、僕が彼女を死に導いたことには変わりない。だが・・・」
壬生は右足を軽く地面を蹴ると、天井ぎりぎりまで跳んだ。そして姉守の顔の近くまで飛んできた。そして、姉守の頭に回し蹴りを食らわせたのである。
ぼこりと壬生の脚ににぶい感触がした。姉守の身体は吹っ飛んだ。とっさに右手で斃れないようにした。
「僕は死ぬつもりはない。僕が命のある限り戦う、この身がぼろぼろになるまで」
「ぐぉぉぉ、なめたまねしやがって、てめぇ、ぶっ壊してやる!!だがネウロに邪魔されるのは困る!!出て来い!!」
姉守は指を弾いた。
どしゃあん!!
天井がいきなり崩れた。弥子たちは降りかかる瓦礫から身を守るのに必死だった。埃や粉塵で視界がまったく見えなくなったが、だんだん、煙は落ち着いていくと、そこにひとつの影が見えた。それは人であった。
「ふはははは!!オレの名はボボボーボ・ボーボボ!!漢字では母母母―母・母母―母だ!!」
それは金髪アフロヘアーにサングラスをかけた大男であった。壬生たちは唖然としてしまった。今までの妖怪と違っていたからだ。
「くらえ!!鼻毛神拳!!」
ボーボボの鼻毛が何十メートルにも伸びた。ボーボボは鼻毛を掴み、ヌンチャクのように振り回した。鼻毛は部屋中をびしりびしりと叩きまくった。床や天井、壁にひびが入った。
「ぐはぁ!!」
壬生は豪快に血を吐いた。別に攻撃が当たったわけではないのに、なぜか血を吐く威力を誇っているのだ。ボーボボはさらに暴れまくった。
「CDのケースをカパカパする真拳!!」
ぐはぁ!!
「CDのケースをカパカパしない拳!!」
ぐはぁ!!!
囚われの瀬能とアヤ以外の全員が血を吐いた!!なぜ血を吐くのかわからない。第一、CDのケースをカパカパしただけで血を吐くなんて、しかも、ダメージはそんなに大きいわけではなく、まったく理解不能なボーボボの攻撃に壬生たちは手も脚も出なかった。
「ははははは!!ネウロどうだ!!ボーボボはお前がこの世で唯一手出しのできない存在だ!!なにしろこいつはお前にとって神なんだからなぁ!!」
姉守は勝ち誇るように笑った。ネウロはばかばかしいと一蹴していたが、イザ攻撃しようとすれば、腕が動かなくなった。その間にボーボボに攻撃され血を吐く羽目になった。
「無駄だ、無駄だよ!!ボーボボを作った神『澤井啓夫』は、ネウロの生みの親『松井優征』の師匠なんだ!!アシスタントが師匠に敵うわけないんだ!!だからお前はこのまま死ぬしかないんだ!!」
「何をわけのわからないことを、そんなこと我輩の知ったことか」
ネウロはボーボボの顔面を殴ろうとした。すると腕が又震えだした。その隙にボーボボの鼻毛に腕に絡まり、びたんびたんと壁や天井に打ち付けられた。
「しまった!!結構まともなバトルをしてるよ!!」
ボーボボは悔しそうにつぶやいた。鼻毛が解け、ネウロは壁に叩きつけられた。かなりのダメージを負ったようで、口から血がたれている。弥子はネウロがやられる様を見て、不謹慎と思いつつも、溜飲が下る想いがした。
「ヤコ、貴様は後でおしおきしてやる」
弥子の顔が真っ青になった。
