この世に存在しない植物の仲間が誕生!!

 山形県余目町の花生産農家・小林金市さん(72)が、リンドウ科の植物とリンドウ科以外の植物を交配し、新しく生まれた交雑植物の種子を採ることに成功しました。植物の「科」を越えた交配は極めて珍しいため、東北大学遺伝子生態学研究センターではメカニズムの解明に乗り出しました。

<写真>
 リンドウ科ユーストマ属の花トルコギキョウに他の「科」の植物を交配して誕生した6種の新植物(科間雑種)。右上四角内の写真はそのうちの一つの花形を示す。

1.このニュースがなぜトピックスなの? 

 このニュースは、生物が「科」の分類を越えて結婚(交配)し、子孫(種)を作ったと言う内容です。分かりやすい例として動物で考えて見ましょう。ネコとライオンは同じネコ科ですが、両者は大きく異なり、とても結婚して雑種の子孫を残せそうにありません。しかし、今回の「科」を越えた雑種とは、同じ科のネコとライオンよりももっと遠い動物同士、例えて言えば、「ネコ科」のネコと「イヌ科」のイヌが結婚してワンニャンという新しい生物が誕生したという事実なのです。

2.これまでこういう事例は無かったの?

 同じ「科」の中の近縁の植物、つまり仲間の植物同士の雑種が誕生した事例は次に述べるようにいくつか報告されていますが、「科」を越えた雑種は報告されていません。
 同じ「科」の中の近縁の植物同士の雑種としては、オレンジとカラタチの雑種「オレタチ」、ハクサイとキャベツ(カンラン)の雑種「ハクラン」、キャベツとコマツナの雑種「千宝菜」などが知られています。ジャガイモ(ポテト)とトマトの雑種「ポマト」も話題になりました。
 しかし、これらの雑種植物は単に交配しただけでは「種子」ができず、従って新しい植物は誕生しません。各植物の「染色体数」が違うためです。話が横道にそれてしまいますが、上のような種類の異なる植物同士の交配では種子が成長せずに死んでしまうため、雑種ができません。そこで、交配して受精直後の胚(受精卵のようなもの)を取り出して人工的に培養し育てる方法、つまり「胚培養法」や、植物の1個の細胞を裸にして(これをプロトプラストと言います)、2種類の裸の細胞同士を直接くっつけてしまう方法、つまり「細胞融合法」などのバイオテクノロジー技術が用いられています。 

3.植物の「仲間」、「仲間じゃない」はどのような方法で見分けるの?

 話が前後しますが、植物に限らず、地球上の生物は、全て一定の方法で分類されています。「仲間」かそうでないかはこの分類に従います。分類法には幾つかありますが、植物の場合、「自然分類法」がよく用いられます。
 自然分類法では、分類項目として「門」、「綱」、「目」、「科」、「族」、「属」、「節」、「種」、「変種」、「品種」を用います。この分類法で私たちになじみの深い項目は「科」、「属」、「種」です。植物を購入するときに名札に英語で書かれている名前をご覧になったことがあると思いますが、それが世界共通の「学名」です。学名は「属」名と「種」名を列記する決まりになっています。例えば、今回のニュースになったリンドウ科のトルコギキョウは「Eustoma russellianum」(ユーストマ・ルスセリアーヌム)です。「ユーストマ」が「属名」で「ルスセリアーヌム」が「種名」です。従って、トルコギキョウの正式名称は「ユーストマ」で、「トルコギキョウ」は日本でのみ通用する慣用名です。なお、上に書いたように、「種」と「品種」とは異なり、品種は小さな変異を指します。
 話が横道にそれますが、近年、販売されている花の中には、「学名」以外の「慣用名」や種苗会社が勝手に付けた「商品名」で流通しているものが多く含まれており、業界が混乱しているのも事実です。例えば、「サフィニア」ですが、これは「商品名」で、正式にサフィニアという植物はありません。もし正式に言うなら、「ペチュニア・サフィニア」でしょうか。つまりサフィニアはペチュニアなのです。

4.「科」、「属」、「種」はどのように分類するの?

 基本的には形態的な特徴や生態的な特徴をもとに分類しますが、分類する条件は以下のようです。
 まず、最も大切な「種」の区別は、(1)2つの個体群が形態学的に相違し、不連続であること、(2)異なる地域環境に生育すること、(3)異なる遺伝的組成を持ち、(4)雑種ができないか、できたとしても不稔(種ができない)であること、です。
 また、「属」とは、類似性を持つ「種」の集まりです。「科」は、「属」ほどの類似性はないが、区別性のある集団を指します。この「科」は、形態的、生態的に把握しやすい例も多く、花の分類には便利なためよく用いられます。
 しかし、近年になっても、この「科」や「属」の分類が変更になる場合もあります。それは、この分類が完全ではないことを意味しています。例えば、「バラ科」は約100「属」を含む大きな科ですが、あまりにも大きすぎる群のため、各「属」間の相違点も多く、このため、4群程度に分けたらどうかとの案もあります。
 

5.今ごろなぜ「科」を越えた新植物が誕生したの?

 話を元に戻しますが、今回のニュースではリンドウ科(トルコギキョウ)と交配した他の「科」は明らかにされていません。また、なぜ誕生したのかも明らかになってはいません。このため、東北大学では「単為生殖」によるものか、真の「雑種」であるのかをDNA分析などで明らかにしていくようです。
 もうひとつの考え方として、上で述べた、従来の「科」の分類に誤りがあるとの見解があります。なぜなら、「科」よりもずっと小さい分類項目である「種」でさえも、簡単には交雑種ができないことが分類の条件になっているからです。従って、今回誕生した新植物の親同士は、分類上は「科」として分けられているが、実はかなり近い仲間ではないかとの見方も出てくるわけです。
 いずれにしても、近年にない快挙であり、この新植物の動向に注目が集まっています。

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