せっかく生けた花がすぐに萎れてしまい、がっかりしたことを経験された方は多いと思います。切り花を長く楽しみたいのは人情ですね。「花の命は短くて・・」と言われる花の命。なぜ花の命は短いのでしょうか。そこで、ここでは、切り花はなぜ老化するのか、老化をくい止めるにはどんな方法があるのか、などについて、皆さんと一緒に考えてみたいと思います。なお、切り花の品質保持剤は大別して生産者が用いる「前処理剤」と消費者が利用する「後処理剤」とがあります。 |
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1.花はなぜ老化するの? (1)老化の症状 切り花を観察すると、葉の黄化や花首の曲がり、花弁の萎れ、変色、落花、落蕾など、老化の過程で様々な症状が見られます。 (2)花の種類と老化症状 この症状を注意深く観察すると、花の種類ごとに特徴のあることが分かります。例えばバラでは首の曲がり、キクでは葉の黄化、デルフィニウムやスイートピーでは落花などです。 (3)老化を引き起こす主な原因と老化の抑制方法 これは、花の種類ごとに老化を引き起こす主な原因が異なるためで、その原因は大きく分けて3つに整理されます。また、老化を引き起こす原因が異なるとなれば、老化を抑制する方法も当然異なります。 以上の(1)〜(3)をまとめると下の表のようになります。 表 切花の老化の原因と老化抑制法
2.日持ちを延長する具体的な方法は? さて、これまでは花の種類ごとの老化の原因とその対策を大まかに考えてみましたが、ここでは切り花の日持ちを延長させるための、より具体的な方法について考えてみます。 (1)すべての切り花に共通すること・・・・水揚げをよくする工夫 切り花の寿命を考えるとき、水揚げの良否はすべての切り花に共通した問題であり、水揚げをよくすることが最も重要なポイントです。 @界面活性剤の利用 界面活性剤には水揚げをよくする効果があります。イオン系(陰イオン系、陽イオン系、両性系)、非イオン系とがあり、花の品質保持剤(後処理剤)のほとんどに含まれています。 台所用中性洗剤の主成分は界面活性剤で、品質保持剤の代替品として生け水に少量添加すれば水揚げ効果が期待できます。特に、水揚げの悪い枝物類などでは生産者も利用しています。 A花首まで水につける深水法で水揚げを行う。 B水を含ませた新聞紙で包んで水揚げを行う。水揚げに温水や熱水を使うこともある。かなり萎れたキクなどもこの方法で萎れが回復します。 (2)茎が腐敗しやすい花、茎の中にバクテリアが詰まりやすい花 ガーベラは茎が腐敗しやすく、またバラは導管にバクテリアやポリフェノールという化学物質が詰まりやすい花と言われています。この種の切り花は、生け水の殺菌や静菌による日持ち延長効果が高いです。カトレアも切口にポリフェノールが詰まりやすい花です。 @市販の抗菌剤、静菌剤等を利用する。 生け水中のバクテリアは、生け水の酸性度(pH ピーエイチ)が4以下であればそれほど繁殖しません。そこで、市販の8-ハイドロキシキノリン硫酸塩(8-HQS)又は8-HQC(クエン酸塩)を添加し、pHを4以下にします。 料理用の酢(酢酸)またはクエン酸を生け水に少量添加しても効果があります。ただし、添加量が多すぎると茎が変色し、葉は葉脈に沿って褐変するので注意が必要です。 市販の抗菌剤・静菌剤には、ほかに硝酸銀、硫酸アルミニウム(静菌剤)などの金属塩などや、抗菌効果と界面活性効果を有するものなどがあります。 A市販の品質保持剤の利用 市販の品質保持剤は、前に述べたように、生産者が用いる前処理剤と、小売店や消費者が用いる後処理剤とがあります。 後処理剤の主成分は、糖分と抗菌剤、界面活性剤などが処方されており、老化ホルモン(エチレン)の発生を抑制するSTSなどの成分は含まれていないのが一般的です。多数の剤が市販されていますが、どの切り花に対しても効果があるというわけではなく、また剤の種類により効果が異なるので店頭で確認することが大切です。 後処理剤の幾つかをご紹介します。 ○甲東(株): コートーフレッシュKF100 ○ハイポネックスジャパン: ハイポネックスキュート切り花延命剤、花の長持ち錠剤ほか ○パレス化学:華の精各種、ロングライフエバローズほか(カスミソウなどエチレン抑制剤も市販) ○フジ製糖:切り花活性剤キープフラワー各種 B茎の洗浄、殺菌 ガーベラなど土が付着しやすい切り花は茎がバクテリヤに汚染されているため、茎を殺菌剤やアルコール、食酢、食塩水などに浸けるか、あるいは熱水に浸すなどして殺菌すれば花持ちの延長が期待できます。 (3)葉が黄化しやすい花 アルストロメリアなど単子葉の球根切り花類やキクでは、花の萎れに先立って葉の黄化が起こる場合があります。このような切り花には植物ホルモンの一種、ジベレリンやサイトカイニンなどの植物生長調節剤が効果的です。ジベレリンには薬害がなく、花持ちを長くする効果も期待できるので使いやすい剤です。