「ははははは!!さすがのネウロも神には勝てないな!!本当は首領パッチやソフトンも出したかったけど、力が足りないから保留にしたよ!!けど、いい気味だな壬生ぅ!!ボーボボのおかげで作風がシリアスからギャグへ路線変更したよ!!妖都鎮魂歌はシリアスだったのに、今の状況はなんだい?まるっきりギャグじゃないか!!世界観をぶち壊す展開じゃないか!!あんたとしてはかっこいい展開を望んでいただろうけど、そいつは僕がぶっ壊してやったよ!!今のあんたはシリアスな妖怪退治の退魔師じゃない、ただの不条理ギャグの被害者だ!シリアスが台無しだ!!これこそ僕が望んだ世界、お前を徹底的に苦しめるための切り札なんだ!!苦しめ、苦しめぇ!!お前は自分をかっこつけなくちゃ生きて行けない生き物なんだ、自分は美形で他の連中はかぼちゃか、いもだとおもって見下すクソ野郎なんだ!!死ね、死ね、死んじまえ!!シリアスな空気はみんなみんなぶち壊してやるんだ!!」
姉守は吼えた。部屋全体の空気がびりびり震えている。そしてぽっかり空いた天井の穴へ跳んでいった。壬生もそれについていく。
「ネウロ。ここは君に任せた」
壬生はそうつぶやいた。
「当然だ」
ネウロはぼそりと返した。
壬生と姉守は屋上の上にいた。ここより大きなビルはない。まるでこのホテルが灯台のようにすべてを見渡せていた。遠くには街の光が星のように輝いていた。まるで天の川が地上へ降りてきたようだ。
肌に冷たい風がちくちくと刺さる。今日は雲はないので、月がくっきりと見えていた。月明かりが壬生と姉守を照らしていた。
「さぁ、壬生。お前を壊してやる」
姉守の両腕がねじれ始めた。するとばねのようになった。足も同じばねみたいになった。
ぴょーん、ぴょーん。
姉守はポンピングのように跳ねていた。しゅっしゅっとボクシングの真似をしていた。腕がスプリングのように伸びた。
「ふふふ、僕の超絶倫な技を見せてやる。あくまでシリアスな空気を、嗅いだら死んじゃう猛毒ガスに変えてやるんだ!!」
姉守はコンクリートの床を蹴ると、5メートルほどの高さまでジャンプした。
びょーん、びょーん、びょーん!!
姉守は所かまわず跳ねた。壬生は攻撃の隙を狙っている。跳ねている間、姉守は攻撃してこなかった。50階建てのビルだから風が強い。下手すれば風に吹かれてビルから真っ逆さまに落ちる可能性が高いのに、姉守は平然と跳んでいた。
「ブラボーキーック!!」
姉守が跳んでいる最中に右足で蹴った。足は3メートルほど伸びて、壬生の身体をぎりぎりかすった。どこっと、蹴りで床に穴が空いた。恐るべき威力だ。
「まだまだ!!ブラボーダブルパーンチ!!」
今度は飛んでいる最中に両腕でパンチを放った。4メートルほど伸び、壬生の左右の床に突き刺さった。両腕は床に刺さったままであった。
壬生はその隙を見逃さなかった。両足で床を蹴ると、姉守より高く飛んだ。そして、姉守の頭にかかと落としを食らわすはずだった。
「ブラボーヘッドバーット!!」
姉守の首が伸びた。壬生の顔面に頭突きが決まった。めこっとはまり、サングラスは砕け、壬生の鼻がつぶれて鼻血が吹き出る。壬生は何とか着地して、鼻を押さえた。目は無事だった。姉守も同じく着地して、回し蹴りを入れた。距離は5メートルほど離れているが、距離は問題ではなかった。
どこぉ!!
壬生の背中に見事決まった。背中を蹴られ、げほげほと咳をする壬生。
「どうだぁ壬生ぅ!!オレのふざけた技の名前はぁぁ!!難しい漢字を使った技名じゃなく、5秒くらいで考えた頭悪そうな名前の技だ!!気の力は使っていない、人間の身体でできる技だ!!ちなみに技のモデルは昔ナ○コのアーケード作品、『超○倫○ベ○ボ○マ○』だ!!」
姉守は勝ち誇ったように笑っていた。姉守は強い。自分称が僕から俺に変わっていた。性格もかなり狂暴になっている。股間の部分が膨らんでいた。呼吸の音が聞こえてくる。壬生の胃の中が熱くなっていた。
(・・・僕は喜んでいるのか?)
