ネギまVS魔人学園外伝その3

 

ひとりの男が本棚にロープをかけ、下へ降りていた。ロッククライミングのようであった。

本棚にロッククライミングとはシュールかもしれないが、実は彼がいる場所はただの本棚ではない。断崖絶壁のような本棚が並ぶ、本の森であった。いや密林という方が合っている。

ここは麻帆良学園図書館島である。

明治の中頃、学園創立とともに建設された、世界でも最大規模の巨大図書館である。ここには二度の大戦中、戦火を避けるべく、世界各地から様々な貴重書が集められた。そして蔵書の増加に伴い地下へ向かって増改築が繰り返され、現在ではその全貌を知るものはいない。日本の旅館でも増改築され迷宮化になることが多い。この場合非常口などの問題があるが、ここにそんなしゃれたものなどない。役所に注意されることもないから迷宮化してしまったのだ。

中には気調書狙いの盗掘者を避けるために罠がたくさん仕掛けられている。本の隙間から矢が飛び出るだの、スイッチを踏めば本棚が倒れるだのは珍しくないのだ。

男はそれを承知で探索しているのである。

名前はジェイド。もちろん偽名である。

彼の本職は骨董品屋で、店主を務めている。彼は多くの宝探し屋を抱えるロゼッタ協会にネットで武器などを販売しているのだ。銃火器類や爆弾などを取り扱っている。その他にも魔物退治屋のM+M機関にも武器を売っている。こちらは退魔用の武器だが、こちらはなかなか手に入りづらい。5年前はとある高校生たちからたくさんその手のものを買い取り、すべて売れた。彼は生粋の商人でもあり、宝探し屋でもあった。

ジェイドの仕事は指定の本を元の場所に戻すことと、取りに行くことであった。

たかが本を扱うと思うなかれ、貴重書であればあるほど、より困難となる。山の中を歩くのと変わらず、下手をすれば遭難する可能性もある。天候が変わらず、熊もいないだけ比較的安全ではあるが、素人が下手にきていい場所ではない。

ジェイドは学園長の依頼により本を戻しに来たのだ。

関東魔法協会とM+M機関、魔女の鉄槌は仲が悪い。彼らは魔物は即殺せ!が信条で、闇の福音エヴァンジェリンを警備員として雇う麻帆良学園が気に食わないのだ。墓荒らしのロゼッタ協会も気に入らないのだ。

とはいえ裏では彼らと手を組んでいるのだ。ロゼッタからは退魔の武器を買い、M+M機関の異端審問官に護衛を頼んだりしている。ジェイドはその中間といえた。悪く言えば蝙蝠男、あっちつかず、こっちつかずの蝙蝠だ。

さて仕事を程よく終わらせると、ジェイドは懐からブロック食品を取り出すと、かじり出した。一休みである。

ジェイドは何度もここへ来たが、まだ慣れない。大自然とは違うがここは人外魔境であった。ろくな準備も持たずに来れば確実に遭難する。ジェイドも初めの頃は慎重に準備を重ね、今に至る。

ジェイドには水を操る力を持っている。水の心を読み、水を操る。彼の家に代々伝わる秘術である。玄武と呼ばれる能力は何十年かに一度の才能である。

ジェイドは周りを見回すと、湖に本棚が並んでいるのだ。ところどころ木が生えており、とても図書館には見えない。学園には図書館探検部なるものがあるが、今自分がいる場所は大学部でもなかなか来れない場所らしい。ためしに本棚から一冊の本をとる。貴重書のひとつだ。これらの本はどれもこれも貴重品だ、売ればひと財産できるが、ジェイドは一度でも盗んだことはない。彼はあくまで本を扱うだけで、物取りではない。この手の商売は信用が第一だ。もっとも別の場所ではその限りではない。

ぴちゃあん。

何か水滴が落ちる音がした。水の音は珍しくないが、彼が聞いた音は今まで聞いたことのない音であった。

つい最近高校時代の友人に頼まれたことがある。近いうちにこの学園にある組織が襲撃するので力を貸して欲しいと。もちろん彼は承知した。友人は報酬の前金を払おうとしたが、ジェイドは辞退した。友情と商売は別物だからだ。

敵が下見に来たのだな。

ジェイドはブロックを一気に口の中に押し込むと、ぼりぼりとかじった。

友人からは以前から学園に魔物が何度も襲撃されたことを聞いた。敵は何度も下見を繰り返し、来るべき日に備えているのだろう。だがジェイドは黙って見過ごす気はなかった。敵がここにいるのなら速攻で始末するべきだ。幸いここには人がいない。そういえば途中で高校時代の後輩を見かけた。すっかり大物ミュージシャンになったのに、本人は気さくに付き合ってくる。後輩は自分をいたく気に入っているのだ。それはジェイドが忍者だからである。忍者とは影に潜む存在だ、どんなルール違反も関係ない、一対一の見栄も必要ない、任務を達成すればいいだけなのだ。しかし後輩は忍者を超人のように扱うから始末に悪い。それに自分自身も家柄に誇り持っており、自分ひとりだけで任務をこなそうとした時期もあった。