ただ、極く微量を秤量できる天秤がなければ利用できませんから、消費者サイドでは一般的ではありません。 (4)花弁の萎れ、落花などが起きやすい花【老化ホルモン(エチレン)の感受性が高い花】 カーネーション、宿根カスミソウ、トルコギキョウ、スイートピーなどに見られる花弁の萎れや落花、落蕾など、切り花の日持ちで最も問題となるのがこの種の花です。エチレンは前述の通り植物の老化ホルモンであり、切り花後一定の期間に多量に発生する場合が多いのが特徴です。 この種の切り花で、エチレンの発生を押さえるにはSTS(チオ硫酸銀)の効果が絶大であり、現在は生産者の多くがこの処理を行っています。STSには重金属が含まれているため、使用に当たっては環境を汚染しないことが重要となります。 また、近年は世界中の研究者が有害なSTSに代わるエチレン抑制剤を開発しつつあり、例えばAVG(アミノエトキシビニルグリシン)、AIB(α-アミノイソ酪酸)、AOA(アミノオキシ酢酸)、AITC(アリルイソチオシアネート=ワサビの辛味成分)などが発見されています。特にAVGなどは高い効果を示しますが、高価であるため普及には至っていません。 消費者側で利用する後処理剤には一般的には本剤(STS)が含まれませんが、エチレン抑制用の後処理剤も市販されています。 (5)多数の小花を持つ花 宿根カスミソウ、スプレーカーネーションなど、多数の小花を持つ花はその開花に大きなエネルギーを必要とします。このエネルギー源としてショ糖、ブドウ糖、果糖など糖類の効果がかなり期待できます。上白糖やグラニュー糖はショ糖と同一と考えてよく、これを2%程度となるように生け水に加えれば開花が期待できます。ただし、糖類は道管を詰まらせるバクテリアの栄養源にもなるので、バクテリアの繁殖を押さえるための抗菌剤または静菌剤との併用が必要となります。 3.まとめ 1.切り花の老化を早める主な原因は切り花の種類によって異なります。 2.切り花の延命策としては、@茎の殺菌、A界面活性剤の利用、B抗菌剤・静菌剤の利用、Cエネルギー源(糖分)の補給、Dエチレン発生阻害剤(主として前処理剤)の利用、などが考えられます。 3.@には市販のアルコールが、またAの界面活性剤の代替として台所用中性洗剤が、Bの静菌剤の代替として食酢やクエン酸が、そしてCのエネルギー源として上白糖やグラニュー糖が利用できます。 4.市販の後処理剤にはA、B、Cを満たす成分がともに含まれており、簡便で利用しやすいですが、花の種類によって効果が異なるため、記載された使用法に従って利用することが大切です。 4.付録 1.花の老化ホルモン(エチレン)の発見 話はちょっと難しくなりますが、植物の老化ホルモンについて簡単にご紹介します。 ヨーロッパで街路灯にガス灯が使われていた頃の話です。不思議なことに、ガス灯に近い場所の樹木は紅葉・落葉が早い。研究の結果、ガス灯からエチレンガスが発生し、これが樹木の紅葉・落葉を早めていたことが分かりました。その後の研究で、エチレンには植物の老化現象を促進する数々の働きのあることが明らかになりました。葉や花の付け根の「離層」形成を促進して紅葉や落葉、落蕾、落花、落果などを引き起こすこと、花弁を萎れさせること、花弁を変色させることなどです。エチレンガスの構造式は【CH2=CH2】で、今では植物体内でエチレンが生成する道筋も明らかになっています。 2.花のホルモンについて 我々の体、つまり動物体中には、ごくごく微量で大きな働きをする成分、例えば脳下垂体ホルモン、甲状腺ホルモン、アドレナリンなど数多く存在します。このようなホルモン成分が花(植物)にも「数種類」存在することが明らかになっています。簡単にその働きなどを紹介します。 ○サイトカイニン:組織を若返らせたり、葉の発生、細胞分裂などを促進します。 ○ジベレリン:稲が背高のっぽになるバカ苗病菌から発見されたホルモンで100種類ほどあります。細胞や芽、茎、果実などの伸張を促進します。シクラメンやチューリップの開花促進、種なしブドウ、果実の肥大促進、単為結果(受粉しないで結実させること)の促進などに利用されています。 ○インドール酢酸:細胞の肥大や分裂、芽や根の伸張を促進します。類似のインドール酪酸は発根剤として広く用いられています。 ○エチレン:前述の通り、老化ホルモンです。 ○アブシジン酸:種子の発芽抑制のほか、休眠や組織の老化、葉の気孔の閉鎖などを促進するホルモンです。不良環境で増えるためストレスホルモンと言われています。 ○ほかにブラシノライドなどのホルモンがあります。 3.遺伝子組み換えで老化しない花を作る試み 最近では、遺伝子組み換え技術で老化しない品種を作る努力が続けられており、これまでの2倍も日持ちするカーネーションが作られていますが、その原理は、エチレンを生成する遺伝子の働きを抑制する遺伝子を導入する方法で行われています。今後は持ちの悪い花を中心に、このような方法が利用されることでしょう。 |