びゅん!!
姉守の右ストレートが矢のように壬生の左頬をかすった。血がぷっと出た。次に左膝が飛んできた。壬生は右腕で防御した。
ずしぃん。
ダンプカーに衝突したらたぶんこんな感触だろうなと思った。身体の心まで響いてくる。
(・・・僕は今楽しんでいる!!)
壬生は唇で薄く笑った。その間はなった右手が戻ってきた。手にはコンクリートの破片が握られていた。鉄骨むき出しであった。当たればひとたまりもない。
壬生はそれをかわした。姉守の腕はそのまま自分自身に戻ってきた。まるでメジャーのように床などに叩きつけながら、元に戻った。破片は途中で手放しており、ビルの下へ落ちていったのだろう。
「もうそろそろ終わりだぁぁ!!必殺ジャイロアターック!!」
姉守は人間手裏剣のように回転して、壬生のほうに飛んできた。屋上の柵にぶつかりながら、びょんびょんと飛び回っていた。右回転、左回転と目が回らないように跳んでいるのだ。途中、壬生のコートをかすったが、すぱっとコートが切れた。下手に触れれば胴体が吹っ飛びそうであった。
柵はどんどんへこんでいく。下手すれば先に柵が壊れて、姉守が落ちてしまうかもしれない。しかし、姉守そこを計算に入れていたようだ。
「ひゃはははは!!ブラボォ、ブラボォ、ブラボウ参上!!」
ついに壬生のほうへ飛んできた。
壬生はしゃがんだ。そして、その上を姉守が通過した。壬生は姉守の真ん中あたりに頭突きをかました。
「ぐへぇ!!」
姉守は吹っ飛んだ。単純な話だが、真ん中が弱点だったのだ。タイミングが悪ければ壬生の首は切断されていたから、ぎりぎりセーフであった。姉守は床に叩きつけられた。壬生の頭突きのせいで、肋骨が折れ、内臓をかりかりひっかいたようだ。口から苦しそうに血を吐いていた。ギャグではない、本物の吐血だ。
「よくも・・・、よくも・・・」
姉守は胸を見た。そして目をかっと見開いた。
姉の命の顔が潰れていたのだ。壬生の頭突きのせいだ。しかし、彼女の顔は半分以上に潰されていた。目玉がふたつともぼろんとたれ落ちていた。口からつば混じりの血と歯がぼろぼろと零れ落ちていた。彼女の身体は異様なまでに柔らかくなっていたのだ。
「あは、あは、あぱぱ・・・」
まるで電池が切れたラジカセのような声であった。口から泡をぷくぷく吹いていた。壬生は背筋に冷たいものを感じた。
「ひぃぃやぁぁぁ!!姉さん、姉さんの顔が潰れた!潰れちゃったよぉぉぉぉ!!」
姉守の絶望の雄たけびを上げた。そして、目の前の現実に耐え切れなくなったのか、どんどん身体が縮んでいった。
ぼとり。姉守と命の身体は分離された。姉守の体は元に戻ったが、命の身体はぼろぼろに腐りだした。皮膚はべろりと剥がれ、穴という穴から、吐き気のする異臭があたりを漂っていた。彼女は生き返ったわけではなかった。どんなことをしても死んだ人間は生き返らないのだ。
「あはは、嘘だ。嘘だよね?姉さんが壊れちゃった……。せっかく直したのにまた壊れちゃったよ」
姉守は腐敗した命の腐った身体から骨を取り出した。ぺろぺろと骨についた肉を舐め、そして、がりがりと齧り始めたのだ。姉守の精神は崩壊した。もう、彼はこの世界の住人ではなかった。
「おいしい、姉さんの骨はとってもおいしいや」
