ネギまVS魔人学園外伝その1
エヴァンジェリンは茶々丸が淹れた紅茶を飲んだ。外はもう日は沈んでいる。家の周りの緑の匂いが家の中まで入ってくる。彼女の家は学園の寮から離れており、周りには人家はない。もし気の弱い人ならばとてもここまで来れないだろう。
ほー。
ふくろうが鳴いた。
今日は満月。月の光が森を照らしており、月明かりは森を昼間とまったく風景に変えていた。風も軽く吹いており、そよそよと草や木の枝が揺れている。
「・・・」
エヴァは紅茶を少し含むと、飲み込まず、ソーサーに置いた。窓を見るとそこには満月が見えた。まるでどんと、胸を張っているようにも見える。茶々丸はそんな主人の様子に声をかける。自宅用のメイド服を着ている。エヴァは色っぽい黒のネグリジェを着ていた。
「マスター」
「なんだ?」
エヴァは面倒くさそうに答えた。ソファーの上にあぐらをかいている。
「満月を見ていたようですが」
「私が満月を見ていたというのか?」
「はい。そう見えました」
「そう見えたのなら、そうだろうな」
「何か物思いにもふけていたようにも見えました」
「物思いにふけていたか・・・」
エヴァは再び紅茶を口にした。熱すぎた紅茶がちょうどよくぬるくなっていた。それを飲み干す。
「お代わりをお持ちしましょうか?」
「いや、いい」
茶々丸は空になった紅茶のカップを片付けた。またエヴァは窓の方へ眼を向けた。
今日、自分のクラスに美里葵が教育実習生としてやってきた。5年前自分に戦いを挑み、破った。彼女は人とは違う力を持っている。人を癒す力だ。彼女の力はそのためによく狙われていたそうだ。あと同級生の男子生徒も狙われたことがあるが、彼はあまりにも強すぎるので一度だけで終わったそうだ。自然と非力な美里が狙われることとなった。
教育実習生は学園長が決めたことだ。それには第3者が介入しているのである。
今日陰陽師で有名な御門晴明が訪問してきた。あの男は暇つぶしのために遊びに来る性格ではない、きっとなにか重要な用事があったのだろう。美里がこの学園に来たことと無関係ではないだろう。
もっともエヴァにとってはどうでもいいことだ。奴が何をしようが知ったことではない。エヴァにとって陰陽師だろうが魔法使いだろうが、気にnori入れば気に入るが、気に入らなければそれまでだ。
エヴァは再び窓を見た。6年前に学園にやってきたあの女を思い出したのである。
1997年10月。
エヴァは夜の散歩をしていた。学校の制服ではなく、ゴシックロリータ風の服であった。しかし、下着は大人の女性がつけるような下着をはいていた。彼女は一体の人形を抱えていた。腹話術に使いそうな作りで、メイドのような衣装が可愛らしい。その人形はただの人形ではない。彼女の魔力が込められた特別製である、しかも言葉をしゃべるのだ。名前はチャチャゼロである。
「ケケケ、イイ満月ダナァ」
チャチャゼロは夜空を見上げて、満月を見て感銘を受けていた。この辺りは人家もなく、ただの広場であった。二人は月の光を体いっぱい浴びている。
「コウ、イイ満月ダト、殺シモ最高ナンダガナァ、ケケケ」
言ってることは邪悪であった。チャチャゼロは使い魔だが、主人を主人と思っていない節がある。まあこれでも強いし、役に立つのでとっておいてあるのだ。
麻帆良学園には結界が張っており、彼女は結界に侵入者が入ればすぐ、それを感知できるのだ。そのあと待機している魔法先生に連絡をすればよいのである。
彼女は1988年とある男に呪いをかけられた。男の名はサウザントマスター。もちろん本名ではなく、本名はナギ・スプリングフィールドといった。
彼女は自慢の魔力で男をとりこにしようとした。しかし、男の仕掛けた姑息な罠により、彼女は呪いをかけられ、以来学園の警備員として女子中学生たちとお勉強させられているのである。呪いは強力で極限まで魔力が封じられたのである。満月の夜だけは少し呪いが弱まるが、普段は不便なことこの上ない。
彼女は闇の福音、不死の吸血鬼、人形遣いと様々な通り名があるが、ここに来てからはちびっこ中学生という不名誉なあだ名をつけられた。
