俺は目を疑った。そいつは透ける身体でそこに現れた。助手の雪下は口をあんぐりと開けたまま凝固していた。多量の出血で朦朧としていたポーターは、現地語で何かを叫び逃げ出していった。幽霊だかホログラフィーだか知らないが、皆同じものを見ていることは間違いない。 『近づかないで。』 俺はカメラを取り出して構えた。ホログラフィーというのはいい線だろう。映像で残せば後でゆっくり解析できる。 『ここは墓所。永遠の安寧の場所。』 俺はファインダーを覗いた。最初はオートに任せてみた。−−真暗。俺は舌打ちし、マニュアルに切り替えた。何も写らない. 壊れてるのか? 『あなた達には触れられない。』 むっとして俺は顔を上げた。今、何と言った? 『立ち去って忘れて。これ以上、関わらないで。』 「おい。どういう意味だ。」 「せ、先輩っ」 雪下が袖をつかむ。手がふるえている。腰抜けめ。図体ばっかりでかくなりやがって。 『完全に止まった時は、世界の中に居られない。』 「どういう意味だと聞いている!」 俺はそいつをまじまじと見た。そいつは柔らかく線の細い、女のように見えた。長い髪は大きく波打ち玄室から漏れ出る光と同化していた。ホログラフィーだとしてもよくできている。 『かつての人類は、光を凝固させることで牢獄を作り上げた。重力はねじれ、空間は歪み、不可視の檻を形成した。』 女の言うことはどうもよくわからなかった。だから、こう言った。 「俺は考古学者だ。おまえが墓地だというなら、どんな檻だろうとあけるのが俺の仕事だ。」 「先輩、俺たちだけじゃ無理です〜。」 雪下がまた情けない声を上げた。こいつは女の言ったことを理解しているとでも言うのか? 『ここはエネルギーゼロの空間。』 女は顔をうつむける。泣いているのか? 俺は雪下の手を振り払った。 「無理かどうかやって見なきゃわからんだろうが!」 『だめ!』 俺はビデオカメラを女の足下へ向けて投げた。ポーターが手を失った辺りでカメラがゆがむ。そして、破裂した。 「先輩っ。」 俺が驚いている間に、雪下は大男ぶりを発揮した。崩れ出す岩盤と閉ざされていく玄室が徐々に遠くなるのを俺は見た。そして、泣き笑う光の女を。 …綺麗だったと思ったのは、雪下がすっかりのびた後のことだった。 |