壬生はその後姿を眺めるだけであった。
「ジョジョ立ち体操拳!!」
ネウロたちはボーボボと死闘を繰り広げていた。とはいってもまともなバトルとはいえなかった。
「まずはレベル1!!左腕を前に伸ばす!鼻筋へ左手人差し指を合わせる!右肩を上げる!右手をぴーんと伸ばす!!」
ジョジョ第4巻の表紙と同じポーズになった。ネウロを始め、弥子やあずさたちもポーズを決めていた。もちろん強制的にやらされていた。
「さらにレベル2!!頭の後ろで腕をクロスさせる!左腕が手前だ!左手は親指を折り、右手は指先だけのぞかせる!腰を右に入れる!顔は左斜め下を向き視線は正面を向ける!!」
これで完成、第8巻のジョジョと同じポーズになった。なんとなくボーボボの背後に後光が射している気がした。
「さぁ、ポーズを決めて決めて決めまくれ!!」
ネウロは楽しそうにポーズをとっていた。しかし、弥子たちはうんざりしていた。いつの間にか、拘束を外された瀬能も混じっていた。
「結構、いい運動になるわね」
アヤは楽しそうにポーズを決めていた。こんな奇妙なポーズを決めても、彼女の魅力を損なうことはなかった。ますますオーラに磨きがかかっていると、弥子は思った。
「ぐはぁ!!」
何の前振りもなく、ボーボボは血を吐いた。そして、どろんと煙となり、紙に変わった。
弥子たちの身体が自由になった。ボーボボが消えたおかげだろう。
「ふむ。このままジョジョ立ちを続けたかったのだが、惜しいな」
「惜しくない!!」
弥子は怒った。もちろんネウロの耳には右から左へ抜けるだけだ。
やがて天井の穴から壬生が降りてきた。サングラスは壊れたので、素顔を晒していた。その顔を見た弥子は壬生がとても悲しそうに見えた気がした。
壬生は姉守を抱えていた。裸であった。彼は何か齧っていた。それは骨であった。命の骨だ。まるで幼い子供のようにおしゃぶりでも咥えているように見えた。
「……命さんはどうしたの?」
アヤが聞いた。
「死んだ。いや、初めから彼女は死んでいた。彼女の身体は土へ還ったよ」
壬生がぼそりと言った。何の感情もなかった。アヤもそれ以上聞かなかった。
これですべてが終わったのだ。あとはアヤを刑務所に戻せばいいのだ。
「なぁ、壬生」
瀬能が壬生に尋ねた。
「俺はあいつの言ったとおり、その、鳥山ってやつの生まれ変わりなのか?」
「そんなわけない」
壬生はあっさり言ってのけた。
「姉守密は妖怪嫌いの君に妖怪の絵を見せたんじゃないのかい?」
「ああ、そうだったな。確か日本妖怪図鑑てのを読まされた。その中で石原豪人の挿絵を多く見せられたよ」
石原豪人。あずさが魔界探偵事務所で読んでいた本と同じであった。そういえばホテル内の妖怪たちは豪人の挿絵に出てきた妖怪ばかりであった。画図百鬼夜行に出てくるぬれ女は不細工な顔だが、あずさたちが遭遇したぬれ女は美人であった。
「僕が妖怪を追うのは別の理由さ。君たちが石燕や画図百鬼夜行の転生だなんてでたらめだよ。だけど、まったく無関係というわけじゃない。萱野くんは人一倍感受性が高いから、知らず知らずに悪事を働く妖怪の絵を描いていたんだ」
壬生はもっともらしく説明した。しかし、弥子はその話に嘘が混じっていると思った。ただの勘だが、口には出さなかった。
ばぁん!!
