解剖
猫の甲状腺は分かれた2葉からなり、正常なら
5番目〜6番目までの気管輪に接している。
正常な猫の甲状腺葉は長さ約2cm、厚さ約0.5cm、
幅が0.3cmであり、2葉の重さは0.1〜0.3gである。
甲状腺の生理
〇甲状腺の機能
甲状腺は内分泌器官のひとつで食物(主に海産物)に含まれているヨウ素を材料にして甲状腺ホルモンを合成している。
甲状腺ホルモンは生体内唯一のヨウ素有機化合物で、摂取されたヨウ素は甲状腺ホルモンの合成のためのみに利用される。
猫におけるヨウ素の1日あたりの必要量は100ugである。ほとんどの市販キャットフードには、推奨量を給与した場合に少なくとも最小必要量の3〜5倍が含まれている。このためヨウ素欠乏症は、猫にはきわめて少ない疾患である。
〇甲状腺ホルモンとは
食物として摂取されたタンパク質、脂肪、炭水化物は代謝されて体の組織を作るのに利用されたり、エネルギーになったりするが、甲状腺ホルモンにはこうした新陳代謝の過程を刺激したり、促進したりする作用がある。熱産生や組織代謝に密接に関連して、動物の生命活動に無くてはならないホルモンである。
〇甲状腺ホルモンの種類
T4 サイロキシン(テトラヨードチロニン)=血漿中輸送型
T3 トリヨードチロニン =細胞内で出来る活性型
rT3 トリヨードチロニン =不活性
甲状腺では主にT4を作り、T4が肝臓などでT3になりホルモンの働きを発揮する。
甲状腺機能亢進症
甲状腺機能亢進症は血中の2つの甲状腺ホルモン(T4とT3)の濃度過多から起こる多器官障害である。循環血液中の甲状腺ホルモンの増加が各臓器に与える作用の結果として、エネルギー代謝の亢進と熱量産生増加が起こる。
甲状腺機能亢進症は4〜22歳(平均13歳)の猫に起こり、患猫の95%は10歳以上で、品種・性別による好発性はない。もっともありふれた内分泌障害であり、小動物臨床で頻繁に診断されるものの1つである。
原因
甲状腺腺腫や腺腫様過形成が最も多い(約98%)。腺癌は罹患猫の2%に認められ、転移する事がある。甲状腺の異常は、片側または両側性に発症するが、約70%は両側性である。
臨床症状
甲状腺機能亢進症は多くの臓器に影響し、ほとんどの症例がいくつかの臓器の機能障害を反映した臨床症状を示す。しかし臨床症状が1つの臓器を中心に現れて、甲状腺機能亢進症の可能性を見落とすことがある。また、猫の多くの他の疾患に類似しているので誤診されることもある。
大多数の猫の甲状腺機能亢進状態は、ゆっくり進行する。また食欲が良好に維持され、年齢の割には活発(あるいは過度に活動的)なため、ほとんどの飼い主は病気に気が付かないことが多い。
最も一般的な症状
・体重減少・・・95〜98%
・食欲の増加(多食)・・・67〜81%
・神経過敏や行動の変化(過剰行動)・・・34〜76%
よく食べるにもかかわらず猫が痩せてきたり、最近少し性格が変わったかな?と思ったら、甲状腺機能亢進症を疑うべきである。
甲状腺機能亢進症の症例の約2%は食欲不振を示す時期があり、長い食欲亢進期と交互に現れる。患猫はしばしば脱水、悪液質の状態になり、粗剛な被毛、落ち着きがなく興奮しやすく、身体に触れられるのを嫌がる。約10%は意気消沈、虚弱、食欲不振を示す。
〇神経と筋
甲状腺ホルモンの血中濃度上昇は、おそらく神経系に対する直接作用によって活動過剰、不安、歩調とりあるいは興奮性を引き起こす。全身の交感神経性衝動は過興奮あるいは神経過敏、行動の変化、震顫、甲状腺機能亢進症の特徴である瀕脈を引き起こす。
〇消化器系
食欲亢進、多食は猫の甲状腺機能亢進症に共通した症状である。嘔吐、下痢、排便回数および糞便の増加など、消化管障害も多く認められる。猫によって脂肪便が排泄されるが、おそらくは多食と吸収不良に伴う過度の脂肪摂取が原因と考えられる。
また原因は不明であるが、甲状腺機能亢進の猫の約10%〜20%に食欲正常ないし増進の時期と交代に、食欲減退の時期がある。
〇腎系
臨床上、特異的な腎の病理は甲状腺機能亢進症にはなく、高窒素血症は、甲状腺機能亢進症を起こす中〜老年齢層の猫に比較的共通した所見ではあるが、甲状腺機能亢進状態によって起こるとは思われない。
甲状腺ホルモンには利尿作用もあり、多飲・多尿は猫の甲状腺機能亢進症によく見られる臨床症状である(45〜60%)。原発性腎疾患に関連する可能性もあるが、腎機能障害がなくてもが多飲・多尿を示す事があり、甲状腺機能亢進症を治療すると改善する。甲状腺機能亢進症におけるこれらの臨床症状の正確な原因は不明である。
〇呼吸器系
一部の猫に、呼吸困難、喘ぎ呼吸あるいは安静時の過換気がみられる。このような呼吸症状は動物病院に行くストレス後および身体検査の拘束後に最もよく発現するが、時には飼い主が家庭で観察する事もある。
呼吸機能の異常は、おそらく呼吸筋の脱力とCO2産生の量の増加との組み合わせから起こる。一部の猫では甲状腺中毒性うっ血心不全(CHF)も呼吸困難と過換気の一因になる