ひゅぅぅぅ、るるぅぅぅ・・・。

不気味な獣の鳴き声がする。こんな場所にまともな生き物がいるはずがない。そして鳴き声の主は自分に対して悪意を含んでいる。出会えば命の取り合いは避けられない。

ぎゅぅぅぅぅぅぅ、がぁぁぁぁぁぁ!!

それは初めバレーボール並みの大きさであった。身体の色も赤茶色で、それがぱっくりと口を開くと中からおびただしい牙や、赤い長い舌をちろちろとさせていた。その中からソフトボール並みの大きさの眼球がぎろぎろと見回していた。不快な鳴き声を上げ、何十本もの触手が丸い身体を支えている。

「裂!!」

ジェイドが手にした忍び刀を振るうと、湖の中から十字型の何かが飛び出した。それは水で出来た手裏剣であった。

飛水十字。水を十字手裏剣に変え、敵を討つ技である。

それは魔物に当たった。身体はバレーボールの如く弾み、傷口から血が流れ、湖の色がどす黒い赤へ変わった。

ぎぃ、ひぃひぃ!

まだ生きている。ジェイドは刀に力を込めると、止めを刺すために魔物に近づいた。もちろん様子を見ながらだ。

ぎぃぎぃ、ぎちぎちぎちぃぃぃ!!

ばしゅああん!!

魔物は触手を水面にたたきつけると、上空へ舞い上がった。まるで花火のようにも見えた。ここは天井が高く、頭を打つことは滅多にない。魔物の姿はまだ見えない。血も垂れてこない。いったいどうなったのか?

ひゅぅぅぅぅるるるるるる・・・。

ばしゃああ!!

魔物が落ちてきた。水しぶきが舞い上がる。しばらくしぶきで視界が悪くなったが、視界が晴れるとジェイドはわが目を疑った。

ぎぃぃぃ、ぎぎぎぎぎ!!

魔物の身体が風船の如く膨れ上がったのである。そして触手が何本も集まり、両腕が出来上がった。魔物は両腕で水面の上に立っている。口からよだれをだらだら流し、ジェイドに対して怒りの色を見せていた。

ジェイドは魔物の口の中に棒手裏剣を投げた。ジェイド特別製で水分に触れると化学反応を起こす消石灰でできているのだ。もちろん特別に砥いだ代物だから、よく刺さる。

ぎゅるるるる!!

魔物の口から煙が出た。口からの汚物を吐き出そうと、魔物は苦しがっている。だがジェイドは手を出しかねた。もし下手に手を出せばさっきのように成長する可能性があるからだ。だが遅かった。魔物はまた大きくなりつつあった。

足が生えた。むくむくと人の形になりつつある。顔はまだ醜悪であったが。辺りの空気が段々薄くなってきた。まるで魔物が大きくなるたびに空気を吸い込んでいるようだった。

否、周りの陰気を魔物は吸い込んでいるのだ。吸うたびにあれは大きくなる。魔物の身体はプロレスラー並みの大きさに成長した。

ぎゃらぁぁ!!

魔物は丸太のように太い腕をジェイドに向かって振り下ろした。

ざばぁぁん!!

水面が割れる。その衝撃でジェイドの身体が吹っ飛んだ。彼は壁に叩きつけられる寸前、身体を回転させ両手と両足をばねのように縮め、衝撃を殺した。

そして、壁を蹴り上げ、上空へ舞い上がる。魔物はそれを見上げるとしゅるしゅると触手を伸ばした。

ジェイドは忍び刀に力を込め、魔物の顔に突き刺した。

「ふんは!!」

ジェイドの身体中の細胞が爆発したように弾ける。瞬時に一点に力を集める術だ。魔物の身体は頭の上から一刀両断された。

ジェイドの右腕と、左足に痛みを覚える。おそらく触手のせいであろう、まるでえぐられたような傷口であった。ジェイドはすぐ抗生物質を打った。この手の魔物から傷をつけられれば傷口からどんな症状を起こすか分からない。ジェイドはすぐさまここを離れ、学園長に報告するべきだと判断した。

ぐぅ・・・。

何か鳴き声がした。はじめは気のせいだと思った。

ぐぐぅ、ぐるるるる・・・。

違う、気のせいではない!!