いきなり扉が開いた。そこから警察官たちが数十人、中へ入ってきた。その中心に御厨がいた。
「御厨さん、なんでここに?」
「通報があった。このホテルに服役囚の逢沢彩が囚われているとね。それに・・・」
御厨は壬生に抱きかかえられた姉守を見た。
「姉守密。逢沢彩、至郎田正影を誘拐した罪で逮捕する」
御厨は姉守が犯人だとあたりをつけた。未成年なので苦労したが、数々の証拠を集め、今ここで姉守を追いつめたのである。御厨は姉守に手錠をかけようとした。
「そういえば弥子に吾代。貴様は何にもしないで、おろおろしていたそうだな」
突然ネウロが弥子と吾代に訊いた。
「はぁ!?何言ってんだよ、俺が何しようが勝手だろ!!」
「そうだよ!!大体ネウロが壬生さんからもらった銃を壊さなければ、何とかなったのに!!」
吾代と弥子は怒り出した。突然、自分が何もしないといわれたのだ。腹が立たないわけがない。
「言い訳無用。おしおきの時間だ。まずはレディファーストで弥子お前からだ」
ネウロは片手で椅子を持ち上げた。それを弥子に思いっきり投げた。
「きゃあああああ!!」
どがぁ!!
椅子は弥子に当たらなかった。当たったのは吾代であった。
「まったくしつこいものだな。サイ!!」
ネウロが叫んだ。すると吾代の顔が歪み始めた。髪の色が黒くなり、身体も縮んでいった。
「ははは、よく気付いたねネウロ」
吾代が少年に変わってしまった。ここにいる全員が突然の出来事に唖然となっていた。有名な犯罪者怪盗X。怪物強盗X・I.略して怪盗サイ。
「あの子に疑いがかかるように工作したのに、なんで気付いたのさ?」
サイが無邪気そうに聞いた。
「工作?」
弥子が首をひねった。一体どんな工作をしたというのか?
「そうか。如月の店で買った満腹丸を飲ませたんだな。あのパンの中に仕込んで」
「満腹丸?」
「一粒飲めば丸一日満腹になる薬さ。如月、僕の親友が教えてくれたのだが、サイの協力者が購入したそうだ。だがどう扱っても犯罪を起こしそうにないから心配無用と言っていたが・・・」
おそらくサイは弥子に満腹丸をパンに混ぜて食べさせ、パン5つで満足させるために工作したのだろう。大食漢の彼女がパン5つで満足できるはずないと、ネウロに思わせるつもりだったのだ。
「騙すなら我輩ではなく、弥子も騙すことだ。自分の腹に一番疑問に思っていたのは、弥子自身だったからな」
「そっか、今度から気をつけるよ。今日はネウロ、あんたに用はないんだ。用があるのはそこにいるあいつなんだ」
サイはばっと壬生に飛び掛った。そして、姉守の首を掴むと、彼を壬生から引き剥がしたのである。そして、壬生たちから数メートル離れたところへ着地した。
「今日はこいつの中身を見たくて、ここに来たんだ。人を本気で生き返らせようとするために、様々な行動をしたこいつの中身に興味が湧いたんだ。あ、ネウロや壬生の中身も見たいよ。でも、それは後日に待ってて。今は前菜としてこいつの中身を見るんだ」
サイは姉守の身体を両手で砕き始めた。
「ぎゃあああああ!!」
ばきばきと骨が折れる嫌な音が響いた。サイは顔に似合わず怪力だ。サイはあらゆる人間に細胞を変化させられるが、本当の自分にだけなれない。彼と呼んでいるが、本当の性別も、どんな人間であったかも忘れてしまった。だから、人間を粉々に砕き、赤い箱に入れて観察しているのだ。
「さあ、見せてよ。俺は壬生を憎むあんたに共感してるんだ。あんたの生み出す憎悪の源を俺に見せてよ」
両手でもみもみと姉守の骨をやわらかく砕いていた。想像を絶する痛みに姉守はもらした。涙や鼻水、よだれ。大も小もすべてだ。
「ぐぇえええええ!!」
「やめてもらおう!!」
そのとき壬生が動いた。
