〇心血管系
頻脈(心拍数240拍/min以上)、収縮期雑音、奔馬調律、不整脈およびうっ血性心不全の症状(呼吸困難、心音低下、腹水)を含む心血管系の異常が、甲状腺機能亢進症の猫の身体検査でかなり共通してみられる。
血清甲状腺ホルモン濃度が上昇して代謝亢進状態となり、末梢組織灌流を満たすため、心臓への要求量が増大すると考えられる。その結果、心筋収縮度、心筋酸素消費量、心拍出量、エネルギー代謝が亢進して代償性心肥大を招く。
無治療の甲状腺機能亢進症の猫は肥大型心筋症を起こさせる事が多いが、頻度は低いが拡張型心筋症を誘起することもある。心筋症のどちらの型もうっ血性心不全を生じるが、重度の心不全は拡張型心筋症のある甲状腺機能亢進症の猫に頻繁に発現する。
甲状腺機能亢進状態を改善すれば、肥大型の甲状腺中毒性心筋症は通常元に戻る。対照的に拡張型心筋症は甲状腺機能亢進症が改善されても可逆的ではない。治療しても心筋症が持続あるいは悪化する猫は、過剰な甲状腺ホルモンの存在が不可逆的な心臓の構造障害を引き起こしたか、あるいは基礎に原発性心筋症が存在する可能性がある。
〇皮膚
過度の落屑、被毛のもつれ、脱毛、爪の成長亢進などがよく起こる。ほぼ半数の猫は脱毛とマット状を伴ってぼさぼさの被毛になる。
〇無欲性甲状腺機能亢進症
無欲性あるいは潜在性甲状腺機能亢進症は甲状腺機能亢進症の臨床型の1つで、猫の甲状腺機能亢進症の約10%に見られる。これらの猫では、過興奮あるいは不安といった顕著な臨床上の特徴が意気消沈と虚弱におきかえられている。体重減少は一般的な臨床症状のままであるが、通常食欲亢進よりもむしろ食欲不振がある。これらの猫では、頻繁に不整脈とうっ血性心不全を含む心異常がある。重度の筋衰弱を反映する頸部の腹方屈曲も、これらの猫の一部に観察されている。
〇甲状腺
身体検査によって、甲状腺機能亢進症の猫の90%以上に一葉あるいは両葉の甲状腺肥大が認められる。正常な猫では甲状腺は触診できないのが普通である。しかし、身体検査時に一葉あるいは両葉が肥大していても常に甲状腺機能亢進症に結び付けられるとは限らない。甲状腺肥大は時に甲状腺機能亢進症の臨床所見および検査所見がない猫にも認められるからである。これらの猫の一部は甲状腺機能が正常のまま(少なくとも長期にわたって)であるが、甲状腺の一葉あるいは両葉が肥大している猫の大多数は、甲状腺の小結節が増殖し続け、甲状腺ホルモンの分泌が過剰となり始めるので、結局は甲状腺機能亢進症の臨床症状と生化学所見が発現する。
肥大した甲状腺を触診するには、頭部を後方に傾けながら猫の頸部をわずかに引き伸ばす。親指と人差指を使って喉頭部から 胸部入り口に向かって腹面の気管の両側を指で静かになでる。猫の甲状腺は気管にゆるく付着しているので、喉頭に隣接した正常な位置から腹面を下降していることが少なくない。甲状腺が触診できない甲状腺機能亢進症の猫は、肥大した甲状腺葉が胸腔内に下降している可能性を常に考慮する必要がある。
診断
甲状腺機能亢進症は、病歴、臨床症状、身体検査などにおいて他のいくつかの疾患と共通する所見を示す事がある。
一般に確定診断は血清T4濃度と血清T3濃度の上昇に基づく。甲状腺機能亢進症の猫の大多数は安静時のT4とT3の両方の血清濃度は正常範囲より上にあるが、約5%〜10%の猫は、T4濃度が明らかに上昇するのに、T3濃度は正常のままである。したがってT3にくらべT4を測定する方が診断価値が高いと言える。
猫の安静時の T4の正常値 |
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正常値 |
0.5〜2.0mg/dl |
異常値 |
5.0mg/dl 以上 |
限界値 |
2〜5mg/dl |
甲状腺機能亢進症を起こした猫のT4、T3値はかなり変動し、予想される分析内変動を上回る事がある。その為に無作為に採血すると、症状が軽い場合にはT4、T3とも正常値を示す事がある。原因は不明であるが、T3濃度が正常な甲状腺機能亢進症の猫の大多数は軽い臨床症状を示すにすぎない。そのため治療せずに進行させると、正常範囲のT3濃度は最終的に甲状腺中毒の範囲にまで上昇する事がある。したがって1回の測定結果が正常だからと言って、診断から甲状腺機能亢進症を除外するべきではない。日を改めて繰り返しT4を測定するべきである。
血液検査と生化学検査所見
甲状腺機能亢進症を疑う猫では、甲状腺機能の評価に加えて他の臓器の併発疾患(糖尿病、腎不全、心疾患、肝機能不全、副腎機能亢進症、消化吸収不良、腫瘍など。)の有無を詳しく調べ、甲状腺機能亢進症に類似した他の疾患を除外する必要がある。
甲状腺機能亢進症の猫に対するルーチン検査として、甲状腺機能検査以外に全血球数測定(CBC)、血清化学検査、尿検査、心電図、胸部X線撮影などを行うべきである。
CBCは一般に大きく変化しない。軽〜中等度の赤血球増多を示し、ヘマトクリット値、赤血球数、ヘモグロビン濃度の上昇として現れることがある。甲状腺機能亢進症に伴う赤血球増多は、エリスロポエチンの産生増多に加え、骨髄の赤血球系に対する甲状腺ホルモンの直接作用に起因するようである。また、重症の甲状腺機能亢進症で軽い貧血を示すことがある。
尿検査は一般に正常である。
生化学検査の異常として最も多いのは、アルカリフォスファターゼ、アスパラギン酸トランスフェーゼ、アラニントランスフェラーゼの活性上昇である。肝臓酵素系上昇の原因はよくわかっていない。また、軽〜中等度の高窒素血症や高リン酸血症を認めることがある。高リン酸血症は過剰な甲状腺ホルモンに原因すると考えられる。
胸部X線撮影で約半数の猫に心肥大が認められる。甲状腺機能亢進症が進行するとうっ血性心不全を起こし、胸水や肺水腫を伴うことがある。
心エコーで見られる最も一般的な異常として、左室後壁および心室中隔の肥大、左房径の増大、拡張末期の左室径増大、壁運動過多などが認められる。
心電図検査では洞性頻脈と第U誘導でのR波増高(>0.9ml)が最も一般的である。それ以外に心房性期外収縮、左軸変位、QRS間隔の延長、心房性または心室性不整脈、QT間の短縮、心室内伝道障害、心室異常早期興奮などが見られる。心電図の異常のほとんどは甲状腺機能亢進症の治療により消失する。