ジェイドは後ろを振り向くと、そこに信じられない光景を目にした。ふたつに切断された部分から触手が伸び、それらが腕だの、足だのに変わっていくのである。だがもっと信じられないのは魔物の一匹の色が赤茶色から青白く変色していった。

はぁ、しゃぁぁぁ。

魔物の息が白い。魔物の足下から湖の水が凍りついた。もしかしたら吐く息は液体窒素並みかもしれない。

ぼぁぁぁ!!

もう一方は火を吐いてきた。暗い地下の湖が明るくなる。その光に照らされる魔物はより不気味に見えた。

この魔物らはダメージを与えれば与えるほど、どんどん強くなるのかもしれない。

ここは逃げるべきだ。

ジェイドがそう判断するのに数秒もかからなかった。彼の仕事はこのことを学園長に報告することだ。自分ひとりではどうにもならないし、助けを呼ぶべきだ。高校時代に比べると自分はかなり丸くなったと思った。当時なら何でも自分ひとりで強引に突っ走ったものだが、5年の年月は自分をずいぶん成長させたとジェイドは思った。

ジェイドは壁を蹴るように天井へ向かった。

だが魔物たちはジェイドを追いかける。奇声を上げながら触手を器用に岩肌や本棚に捕まりながら、上へ上へと上がっていった。

ずきん。

魔物に傷つけられた傷が痛む。そのせいでジェイドは足を踏み外してしまった。魔者たちは落下するジェイドめがけて飛んでくる。万事休すか!?

「ニンニン♪」

ジェイドの身体がふわっと浮き上がった気がした。彼の体は誰かに支えられたのである。

それはひとりの女性であった。身長は180くらいで、細目の女性であった。忍び装束を着ている。

甲賀の者か。

ジェイドは彼女の服を見て判断した。女性に抱えられ、広い部屋へたどり着いた。石室で体育館くらいの広さであった。灯りはないので真っ暗だが、ジェイドには問題はなかった。

「あれは魔物でござるな。拙者ご助力するでござるよ」

女性は細目で笑っている。目の前の現実を理解しているのか、それともただの馬鹿なのか・・・。

ぎひゃぁぁ!!

魔物が2匹が登ってきた。魔物の身体は人の形になっていた。まるでプラナリアのような単性生殖のようであった。しかも性質は二匹とも別物であった。ただ一体の時よりは若干身体が小さくなったと思った。

「あの魔物は初め一匹だった。ところが二つに切断したが二匹に分裂したのだ」

ジェイドが言った。初めて会った人間になぜこんなことを言ったのだろうか?ジェイド自身にもわからない、ただ彼女の雰囲気に飲まれたような気がした。とらえどころがない。まるで空気のような女性であった。

「まるでゾウリムシやヒドラみたいな魔物でござるな。はて、どうやって倒そうか・・・」

女性は腕を組んで魔物を見つめた。一応悩んでいるようである。

魔物はふたりに襲い掛かってきた。氷の息や、炎の息を吐き、ふたりを苦しめる。例え身体を切り裂いても肉片が分裂し、また魔物が増える。倒してもきりがなかった。

「むむ?」

女性は魔物と戦いながら、様子を探っていた。魔物たちはなぜか息が荒くなっている。分裂すればするほど増えるが、どんどん小さくなり弱くなっていった。人の形ですらなくなり始めているのである。

「どうやら、分裂するたびに弱くなるようでござるな」

ジェイドも同じ意見だ。だが湖で戦った時はどんどん強くなったのに、なぜこの石室では弱くなったのだろうか?だがこれは絶好の機会なのだ。

ジェイドは油壺を取り出し、魔物たちに投げつける。そして手裏剣を投げ、火花を散らせる。その瞬間魔物たちは炎に包まれた。辺りには本がないからできる荒事であった。

ひぎぃぃぃ!!

魔物たちは体を焼かれ、哀れな悲鳴を上げていた。ジェイドと女性は布で口元を塞ぐと、湖へ戻った。

「うむ、なんとか倒せたでござるな」

女性はほがらかに笑った。だが腑に落ちないことがある。なぜ魔物は石室に来てから弱くなったことだ。湖ではバレーボール並みの大きさだったのが、どんどん大きくなっていったのだ。そしてダメージを与えれば与えるほど強くなり、さらに分裂もした。

この違いはなんであろうか?

