花を咲かせる遺伝子が特定される!!


 植物の研究者にとっては、長年の夢であった「花を咲かせる遺伝子」が京都大学大学院理学研究科の荒木助手らによって特定され、3日発売のアメリカ科学雑誌「サイエンス」に発表されました。

 左が正常なシロイヌナズナ。右が開花遺伝子を組み込んだ結果、葉を持たずに花を咲かせたシロイヌナズナ(静岡新聞1999.12.4)

1.花が咲くとはどんな現象?

 植物の組織は、葉も茎も花も基本的に同じ組織です。1つの細胞から植物を作り出せるからです。芽が出て葉が大きくなり、茎が伸びて花が咲く。この現象を組織の「分化」と呼びます。つまり、1つの細胞から働きの違う各組織が順次作られていくわけですが、この過程で「葉芽(はめ)から花芽が分化するのには、どのようなホルモンが関与しているのか」ということが長年の謎でした。そして、分化のきっかけは、世界中の研究者が仮定的に「フロリゲン(=花を咲かせるホルモン)」として呼んだ植物ホルモンが原因であると考えられてきました。つまり、花が咲く条件が整うと「フロリゲン」が働いて葉芽から花芽に分化し、花が咲くものと考えられていました。
 しかし、長年努力しても「フロリゲン」は明らかにされませんでした。幻の物質に終わったのです。今回、明らかにされた「花を咲かせる遺伝子」とは、葉芽から花芽に切り替えるためのスイッチの役割を果たす遺伝子のことです。遺伝子とは、後述しますがタンパク質を作る設計図ですから、花芽分化にはある特定のタンパク質が関与していることを意味しています。このタンパク質がどのような物質で、どのような生理活性を持っているかは明らかではありませんが、いずれ明らかにされると思います。

2.実験にはなぜシロイヌナズナが使われたのか?

 シロイヌナズナ(アブラナ科)はアフリカ、ユーラシアに広く分布し、日本には種が輸入品とともに帰化した雑草といわれている。このナズナの染色体数は5本と少ないため遺伝子の解析を行うのに適しており、また種を多くつけることや植物が小さいことなど、遺伝子の実験植物として最も適している植物。ある植物の全遺伝子が解析されれば、ほかの植物の遺伝子にも適用できる可能性が大きい。しかし、遺伝子の暗号解析には膨大な時間と金が必要。そこで、世界の主要な国の研究者が協力して、染色体数が最も少なく、遺伝子解析が容易なシロイヌナズナを材料に2000年を目途に遺伝子の全暗号解析に取り組んだ。現在、その多くが解析されつつあります。

3.遺伝子解析はどのように行われるの?

 遺伝子とは細胞の染色体の中に折り畳まれているDNA(デオキシリボ核酸)のことです。この物質は2重らせん(らせん階段の2本の手すりのような)構造をしており、手すりをつなぐ道具としてアデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)そしてチミン(T)の4つの物質が使われ、A−C、G−Tなどのように接続しています。遺伝子DNAはこの接続が長く長くつながった暗号のようなもので、遺伝子解析とはこの接続の順序(暗号)を明らかにすることなのです。
 ただし、この暗号の順序が明らかにされても、遺伝子の働きまでは分かりません。遺伝子は1本の長い長い長い暗号の連続のなかに多種多様の働きを持っています。今回、京大で明らかにされたような「遺伝子の働き=花を咲かせる遺伝子」は、どのようにして決められるのでしょうか。

4.遺伝子の働きはどのようにして決められるの?

 遺伝子の暗号解析とともに進められるのが、シロイヌナズナの変異体の作出、発見です。つまり、正常なシロイヌナズナに対して、見た目で異常なシロイヌナズナを見つけることです。今回の研究では「花の咲かないシロイヌナズナ」が使われました。花の咲く正常なナズナと咲かない異常なナズナの両者の遺伝子を比べてみるのです。そして、両者の遺伝子に異なる場所、つまり正常なナズナが持っていて、かつ、咲かないナズナには欠けている遺伝子の場所が見つかれば、そこが「花を咲かせる」働きをしている遺伝子の場所として推定できるわけです。そして、その場所の暗号はすでに遺伝子解析で明らかになっていますから、「花を咲かせる遺伝子の暗号」が明らかになるわけです。
 ここまでくれば、あとは比較的簡単。実は京大グループは稲や温州みかんでも、シロイヌナズナの「花を咲かせる遺伝子」と似た構造(暗号)を持つ遺伝子部位を探し当てています。従って、これからは多くの植物の「花を咲かせる遺伝子」部位が特定されることでしょう。  

5.これがどんなことに役立つの?

 遺伝子とは、別の言い方をすれば「タンパク質」と同じです。つまり、遺伝子の働きは、各種のアミノ酸を用いてタンパク質を作らせることです。先に述べた「暗号」とは「アミノ酸」に対応しているのです。つまり、遺伝子の長い暗号は、「どの順番にアミノ酸をつなげていけばよいのか」を決めるための暗号なのです。花を咲かせる暗号が解析できたとしたら、その暗号によって作り出せる「タンパク質」が明らかにされることなのです。したがって、そのタンパク質を多量に作り出し、ある別の植物に取り込ませることができれば、いつでも花を咲かせることができるかも知れません。
 また、発現した遺伝子を他の植物に導入することで、収穫期間の短縮や品種改良に要する時間の短縮などにも応用できるのではないかと期待されています。

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