「神はいると思う?」 『質問意図不明。』 律儀なAIはそう答えた。 「私はいるんじゃないかと思うわ。」 『推量の域を越えません。』 私はAIの生真面目な答えにわずかに笑った。こんな状態でも、たとえ電子の一つも動かない回路であってもAIはAIのままだった。私は『彼』の様子を小窓からのぞき込んだ。機体は質量の75%を失い気密も守れない状態だったが、それでも『彼』は静かに眠り続けていた。 私の身体を光子が通り抜けていく。液体のような濃度を持ち、けれどたたけば舞い立つ埃のように軽やかに。意志など持たないそれらは、静かに機内に進入し満ちていく。 「ゆっくり、眠ることができるかしら。」 私は、ささやくように『彼』に語りかけた。『彼』は答えない。私は構わなかった。 航宙図の中心には大抵ブラックホールが描かれていた。銀河系の中心部にはブラックホールの存在が予言され、観測される内容から、ほぼ間違いないものとされていた。 狭く窮屈な世界は『彼』と私の存在を拒絶した。初めは倫理問題だったように思うが、やがて宗教間の争いへ発展していった。 私たちの願いは、ただゆっくりと眠りたいというものだった。しかし、そんな単純な願いさえ、許容される状態ではなかった。私は彼らの誰の手にかかることなく、無に還元されることを選んだ。 「ここは神様の御座所かしら?」 『抽象的な質問には答えかねます。』 くすくすと私は言った。AIは勝手に答える。『彼』は何の反応も返さない。 光子には摩擦がない。重さもない。進入し広がっていくエネルギーの密度は、外界と同じくらいになっているだろう。光子はあらゆるところに満ち、文字通り陰のない世界を作る。光子の満ちた世界は、しかしながらエネルギーを持たず、時さえも流れを止める。絶えずエネルギーにさらされながらも、『死』という変化すら許されない。 そうでなければ、私には『今』はないはずだった。 巨大な引力が干渉しあって形作られた、神の世界。そしてそこは、永遠に一瞬を続ける、牢獄。そんな風に私は思った。 「ここは何なのかしらね?」 独り言のように私はつぶやいた。私達は囚人かしら、それとも神? 『ここはブラックホール・エータとエータ2の引力により形成されたラグランジュポイントと推察されます。座標439DWEM$N-NET。銀河系中心部付近です。』 私は笑った。楽しかった。万有引力の中に潜む神が嘲笑っている気がした。 |