魔法先生との折り合いも悪かった。高畑という男だけは変わらず接してくれるが、正直この男はうざかった。今は私用でイギリスへ行っている。なんでもナギの忘れ形見がいるのだという。正直そちらの方が気になった。彼女の呪いを解くためには、呪いをかけたナギの血縁の血が不可欠なのである。だが彼女はイギリスにはいけない。それにまだ3歳だというから下手に血を吸えば死なせてしまう可能性が高い。せめて10歳くらいになれば、いいのだがとエヴァはぼけっと考えていた。
ちゅん。
結界を越えて誰かが侵入した気配を感じた。相手はまっすぐ世界樹(生徒たちが命名した)へ向かっているようである。エヴァは近くにある公衆電話で連絡をいれた。魔法先生用の特別回線である。学園長に報告すると、エヴァも世界樹へと向かった。
世界樹広場。学園のどこへいても目に付く大きな木。マジかで見ればその迫力に誰もが圧倒されるであろう。昼間は大勢の生徒たちでにぎわう場所も、草木も眠る丑三つ時には誰もいなかった。月明かりに照らされる世界樹も、昼間にはない趣があった。
いるのはエヴァとチャチャゼロ、そして侵入者である。
彼女は辺りを見回すと、そこに一人の女性が立っていた。髪の色は金色で、ウェーブが首元まで伸びていた。体もそうとう発育しており、エヴァは軽い嫉妬を覚えた。彼女は白いドレスを着ていた。ウェディングドレスのようにも見える、もしモデルならば今の状況は絶好の場面だ。新婦がいれば完璧だが、しかし、夜中に、しかも誰もいない広場では、不気味に見える。まるで絵画から抜け出たような、実態を持たない幽霊、ねっとりと絡みつく邪気をエヴァは肌で感じるのである。
今宵は満月、チャチャゼロも少しは動けるし、魔法薬も用意してある。絶好の戦闘体制だ。
ぱりぃん!!
エヴァは魔法薬を女に投げつけた。ビンが割れ、液体が飛び散ると瞬時に凍りついた。エヴァの氷の魔法である。
きぃ、ききぃ!!
女は右手を天にかざすと、蝙蝠が数十匹飛んできた。普通の蝙蝠は人を襲わない。食べるのは虫くらいだ。それで益鳥とも呼ばれているが、今の彼らは明らかにエヴァに敵意をむき出しにしていた。
「ケケケ、蝙蝠ドモ殺リタイ放題ダゼ!!」
チャチャゼロはけたけた笑いながら、どこから取り出したのか、自分より大きななたを手にし、蝙蝠たちへ踊りかかった。
ずばぁ、ばばぁ!!
チャチャゼロのなたは豪快に蝙蝠たちを切り裂いた。その隙にエヴァも魔法薬の準備をしようとした。
「血をちょうだい・・・」
女の右手がエヴァの胸にめり込んだ。エヴァの口から血がたらりと流れる。だがその瞬間彼女の体は蝙蝠となった。そして女の後ろに蝙蝠たちが集まると再び固まり、エヴァを作った。
「再生は面倒くさいんだ。そろそろ終わらせる」
エヴァは女の衣服を掴むと、その瞬間女を地面へ叩き伏せた。合気道の一種かもしれない、女はもう動けなくなった。
「・・・油断したわ。まさか闇の福音がここにいるなんて」
「・・・お前、同族だな?」
エヴァは詰問した。
「ええ、そうよ・・・。真祖様よりは格下ですけど」
「卑下た態度が気に入らんが・・・。この学園に何の用だ?」
「力を探しに来たの」
「力だと?そんなものを探して何をする気だ?」
「復讐するのよ」
「復讐?誰にだ?」
「人間よ。私の家族は昔彼らに殺されたわ。そのために力を探しているの。ここ麻帆良学園には特別な力を秘めた場所があると聞いたわ。私はその力を見つけ、手にする。そして人間たちに闇の力を思い知らせてやるのよ」
エヴァはふぅとため息を吐いた。心底どうでもよさそうな表情を浮かべていた。
「あなたも人間に復讐したいはずよ。人間に追われ、どこも安らげる場所などない。真祖のあなたなら私の気持ちは理解できるはずよ」
「・・・残念だが」
「・・・?」
「私はお前がどんな人生を歩んだのかは知らないし、知りたくもない。私は自分のやりたいように生きる。ただそれだけだ。それにともなうハンデも理解している、やるなら自分ひとりでやってくれ」
「それはあなたが人間に狩られたことがないから、人間に裏切られたことがないから言えるのだわ」
「私は逆に人間を狩ったことがある。それに私も裏切られたよ4年前にな・・・」
「・・・?」
「さて話が長引いたな。普段は女子供は殺さないのだが、闇の眷属なら話は別だ」
「・・・」
「死ね」
エヴァは魔法薬の入った小瓶を取り出し、女に攻撃魔法をかけようとした。
「まてよ」
エヴァの右手を誰かが掴んだ。男の手であった。高畑であった。いつの間にかイギリスから帰ってきたのであろうか?