「水月蹴!!」
壬生はサイの水月に鋼鉄の踵を叩き込んだ。
めしぃ。
サイの身体が吹き飛んだ。嫌な音がした。しかし、サイは平然としていた。
「邪魔だよ。今日はあんたに用はないんだ。あとにしてよ」
サイはのんきそうに言った。しかし、壬生は聞く耳は持たない。すぐに次の攻撃に移った。
「龍神翔!!」
体内で高めた剄力を足に載せ、サイの頭蓋へ叩き込んだ。ばこっと頭蓋が割れる音がした。弥子は殺伐な状況なのに、華麗な蹴りだと、見とれていた。それでもサイは倒れない。親指で鼻の穴の片方をふさぎ、ぷっと血を出した。
「うう、ちょっと痛いかな。でも、そんな蹴りで俺は殺せないよ」
さすがのサイも邪魔されて不機嫌になったようだ。姉守は警官たちに保護されたようだ。
「ちぇ、興がそがれちゃったよ。もうおしまい。あれをもらって帰るとするよ」
サイはピアノのほうへ飛んできた。そして、ピアノの上に置いてあった楽譜を手にしたのである。
「こいつは姉守命が自殺する前に弟のために書き残した楽譜さ。芸術品も音楽も作った本人の感情がよく現れているんだ。じゃあ、こいつを手に入れたからもうここには用はない。じゃあね」
サイは楽譜を懐の中に入れた。
「残念だが、お前を見逃すつもりはない」
御厨が銃を構えていた。
「怪盗サイ。貴様を逮捕する」
「……あれ?あんた御厨刑事に似ているね。あのおじさんの子供?」
「……!?親父を知っているのか!?」
「うん。あのおじさん昔の刑事ドラマに出てくるおやじさんキャラっぽいよね。だからオバケに化けて中身を見ようと思ったけど、逃げられてさ。そのまま中身を見る前に死んじゃったんだよね。惜しかったな」
「貴様!!」
御厨はサイの頭に銃弾をお見舞いした。全弾ヒットした。しかし、サイは倒れなかった。
「殺す気で撃つのはいいけど、これじゃ、俺は殺せないよ。はい!」
しゅん!!
ぶすぅ!!
「がはぁ!!」
御厨の胸にナイフが突き刺さった。サイが投げたのだ。
「右胸だから、うまくいけば助かるかもね。あとおじさんを殺したのは俺じゃないよ。本物の妖怪の仕業さ。じゃあね」
サイは壁を切り裂くと、そのまま外へ飛び出し、落下した。普通なら死んでしまう高さだが、サイにとって階段を一段下りる程度でしかない。あらかじめ協力者らしい車が走ってきて、サイを回収したあと、走り去った。
「サイ。首尾はどうでしたか?」
車を運転しているのは、アイという女性であった。
「ああ、姉守密の中身は見られなかったけど、楽譜は手に入った。今日は上出来だったね」
サイは嬉しそうに手に入れた楽譜を眺めていた。
「そうですか。ですが、その楽譜にあなたの中身を知るヒントになるのですか?」
「うん。こいつは面白いよ。姉守命の歪んだ愛情と憎悪が入り混じった最高傑作さ。美術品もいいけど、音楽もそいつの感情が込められている。あとでピアノで演奏するとするよ」
「姉守命は晩年弟にいじめられ、それを苦にして自殺したと聞きましたが・・・」
「そいつはあの姉弟の本当の姿を知らないからさ。俺はあいつらを見てきたけど、すっごく面白いよ。下手な喜劇を観るよりすごく楽しいんだ。忘れっぽい俺ですらまだ覚えているくらいだからね、あはは・・・」
サイはけらけら笑った。
アイは何も答えず、運転をしていた。
あとがき
今年最初の小説です。
今回は弾けすぎた気がします。まさか、ボーボボが登場するとは誰も思わなかったでしょう。ネウロの作者はボーボボの作者のアシスタントを勤めていたんですよ。もうシリアスな空気がぶち壊しです。
姉守密の狂気を表現できたと思います。
あと1話くらいでおしまいだと思います。私でもあと何話続くかわからないのですよ。
2007年1月2日