「うむ、以前美里先生を襲った魔物と同じでござろうな・・・」

「美里・・・?下の名前は葵と書くのかな?」

「おお、美里先生の知り合いでござるか。いかにもそうでござるよ。おっと拙者自己紹介が遅れたでござるな、拙者は長瀬楓、甲賀中忍でござる。ちなみに中学3年生でござるよ」

ジェイドは彼女の身体を見た。とてもそれには見えない。モデル並のスタイルで胸の大きさも只者ではない。驚きなのが彼女が甲賀と名乗ったことである。なんでも美里は教育実習生として自分のクラスを受け持っているとのことだ。

「お主は確か飛水流でござろう?裏の世界の者同士握手を致そう」

女性、楓は右手を差し出した。釣られてジェイドは握手をした。どこか緊張感のない女性である。だがなんとなくだが彼女を信用してもいい気分になるのだ。これは本人の体質なのだろうと思った。

「ところでさっき君が言っていたことだが、美里さんを襲った魔物とはどういうことかな?」

「うむ、実は過去に3回も先生は襲われたでござるよ。拙者はある程度感知できるでござるが、どうも学園の中に入ってから大きくなったようでござるな。それも作為的存在のようでござるよ」

「・・・」

ジェイドは何か考え事をしているらしく、腕を組んだ。するとポケットから一匹の虫が飛び出た。

ぎぃぃぃ!

それは虫ではなかった。虫のように小さい魔物であった。魔物は湖の中に飛び込むと、見る見るうちに身体が大きくなったのである。

ジェイドと楓は武器を構えた。

ぷくぅ!!

しかし、魔物は膨らむだけ膨らむと、風船のようにぱちんと弾け、そのまま消えてしまったのである。あとには魔物の断末魔の声が木霊するばかりであった。

「そうか。あの魔物は生き物の陰気で大きくなったのか」

「陰気・・・、でござるか?」

「どんな生き物にも陰気はある。人間はもちろん、動物や虫、植物に至るすべては陰と陽の均衡によって保たれている。あの魔物はこの湖にある生き物たちの陰気を吸い取り、大きくなったのだろう。そして傷つくたびにより多くの陰気を吸収したのだろうな」

「なるほど、それなら石室で魔物が弱くなったのも納得がいくでござるな。吸い取る陰気を持つ生き物がいないのでござるから」

楓の言うとおりである。さっきの虫のような魔物は急激にその陰気を吸い込んでしまったため、身体が耐えられなかったのだろう。乱暴に切り刻み、身体に負担がかかっていたためにせっかくの陰気が自らの死期を早めてしまったのだろう。

「しかし、斬られても死なず分裂する魔物は初めてでござるな。新種でござろうか?」

ジェイドは楓の問いに答えなかった。いや、答えることができなかったのかもしれなかった。

 

地上へ戻るとジェイドはすばやく着替えた。和服であった。羽織に着物、袴をはいていた。髪は額に垂れ。涼しげな印象がある。衣装などはトランクに仕舞い、下駄に履き替えた。楓もすでに学生服に着替えている。彼女があの場にいたのは偶然ではなく知り合いに頼まれたためだったという。学園には3匹同時に侵入してきたらしく、ジェイドは偶然その一匹に巻き込まれたということだ。まあ仕事にはいつも予想外のトラブルがつきものだ。これでめげていては今の商売はとっくの昔に廃業せねばならなくなる。魔物から受けた傷は応急処置をしたが帰りに行きつけの病院に見せる必要があった。

「それではこれにて。ですが拙者が忍者なのは秘密でござるよ、ニンニン♪」

そんなに秘密にしたいならば、まず口調から治すことをおすすめすると言いたかったが、やめた。これが彼女の個性であろう、無理に治す必要などない。

「僕は近いうちにまた学園にくると思う。まあ、そのときは僕に力を貸して欲しいな」

「あい〜♪」

楓はにっこり笑っている。ジェイドは帽子を被るとからんからんと歩き出した。

「ところでお主、否、貴殿の名前はなんでござるかな?確かジェイドとは宝石で翡翠を意味するはずでござったが・・・」

「如月翡翠」

ジェイドは後ろを振り向かずに答えた。

北区で如月骨董品店という店を経営しているよ」

右手を挙げ、ふらふらと振りながら、ジェイドこと、如月翡翠は去って行った。

時刻はもう夕刻、彼の体は夕焼けに溶け、影と下駄の音だけが残っていたが、やがてそれも消えていったのであった。

 

続く

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あとがき

 

今回はジェイドVS長瀬楓でお送りしました。今回の戦闘は結構長いと思いますが、緊張感があるかどうかは別ですけどね。

魔物のネタは小室孝太郎の漫画ワーストに出てくるワーストマンがモデルです。こいつは撃たれても体をばらばらにされても死なない不死身の化け物です。まあ氷や炎の息は私のオリジナルですけどね。

そういえばジェイドはむしろ魔人より九龍妖魔学園記寄りなのでは!?某サイトではすでにジェイドと楓の小説がありますし、かぶっちゃったかも!?

ドンとウォーリー、なんとかなるでしょう。

次回は何にしょうか迷ってます。では。