「例え闇の眷属であろうと、無残に命を散らすのはよくないな」
「いつ帰ってきた?」
「今さっきさ」
「おみやげはあるのか?」
「君好みの紅茶の葉を買ってきたよ」
「それは楽しみだ」
相変わらずニヒルな笑みを浮かべている。この男はどこか飄々としてつかみどころがないところがある。それに同級生だったので彼女にもタメ口を言うことが多い。
「・・・私を見逃せばまたここへ来るかもしれないわよ?」
エヴァと高畑の世間話に痺れを切らしたのか、彼女はイラついた口調であった。ひとにらみされれば小水が漏れそうな鋭い目だが、高畑はまるで女性の化粧を邪魔してにらまれているように流している。これがこの男の手なのだ。そのくせ戦士としての素質があり、なかなか強い。目に見える強さより、潜在能力が一番怖いのである。
「それなら歓迎するよ。うちはどんな人でも拒みはしないさ。思い切って君もここへ就職しないかい?楽しいぞ?」
「無理ね・・・。真祖がいる学園で楽しくなるはずがないわ」
「そうでもないよ?例えばエヴァ以外にも友達はいる。彼女の同級生には幽霊がいるのさ。ただ本人はあまりに存在感がないために、無視されちゃってるけどね。エヴァより50年以上中学生をやっているのさ」
くしゅん!!
「う~ん、誰か噂しているのかな~、噂してくれたら嬉しいけど~」
コンビニで相坂さよがくしゃみをしていた。彼女は怖がりで夜の教室がからっきしだめなのである。エヴァは以前から見えているが、どうでもいい存在なので無視しているのだ。ああ、不憫なのは相坂さよ!その存在が認識されるまで、あと6年待たなければならないのだ。さて話は世界樹広場へと戻す。
「悪いけど帰るわ。それでは真祖様さようなら」
女は背を向け、立ち去ろうとした。それを高畑が声をかける。
「君の名前は?おっと自己紹介が遅れたね。僕は高畑・T・タカミチ。麻帆良学園女子中等部で英語を教えている」
「・・・マリア。マリア・アルカードよ」
そうつぶやくように答えると、マリアは闇の中へと溶けていった。チャチャゼロが切り裂いた蝙蝠たちもいつの間にか骸が砂と化している。
後に残るはエヴァと高畑、それとチャチャゼロだけであった。
それから後のことはすべて高畑にまかせた。エヴァは面倒は嫌いだし、もう侵入者の興味も失せた。ただ高畑がお節介で教えてくれたことがあった。関東魔法協会の情報網によればマリアは東京の
1999年の元旦の夜、生徒の一人の対決。敗れた彼女は病院に運ばれるも、M+M機関のヴァンパイア・ハンターに襲撃された。それを打ち破り、のちに力を回復するため中国へ渡ったのを最後に彼女の行方はつかめていない。
思えばあの女、マリア・アルカードの教え子たちが自分に戦いを挑んだのも、この学園に教育実習生として来たのも、何かしらの宿星を感じずにはいられなかった。
「マスター。お休みになりますか?」
茶々丸が声をかける。
「いや、まだ月を眺めていたい・・・」
「そうですか」
「茶々丸お前も私と一緒に月を眺めるか?」
「マスターのご命令ならば」
そういって茶々丸はエヴァの隣に腰掛けた。
月は丸く、そして青白く光っていた。おそらく地球が生まれて同じくらいの年月を過ごしてきたのだろう。それに人は昔から月に憧れ、月に狂った。
ただ青く、そして美しく。
エヴァも茶々丸も月を眺めていた。
じっと眺め続けていた。
あとがき
エヴァVSマリアの対決ですが、相変わらず淡々と進んでます。戦闘は全然盛り上がらないし。
江保場の作風は基本的に平行線を辿っていると思います。
極端なシリアスではなく、極端なギャグでもない。ただのんびりと時が過ぎていく。
そんな感じです。
今回はちょうど夢枕獏の魔獣狩りを読んだため、夢枕獏の色が強いと思います。
次回は犬上小太郎VS犬神杜人を予定してますが、きっと戦闘は盛り上がらないと思います。では。